第16話:繋への思い
2025/10/22 加筆修正 2025/12/15 全改稿
2026/4/27 大改稿版投稿
「ヒカルっち、菊っちゃん、ごめんよ〜。手伝ってもらって」
「豪打さん達にゾンビ退治までして貰っているというのに、貴女という人はまったく──今日は残業決定です」
「ぎゃーーーー!! なんで地球に来てまで書類仕事なんてしないといけないのよ!?」
「貴女がここの責任者なので」
「キィイイイ!! なら、もっと優しくしろだし!」
「甘やかすと余計仕事しないから却下」
ヒカルと菊香は呆れた様子で、ユミルと時雨のコントを眺めていた。
場所は会議室として機能している体育館内。
夕暮れの光が、体育館のガラス窓をオレンジ色に染めている。舞い散る埃が微かに黄金色に輝いて、ひんやりとした空気が広い体育館の中をゆっくり流れる。
その一角であるバスケットゴールの近くには、机と椅子が並べられている。その上には書類や地図、古びたノートパソコンが無造作に広げられていた。
「ま、私たちもこの後は暇だし手伝うよ」
「仕方ないな」
「うぅぅぅ、2人とも優しい、ありがとう。マジでダチ最高。時雨も見習いなよね」
「つべこべ言わずに手を動かす」
「鬼ーー!! 悪魔ーー!!」
「はいはい。てことで、お二人とも本当にすみません。ゾンビ退治後で疲れているのに」
「人手不足なんだろ? しょうがねえさ」
ヒカルが腕を組みながら、ため息交じりに漏らす。それを見た時雨は「ふっ」と笑みを零した。
「なんだよ?」
「貴方は何だかんだ、面倒見がいいですね」
時雨の言葉にヒカルはバツが悪そうな顔をすると、「あの書類を運べば良いんだな」と言ってその場からそそくさと離れていった。
「あ、おじさん! ……まったく、もう!」
菊香は気恥ずかしくなって、この場から逃げるように去ったヒカルの背中を見て、「もう〜」と苦笑いをする。
「菊香さんも無理はしなくていいのですよ?」
「いえいえ、皆で頑張らなきゃ! ですから!」
そう言って菊香は時雨におじぎをして、ヒカルの後を追っていた。
それを優しく眺める時雨。
「この場にいない、繋さん含めて良いグループですね」
彼女の後ろで、責任者専用の広く大きいデスクで肘を付きながら見ていたユミルに時雨は背中越しに語る。
ユミルは「ほんっとにねえ〜」とからからと笑う。
「でも、うちのメンツも負けてないっしょ」
それは、奈良の拠点の仲間達の事を指していた。
ユミルが個人で生存者を助けていた際に、ゾンビ群と死に物狂いで戦っていた時雨たち自衛隊に偶然遭遇して助けたのが、この奈良の拠点の始まりである。
その流れで共に動く事になり、ゾンビに追われる一般人やら、元囚人やら荒くれものを助け続けて、人も多くなっていたところ、奈良に大拠点を築きあげた。
そして時雨に責任者となって欲しいと言われ、そして奈良の拠点の責任者となったのだ。
ユミルの言葉を拾った仲間達がニッと笑ってユミルに顔を向ける。
「おう、リーダーがそう言うなんて珍しいじゃねえか」
「はあ? 常に思ってるけど、口にしてないだけだし~」
「姐さん、たまには口に出さないと伝わらないですぜい」
「ちょっと、あんた! ユミルさんは背中で語るタイプだからでしょ!」
「そうそう」
途端、ユミルの周りがガヤガヤと賑やかになる。隊員である男女たちが笑い合う光景が広がる。
活気づく仲間達を見て時雨は口角を上げる。普段は厳格で余り口数の多くない彼女だが、目の前の光景を見て喜びが溢れる。
ユミルの拠点の幹部と隊員は元悪人だったり、一般人、そして自分の元自衛官がごったまぜになって形成されている。
こんな世界になったからか、善悪の定義がシンプルになったせいか、違うタイプの人間たちがみんなより良い明日の為に、手を取り合って、前に進んでいる。
「この間の会議ですが、今年が終わる前に東京をなんとかしないとですね。潰すにしても向こうにいる難民の保護もしなければですし、これから忙しくなるわね」
「シグル嬢にも力を貸して貰ってるし受け入れ態勢は大丈夫だけど、仮でも良いから新たな拠点を作らないとねえ。シグル嬢の拠点は彼女の魂を測る天秤の魔眼で人を選んでるからね」
「うちも、受け入れる人は選んでるけどね」
「確かに〜、何よりも最優先するのは善良な人達のみ。言う事の聞かないガラの悪い奴らは白ちゃん所で厳しく指導して貰おうっかな☆」
まあ、そんな事しなくとも我が強い者は勝手に拠点を作る。作ったとしてもゾンビ映画の如く上手くいくわけではない。異能を発現したとしても進化し続けるゾンビに次第に対処できず拠点は潰れ、殺されるのがオチだ。
「でも貴方も元魔王なんだから、やろうと思えばできるでしょ」
「出来ない事もないけど、そこは適材適所って事で~」
「仕事を増やさない様に逃げたわね……」
まったく、狡賢いというべきか、効率重視というか、本当なら何でもできる癖にこうして仕事を割り振るところは流石、「元」王様なのだと理解する。
「シグル嬢と繋ちゃんのお陰で、反乱軍への補給物資も準備できそうだし、順調ではあるけど……全ての立役者である繋ちゃんの身体が心配かなあ」
ずっと手が回らなかったインフラ関係だけでなく、難民の為の仕事場や子供達の教育環境を作ったりと彼が奈良にもたらした恩恵は計り知れない。
しかし、間違いなく無理をしたツケが来ている。
短いスパンで立て続けに改善した事で繋の眠る回数が増えた。
せめてゾンビとの戦いは此方で任せてくれと言うけども、本人は大丈夫と笑って言って戦いに赴くのだ。
そんな姿を、その背中をずっと見続けてきた時雨も他の隊員たちも繋に対して、最初はただの協力者という認識だったのが、今はちゃんとした仲間としての認識に変わった。
「彼は……なんというか、何かに追いかけられているかのように物事をこなすから心配だわ」
まるで強迫観念に駆られているようだと時雨は表現する。
事実、繋は両親から受けた精神的虐待の影響で、幼い頃から必死に振り向いてもらおうと、何もかもを完璧にこなそうとしていた。ヒョードルと暮らすようになってからは幾分か落ち着いたものの、魔王討伐という長く過酷な旅路の中で、その歪みは再び表に出てしまったのだ。
「たぶん、繋ちゃんは精神障害を起こしている」
ユミルはやるせない表情で指を組み、その上に顎を乗せた。
「それって、PTSDってこと?」
「あ、そっか。地球にはそういう言葉があるんだね。そうそう、PTSDだよ」
「さながら、戦場帰りの戦士というところでしょうか」
そう問われて、ユミルは目を伏せた。
「そうねぇ……でも、きっとそれだけじゃないはず」
しばし考え込むように間を置いてから、彼女はぽつりと続ける。
「繋ちゃんは、ただ戦いで心を傷つけただけじゃないと思うの。彼はね、きっとずっと昔から“ちゃんとしていなきゃいけない”“期待に応えなきゃいけない”って、自分を追い詰めるように生きてきたのよ。そういう子ってね、無理してることすら自分で気づけなくなるの」
ユミルの声には、痛ましげな響きが滲んでいた。
「だからこそ心配。平気そうに笑えてしまう子ほど、ある日突然、限界を迎えてしまうものだから」
かつて、自分もまた排除される側に立っていたからこそ分かる。
セプネテスの世界がどういった勇者のシステムなのかは分からない。けれど、勇者が魔王を殺すという行為が、一筋縄でいくはずがないことだけは確かだった。
互いに殺し合うために多くの準備を重ねたとしても、最後には後悔の嵐の中を突き進まなければならない。だからこそ、心は摩耗し、精神を病んでいくのだ。
魔王側も、勇者側も。
「だから殺し合うなんて不毛なんだっつうのに、いくら説明しても聞く耳持たないんじゃ意味ないというね」
「上に立つ者の悩みね……それに彼の事が良く分かったわ。通りで、過剰な奉仕活動をするわけね。身を削ってまでやる事じゃないと思ってたけど、納得よ」
時雨はこの場に居ない、繋を思い浮かべる。あの人の良い青年のお陰で、色んな事が進んだ。そして多くを助けられた。
物理的にも精神的にも。
全てが落ち着いたあと、我々は彼に恩義を返すべきだと思う。例え彼が、いらないと断っても、受け取ってもらおう。
それは、時雨だけじゃない、他の仲間達も同じ考えだ。
「ふぃ〜。じゃあ、そろそろお喋りを終了して、頑張るとしますかねえ~」
何だかんだ文句を言いながら、やる事はやるユミルに時雨は困ったように、やれやれといつものように呆れながら笑うのだった。
◇
ヒカルは体育館の隅を、大量の書類を抱えたまま、不満たらたらといった顔で歩いていた。
視線の先では、ユミルのいるあたりが妙に盛り上がっている。何事だとそちらに気を取られた、その時だった。
「っと――」
不注意で、机の角に身体をぶつけた。
次の瞬間、抱えていた書類が手から滑り落ちた。
バサッ、バサバサッ――と、不規則な音を立てて紙束が床に散らばっていく。
「あー……くそッ」
思わず漏れた悪態に、すぐ近くから呑気な声が飛んできた。
「ありゃ、おじさん大丈夫?」
「いい、大丈夫だ。自分で拾う」
ヒカルは短くそう返すと、床に散らばった書類を一枚ずつ拾い集めていく。まばらに広がった紙を手早く集め、ようやくすべてを拾い終えると、近くのテーブルの上にどさりと置いた。
その様子を眺めながら、菊香はユミルたちの方へ視線を向ける。
「なんか、ユミルちゃんとこ盛り上がってるね」
「シグルの拠点と違って、ここの奴らは距離が近いな」
ヒカルが片眉をあげるように言うと、菊香は小さく笑った。
「きっと、リーダーの性格が出てるんだろうね」
そう言ったあと、彼女はふと笑みを引っ込める。何かを考え込むように、再びユミルの方を見つめた。
「異能の発現方法について、この間ユミルちゃんに教えてもらったけど……私の“強い思い”って、なんなんだろ」
ぽつりとこぼれたその言葉に、ヒカルは何も言わなかった。
菊香の異能は、かつて爆発的な怒りによって一時的に発現したことがある。けれど、それ以来いくら試行錯誤を重ねても、その力が再び表に出ることはなかった。
怒りではない、別の何か強い感情。
それが何なのかを、菊香は毎日のように考えている。けれど答えは出ないまま、焦りだけが募っていく。
この間など、その焦りのせいで矢を外してしまったほどだ。
ヒカルは、その焦燥を知っていた。そして、菊香の“強い思い”が何なのかも、薄々気づいている。
気づいてはいるが、そこまでは言わない。
助言はできる。だが、最後にそこへ辿り着くのは菊香自身でなければ意味がない。
それは、誰かに教えられて得るものではなく――本人が自分で気づいてこそ、初めて力になるものだからだ。
「おじさん、今日も訓練手伝って」
真っ直ぐで、柔らかいのに意志の強さを宿した瞳が、ヒカルを見つめる。
その視線を受けて、ヒカルはふっと笑みをこぼした。
「ああ、わかった」
短く頷くと、菊香の表情が少しだけ明るくなる。
その様子を見て、ヒカルは胸の内でひとつ息をついた。焦るな、と言うのは簡単だ。だが、答えを求めてもがいている時ほど、その言葉が届かないことも知っている。
だからこそ今は、隣で付き合ってやるくらいでいい。
そう思いながら、ヒカルはテーブルの上の書類を端へと寄せ、訓練のために歩き出した。
いつも読んで頂いてありがとうございます!
もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションのどれかを押して頂けると更新が頑張れます!٩( 'ω' )و




