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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第3章:ユミル・テンペスト

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第15話:三船春臣という人間

2025/10/21 加筆修正 2025/12/15 全改稿

2026/4/27 全改稿版投稿

「っはあ……はあッ! クソ……しくった……!」


 まさか尾行してついていった先で、class2の群れとはまた別に、class3一体が率いるclass2の群れに出くわしてしまうとは。


 class2ぐらいであれば、男の異能である風の力を鎌鼬のように飛ばして倒すことができた。だが、皮膚が戦車の装甲のように硬いclass3には、今の男の力では太刀打ちできない。


 腕から手までを剣のような形に変形させたclass3が、両手を器用に使い、まるでバレリーナのように踊るようにくるくると回転しながら、二本の凶刃で春臣を追い詰める。


 風の刃で捌いていくが、次第に捌ききれなくなり、凶刃が春臣の喉元にまで届きそうになった瞬間だった。


 春臣の目の前で、ズガンと一枚岩が地面から飛び出し、class3の腕を下から上へと弾いた。


「なんだッ!?」


 春臣は驚愕の声をあげる。次々に岩の槍が、class3を追尾するようにズガガと地面から突出する。 それを華麗に避けるclass3だったが、そのおかげで春臣から距離を取ることができていた。


 何が起きているのかと春臣が周囲を見渡すと、背後にはふよふよと浮いている繋(けい)がいた。


「大丈夫かい?」


「うぉッ!? びっくりさせんなよな!?」


「あっはは。ごめんよ」


 繋(けい)は地面に足をつけると、先ほどの両手剣のclass3から受けた傷を負っている春臣へ近づいた。


「な、なんだよ……」


「そんなに警戒しないで。あと、その傷──」


 繋(けい)は、腕からだらだらと流れ落ちる大きな切り傷を指さして言った。


「後で治療させてね。それまでは応急処置」


 そう言って、繋(けい)は空間魔法から包帯を取り出すと、人差し指を杖代わりのようにくるりと振った。 包帯はひとりでに動き出し、くるくると春臣の腕に巻きついていく。


「じゃあ、あとはあれだけだね」


 春臣は思わず背筋をピンと伸ばす。ついさっきまで、ほんの一瞬前まで朗らかな雰囲気だったものが、鋭いものへと切り替わる。まるで別人のようで、歴戦の強者のような、肌を突き刺すような気配が春臣に伝わる。


(なんだよ、こいつ……遠くで見てた時と全然別人じゃねえか)


 春臣は、目の前で自分を庇うかのように戦う繋(けい)の背中を見つめた。


 繋(けい)は土魔法で、先ほどと同じように地面から土の槍を次々と隆起させた。 ズガガガ、と鋭い音を立てながら突き上がる土槍は、class3を逃がさないように間合いを詰めていく。


 class3は切れ味の良い刃で、その土槍を次々と薙ぎ払っていく。 だが、繋の狙いは最初から仕留めることではなかった。


 class3は土槍の処理に意識を向けているうちに、気づけばその周囲を土槍に囲まれていた。


 繋(けい)は生成した花の剣に魔力を乗せ、逃げ場を失ったclass3に向けて鋭く言い放った。


「スヴェルザ(切り裂け)!!」


 ◇


 繋(けい)は近くの座れそうな場所を探し、春臣を治療する。 応急処置で巻いていた、血でべったりと濡れた包帯を慣れた手つきで回収し、片手で手当てをするように回復魔法をかけた。


 淡いオレンジ色の光が闇夜の中で温かく浮かび上がり、ゆっくりとぱっくり割れた春臣の腕の傷が閉じていく。


「……」


 不思議な光景に思わず見惚れると同時に、春臣の頭の中では、何を質問されてもいいように、スムーズに切り返せるよう言葉を準備していた。


「……それで、君は僕にどういった用事かな? 煌夜くんの意思ではなさそうだし、もしかして東京に直接つながってる人?」


 まさか直球で来るとは思わず、春臣は胸の内で心臓を強く跳ねさせた。 ドクンと大きく鼓動する心臓を何とか落ち着かせ、顔に出ないように取り繕う。


「なんのことだ? 俺はたまたま外に出てただけだぜ?」


 内心、ロジックががたがたすぎると、春臣は自分に馬鹿野郎と言いたくなる。ただでさえ夜は危険だというのに、なぜ一人で、なんて聞かれたら終わりじゃねえかと、自分を責めたくなる。


(くそっ……こうなったらここで殺すか? ──いや、でもさっきの戦いを見たが、正攻法では勝てねえ。このまま油断している最中に始末するしかねえ)


 春臣はちらりと様子を窺うため、繋(けい)を見る。すると繋(けい)は、春臣の視線に気づいていながらも、責めるでも警戒を露わにするでもなく、ただ静かに傷口へ手を添えていた。


 淡いオレンジ色の光が、夜気に溶けるように揺れる。


「……たまたま、ね。そっか」


 やわらかな声だった。 だがその声音には、春臣の誤魔化しを無理に暴こうとはしない代わりに、すでに見抜いているかのような確信めいた響きがあった。


 春臣は舌打ちしたい気持ちを押し殺す。


「信じるのかよ」


「全部は信じてないよ」


 あっさりと返され、春臣は思わず眉をひそめた。繋(けい)は治療する手を止めず、まるで他愛のない話でもするように続ける。


「でも、君が最初から僕を殺すつもりで近づいてきたんだろうな、っていう予想はついてる」


「──っ」


 春臣の肩がぴくりと揺れた。


 図星を刺されたことよりも、その言葉に敵意がほとんど乗っていないことの方が不気味だった。


「だったら何だよ」


 低く唸るように返すと、繋(けい)はようやく春臣を見た。怒りも侮蔑もない、ただひどく静かな眼差しで春臣の目をまっすぐ見つめる。


「やめた方がいいと、思って」


「は?」


「君じゃ、僕には敵わない」


 春臣は一瞬、言葉の意味を呑み込めなかった。敵わない。つまり、自分が襲いかかったとしても、太刀打ちできないと言っているのだ。


「……馬鹿にしてんのか?」


「してないよ」


 繋(けい)は即答した。


「君は相手との力量差を測れないほど愚かじゃないはずだよ。それに、むしろ逆かな。君がそうするしかない状況にいるんだろうなって思ってる」


 繋(けい)は、少しだけ目を伏せた。


「──それに、東京から逃げた方がいい」


 その一言に、春臣の目つきが変わる。


「任務に失敗すれば、君の身が安全じゃないと思うからね」


 繋(けい)の声はどこまでも穏やかだった。他人事のような物言いではなく、目の前にいる春臣を本気で案じている話し方だった。 そんな繋に春臣は、他人なのに、敵だというのに、こちらの身を案じる目の前の男を少し不気味に感じた。


「最悪、噂で聞いてる通り……人体実験の駒にされるかもしれない」


 その言葉に、春臣の喉がひくりと鳴る。


 知っている。曖昧な噂では済まされないことを、春臣は知っていた。命令に背いた者、任務に失敗した者、果てには成功したとしても関係なく人体実験の駒になる。そういう話は、腐るほど耳にしてきた。


 だが、それでも。


「……逃げろって?」


 春臣は吐き捨てるように言った。


「今さら、どこに」


 繋(けい)は黙って春臣を見る。その視線がやけに真っ直ぐで、どこまでもこちらのことを心配していて、春臣は苛立ちを覚えた。


「俺はな、親に幼い頃捨てられて、そっからずっとあてもなく生きてきたんだよ」


 苛立ちをぶつけるように、春臣は自分の過去を曝け出す。頭のどこかでは、なぜ他人にこんなことを言わないといけないのかと冷静な自分がいたが、吐き出し始めたら止まらなかった。


「優しさなんて知らねえまま生きてきた。腹が減ったら奪って、生きるために他の奴から場所を奪って、そうやって這いつくばってきた」


 吐き出した淀みも、暗い感情も、目の前の男はただ凪いだ瞳で受け止める。その姿勢に、春臣は拳を握る。爪が掌に食い込む。


「このゾンビだらけの世界になって、やっとだ。やっと息ができるくらいには生きやすくなった」


 皮肉だった。まともな世界では居場所がなかったのに、壊れた世界の方が自分には都合がよかった。


「なのに今度は逃げろって? どこに?」


 声が荒くなる。怒りというより、叫びに近かった。


 繋(けい)はそれを正面から受け止め、少しだけ眉を下げる。


「でも、このままじゃ君は死んでしまう」


「だったら」


 春臣は繋(けい)を睨みつけた。


「お前に殺される覚悟で挑むしかねえ」


 ──ずっと逃げてきた。逃げてきたばかりの人生だった。でも、今さら。今さら、今度はどこに逃げるって言うんだ。だから、今度は逃げない。今度こそ自分の居場所を手に入れてみせる。目の前の男に殺されたとしても。


 しばしの沈黙が二人の間に落ちる。そんな中でも、ピンと張った弦のような空気が漂う。 そんな中、繋(けい)は不意に困ったように笑った。


「……なら、僕と一緒にくるかい?」


「──は?」


 あまりにも予想外の返答に、春臣の思考が一瞬止まる。


 間の抜けた声が、そのまま漏れた。


 繋(けい)は真面目な顔のまま、言った。


「ぼくは、キミを助けたいと思った」


 春臣は数秒遅れて、ようやく言葉の意味を理解する。理解した瞬間、今度は苛立ちが噴き上がった。


「はっ、同情かよ!?」


 嘲るように笑ってみせる。そうでもしなければ、この場の空気に呑まれそうだった。


 だが繋(けい)は、その挑発を受け流すでもなく、ただ頷いた。


「うん。同情だ」


 あまりにも真っ直ぐに肯定されて、春臣の方がたじろぐ。


 繋(けい)は少しだけ視線を落とした。


「ぼくも君と似たような思いをしたことはある……でも、両親に捨てられたわけじゃない。だから、君の苦しさを全部わかるなんて言えない」


 悲しいのか苦しいのか分からない、静かな声だった。


「でも、少しはわかる気がするんだ。投げやりな気持ちになるのも、何も期待しない方が楽だって思ってしまうのも」


 春臣の喉が詰まる。責められているわけでもないのに、胸の奥を見透かされたようで落ち着かなかった。


 繋(けい)は、そっと続けた。


「それに、まだ分かってないじゃない」


「……え?」


「今より楽しいことがあるかもしれない。美味しいご飯だって、綺麗な景色だって、新しい趣味だって見つかるかもしれない」


 一つ一つ指を折りながら語る柔らかな声が、夜の静けさの中にゆっくり落ちていく。


「好きな人に出会えるかもしれないし、君が君のままで笑える場所だって、これから先にあるかもしれない」


 春臣は顔をしかめた。


「そんな先の見えねえ話、言われても実感わかねえよ」


 吐き捨てるように返す。


「それに、こんな世界だ。平和になる可能性だって見えねえ」


「それを取り戻すんだよ」


 春臣が息を呑む。


 繋(けい)は、静かに、けれどはっきりと言い直した。


「僕が──いや、僕たちで」


 春臣は思わず言葉を失った。綺麗事だ。馬鹿みたいな理想論だ。そう切り捨ててしまえば簡単なのに、繋(けい)の声音には不思議と冗談めいた軽さがなかった。


 本気で言っている。本気で、そんなものを手繰り寄せようとしている。


「だから、君は待っててほしい」


「……は?」


「無理して今ここで何かを決めなくていい。どこへ行くかも、キミ自身が決めることだから」


「それに何より、生きるために走り続けた君には、休息も必要なんじゃないかな」


 そう言って、繋(けい)は優しく笑う。


 春臣はぽかんとしてしまった。


 さっきまで自分は、この男をどう殺すか考えていたはずなのに。今は、その笑みひとつに頭の中をかき乱されている。


「……何なんだよ、お前」


 かすれたような声が漏れる。繋(けい)は少し首を傾げ、それから最後に傷の具合を確かめた。


「はい、治療完了」


 そう言って、繋(けい)は春臣の頭を優しく撫でた。


「……っ!?」


 その行為に、春臣の思考は完全に止まった。


 子ども扱いされたことへの怒りより先に、あまりにも自然に触れられたことへの戸惑いが押し寄せる。こんなふうに触れられた記憶なんて、いつぶりかもわからない。


 繋(けい)はそんな春臣の混乱など気づいていないのか、穏やかなまま立ち上がった。


「遠慮なく頼ってね。──じゃあ、一緒に帰ろっか」


 そう言って、繋(けい)は春臣の手を引っ張って立ち上がらせる。


「ちょ、おま、待っ……!」


 うまく思考が追いつかないまま、春臣は半ば流されるように長杖の後ろへ乗せられた。


 夜風が強くなる。浮遊する感覚とともに、奈良の拠点の灯りが少しずつ近づいてきた。


 春臣はその間ずっと、背中越しの繋(けい)を見つめていた。細い背なのに、不思議と振り落とされる気がしなかった。


 やがて拠点に辿り着くと、そのまま繋(けい)は煌夜がいる部署まで春臣を連れていった。


「繋(けい)くん、こんな夜分に彼を送り届けてくれてありがとう。にしても、なんでこんな夜中に?」


 煌夜の問いに、繋(けい)はいつも通りの柔らかい笑みを浮かべる。


「彼が見晴台を散歩してた時に、class2が近くまで来てたらしくて。それで退治してくれてたみたい」


「え?」


 思わず春臣は目を見開いた。


 繋(けい)は気づかないふりをして、すらすらと言葉を続ける。


「そのあとclass3と出くわしちゃって。ちょっと危なかったから、僕が助けた感じかな」


 つまり、自分が何のために外にいたのかも、何をしようとしていたのかも、一切口にしていない。むしろ春臣を庇うための嘘を、あまりに自然に並べている。


 春臣が隣で固まっていると、


 ごんっ!


 と、鈍い音が響いた。


「いっでえ! なにすんだよ大狼(おおがみ」!」


「褒められることはしたが、連絡はしろ。連絡は」


 そう言って、今度はデコピンをする。


「いっだあ! 二回もするんじゃねえよ!?」


「それだけ大事ということだ」


 一瞬驚いたものの、そのやり取りはどこか兄弟のようでもあり、親子のようでもあった。緊張した空気が少し緩み、繋(けい)は思わずくすりと笑う。


「ふふふ、じゃあ煌夜(こうや)くん、とりあえずおやすみ」


「ああ、ありがとう。おやすみ」


「春臣くんも、おやすみ」


 春臣は殴られた頭を擦りながら、どこか納得していないような顔で繋(けい)を見る。


 本当にこいつは何なんだ。どうして自分を庇うのか。どうして手を差し伸べるのか。どうして、そんな風に笑えるのか。


 答えなんてまだ出ない。けれど。


「……おやすみ」


 気づけば、そう返していた。


 その一言だけで、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じて、春臣はひどく戸惑う。


 こんな感覚は知らない。知らないはずなのに、少しだけ失くしたくないと思ってしまった。


 その心の変化に自分自身で驚きながら、春臣はこれからどうするべきかを考えるのだった。




いつも読んで頂いてありがとうございます!

もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションのどれかを押して頂けると更新が頑張れます!٩( 'ω' )و

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