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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第3章:ユミル・テンペスト

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第17話:春臣の決断

2025/10/22 加筆修正 2025/12/15 全改稿

2026/4/28 大改稿版投稿

(さて、どうするかな……)


 改めて紹介しよう。

 男の名前は三船春臣(みふね はるおみ)。

 黒髪をオールバック気味に撫でつけた精悍な横顔。常に気だるげな顔をしているが、どこか古風な男らしさを纏っている。


 春臣は繋(けい)と交流する機会があってからというもの、すっかり絆されていた。


 似た者同士。

 同じように、過去に両親絡みでろくでもない幼少期を過ごさざるを得なかったこと。


(といっても、俺と違ってあいつは腐らずに生きてきたんだがな)


 春臣の胸中は複雑だった。


 彼は本部から、繋(けい)の殺害、あるいは観察を命じられていた。


 繋(けい)を殺せそうなら殺せ。

 できなければ、“魔法”と呼ばれる力がどんなものなのか、どういったことができて、何ができないのか。能力者との違い。魔法を使う者へのデメリット。その他もろもろのデータを送れ──とのお達しだった。


(そりゃあ、ほぼ何でもできる力だ。あのマッドサイエンティストが気にする要因しかねえもんな)


 しかし、春臣に命令を下した彼女は、魔法の力を利用したいがために観察を命じたわけではなかった。


 彼女が知りたいのは、ただ一つ。

 魔法という未知の力が、これから自分の行う計画の障害になり得るのか、それともならないのか。それだけだった。


(あの女の第一目標は、この世界の掌握だ。そのためにゾンビ兵を作ってやがる━━けど、本当に……本当にそれだけか? あの女が世界征服なんてものを目指してるとは思えねぇ)


 春臣には、蛇ノ目の考えていることが全部分かるわけじゃない。

 けれど、ひとつだけ確かなことがある。


 あの女は、ずっと前からこの異常事態そのものを観察していた。

 隕石だの、ゾンビだの、異能だの。そういう全部を、ただの災厄としてじゃなく、何かに使える“素材”みたいに見ていた節がある。


 厳重に管理されていたソレを、わざと外に出したのも彼女。

 そして、一番最初に異能者として覚醒したのも、彼女だった。


 ゾンビ兵を作ろうとしているのも、あの女の異能が関係している。

 ───覚醒者だってそうだ。

 普通なら言うことなんか聞くはずのない連中を、自分の下で従えているのだから。


 恐らく相手の精神を揺さぶる類の能力という事は耳にしている。だがそれ以外の細かいところまでは春臣にも分からない。

 ただ、相手の心の傷や、触れられたくない部分に入り込んで揺さぶるのが、あの女は異様に上手かった。

 まるで最初からそこに何があるのか知ってるみたいに、容赦なく踏み込んでくる。


 それが異能によるものなのか、あの女自身の性質なのか。

 たぶん、その両方だ。


 だから春臣は知っている。

 あの女のそばにいると、人は自分でも気づかないうちに追い詰められていく。

 恐怖も、執着も、怒りも、不安も。そういうものを勝手に暴かれて、限界まで煽られる。


 あの女はきっと、そうやって人を壊す寸前まで追い込んで、何かを見ているのだ。


(俺はどうするべきなんだ……このままあの女のもとで生きるべきか……でも、あいつの言う通り、俺の命も未来も、あそこにはないはず……だよな)


 周りは誰も自分を理解してくれない。

 生きづらさばかりが募っていく毎日。他人と自分を見比べては、息が詰まりそうになる。


 そんな日常が、ある日突然壊れた。


 混沌とした非日常。生きるか死ぬかだけが基準の、シンプルな世界。

 春臣にとっては、その方がずっと生きやすかった。水を得た魚のように、生きることができた。


 ──そのはずだった。


(あいつの傍にいると、落ち着くんだよな……)


 確かに今の世界は春臣にとって息がしやすかった。

 けれども、心の奥底はずっと満たされていなかった。

 春臣はこれまで、自分の身を守るために、攻撃性で自分を覆って生きてきた。

 見下されないように。見くびられないように。馬鹿にされないように。


 けれど、彼の前ではそんなふうに構える必要がない。

 繋(けい)は、春臣をそんな目で見ないからだ。


 だから春臣は、もう一度繋に会いに行く。話をしに行く。

 胸の奥がわずかに浮き立つのを感じながら。


 だが、そんな春臣に影が差す。

 人生の転機が訪れたというのに、悪魔がそれを邪魔するかのように。


 蛇が舌なめずりしていた。



 ◇



(いたいた。相変わらずガキどもと遊んでやってんなあ)


 会議も終わり、春臣は雑多な拠点内を歩いていた。

 すると、風に揺れる特徴的な赤い前髪が目に入る。


 そこには、学校の校庭のベンチ近くで子供たちと一緒にドッジボールをして遊んでいる繋の姿があった。

 あえて的役になって、子供らの投げるボールをひょいひょいと避け続け、最後にはわざと当てられてやっている。その様子に、自然と春臣の口角が上がる。


(ははは、わざと当てられてやんの)


 春臣は繋に近づいていく。砂利を踏む音に混じって、子供たちの白熱した声が近づいてくる。


 ──今更、元の世界に戻したとして、そこに貴方の居場所はあるのかしら。


(……ッ!!)


 その瞬間だった。

 ──ザザザ、と。

 一瞬だけノイズのような鋭い痛みが、頭の奥を走った気がした。


(んだあ? なんでこのタイミングであの女を思い出す?)


 蛇のような目で、心の内を見透かすように笑うあの女の顔が脳裏をよぎり、春臣は不快そうに舌打ちする。


(今思えば、なぜあんなにも心酔していたのか分からねえ。まるで、ずっと頭の中にかかっていた靄みてえなもんが、渡(わたり)に出会ってから晴れたみたいだ)


 それまで春臣を支配していた破滅願望のようなものが薄れ、ようやくまともに物事を考えられるようになった気がしていた。


 そんなことを考えているうちに、向こうも春臣の姿に気づいたらしい。


「あれ、春臣くんじゃないか」


「よっ」


 春臣はむず痒い気持ちになる。だが、こうして陽だまりのような笑顔で名前を呼ばれ、手を振られると、悪い気はしなかった。


(こちとら二十四歳で、いい年した大人なんだけどなあ……)


 そうは言っても、繋の方が年上なのだ。

 春臣はまだ、自分が初めて“ちゃんとした大人の包容力”に触れていることに気づいていなかった。そんな相手だからこそ、胸の奥に溜め込んでいた言葉が、零れてしまうのだった。


「なあ、渡……」


「うん?」


「俺はこの先、どうすればいいと思う?」


 初めて会った時には、自分で決めろと諭された。

 けれど考えてみても、いくら悩んでみても、答えは出なかった。


 今まで奪うばかりの人生だった。

 ずっと刹那的な生き方しかしてこなかった。


 本当に自分のために考え、何かを選ぶ。

 そんな時間が、春臣にはこれまでなかったのだ。


 だからこそ春臣は、初めて誰かに頼ろうとする。

 少し緊張した面持ちで、繋に問いかけた。


「ぶっちゃけた話、俺はお前に会うまで、この世界を元に戻さなくてもいいって思ってたんだ。──俺は、前に話した通り、過去に色々あったせいで、ずっと普通の世界の方が生きにくいと思ってた」


 だからこそ、元の世界に戻そうとする人間たちのことが疎ましくて仕方なかった。


「誰も底辺だったオレのことなんか見ちゃいなかったし、考えてくれる奴なんていなかった」


 たとえ東京で幹部にまで昇りつめようと、元が底辺の人間には、使い捨てみたいな任務しか回ってこなかった。


「だから、お前はあの時、逃げろと言ってくれた。一緒に来ないかって、助けたいって言ってくれた」


「なあ、なんでだ? お前はあの時、自分も似たような経験をしたって言った。なのに、なんで人への優しさを失わないままでいられる」


 春臣には、それがとても不思議だった。まるで目の前に星でも落ちてきたかのような衝撃だった。


 春臣の張り詰めた空気から、繋も何かを察したのだろう。

 その疑問に、繋はほんの少しだけ間を置いて、穏やかに答える。


「自分にやってほしかったことを、やってるだけさ」


 春臣は気だるげな目を大きく見開いた。

 その言葉に込められた意味が、すぐに分かったからだ。分かってしまったからこそ、胸が軋むように痛んだ。


(──自分にやってほしかったことを、やってるだけ……か)


 繋は困ったような表情を浮かべ、黙り込んだ春臣を横目で見ながら、空笑いまじりに言う。


「納得できそうな答えだったかな?」


「ああ、納得できる答えだった。ありがとな」


「ほんとう?」


「ほんとうだっての」


 ジト目で疑うようにこちらを見る繋に、春臣は「ははっ」と笑った。


 充分だった。

 短くてシンプルな答えだったが、春臣にとっては、ぐだぐだと高尚な言葉を並べられるよりも、よほど腑に落ちた。


 同時に、試したくなった。試したくなってしまった。

 まるで子供が親に愛されているかどうかを確かめるみたいな、稚拙な問いが喉元まで込み上げ、そのまま言葉になってしまう。


「……なあ、渡」


「うん?」


「お前はオレを見捨てないか?」


「見捨てない。絶対に、何があっても助ける」


 間髪入れず、強く、信念のこもった声が返ってきた。

 そのあまりの力強さに、春臣はつい狼狽えてしまう。


「っな……冗談だってんのに、ま、まじになんなよ」


 熱すぎる答えに、思わず誤魔化すように言う。

 だが、繋は春臣の名を呼んだ。いつものような穏やかで柔らかな声ではなく、強い意思を感じさせる、そんな熱が籠った声色だった。


「”春臣”。約束する。僕の手が届く限り君を助けるよ」


 その言葉は、まっすぐすぎるほどまっすぐに春臣の胸へ届いた。

 軽口で受け流せるようなものじゃなくて、だからこそ息が詰まる。


 ずっと欲しかった言葉だった。

 ずっと、ずっと。


 春臣は恥ずかしさに顔を俯かせながらも、心の奥底から救われるような気持ちになっていた。


 ありがとう。

 その一言は、とうとう口にできなかった。

 けれど、その代わりに春臣は一つの決意を固める。


「今から、狼神(おおがみ)に俺がスパイだったってことを伝えにいく」


 それは、東京を裏切るということだった。

 そして、自分が知っている東京の情報を共有すれば、それは繋のためにもなる。


 そう言葉にした瞬間、不思議と腹は据わっていた。


「じゃあ、また拳骨されないように付いて行こっと──さすがに今回は庇わないとね」


 繋は揶揄うように言いながらも、優しく笑ってみせた。


「ばあか、子供扱いすんじゃあねえよ」


 春臣は自然に笑い合うことができた。繋(けい)は子供たちに「また遊んでね」と手を振った後、二人は歩き出す。


 その背後に、蛇の影が忍び寄っていることを、まだ春臣は知らない。

 それでも今の春臣は、一人ではなかった。


 何があっても、隣を歩く魔法使いが彼の身を守るだろう。

 たとえ大きな影が再び春臣を包もうとしても、繋がその闇を晴らしてくれるのだから。




いつも読んで頂いてありがとうございます!

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