第6話:魔王と特異点
繋は仲間達と別れたあと、フリッグに連れられて異空間へ移動した。
そこは、横も上も真っ白なトンネルのような空間がひたすら真っ直ぐと続いていた。
カツンカツンと2人の歩く音だけが鳴り響く。
「・・・・・・」
(・・・・・・ふむ)
繋は仲間と別れた後、フリッグと話すこともなくずっと俯きながら歩いていた。
繋の隣近くを歩いていたフリッグは同じく無言のまま横目で繋の様子を偶に確認するように見ていた。
(お?)
繋が歩みを止め、フリッグも歩くのを止めた。
繋はくるりと元来た道の方に身体を向ける。
何か考え事をしているのか、繋は元来た道をぼうっと眺めていた。
繋はヒョードルから誕生日祝いに貰った魔法のトランクケースを横に置き、そしておもむろにスノトラから貰った杖を何もない虚空から出現させてみた。
次にポケットに入れていたペンダントをポケット越しに触れて確認した後、今度は左親指に着けたリングを確かめる様になぞる。
(うん。夢・・・じゃないんだよな・・・)
この真っ白なトンネルの先は夢の終わり。
そんな風にしおらしく考えてしまうぐらい。
もしかしたら今までの生活と旅路は自分が見せている都合の良い夢で、本当の自分は病院で寝たきりなんじゃないかと思ってしまうほどの幸せな夢。
繋は杖を握りしめる。
(でも、違う。ちゃんと皆と居た証がココにある)
仲間から別れを惜しむ言葉を別れる最後までたくさん貰った。
それだけでなく、大事な贈り物も貰った。
たくさん。沢山のものを貰ったのだと繋は改めて感じる。
最後の最後には仲間一人ひとりと抱き合い健闘を祈られ、見送られた。その時の別れ際の仲間の一人一人の顔を思い出すと繋の心がきゅうっと締め付けられる。
一緒にずっといたからなのか、実は今でもすぐ後ろに居るんじゃないかと後ろを振り向いてみたが、もちろんそこには誰もいない。
(間違いなく。間違いもなく。そこに居たんだ・・・・・・)
(親代わりとして居てくれた家族、兄弟と思ってくれていた親友と仲間)
繋はちらりと隣を見る。
(そして・・・・・まるで姉のような女神様)
繋はフリッグの言葉を思い出す。
そうだ【これで最後じゃない】──また、会える可能性はあるのに。
希望はある。
なのに。
それでも。
心に穴が空いたような気持ちになってしまう。
最初はスヴィグルとたった2人だけで始まった魔王討伐の旅。
途中で参入してくれたヒョードル。
魔族の国の魔法学校で出会ったスノトラ。
最後に獣戦士族の村で出会ったベオウルフ。
修行中に出会った彼。
そのあとも様々な人たちとの出会いと別れ。
死と隣り合わせな過酷な旅で途中嫌になることもあった。
それでも旅の途中で出会う未知の体験に心が躍ったりして、なんだかんだで楽しい旅でもあった。
他には。地球のRPGゲームの中に出てくるようなダンジョンみたいな物は無かったが、魔物が作った根城を討伐するついでに探索したり。
旅の途中に雲の上に浮かぶ島を見つけて、スノトラと一緒に杖を使って他の仲間も宙に浮かばせながら空中に浮かぶ島へ飛んで行ったりもした事もあった。
他にも海底神殿もあったり、山奥の古代遺跡にも行ったり様々な所を冒険したりもした。
次第に行った場所だけでなく、その時その時の仲間の表情や姿も思い出して繋は自然と笑みが零れ、さっきまで冷えかかっていた心が少し温かくなった気がした。
あの5人で過ごした10年間を思い出す。
大切な。宝物のような思い出達。
それがあれば、寂しさや孤独が襲い掛かっても立ち向かう事が出来るくらい温かい光だった。
「・・・・・・ケイ」
「おい・・・大丈夫か?」
フリッグの声で繋は俯いて顔を上げる.。
「あっ・・・ごめん。大丈夫」
「・・・そうか。そろそろ道が開く。行くぞ」
フリッグは繋の徐々に不安そうな表情になる繋を見ていて心配をしていた。なんて声をかけるべきか悩んで、ようやく声をかけた頃には普段の表情に戻っておりフリッグは安堵する。
(恐らく仲間との別れに今ごろ実感が追いついたのだろう)
(にしても、良い者達と巡り会えたものだ)
フリッグは繋を見送った繋の仲間達の事を思い出す。
(繋と出会う前のヒョードルも、スヴィグル含め、スノトラやベオウルフもあそこまで情に厚い性格では無かった筈だったが、あそこまで変わるとはな・・・)
(きっと。いや。繋の存在はあの者たちにとって、とても良い出会いだったのだろう)
フリッグは今までの繋の旅路を思い返す。
そして、改めて奇跡的な偶然で繋がこの世界に来てくれた事を感謝している。
元居た世界と違い死が身近にあるこの世界で生き抜くだけでも大変なのに、更に魔王討伐まで巻き込まれてしまった。
両親の死。自分だけ生き残ってしまった罪悪感。心を休ませる時間も無くこの世界に適応する為に努力をし、挙句の果てには魔王討伐の旅路。
余りにも不憫だとフリッグは感じていたが、神である自分が世界の命運に干渉しすぎる事が出来なかった為、繋の旅を止める事は出来なかった。
だが、最終的には魔王討伐に繋が居てくれて良かったのかもしてないと思うのだ。
(本当は、この世界に迷い込んだアイツに新たな傷を負わせたくなかった)
(だが・・・運命なのか・・・・・・)
(結局のところ、魔王討伐の旅に巻き込まれ、様々な苦難を味わい、そして旅路の果てに栄光ではなく、新たな心の傷を負ってしまうとは・・・)
魔王とは──
時代ごとに、あらゆる種族から突如として現れる変異体。
強大な魔力を持ち、世界を滅ぼそうとする存在を、そう呼ぶ。
魔王が誕生すると、その種族から何人もの勇者が選ばれ、討伐に向かうのがこの世界の掟だった。
妖精族や魔族から魔王が誕生した場合──
『強大な魔力を持つ魔物』が生まれる。
それに対抗できるのは、同じ妖精族と魔族だけだった。
獣族から魔王が現れた場合──
『強靭な肉体を持つ魔獣』が増え、対抗できるのは獣族のみ。
人族から魔王が現れた場合──
『人を魔人に変質させる力』を持ち、群れを成して侵略してくる。
そのため、人口の多い人族が、同じ種族として立ち向かうしかなかった。
ある時代には、魔王を倒すことができず。
種族どころか、人類そのものが壊滅しかけたこともあった。
フリッグは、そんな惨状を見るたびに願った。
「各種族が手を取り合う未来を」と。
だが──
神である自分には、直接人間の文明に介入することが許されなかった。
ただ、見守ることしかできなかったのだ。
そして現代──。
例にも漏れず、魔王が現れた。
だが、イレギュラーが起きた。
本来なら、魔物や魔獣が現れ始めると同時に、魔王へと覚醒した者が世に姿を見せるはずだった。
しかし今代の魔王は──
いつまで経っても、魔王としての破壊活動を始めなかった。
そればかりか、世界には『強大な魔力を持つ魔物』、『強靭な肉体を持つ魔獣』、そして『魔人』が同時に現れ、人類はかつてない壊滅の危機に瀕していた。
フリッグは願った。
「今度こそ、種族間の垣根を超えてくれるはずだ」と。
だが、やはり結果は変わらなかった。
各種族ごとに勇者たちを組み、討伐に向かうだけだった。
――そんな中だ。
スヴィグル勇者一行が、魔王討伐に成功したのは。
しかも。彼らは人族だけではなかった。
人族と妖精族。
魔族と獣族。
異なる種族が、手を取り合って討伐を成し遂げたのだ。
前人未踏の偉業に、各種族の国々は沸き立った。
そして、その立役者こそ──繋だった。
繋本人は気づいていない。
何か目立つことをしたわけではない。
ただ、
『目の前の誰かと、誠実に関わり続けた』
それだけだった。
だが、その「普通」が、今回すべてのきっかけを作ったのだ。
フリッグは思う。
(ありふれた優しさが、世界を変えたのだと)
そしてスヴィグルたちの活躍のおかげで、各種族間の交流も芽生え始め、
ついに。
長い間閉ざされていた壁が壊れ、世界はようやく、新しい時代を迎えようとしていた。
(だが、しかし・・・・・・)
やはりこの頃の世界全体の動きがおかしいとフリッグは悩んでいた。
今代の魔王に覚醒した者は歴代の魔王より特殊だったこと。
度重なる地震と合わせて世界の境界線に緩みが多くなっている事。
現在、あちらこちらの世界で違う世界の人が迷い込む事が増えたり等、神として把握し切れないイレギュラーが増えつつあった。
そんな状態のまま繋を地球に帰すことには、フリッグも悩みに悩んでいた。
それでも繋の意思を汲み取ってやりたいという思いから、地球の現状はさておき、できるだけ安全に帰せる方法を模索していた。
そして、魔法で無理やり世界の境界線をこじ開けるのではなく、今回の日食のタイミングを利用すれば比較的安全に送り届けられると判断し――フリッグはやむなく、その方法で決行したのだった。
(あいつの力を借りた方が安全だったか?)
アイツとはフリッグの知人であり、過去に繋から両親が生きているか調べて欲しいと頼まれた際に、知人に頼み調べて貰った事があったのだ。
実は今回の地球の件もその知人からの情報で、地球が死人が蔓延する世界になっているのをフリッグは知ったのである。
また合わせて、繋が此方の世界に紛れ込んだ時に『大規模な地震』が地球であったのだと聞き、それが原因で繋達家族に不幸が起きてしまったのだと知る。
.
(今思い返すと、色々重なりすぎている)
フリッグは顎に手を当てて考える。
今までは魔王関係のことであまり動けなかったが、これは色々調べる必要があると。
今までも稀にだが、繋のように違う世界から此方の世界に紛れ込んでしまった事があった。
だが、それでも『稀』だった。
フリッグは懸念する。
もし境界線の綻びが大きくなったら、異世界から紛れ込んでしまう人間が増える可能性が出てくる事。
そして、繋のように、運が良く、環境に適応出来る力が無ければ、死んでしまう人間が増えてしまう事。
(それだけじゃない・・・もし境界線の綻びがこのまま大きくなったら・・・・・・。他の世界と世界が互いを喰い始めてしまい互いの世界が消滅してしまう)
(これは本当の本当に人類を剪定する為の前触れかもしれない)
宇宙意思に対抗するには大勢の『特異点と成る人』が必要なる。フリッグは繋を見て最悪の事態を想像してしまった。
だが、仮に繋が特異点と成ったとしても神として出来ることは限られてしまう。
それにフリッグは歯痒くもなる。
もし来るべきその時が来て、繋が特異点となってしまっても、最善となるように何とか動くしかないのだろう。
(他の世界の存命している神々にも聞きに行くべきか)
そんな事を考えながらフリッグは歩き「そういや・・・」と思い出し歩みを止める。
「そういえば、お前。地球が死人だらけになっていると仲間には伝えたのか?」
フリッグの隣を歩いていた繋はピタッと動きを止める。
(こいつめ・・・もしや)
「・・・・・・言ってない・・・です」
うっ。と繋は気まずそうに顔をフリッグから反対に逸らしつつ、みんなになるべく心配をかけたくなかったからと言う。
(はあ・・・・・・。こういう所だ)
人の心配は人一倍する癖に、自分の事は心配されたくない。心配しないで欲しいと思っている繋に、フリッグは心底ため息をつく。
(なんて、酷い奴だ)
こいつには一旦自分がどれだけ大切に思われているのか何時か身をもって知るべきでは、とフリッグは思った。
そして、繋はフリッグに両手を合わせてこんな事も言ってきた。
「お願いだ! みんなには内緒にしておいてください!」
繋は両手を合わせ、犬耳でも生やしそうな勢いで懇願する。
フリッグは腕を組み、ため息をついた。
(・・・・・・まったく。こいつという奴は)
フリッグは思いっきり繋の頬を抓りたい衝動にかられたが、今に始まった事ではないと自身を嗜め頷く。
それでも頷いてみせるが、口角がぴくりと上がる。
繋はそれに気づかず、ホッと胸を撫で下ろした。
(──覚悟しておけよ、ケイ)
女神の悪戯っぽい笑みは、白いトンネルの中にそっと溶けていった。
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