第3話:別れの前のハグ(前編)(圧縮推敲版)
2026/6/18 圧縮推敲版投稿
人族が統治する王国へ戻ったあと、国は各種族を集め、スヴィグル達の帰還を盛大にもてなした。
王城へ向かう道すがら、多くの人々が感謝と称賛を惜しみなく向けてくる。
繋もスヴィグル達も、そわそわと落ち着かないまま、その賛辞を受け取っていた。
王城に着けば、他の勇者パーティや各種族の王達が集まっていた。
感謝の言葉を賜り、褒美を受け取り、労いの言葉を交わす。
その後は、魔王討伐を記念した祭りへ。
大量の花火が夜空を朝のように照らす中、繋達は朝までその喧騒に身を置いていた。
「うっ……昨夜は飲みすぎた……」
「他の勇者パーティのリーダー達と、気絶するまで飲んでたもんね」
朝日が差し込み始めた頃。
机に伏して気持ち悪そうに唸るスヴィグルに、繋は向かいに座って白湯を差し出した。
「はい」
「サンキュ……」
スヴィグルはそれを受け取り、ゆっくり啜る。
スノトラは家族に会いに行き、ベオウルフも和解した家族や村人達と過ごしていた。
ヒョードルも、魔王討伐の支援に関わった重役達と話すため途中で別れている。
「ああ……とうとう朝か……」
スヴィグルは顔を上げ、散らかった皿やグラスの向こうで気怠げに呟いた。
「なあ……どうしても、やっぱり今日じゃないといけないのか」
「スヴィグル……」
「分かってんだ。魔術的にも、今日じゃないと駄目なんだろ」
それでもよ、とスヴィグルは続ける。
酒のせいか、いつもよりずっと感傷的だった。
「オレはさ……何度も言ってるけど、家族を魔獣に殺されて一人になって、勇者の訓練に参加したのも……生きる理由が欲しかったからだ」
繋は頬杖をつきながら黙って聞く。
「そこに、お前がいた。同じように親を亡くして、それでも生きててさ。……神さんが、もう一度オレに家族をくれたんじゃねえかって思ったんだよ」
酔いに任せた言葉に、いや、幾度となく言われた言葉なのに、繋は少し恥ずかしそうに目を伏せた。
スヴィグルと出会い、共に訓練し、二人だけの勇者パーティとして歩き始めたあの頃を思い出す。
「ふふ……一緒にヒョードルの家で訓練してた頃から言ってるけど、僕はとっくに家族だと思ってるよ」
「なはは! 確かにそうだな」
スヴィグルは笑って、ゆるりと顔を上げてそれから真っ直ぐに繋を見る。
「なあ、あの日交わした通り、お前とオレは半分で一人だ。あっちに行っても忘れんなよ、オレの半身」
その言葉を最後に、スヴィグルはどんっと机に額をぶつけ、そのまま意識を失ったように寝息を立て始めた。
一人残された繋は、驚いたあと、嬉しそうに小さく呟く。
「ほんっと、ありがとうね。スヴィグル」
まだ早朝で、仲間達と合流するまで時間はある。
繋は魔法でスヴィグルをふわりと浮かせ、自分も少し休むため宿へ戻った。
◇
昼を迎えた頃、スヴィグルと繋が泊まっていた宿へ、スノトラ、ベオウルフ、ヒョードルが迎えに来た。
繋を除く皆は、すでに身軽な服装と装備に整えている。
繋だけは、地球の状況を考え、魔王討伐の旅と同じように様々な物資を魔法のトランクケースへ詰め込んだ。
保存の利く食材。
ヒョードルとスノトラが作ってくれた軽食。
概念抽出魔法のための「花の栞」。
地球へ戻って何が起きてもいいように、できる限りを備えた。
そうして一行は、前日の楽しい余韻を抱えたまま、女神の神殿へ向かう。
場所は王国から少し離れた丘の上。
周囲には古い遺跡のような欠けた建造物が残り、その中心に古びた大きな神殿が建っていた。
「にしても、いつ来ても女神さんの神殿がある場所とは思えねえよな」
スヴィグルは両手を頭の後ろで組み、辺りを見回す。
神を奉る場所にしては、あまりに放置されており、草木は伸び放題で、建造物も崩れたままだった。
その言葉に、繋は以前フリッグが言っていたことを思い出す。
(大切なのは心の在り方だ。私を信仰する気持ちがあるなら、場所などどうでもいい)
そして、こんな時代に神殿へ無駄な金や労力を使うなとも、神官達へ神託を下したのだと。
「でも……こんな状態なのに、魔力じゃなくてマナ……神聖な力のほうが満ちてるのよね。さすが本殿だわ」
スノトラが興味深そうに周囲を見渡していると、先頭を歩いていたヒョードルが足を止めた。
「ほら、着いたぞ」
「あれ!? 神殿までまだ先じゃなかったか!?」
ベオウルフが目を丸くする。
ヒョードルは、本殿は結界で隠してあるのだと説明した。
「さあ、こっちだ」
古びた扉を開けた先には、蔦に絡まり苔に覆われた巨大な女神像があった。
十メートルほどはあるだろうか。
像はあちこち欠け、長年の風雨に晒されていた。
それでも、崩れた天井の隙間から差し込む光が、その古びた姿に神秘的な神聖さを与えていた。
「でっけー……」
ベオウルフの素直な感想に、繋は微笑む。
「本当にね」
女神像の前に、ヒョードルを真ん中にして横一列に並ぶ。
ヒョードルが膝を折り、指を組んで祈りを捧げると、皆もそれに倣った。
すると、女神像の上空から光が差し、何もない空間にフリッグが姿を現した。
繋を一瞥したあと、一行を見渡して口を開く。
「久しいな。繋とヒョードル以外は、旅立つ前以来だったか」
平坦で、尊大な口調はいつも通りだった。
「長きにわたる魔王討伐、ごくろうだった。皆々、感謝する」
まずはその言葉が贈られる。
「だが、魔物や魔獣の残党はまだ各地に潜んでいる」
「それでも、魔王という最大の問題はひとまず解決した。これで数百年は多少なりとも平和が続くだろう」
ベオウルフがげっそりした顔で肩を落とした。
「……やっぱ、魔王を倒しても魔物や魔獣は消えねぇのかよ。しかも数百年しかもたねぇって……」
フリッグは腕を組み、ため息をつく。
「私のほうでも毎度対策は講じているんだがな…。だが、魔王の成る条件は神界でも未だ解明されていない」
そして少し顔を曇らせた。
「つまり魔王とは、この世界が進化するために伴う成長痛のようなものだと思ったほうがいいだろうな」
その言葉に、スヴィグルとベオウルフはうんざりし、スノトラと繋も乾いた笑いを漏らす。
「成長痛って……解りたくないわよそんなの! この世界が続く限り、それも続くってことでしょ!? やってらんないわよ!」
スノトラが叫び、繋もこくこく頷いた。
次第に皆の口から愚痴がこぼれ始める。
魔王を倒しても残党はいるし、結局休めない。少しは楽をさせろ、と。
その様子を見ていたフリッグは、んんっと咳払いした。
「それで、お前たち。別れの言葉は済ませたのか?」
その一言で、場がしんと静まり返る。
少しの沈黙のあと、スヴィグルが答えた。
「ああ。昨日に」
「そうか」
フリッグは頷いたあと、にやりと口元を歪める。
「それで、本当に充分にか?」
その途端、スノトラが爆発した。
「は~~~っ!? そんなわけないじゃないですか! まだまだ! 言い足りないです!!」
「お、おう……そうか」
予想以上の勢いにフリッグが少したじろぐ。
それを皮切りに、ベオウルフもスヴィグルも不満を吐き出した。
「魔王を倒したばっかで、余韻に浸る間もなくケイと別れるとか! 正直、気持ちが追いついてねえよ!」
「ほんとだぜ! こっちは泣きたくなる気持ちを必死に誤魔化してカッコつけてたのによ――!」
「御上も意地が悪いですな」
最後にそう零したのは、珍しくヒョードルだった。
いつもなら誰よりも冷静で、周囲を諭す側の彼が、不満を漏らした。
繋が地球へ帰ると打ち明けてから、ヒョードルの胸中はずっと穏やかではなかったのだ。
もちろん反対はしていない。
それでも、家族である自分にだけでも、せめて事前に相談してくれなかったことは、寂しかった。
繋もまた、そのことにずっと申し訳なさを感じていて、今も目を逸らしてしまう。
「ケイ」
「ヒョードル……」
ヒョードルはそんな繋を抱き寄せ、不満げな表情のまま軽々と抱き上げた。
「ヒョードル!? ちょっ、恥ず――」
「ほんっとうに、お前は……せめて儂だけには、先に相談してほしかったな」
責める声音ではない。
どこか拗ねたような、けれど優しい声だった。
「ごめん……本当はヒョードルに一番先に言いたかったんだ。でも、タイミングが見つからなくて……」
小さな謝罪に、ヒョードルはふっと笑って繋を下ろす。
「いや。もういいんだ」
そう言って、繋の頭を少し乱暴に撫でた。
こうしていると、昔を思い出す。
まだ幼かった頃、繋は少しでも迷惑をかけたと思うと、黙って俯いていた。
ヒョードルは一度たりとも迷惑だと思ったことはない。
むしろ、もっと頼ってほしかった。
見知らぬ世界で、見知らぬ種族に囲まれ、親に愛されることもないまま死に別れた子供。
そんな繋に、請われるまま生き抜く術を叩き込むしかなかった自分を、今でも悔いている。
本当はもっと、一緒にいる時間を増やせばよかった。
戦う術より先に、家族として過ごす時間を。
それでも、繋は大きくなった。
人族にとってはもう十分大人と呼べる歳だ。
自分の長く退屈な人生に、変革をもたらしてくれた、唯一の家族。
ヒョードルは繋の顔を両手で上げる。
「また元気な姿で、儂の前に遊びに帰ってくるのを楽しみにしているよ」
そして、もう一度抱き締めた。
「愛してるぞ」
ヒョードルは優しく微笑んで、そう言った。
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