第4話:血ではない繋がり
人族が統治する王国に戻った後、国には各種族が集まりスヴィグル達の帰還を盛大にもてなした。
王城へ向かう道すがら、多くの人々の感謝と称賛の言葉に包まれた。
繋やスヴィグル達はそわそわと恥ずかしながらも大勢の人達からの賛辞の声を受け取っていた。
王城に付けばスヴィグル達とは違う場所で活躍し生き残った他勇者パーティ達と各種族の王達が其処に集まっていた。
各種族の王達から感謝の言葉を賜ったり、褒美を受けとったり、他勇者パーティと労いの言葉を交わした。
その後は国が魔王討伐の記念で開催した祭りに繋とスヴィグル達は赴き、大量の花火が打ち上がる朝のような夜を朝まで過ごしていた。
「うっ・・・昨夜は飲みすぎた・・・・・・」
「他の勇者パーティのリーダー達と気絶するまで飲んだもんね」
朝日が昇り始め、差し込んだ朝日に目を瞬かせながら机に伏せた状態で気持ち悪そうに唸っているスヴィグルに、繋は向かい側に座り「はい」と酔い覚まし用の白湯をスヴィグルに渡す。
それに「サンキュ」とスヴィグルは有難く受け取って、ズズズと白湯をゆっくり飲んだ。
この場にいないスノトラとベオウルフだが、スノトラには家族が会いに来ており、ベオウルフには和解した家族と村人の人たちが昨夜会いに来ていた。
ヒョードルは魔王討伐の支援に関わった重役達と話すために、其々また昼に会おうと約束し途中でスヴィグルと繋を残して一旦別れた。
「ああ・・・とうとう朝か・・・」
スヴィグルは顔を上げると祭りの後で皿やグラスが散らかったテーブルの上に片肘を付け、手で頭を支える。そして気怠いようで、どこか哀愁を感じさせながらスヴィグルは話しだす。
「なあ・・・どうしてもやっぱり今日じゃないといけないのか」
「スヴィグル・・・・・」
「いや。分かってんだ。俺は魔法には詳しくは分かんねぇが魔術的にも今日じゃないといけないってことも」
でもよ。とスヴィグルは続ける。
酒に酔っているせいなのか、何時もなら余り感傷的な言葉を吐かない彼が微睡みながら繋に話し出す。
「俺はさ・・・何度も言ってるかもしれねえがよ・・・お前と合う前は魔獣に両親を殺されて一人だったし、勇者として訓練に参加したのも復讐というか、生きる理由が見つかんなかったから生きる理由を探して参加してたって」
「・・・・・・でもよ・・・まさか参加した其処に、同じように親を亡くして似たような境遇のお前が現れたんだ、それはよぉ・・・神さんが俺にもう一度家族をくれたんじゃねえのかと思ったんだよな」
酔狂な言葉をつらつらと流すスヴィグルに、繋は何処か恥ずかしそうに眼を瞑りながら頬杖をつく。
スヴィグルと出会い、共に訓練や修行をし2人だけの勇者パーティでスタートした6年間を繋は思い返す。
お互いを支えあった日々の中で、ヒョードルとはまた違った繋がりにケイはフフフと思い返すように笑う。
繋に兄弟は居なかったが、もし居たとしたらこのような感じなのかと思った。
なあ。とスヴィグルは繋に語りかけるかのように言葉をかける。
「あっちに行っても忘れんなよな。あの日交わした通り、お前とオレは相棒で兄弟だ」
そして、その言葉を最後にスヴィグルはどんっと子気味の良い音を鳴らしながら机に頭を打つとそのまま意識を無くしたのか、ぐがーと机の上で寝始めた。
1人その場で残された繋は驚いた表情をした後、嬉しそうに「ありがとう」と呟いた。
まだ早朝。他の仲間達とまだ会うまで時間があるため少しでもスヴィグルをちゃんとした場所に寝かせるためと繋自身も休むために、魔法でスヴィグルを浮かし宿に向かった。
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昼を迎えた頃にスヴィグルと繋が泊まっていた宿にスノトラを初めベオウルフとヒョードルが迎えに来てくれた。
スヴィグルと繋を除くメンバーは女神の神殿に向かう前に身軽な服装と装備で準備を完了しており、同じようにスヴィグルも軽装で準備をする。
繋に関しては地球の状況を考えて魔王討伐の旅路と変わらず様々な物資を魔法のトランクケースに詰め込んだ。
地球に帰っても当分は食べる物に困らないように当分保存が効く食材やヒョードルとスノトラが作ってくれた軽食を鞄の中に入れたり、概念抽出魔法を発動させる為の『花の栞』を入れたりと、地球に戻っても何が起きても良いように準備をした。
そして勇者達は前日の楽しかった余韻を残しつつ女神の神殿に向かうのだった。
場所は王国から少し離れた丘。
周りは古い遺跡か何かの欠けた建造物だった物達があちらこちらに残っていて、その中心に古びた大きな神殿のような建物が建っていた。
「にしてもいつ来ても、女神さんの神殿がある場所とは思えないよな」
スヴィグルは両手を頭の後ろで組みながら周りを見渡す。
スヴィグルの言う通り神を奉る場所にしては余りにも放置されており、辺り一面草木は生えっぱなしで建築物や建造物は修理されないまま残っていたりした。
スヴィグルの言葉にふと繋はフリッグが言っていた事を思い出す。
(形ある物等に拘っても意味など無いだろ。新しい神殿なんて建ててみろ次々と為政者の権力、威勢を象徴する存在だけに成り代わってしまい、意味が薄れてしまう)
(大切なのは心の在り方だ。私を信仰する気持ちがあるなら、どんな場所、どんな所だって構わないのさ)
(しかし・・・まあ、人にとって信仰する『場所』が必要という事も分からんでもないがな)
それだけではなく、「魔」が蔓延るこの時代にそんな時間と労力、金を使う等もっての外だと各種族の神官共に神託を下したのだとフリッグは繋に話しをした事があった。
「でも・・・こんな状態になってる場所だけど魔力じゃなくてマナ(神聖な力)・・・なのかしら? そっちの力の方が此処だと満ち溢れているのよね」
さすが女神様の本殿だけあるわ。とスノトラは興味有り気にあちらこちらを観察しながら関心していた。
「ほら皆着いたぞ」
暫く歩いた後スヴィグル達の先頭を歩いていたヒョードルがそう言うと、まだまだ先にあったと思っていた神殿が、目の前に突然現れたかのように聳え立っていた。
「あれ!? 神殿までまだ先じゃなかったか?!」
ベオウルフが驚いたように言うと、ヒョードルが結界で本当の本殿を隠してあるのだと説明をした。
「さあ、こっちだ」
古びた神殿の大きな扉を開けて入ったすぐ先には、蔦に絡まり苔に覆われた10m程ある大きな女神の石像が置かれていた。
女神像は長年放置されているのもあり、所々欠けてボロボロになっていた。
そんな女神像だが、像の頭上。崩れた天井の隙間から差し込んだ日差しによって古びた女神像は神秘的な神聖さを感じさせていた。
もう一度デッケーなと素直な感想を言うベオウルフに繋は微笑みながら「本当にね」と返した。
女神像の前にヒョードルを真ん中として横並びで仲間たちが並ぶ。
ヒョードルが膝を折り指を組んで祈りを捧げる。
それに合わせるように繋達もヒョードルに合わせて膝を折り指を組み祈りの姿勢をとる。
すると、女神像上空から光が差して女神が何も無い空間から実体を表すと、繋を一瞥したあとスヴィグル達を見渡し口を開いた。
「久しいな。繋とヒョードル以外は魔王討伐に旅立つ前以来だったな」
フリッグはいつものように平坦な口調で。そして尊大な態度で話し続ける。
「本当に長きにわたる魔王討伐、ごくろうだった。皆々、感謝する」
フリッグはまず、ここまで頑張ってきた勇者たち一行に賛辞の言葉を送った。
「だが、魔物や魔獣の残党は、まだまだ各地に潜んでいる」
「それでも、魔王という最大の問題はひとまず解決した。これで、数百年は多少なりとも平和が続くだろう」
・・・・・・やっとのことで目的を達したと思ったのに、まだまだ問題は山積みらしい。
ベオウルフはげっそりとした顔で肩を落とす。
「・・・・・・やっぱ、魔王倒しても魔物や魔獣は消えねぇのかよ。しかも、数百年しか平和がもたねぇって・・・・・・」
やっとの事で目的を達したと思っていたら、まだまだ問題が山積みな事にベオウルフはげっぞりした表情になる。
「私のほうでも、毎度対策は講じているのだがな・・・・・・」
フリッグはため息をひとつつき、腕を組んだ。
「あれの存在は、神界でも未だ解明されていない。魂の流れを観察したこともあったが、魔王と成るための明確な条件は確認できなかった」
フリッグは顔を曇らせたまま、続ける。
「・・・・・つまり、魔王とは。この世界が進化するために伴う“成長痛”みたいなものだと思ったほうがいい」
世界が次のステージへと進む際に生まれる痛み。
その痛みが、魔王や魔物、魔獣を生み出している可能性。
神でさえ観測できない、理不尽な現象。
(もしくは、『癌』。増えすぎた人類を剪定するための宇宙意思。
だからこそ、今回の魔王は異様なまでに特殊だったのかもしれない)
──だが、魔王を倒したばかりの勇者たちに今ここで話すことではない。
フリッグは胸の内に留め、繋たちを見つめた。
成長痛──。
その言葉を受け、スヴィグルとベオウルフはうんざりした顔をし、スノトラと繋も乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「成長痛、かぁ……うん、まあ、何となくわかるけど。いや、やっぱ解りたくないわ!
人と違って、この世界が続く限り、その成長痛とやらも続くんでしょ? やってらんなすぎる!」
スノトラの叫びに、繋も同意を示すように頭を上下に振った。
次第に当初の目的を忘れ、繋達はわいわいと愚痴を言い始める。
魔王討伐した後でも、まだまだ残党は多くいるしで落ち着く時間はないしで、少しは楽をさせろなどと愚痴を言い合っていた。
その姿にフリッグは微笑んで見ていたが、んんっと咳払いをする。
「それで、お前たち別れの言葉は済ましたのか?」
女神の一言で先程までの賑やかさが嘘のようにしんと静まり返った。
少しの沈黙の後、スヴィグルが切り出した。
「ああ。昨日に」
フリッグは頷きながら抑揚の無い声で「そうか」と言ったと思ったら、すぐさまニヤリと意地の悪そうな顔をして返答した。
「それで、本当に充分にか?」
それに対してスノトラは感情を爆発させた。
「は~~~っ! そんなわけないじゃないですか! まだまだ! 言い! 足りない! です!!」
「お、おう、そうか」
スノトラは敢えて言葉を区切りながら大きく主張して、予想以上のスノトラの反応にフリッグは少したじろいだ。
そしてスノトラの言葉を皮切りにベオウルフもスヴィグルも我慢が切れ各々不満が漏れ出した。
「魔王を倒したばっかで、今までの事とか色々余韻に浸る間もない状態でケイと別れるとか! 正直気持ちが追いついてねえよ!」
「ほんとだぜ! こっちは泣きたくなるような気持ちを必死に誤魔化してカッコつけてたのによ――!」
そんな感じでベオウルフに続いてスヴィグルがブーブーと怒り気味に女神に言葉を返した。
「女神様も意地が悪いですな」
各々不満が漏れる中、珍しい人物が周りと同じように不満を言った。
それはヒョードルだった。
何時も誰よりも冷静で不満すら出さず、寧ろ周りを諭す側であるヒョードルが珍しく不満げに言葉を放ったのだ。
ヒョードルはずっと複雑な胸中だったのだ。
魔王討伐後に突然、繋が地球に帰ると打ち明けてから、心中穏やかではなかった。
もちろんヒョードルは繋が地球に帰る事に対して反対は無い。
それに、魔王討伐前に仲間の士気に関わらないように繋本人は気を使っていたと討伐後の帰りに話をしてくれた。
(それでもだ)
ヒョードルは繋が魔王討伐前に地球に帰る事に対して家族である自分に事前に相談をしてくれなかった事に対して不満と寂しさがあった。
ヒョードルにとって家族と呼べる存在がもしかしたら一生の別れになるなんて尚更の事だった。
繋本人の意思を尊重していたのもあったが、パーティーの中で一番の年長者という事もあって我慢して我慢していたのだが女神からの言葉でヒョードルは心に閉まっていた不満が漏れだしてしまったのだ。
(たった 昨日一日だけで別れの言葉を済ませろと?)
そんなの無理に決まっている。
たった1日だけで足りる訳がないのだ。
それに、魔王討伐が始まってからというものの、ヒョードル自身魔物の討伐やその他の魔王討伐パーティーの育成等で多忙となり、数年間一緒にゆっくり居られる時間など無かったのだ。
育成が落ち着き始めたと思ったら、繋が魔王討伐パーティーに参加するという誤算も起きてしまった。
そこから討伐完了まで大変な日々を過ごし、やっとの思いで魔王を倒し、やっと繋とゆっくり過ごせると思った矢先。
繋が地球に帰ってしまうなんて予想できただろうか。
繋はもしかしたら、こっちの世界に戻って来れるかもしれないと言っていたが、それが何時になるか分からない。
何もかも伝えるのに時間が足りない。
「人の人生は短い。各々格好つけないで今此処で言いたい事を素直にぶつけるんだな」
女神は腕を組みつつ繋に目配せをした後、目を伏せ女神像に体を預けた。
「ケイ」
「ヒョードル・・・」
繋は魔王討伐後からずっとヒョードルに申し訳なさを感じており、現に今も感じて目を逸らす。
ヒョードルはそんな繋を抱きよせ強く抱きしめ上げた。
繋は今年で30歳となり、ヒョードルと出会った頃と比べたら身長も体格もそれなりに育ったのだが、それでもヒョードルとの体格差に叶わなく、繋をひょいと軽々と抱き上げた。
「ヒョードル?!ちょっ・・・恥ず」
「せめてワシだけには先に相談してほしかったな」
恥ずかしがる繋にヒョードルは言葉を遮る。
その声色は責めるわけではなく、どこか揶揄うように繋に言葉をかけていた。
それに繋はごめん・・・。と小さな声で返した。
「本当はヒョードルに一番先に言いたかったんだ・・・、けど、タイミングが見つからなくて・・・本当にごめん」
その姿を見てヒョードルはフッと笑い、繋を降ろす。
「いや。もういいんだ」
ヒョードルはふるふるとゆっくり首を横に振りながら優しく答え、そして繋の頭を少し乱暴に撫でた。
(こうしていると、過去を思い出すな)
繋の頭を撫でるも、黙って俯いてしまった繋を見て彼の小さかった頃を思い出す。
まだ繋が幼かった頃、お互いの距離感が分からなかったこともあり、繋が少しでもヒョードルに迷惑をかけたりしたと思った時に繋は必ず黙って俯いていた。
ヒョードルは繋がやってくれたこと、した事に迷惑と思った事は一度も無かった。
むしろ、どんどん頼って迷惑をかけて欲しかったと思っている。
親と死に別れ、見慣れない世界で、見知らぬ人種に囲まれる――そんな環境に適応するには、途方もない時間が必要だった。
死と隣り合わせの日々。平和な世界を失った少年に、生き抜く術を叩き込むしかなかった自分を、今でも悔いている。
(――儂は、何としてもお前に生きてほしかった)
(だから、生き抜く術を最優先に教えた)
(けれど・・・・・・それだけで良かったのだろうか。もっと、他にもできることがあったんじゃないか――そう、今でも悔やんでいる)
ヒョードルは改めて繋を見る。
本当にこの子は大きくなった。
30歳。人族にとっては十分大人と呼べる歳。
(儂の長く退屈な人生の中で、ただ1人。変革をもたらしてくれた存在)
大切で。愛おしくて。
(儂にとって唯一の家族なのだ)
繋の顔を両手で上げる。
「また元気な姿で儂の前に遊びに帰ってくるのを楽しみにしている」
そしてまた繋を抱き締める。
「愛してるぞ」
ヒョードルは優しく微笑んでそう言った。
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