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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第5章:白熊ワンダーラスト

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第19話:譲れない戦い

 最初の攻撃は、繋の真下から現れた。


 地面を突き破り、鋭い木の槍が突き上がる。


 繋は横へ跳び、そのまま空中へ浮かび上がった。後を追うように、無数の木槍が伸びてくる。その隙間を縫って躱すと、今度は壁から複数の蔦が襲いかかった。


「フィム・ブロザ!」


 5枚の花弁を象った魔法の盾が、殺到した蔦を受け止める。表面を軋ませながらも盾が持ち堪えていることを確かめ、繋はさらに高度を上げた。


 頭上では、絡み合った枝葉が音を立てている。足元の根も、行く先を探るように蠢いていた。


(なるほど)


 地面も、壁も、天井も。このドームを構成する樹木のすべてが、想の武器なのだ。


「逃げてるだけかよ!」


 想が地面を蹴った。その足元へ太い根がせり上がり、身体を乗せたまま一気に伸びる。


 目前へ迫った木槍を、繋は硬化魔法で補強した長杖で受けた。硬質な音が響く。正面から競り合わず、穂先を滑らせて受け流し、想の脇を抜けた。


 直後、天井から木の棘が降り注ぐ。繋は杖を回転させ、迫るものだけを撃ち落とした。砕けた木片が頬をかすめ、足元へ散っていく。


 先ほどから、想は攻め続けている。それでも、繋は一度も反撃していなかった。


「俺を馬鹿にしてんのかっ」


「してないよ」


「なら攻撃しろ!」


「君を、いたずらに傷つけたいわけじゃない。止める隙を探してるだけだ」


「その余裕も崩してやる!」


 想の声に呼応し、ドーム全体が揺れた。壁を伝っていた蔦が束になり、二本の巨大な腕へ変わる。左右から迫った掌が、繋を押し潰そうとした。


 しかし、その動きは目前で止まった。


「なっ……!」


「――グロウ」


 繋の指先から、淡い光が伸びていた。


「植物操作は、僕もできるからね」


 巨大な腕も、もとは無数の蔦だ。その一部へ干渉し、絡み方を変える。束の内側で蔦同士が締まり合い、腕はそれ以上動けなくなっていた。


「まだだ!」


 根を操り、想が再び距離を詰める。


 繋は腕の脇を抜け、地面へ降りた。追ってきた槍を弾き、杖の柄で次の突きを逸らす。

 二人の足が土を蹴り、槍と杖が何度も音を響かせた。


 想の方が背は高く、身体にも厚みがある。だが、渾身の一撃を繰り出すたび、繋はその軌道から半歩だけ外れていた。


 異能へ覚醒して、三年にも満たない想。

 対する繋は、十六年もの間、死と隣り合わせの異世界を生き抜いてきた。


 その経験の差は、激情だけで埋められるものではなかった。


 槍と杖が噛み合う。押し合う武器の向こうで、想の顔が歪んだ。


「なんで本気にならねえ! この間会ったときは、本気だったろうが!」


「本気だよ。君と、ちゃんと向き合おうとしてる」


「だったら、あんたの本音を見せろよ!」


「君は、どうしてそこまで――」


 言い終える前に、足元が隆起した。根が二人の間へ割って入り、繋は後方へ飛び退く。


 想の背後で、無数の根が絡み合った。


 腕。胴体。脚。


 木が軋む音を立てながら、天井へ届きそうな巨人が立ち上がる。差し出された掌へ想が飛び乗ると、巨人は彼を肩まで運んだ。


「――ヴィズヨトゥン。樹木の巨人だ」


 見下ろす想の顔を見上げる。顔をくしゃくしゃにして、歯を食いしばり、何かに耐えるような顔をしている。


「なんで怒らねえんだよ!」


 巨人が片腕を振り上げる。拳の先から枝が伸び、巨大な槍へ形を変えた。


「親父を憎んでんだろ! 親父と暮らしてた俺のことだって、憎いんじゃねえのかよ!」


 繋は息を詰めた。杖を握る手へ、知らず力がこもる。


 想を憎んではいない。けれど、彼が自分の知らない父親を知っていることは怖かった。


 父親を、完全には憎めない。それでも、許せないことはある。


 母親との記憶を捨ててしまいたい。同時に、供養したいとも思っている。


 矛盾している。


 けれど、そのすべてが繋の本心だった。


「全部、俺にぶつけてみろよ! 怒ってみろよ!」


 想が手にした槍を向ける。その穂先が、わずかに震えていた。


「俺を弟だって思ってくれるなら、綺麗な言葉で宥めるな。兄貴!」


「それでも! 君に怒りをぶつけるのは断る!」


 繋は顔を上げた。


 怒りを向けられているのに、目の前の弟の方が傷ついているように見えた。  

 自分が何も返さないことで、想をさらに追い詰めている。


 それが分かっても、憎んでいない相手を憎いとは言えなかった。


 想は、本来なら自分へ向けられるはずのない怒りまで、受け止めようとしている。  

 父親への恨みも、幼い頃の寂しさも。ぶつけられることで、兄の苦しみを少しでも引き受けようとしているのかもしれない。


 けれど、この弟を傷つけたところで、あの頃の自分が救われるわけではなかった。


 怒れば、想は納得するのだろうか。  


 それでも、その顔が苦痛に歪むところを見たいとは思えなかった。


 まだ出会って間もない、この弟を大切にしたかった。


(したいと思ったんだ。君を。そんな風に怒ってくれる君を)  


 父親のしたことまで背負わせずに、これからの話をしたかった。


 誰かが傷つく姿に耐えられないのは、虐待の中で身についたものなのかもしれない。  


 それでも、想を大切にしたいという気持ちまで、過去に決められたものにはしたくなかった。


(これは……僕の願いで祈りだ……!)


 繋は虚空へ手を伸ばし、花の栞を取り出した。


「概念出力魔法起動――グラジオラス!」


 朱色の栞が、赤い花弁となって舞い散る。花弁は繋の手元へ集まり、一振りのロングソードを形作った。


 想が目を見開く。繋は剣を構え、震える息を吐いた。


「何も思わないわけじゃない!」


 胸の奥へ押し込めていたものがせり上がった。


「君が、僕の知らない父さんを知っていることが怖い! 君は愛されてたんじゃないかって、考えた!」


 柄を握る指が、痛むほど強張る。


「僕を見てくれなかった父さんが、君には笑いかけたのかもしれない。君のお母さんには、僕の母さんへ向けなかった優しさを向けたのかもしれない!」


 羨ましくないわけがない。悔しくないわけがない。


 同じ父親の子どもなのに、どうして。そんな思いがなかったと言えば、嘘になる。


「でも、それを君にぶつけるのは違う!」


 繋は、自分を見下ろす弟を真っ直ぐに見据えた。


「君が父さんに愛されていたなら、それは、それでいいんだ!」


「……何、言って」


「僕が寂しかったことと、君が愛されたことは別だ! 君がもらったかもしれない幸せまで、間違いだったことにしたくない!」


 想の唇が開き、何も言わずに閉じられた。


 栞越しに聞いていた冬吾と煌夜も、言葉を失っていた。

 やがて冬吾だけが、困ったように眉を下げて笑った。繋らしい答えだった。あまりにも、彼らしくて、嬉しかった。


 ドームの中で、木が大きく軋んだ。


 想の意識が、繋の言葉へ奪われていた。振り下ろし始めていた巨人の腕が、そのまま傾く。


「っ……止まれ!」


 想が肩へ手をつく。だが、枝の束はギシギシと唸るばかりで、落下の勢いを殺せなかった。


 巨大な木槍が、繋へ迫る。


「避けろ!」


 繋は足を引かず、赤く明滅する剣を掲げた。


 槍の根元には、天井を支える枝まで巻き込まれている。このまま地面へ叩きつければ、想の足場だけでなく、ドームそのものが崩れかねない。外には冬吾と煌夜がいる。何より、想がまだ巨人の肩にいた。


 繋は空いた手を、その身体へ向けた。


「フロス」


 想を包むように、薄い膜が広がる。


「避けろ、避けてくれ! ――兄さん!」


 その呼び声に、繋は一瞬だけ目元を緩めた。すぐに剣を握り直し、落ちてくる穂先へ向き直る。


「スヴェルザ(切り裂け)!!」


 赤い閃光が走った。


 剣から放たれた魔力が、木槍の先端へ食い込む。だが、想が組み上げた木は硬い。砕けた部分の奥から、さらに幾重もの枝が押し寄せた。


 靴底が地面を削る。繋は両手で柄を支え、魔力を注いだ。


 弾け飛んだ木片が、脇腹をかすめる。熱い痛みとともに衣服が裂け、鮮血が散った。


「兄さん!」


「――はあぁぁっ!」


 繋は踏み止まった。赤い奔流が槍を押し割り、巨人の腕を根元まで裂いていく。


 支えを失った上半身が、ゆっくりと傾いた。想は肩を蹴り、外側へ飛び降りる。


 繋は剣先を振り上げ、崩れる巨体へ残る魔力を放った。大きな木塊が砕かれ、無数の枝となって降り注ぐ。その間を、想を包むシャボン玉が滑り落ちた。


 轟音がドームを満たす。土埃が舞い、壁を伝う枝が何度も震えた。


 やがて、木が崩れる音も止んだ。


 繋は剣を下ろした。刃が花弁へほどけ、指の間から消えていく。


 大きく息を吐いた途端、膝から力が抜けた。


「兄さん!」


 地面へ降りた想が駆け寄り、倒れかけた身体を抱き留める。支えた手が、脇腹の血に触れた。


 浅い傷だった。それでも、指先が赤く染まるのを見て、想の顔から血の気が引いた。


「ごめん……俺、こんな……」


 それ以上、言葉にならなかった。戦っていたときよりも激しく、肩が震えている。


 繋は一度呼吸を整え、想の手へ自分の手を重ねた。


「大丈夫さ。見た目より浅いから」


「でも……っ」


 繋は何かを言いかけ、やめた。いま笑って済ませたら、きっと、この弟はまた傷つく。


 だから、抱き留めてくれている腕へ、少しだけ身体を預けた。


「……少し、このまま支えててくれる?」


 想が顔を上げる。繋はその頭へ手を伸ばし、そっと撫でた。


「ちゃんと、君と話したいから」


 想は唇を噛み、何度も頷いた。繋を支える腕に、今度は確かな力がこもった。




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