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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第5章:白熊ワンダーラスト

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第13話:三人でのリベンジ戦

「class4じゃと!?」


 冬吾が空を見上げる。


 直後、本部を囲む塀の向こうから、巨大な水柱が立ち上がった。

 水圧によって監視台が粉砕され、警備に当たっていた男たちが宙へ投げ出される。


「フロス!」


 繋が杖を出現させて振った。

 落下する男たちを、半透明の泡が包み込む。

 シャボン玉のような防御魔法がふわふわと揺蕩うように浮遊し、彼らをゆっくりと地上へ降ろした。


「全員、建物の中へ避難せぇ!」


 冬吾が腹の底から声を張り上げる。


「戦える者も、まずは住民の避難を優先! あれはワシらが引き受ける!」


「ああ。任せてくれ!」


「行こう、二人共!」


 三船も、黒崎も、虎之介も、すぐに動こうとしていた。


 しかし、それより先に冬吾、繋、煌夜の三人が地面を蹴る。


「速っ……!」


 虎之介が目を見張る。


 三人は何の打ち合わせもしていない。


 それなのにも関わらず事前に示し合わせたように、同時に動いていた。


 広島支部本部、その正門前。


 三人の頭上に、それは浮かんでいた。


 本部を囲む建物よりも高い位置。

 冬の青空を背に、白い人影がこちらを見下ろしている。


「……っちぃ。今度こそリベンジマッチじゃ」


 冬吾の口から、低い声が漏れる。


 それは、確かに人の輪郭をしていた。しかし、人ではない造りだと一瞬で理解できた。


 目も、口も、鼻もない。  

 顔には、ただ何も存在しない。


 のっぺらぼう。


 それなのに、視線があった気がした。


 目などないはずなのに、確かにこちらを見ていると分かる。  

 逃げ場のない悪意が、皮膚の上をじわじわと這ってくる。

 滑らかな陶器めいた白い身体は、作り物じみて美しく、背中からは、身体と同じ色をした、機械仕掛けのような翼が伸びていた。

 神々しさとは正反対の、冒涜的な美。


 人間の形をした災厄が、地上の三人へ何もない顔を向ける。


 三人の背後には、本部の建物。その周辺では、大勢の住民が避難を始めている。


 class4が片腕を掲げた。

 大気中の水分が集まり、その頭上へ巨大な水塊を形成する。


「来るぞ!」


 煌夜が叫んだ。

 直後、水塊から無数の槍が撃ち出された。

 水の槍が空を埋め尽くし、斜め上空から地上へ降り注ぐ。

 狙いは三人だけではない。三人の背後にいる住民も、その先にある本部の建物も、すべてが射線に入っていた。


「――リズ・フロス(軍勢を護る泡沫)!!」


 繋が杖を再び振る。


 三人の頭上から本部の屋根までを覆うように、無数の泡が広がった。

 泡は幾重にも重なり、巨大な半透明の壁となる。そこへ、水の槍が次々と突き刺さった。

 一枚目の泡が弾ける。二枚目が槍の威力を削ぐ。三枚目が、砕けた水流を受け止めた。


「繋くん、手が!」


 煌夜が、杖を握る繋の手首へ走った赤い亀裂に気づく。


「さすがに何百人かを守るための防御魔法だからね。でも、まだ大丈夫! 周りは僕が守るから、二人はあれを本部の上空から引き離して!」


「無茶はするなよ、繋!」


「もちろんさ!」


 冬吾は顔をしかめたが、今は押し問答をしている場合ではない。

 上空のclass4が腕を振り下ろす。

 大量の水が寄り集まり、建物さえ呑み込む巨大な波となって本部へ迫る。


「凍らす!」


 冬吾が正面へ両手を突き出した。

 白い霜が、迫り来る波の下端から一気に駆け上がる。

 荒れ狂っていた大量の水が、瞬く間に凍結した。

 本部へ覆い被さろうとしていた波は、その形を保ったまま巨大な氷壁へ変わる。正門前の道路からclass4のいる空へ向かって、反り返った坂のような足場が生まれた。


「煌夜くん、あの氷を足場に!」


「ああ!」


 黒い炎が、煌夜の全身を包んだ。


 燃え上がる炎が狼の耳と尾を形作り、両手からは獣の鉤爪が伸びる。


「――異装・人狼形態」


 煌夜は狼のように身を沈めた。


 次の瞬間、地面を蹴る。


 正門前を駆け抜け、凍りついた波の斜面へ飛び乗ると、そのまま上空へ向かって一気に駆け上がった。


「は?」


 遅れて門の外へ出てきた三船が、氷壁を駆け上がる煌夜を見て固まる。


「隊長、あんなことまでできるようになったのかよ!?」


 class4の顔が、下方から接近する煌夜へ向く。


 その周囲で水が渦を巻いた。


 集まった水が薄く引き延ばされ、無数の刃へ形を変える。すべての切っ先が、氷壁を駆ける煌夜へ向けられた。


「させない!」


 繋が地面を蹴り、浮遊魔法で空へ舞い上がる。

 煌夜とは反対側からclass4へ接近し、水の刃が放たれる直前、その射線へ割って入った。


 class4の顔が、煌夜から繋へ向く。


 水の刃が一斉に放たれた。

 繋は空中で身体を翻し、迫る刃をかわす。そのまま杖を握る手へ力を込めた。


 次の瞬間、繋の杖がさらさらと崩れ、大量の花弁へ変わる。


 ひとひら、ひとひらが光を帯び、赤と橙のあわいで輝く。


 花弁型の魔力が、繋の背後へ流れた。


 編まれ、束ねられ、やがて二対の翼となって大きく開く。


 繋は花弁の翼を羽ばたかせ、空中で鋭く方向を変えた。水刃の間を駆け抜けながら、本部から離れる方向へ飛ぶ。


 class4の顔が繋を追った。


 その動きに合わせ、周囲に生まれた水の刃も向きを変える。攻撃の射線が、本部や避難する住民から逸れていった。


「煌夜くん、右へ!」


「分かった!」


 繋の指示に合わせ、煌夜が氷壁を強く蹴る。


 正面から迫っていた水刃を避け、class4の右側へ回り込んだ。


 class4が煌夜を迎撃しようと翼を開く。


「狼神、そのまま行けぇ!」


 地上の冬吾が叫び、片手を振り上げた。


 氷壁の先、煌夜とclass4の間へ、巨大な氷柱が次々と生まれる。


 空中に斜めに並んだ氷柱が、上空へ続く階段を作った。


 煌夜は最初の一本へ着地する。


 氷柱を蹴って次の氷柱へ飛び移る。さらにその先へ、足場から足場へ跳び移りながら、宙を駆け上がる。


 放たれた水の刃が、煌夜の肩を掠める。


 煌夜は纏っていた黒炎のお陰で、傷一つ付く事は無かった。

 次々と飛んでくる水の刃を黒炎の鉤爪で一閃していく。

 水の刃が空中で裂け、ただの飛沫となって散る。


 その勢いのまま懐へ飛び込み、煌夜は黒炎の鉤爪をclass4の脇腹へ振り抜いた。

陶器めいた白い身体が深く裂け、傷口から噴き上がった黒炎がその表皮を焼く。


 距離を詰められたclass4が、さらに上空へ逃れようとする。

 機械仕掛けの翼が大きく開き、白い身体が浮き上がった。


「逃がすかあ!」


 冬吾が拳を握り締めた。


 class4の周囲に残っていた水分が、一斉に凍りつく。


 巨大な氷塊が翼の根元を左右から挟み込み、その動きを封じた。


 白い身体が激しくもがく。翼が軋み、拘束する氷へ次々と亀裂が走った。


「繋!」


「任せて!」


 class4の側面を飛んでいた繋が、急旋回し右手二本指を揃えclass4へ向け唱える。


「――フロス・フィアトラ(泡沫の縛り)!」


 無数のシャボン玉がclass4の周囲に生まれる。

 泡は逃げ道を塞ぐように幾重にも重なり、氷ごと白い身体を包み込んだ。


 class4が水の刃を生み出し、内側から振るわれた刃が、泡を切り裂いた。


 一枚、二枚と弾けていくが、それでも、一瞬あれば十分だった。


 冬吾は自らの足元に氷柱を生み出し、それを蹴って上空へ跳ぶ。

 さらに次の氷柱を作り、その先へ。煌夜のために作った足場を追うように、空中を一気に駆け上がる。


 繋の泡がすべて破られるより早く、冬吾はclass4の真上へ躍り出た。


「今度は好き勝手させん!」


 空中で身体を捻る。


 武術で鍛え抜かれた脚が弧を描き、その踵がclass4の後頭部へ叩き込まれた。

 凄まじい衝撃音が、広島の空へ響き渡る。

 氷の拘束が砕け散り、class4の身体が、砲弾のように地上へ弾き落とされる。

 煌夜は落下するclass4を追わなかった。

 最後の氷柱を蹴り、先回りするように地上へ向かって跳ぶ。

 正門前の道路へ着地すると、黒い炎を噴き上げながら落下地点へ駆け込んだ。


「最後は、任せてくれ!」


 頭上から、class4が落ちてくる。

 煌夜が地面を強く蹴った。


 落下する白い身体とすれ違いざまに、黒炎の鉤爪を振り抜く。


 class4の胸から脇腹へ、斜めに亀裂が走った。

 直後、傷口の内側から黒い炎が噴き上がる。

 class4は地面へ激突する寸前、周囲の水を集めた。大量の水が白い身体を包み、燃え広がる黒炎を押し流そうとする。


 だが、その水がclass4へ触れた瞬間。


「させるか!」


 上空から落下しながら、冬吾が片手を握る。

 class4を覆った水ごと、凍結させ、地面へと落とす。


「今だ、煌夜くん!」


 空中の繋が叫ぶ。


「ああ!」


 煌夜は大きく踏み込んだ。

 もう一方の鉤爪を十字に構え、思い切り裂くように一閃する。


「十字狼(ジュウジロウ)!!」


 咆哮と共に二本の黒い軌跡が交差し、class4の胴体が十字に裂け、塵となった。

 周囲に浮かんでいた水が、同時に形を失う。無数の雫が雨となり、本部の周囲へ降り注いだ。


 煌夜がゆっくりと立ち上がる。


 冬吾も氷の足場を作り地上へ降りた。


 最後に、繋が二人の間へゆっくりと降り立ち、二対の花弁の翼が解けた。宙を舞う花弁が繋の手元へ集まり、元の杖へ戻っていく。


「二人とも、お疲れさま! 怪我はない!?」


「ワシは無傷じゃ」


「俺も肩を掠めただけさ。それより、繋くんの手を見せてくれ」


「これくらいなら大丈夫――」


「繋」


「繋くん」


 二人から同時に睨まれ、繋は口を閉じた。


 赤い亀裂の走った手首を隠すことを諦め、大人しく差し出す。


 この程度の傷なら、自動回復魔法に任せておけば治る。それでも冬吾は、ポケットに忍ばせていた包帯を取り出し、繋の手首へぐるぐると巻き始めた。


 なぜ包帯を持ち歩いているのかと聞くまでもない。おそらく、自分のためだ。


 その過保護ぶりにスヴィグルを思い出し、繋は苦笑しながらも大人しく治療を受け入れた。


「というわけで、次は煌夜くんだね」


「いや、俺は大丈夫だ」


「念のため。ねっ? 僕にも心配させてよ」


「……そうだな。分かったよ」


 自分を案じてくれる言葉が、どこかくすぐったい。だが、自分が繋を心配するように、繋もまた自分を心配してくれているのだ。


 煌夜はわずかに表情を緩め、掠めた肩を繋へ向けた。


 三人のやり取りを、ほかの者たちは呆然と見つめていた。


 最初に我へ返った虎之介が、目を輝かせる。


「なんや、今の! めちゃくちゃ格好ええやないか!」


「興奮するとこ、そこかよ」


 三船が呆れたように言う。


「特に兄ちゃんや! 防御に補助、二人のバックアップまでできるんかいな! この間はあんな格好よう剣振って、class3を倒しとったやろ! 兄ちゃん、どんだけ何でもできんねん!」


 虎之介は繋たちを指差し、子どものように声を弾ませる。


「白熊も狼の兄ちゃんも、打ち合わせなしで全部合わせとった! なんや、あの三人!」


「まあ、はしゃぐ気持ちも分かるわな」


 三船は煌夜の異装へ目を向けた。

 反乱軍へ潜入していた頃、煌夜は黒炎を放つ程度の使い方しかできていなかった。

 それが今では、黒炎を全身へ纏い、狼のような速度で戦場を駆けている。

 春臣自身、思っていた以上に煌夜が先へ進んでいる事に闘争心が燃え上がる。


「……俺も負けてられねえな」


 三船は小さく呟き、拳を握った。


 一方、黒崎は言葉を失ったまま、繋を見つめていた。

 

 誰よりも早く救助へ動き、落下した組員たちを救った。降り注ぐ攻撃をことごとく防ぎ、自分たちだけでなく、拠点にいるすべての者を守ってみせた。

 

 それだけではない。

 class4を一人で倒せる力がありながら、自ら敵を討つことには固執しなかった。拠点と住民を守りながら、冬吾と煌夜が存分に力を振るえる状況を作り――二人の力を繋いだ。


「これが……冬吾さんの兄弟分」


 黒崎の口から、無意識に声が漏れた。まだ、すべてを理解したわけではない。

 冬吾が十六年間抱き続けた想いも、三船が繋へ寄せる信頼も。


 だが、少なくとも一つだけ分かった。


 渡繋は、冬吾に守られるだけの人間ではない。

 互いに背中を預け、互いの力を何倍にも引き上げられる存在なのだ。


「言っただろ。そのうち嫌でも分かるって」


 三船が隣で口角を上げた。


「……まだ、全部を認めたわけじゃない」


「素直じゃねえな」


「うるさい」


 少し離れたところでは、冬吾が繋の手首に巻いた包帯を念入りに確かめていた。

 自動回復魔法が働いているとはいえ、冬吾には心許ないらしい。


「明日は絶対に無茶するなよ、繋」


「分かった、分かった」


 繋が軽い調子で返事をする。


「返事が軽いんじゃが!?」


「大丈夫だってば。明日は三人で福岡までドライブするだけなんだし」


 心配してくれること自体は嬉しいが、さすがに過保護すぎないだろうか。

 そう思いながら、繋は包帯の巻かれた手首を眺める。


 しかし、冬吾にとっては、一度この世界から繋を失っているのだ。気が気でないのも無理はない。


 しかも今や、心配する側には煌夜まで加わっていた。


「繋くんの『大丈夫』は、少し信用できないよ」


「煌夜くんまで冬吾と同じことを言うようになったんだけど……」


「よし! 狼神、もっと言うてやれ!」


「福岡へ着くまで、絶対に俺たちから離れないでくれ」


「二人とも心配しすぎだって!」


 雨上がりの広島に、三人の賑やかな声が響く。


 広島での予想外の戦いは、誰一人失うことなく終わった。


 だが、彼らを待ち受ける本当の危機は、今回の襲撃ではなかった。


 繋の過去を見つめ、異母兄弟である想(しのぶ)と再会する旅。

 その果てに起こる事件を、このときの三人はまだ知らない。


 そして、翌朝。


 繋と冬吾、煌夜を乗せたランドクルーザーは、想の待つ福岡へ向けて走り出した。



いつも読んで頂いてありがとうございます!

もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションのどれかを押して頂けると更新が頑張れます!٩( 'ω' )و

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