第12話:三十路トリオ
翌朝。
亜獣会本部の射場訓練場では、鋭い風切り音が何度も響いていた。
三船が構えた両手の間で、風が渦を巻く。
集められた風は徐々に輪郭を得て、一挺のライフルへと変化した。三船が引き金を引く動作に合わせ、圧縮された風弾が射出される。
風弾は三十メートルほど先に置かれた木製の標的へ命中した。
乾いた音と共に、的が大きく傾く。
「以前より安定しとるんじゃないか?」
腕を組んで見ていた冬吾が、感心したように言う。
「まあな。けど、威力が足りねえんだよな」
三船は手元に残ったライフルを見下ろした。
銃身の輪郭が揺らめき、風へ戻って霧散していく。
「最低でも、class3の頭蓋を一発で撃ち抜けるくらいにはしたい」
「威力を上げる前に、形を安定させた方がいいかも」
繋は瓦屋根の下、板張りの縁側に腰掛けていた繋が、静かに口を開いた。
繋はなんだかんだ奈良の件で重体から目覚めてすぐに戦い、敵情視察までした。その間一か月も経ってないというのもあり、冬吾から激しく動くことを禁じられている。そのため今は、湯呑を膝の上へ置き、三船の異能を観察しながら束の間の平和な光景を享受していた。
「春臣くんは、風を集めてから銃の形と銃弾を作っているよね」
「おう。そうだけど」
「だったら、もっと単純にしても良いかも」
冬吾と春臣が顔を首を傾げながら顔を見合わせる。
「風を集めてから、形を決める流れじゃなくて、粗方構造と仕組みをイメージして抽出した方がいいかもだね」
例えばこんな風にと言うと、繋は風魔法を発動し目の前で拳銃を作って見せた。
あまりにも簡単にして見せるものだから春臣は思わず口を開けてしまう。
「ま、僕の場合は風魔法に適正は無いから春臣くんの様に銃弾までは撃てないけど、イメージとしてはこんな感じかな。それに、これだとさ──一秒が勝負になる戦場でも他人より遅れを取らないでしょ?」
本人は穏やかな表情で言っているが、口から出る言葉が歴戦の戦士のようで、やっぱりこの男は長く戦ってきた歴戦の猛者である事を春臣は理解する。
ちなみに冬吾はさすがワシの兄弟分という顔で体全体で誇らしげだった。
「実物の銃と同じ機構を再現する必要はあるか?」
「ううん。そこまでこだわらなくていい。春臣くんが撃つのは火薬で飛ばす弾丸じゃなく、圧縮した風だから。自分にとって分かりやすい仕組みで構わない」
アドバイスを受け、三船は小さく息を吐き、目を閉じた。
先に、完成形を思い描く。
そして、全体的な銃身。圧縮した風を撃つ瞬間まで内部へ留めるための空間。
そこへ周囲の風が流れ込んでいく。
再び三船の両手に現れたライフルは、先ほどの風そのものから形を作るという過程が短縮された状態で形作られていた。
「おお!」
冬吾が感動の声を上げる。
三船はライフルを構え、標的へ照準を合わせた。
撃ち出された風弾が、木製の的へ拳ほどの穴を穿った。
「やった! 成功だね」
繋が嬉しそうに笑った。
「なるほどな。最初から力任せに固めるより、異能の消耗感が少ねえ」
「あとは、用途に応じて変えていけばいいね。春臣くんは周囲をよく見ているから、誰かを援護する力と相性がいいと思うよ」
三船がわずかに目を見開く。
異能の性能ではなく、自分自身の性質を認められたように感じたのだろう。
すぐに気だるげな表情へ戻ったが、喜びを隠す様に後頭部をぽりぽりと掻いた。
「まったく……相変わらず、人を乗せるのが上手いな」
「本当のことを言っただけだよ?」
「そういうところだっつうの」
少し離れた場所では、黒崎が二人のやり取りを観察していた。
一度見ただけで三船の問題点を見抜き、わずかな助言で出力と安定性を向上させた。
確かに、並外れた知識と経験を持っている。
だが、それだけで冬吾が十六年間も繋の存在を思い続けた理由まで理解できたわけではない。
冬吾の兄弟分を名乗るにふさわしい人物なのか。
黒崎の中には、まだ小さな疑問が残っていた。
「組長!」
訓練場へ、若い組員が駆け込んできた。
「どうした!」
「正門に来客です! 東京の拠点から来た、狼神という男が、組長に会わせろと!」
「煌夜くんが?」
繋が勢いよく立ち上がった。
冬吾も驚いたように目を丸くしたあと、すぐに笑みを浮かべる。
「通せ! 狼神はワシらの仲間じゃ!」
「はい!」
組員が来た道を引き返していく。
三船は風のライフルを解きながら、正門の方角へ顔を向けた。
「隊長が来たのか」
「そういえば、奈良の拠点ぶりじゃない?」
「だな。そこの熊に引き摺られるようにこの屋敷に誘拐されたからな」
「熊、言うな! あと語弊があるから止めぇ!」
ほどなくして、案内役の組員と共に煌夜が姿を現した。
無造作に伸びたウルフカット。
目元には相変わらず深い隈が刻まれていて傍から見れば、威圧感を感じさせるのだが煌夜が繋と冬吾を見つけるとパアッと顔を明るくさせた。
「繋くん! 白熊!」
「煌夜くん!」
「狼神!」
繋と冬吾が同時に駆け寄った。
どうやら再会に嬉しさを感じていたのは自分だけではなかったみたいだが、二人の勢いに気圧され、煌夜は思わず足を止めて苦笑した。
「どうしてここに?」
「仲代に背中を押されたんだ。埼玉のことは自分たちに任せて、俺も二人についていけって」
「拠点の守りは大丈夫なのか?」
冬吾の問いに、煌夜は「ああ」と頷いた。
「繋くんからもらった魔法刀があれば、仲代は今までより高い出力で戦えるらしい。ほかの者への引き継ぎも済ませてきたよ」
「よかった……あの刀を渡して正解だったみたいだ」
「それと……」
煌夜は一度言葉を切った。
繋と冬吾を前にすると、準備してきたはずの言葉が喉につかえる。
それでも、今度は自分の望みから目を逸らさなかった。
「やっぱり俺も、二人ともっと一緒にいたいんだ」
わずかに顔を伏せながらも、はっきりと口にする。
「足手まといになるつもりはない。福岡へ向かう間に異能も鍛えたい。迷惑じゃなければ、俺も連れていってほしい」
「もちろんだよ!」
「当たり前じゃろうが!」
再び、二人の返事が重なった。
繋は煌夜の手を取って、心から嬉しそうに笑う。冬吾も反対側から、その広い背中を豪快に叩いた。
「よく来たのう、狼神!」
「痛いって、白熊!」
「すまん、嬉しゅうてのう!」
「僕も嬉しいよ。足手まといとかそんな関係なしに、来てくれて凄く嬉しい!」
「ああ。俺もだ」
煌夜の表情が、穏やかに緩んだ。
繋と冬吾の間に、自分が入っていいのか。
その迷いは、まだ完全に消えたわけではない。
それでも二人は、ためらうことなく自分を迎えてくれた。
「おーおー。なんか青春してるねえ、三十路のおじさん三人組がよ」
三船がにやにやしながら、三人を眺めていた。
煌夜は怒鳴る代わりに、困ったように眉を下げる。
「再会したばかりで、おじさん扱いはやめてくれないか、三船」
「三人とも三十だろ。間違ってねえじゃん」
「相変わらず口が悪いな」
「まっ、隊長も元気そうで何よりだ」
「そういう三船も、思ったより元気そうで安心した」
今までと違い互いに気安い雰囲気が流れる。元スパイではあったが、それでも共に長く戦ってきた戦友でもあるのだ。煌夜自身も復讐の対象はあくまで蛇ノ目であり、春臣に対して何の恨みも無い。
繋は二人の様子に嬉しそうに微笑む。
「そういえば春臣くんも、黒崎くんと気心の知れた友人って感じがして、僕は安心しちゃった」
「は?」
突然話を振られ、三船の顔が固まった。
少し離れた場所にいた黒崎まで、その声が聞こえて目を瞬かせる。
「偶々二人が話している所を見かけたけど、遠慮なく言い合える相手がいるって素敵なことだよね」
「いや、別にこいつとは――」
「春臣くんも、ずっと頑張ってたからね」
三船の言葉を遮り、繋は穏やかに笑った。
「少しでも穏やかに過ごせる場所があって、気を許せる人がいるなら、僕は嬉しいよ」
三船が唖然と口を開ける。次第に顔を赤くさせていった。
相変わらずの人たらしというか、優しさの上限を知らない繋に口をパクパクとさせる。
それに、追い打ちまでかけてきた。
「黒崎くん、これからも春臣くんと仲良くしてあげてね」
「……自分は構いませんが」
「おい。なんでお前が上からなんだよ、てか渡も何言ってんだ!」
「先に否定したのは、そっちだろ」
黒崎が淡々と返すと、三船は言葉に詰まった。
「三船、照れてるのか?」
「隊長まで乗っかるな!」
三船が苦々しげに顔を背ける。
繋には、からかっているつもりなど欠片もない。本心から三船の居場所ができたことを喜んでいる。
だからこそ、強く言い返せなかった。
「相変わらずじゃのう、繋は」
冬吾が楽しそうに喉を鳴らす。
「何が?」
「いや、なんでもないわい」
柔らかな声で返され繋だけが、不思議そうに首を傾げた。
そんな穏やかな空気を、本部の外から響く怒声が破る。
「白熊ぁ! おるんやろ! 出てこい!」
聞き覚えのある声に、冬吾の笑顔が消えた。
「……帰るか」
「どこにだよ。ここ、あんたの組だろ」
三船から冷静に指摘され、冬吾は苦々しく正門を睨んだ。
ほどなくして、左腕を固定した虎之介が、数人の組員を引き連れて訓練場へ入ってきた。
「見つけたぞ、白熊!」
「朝からじゃかしいのう。怪我人は大人しゅう寝とれ!」
「誰のせいで足まで凍らされた思うとんねん!」
「五分で溶けたじゃろうが」
「時間の問題ちゃうわ!」
虎之介は冬吾へ詰め寄ろうとしたが、その隣にいる繋に気づいて表情を明るくした。
「おお、昨日の兄ちゃん!」
「虎之介くん。腕は大丈夫かい?」
「おかげさんでな。うちの治療役にも見てもろたで」
虎之介は屈託なく笑うと、繋へ深々と頭を下げた。
「改めて礼を言わせてくれ。うちの若い衆と、助けた人らを守ってくれて、ほんまにおおきにな」
「僕だけの力じゃないよ。冬吾も一緒に戦ってくれたし、最後まで皆を守ったのは虎之介くんたちだ」
「聞いたか、白熊! この兄ちゃんは、お前と違うて話が分かるで!」
「なら、繋に礼も言うたことじゃし、帰れぇ」
「そうはいかん。今日は会合も兼ねて来たんや」
虎之介は懐から折り畳まれた書類を取り出した。
「東京から宣戦布告された以上、大阪と広島も情報を共有せなあかんやろ。うちの親父からも、亜獣会と協力せえ言われてきたんや」
「なら最初からそう言え」
「その前に、昨日の分を一発殴らせろ」
「知らんな」
「このっ、熊野郎!」
「なんじゃ、吠えおって」
二人の応酬を眺めていた煌夜が、繋へ小声で尋ねる。
「あの人は誰なんだ?」
「大阪にある虎徹組の若頭さんだよ。昨日、class3に襲われていたところで会ったんだ」
「若頭……」
煌夜は冬吾と虎之介を交互に見た。
「極道同士の抗争なのか?」
「違うわ!」
「ちゃうで!」
二人の声が重なる。
繋が思わず笑った、その瞬間だった。
亜獣会の敷地内に、けたたましい警報が鳴り響いた。
訓練場にいた全員の表情が変わる。
『正門上空に飛行型のゾンビを確認! 推定class4! 繰り返す、正門上空に飛行型――』
三度。
繋にしか倒せない悪夢――class4が、広島の拠点に到来した。




