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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第5章:白熊ワンダーラスト

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第9話:明日の約束

「それじゃあ、今日はここで休もっか」


 日が傾き始めた頃、繋と冬吾は氷の高速道路を降り、街道から少し離れた場所にランドクルーザーを止めた。


 近くには、かつて道の駅だったらしい建物が残っている。


 駐車場には何台もの車が放置され、ひび割れたアスファルトの隙間から伸び放題の雑草が顔を覗かせていた。建物の壁面には亀裂が走り、入り口の自動ドアも半ば開いたまま止まっている。


 冬吾が周囲を警戒している間に、繋は長杖の先端を地面へ軽く触れさせた。


 目を閉じ、意識を集中させる。


 足元から淡い橙色の光が波紋のように広がり、駐車場から道の駅の建物までを覆っていった。地上だけでなく、建物の内部にも意識を巡らせる。動くものの気配はない。


「よし。近くにゾンビはいないみたい」


 繋が目を開くと、冬吾はほっとしたように肩の力を抜いた。


 念のため建物の内部も調べたが、壁や天井の損傷が激しく、余震でもあれば崩れかねない。二人は建物へ入らず、見通しのよい駐車場で夜を越すことにした。


「ほいじゃ、今夜はここで野宿じゃな」


 冬吾は得意げに笑うと、ランドクルーザーの後部扉を開けた。


 中から出てきたのは、二人用のテントに寝袋、折り畳み式の椅子、ランタン、携帯用のコンロだった。必要最低限ではあるが、野営には十分な道具が揃っている。


 それを見た繋が目を丸くした。


「テント、あるんだ!?」


「この車には前から積んどる。災害のときは、いつどこで夜を越すことになるか分からんけぇのう」


「さすが、元消防士!」


「じゃろ?」


 冬吾は胸を張り、まずはテントを取り出した。


 繋も当然のように手を伸ばしたが、触れるより先に手の甲を指で軽く叩かれる。


「繋は座っとれ」


「でも、冬吾はずっと運転してくれたでしょ。僕も手伝うよ」


「運転しとっただけじゃ。それに、儂が好きでやっとるんじゃけぇ、気にせんでええ」


「途中からは異能も使いっぱなしだったじゃないか。冬吾だって疲れてるでしょ」


「なら、お前はそこにおって、儂と話しとれ。それで十分じゃ」


 あまりにも堂々と言い切るものだから、繋は堪えきれずに吹き出した。


「冬吾って、昔からそういうことを恥ずかしげもなく言うよね」


「大事なことは、口に出さんと伝わらんけぇのう」


「そうかもしれないけどさ」


「それに、恥ずかしがっとったら、十六年分を取り戻せんじゃろ」


 過ぎた十六年は、もう戻らない。


 奈良で再会してから、二人は空白を埋めるように言葉を交わしてきた。兄弟盃を交わし、もう一度、互いを家族として選び直した。


 それでも、互いの知らない時間が消えるわけではない。


 だからこそ冬吾は、今伝えられることを惜しみたくないのだろう。


「……うん。そうだね」


 繋は目を伏せ、静かに頷いた。


 それでも冬吾一人に任せる気にはなれず、結局、テントは二人で設営することになった。


 もっとも、力仕事のほとんどは冬吾が引き受け、繋は部品を手渡したり、布地の端を押さえたりしただけだ。それでも完成したテントを前にした冬吾は、満足そうに何度も頷いた。


「これでよし!」


「思っていたより本格的だ」


「初キャンプじゃけぇな!」


「そんなに楽しみにしてたの?」


「当たり前じゃろうが。繋と旅行するんも、キャンプするんも初めてなんじゃぞ」


 そう言われ、繋は一瞬だけ答えに詰まった。


 世界がこうなる前も、二人で旅行へ出かけたことはなかった。


 子どもの頃の繋には、友人と遠くへ遊びに行く心の余裕がなかった。それでも冬吾は、何度断られても懲りずに誘ってくれた。


「……十六年越しの初旅行だね」


「そういうことじゃ」


 冬吾は白い歯を見せて笑った。


 繋もつられるように笑い、ランドクルーザーの荷台を覗き込む。


「じゃあ、次はご飯にしようか。料理は僕に任せてよ」


「全部任せるつもりはないぞ。一緒に作る」


「運転もテントの設営も冬吾がしたのに?」


「繋と一緒に作った方が楽しい」


「……それを言われると、断れないなあ」


 食事の支度を始める前に、繋は駐車場の周囲へゾンビ避けの結界を張った。先ほど気配がなかったからといって、夜の間も安全とは限らない。


 冬吾もランドクルーザーを外から見えにくい位置へ移し、周囲に燃えやすいものがないことを確かめた。


 それから二人は折り畳み式の椅子へ腰を下ろし、携帯用のコンロと調理器具を取り出した。


 繋が魔法のトランクケースから用意したのは、スープの缶詰と異世界で保存していた魔獣の肉、奈良の畑で採れた人参とじゃがいも、それに手作りの食パンだ。


 日が暮れる頃には、テントの前で小さな焚き火が燃えていた。


 繋が肉と野菜を焼く傍ら、冬吾は缶詰のスープを片手鍋へ移して温める。結界に守られた静かな駐車場で、二人は他愛のない言葉を交わした。


「相変わらず手際がええのう」


「ふふ、焼いてるだけだよ。よし、そろそろ――はい、できた!」


 繋が差し出した皿を、冬吾は両手で受け取った。


「いただきます!」


「どうぞ」


 焼いた肉と野菜をパンにのせ、大きな口で頬張る。


「うまい!」


「ね。おいしい!」


 焼きたての魔獣肉は柔らかく、噛むたびに濃厚な肉汁があふれた。野菜の甘みともよく合っている。


 食事を終えたあとも、二人はすぐにはテントへ入らなかった。


 焚き火を消したあとも折り畳み式の椅子を並べ、温かなコーヒーを片手に星のきらめく空を眺める。


 今夜は、幼馴染と二人きりだった。


 冬の空気は澄み、小さな星の光や星座の形まで、はっきりと見える。何かに急かされることもなく、ただ隣に座っていられる時間が、繋にはたまらなく贅沢に思えた。


「……次は狼神も誘うかのう。あいつ、最後まで本音を言わんかったし」


「寂しそうな顔をしてたもんね。うん、賛成」


 繋は湯気の立つカップを両手で包みながら、夜空を仰いだ。


「それから、奈良のときみたいにヒカルさんや菊香ちゃん、ユミルちゃん、皐月さんたちとも。みんなでキャンプしたら、きっと楽しいよね」


「えらい大所帯じゃのう」


 冬吾がからからと笑う。


 その目にも、皆で焚き火を囲む未来の光景が映っているようだった。


 だからこそ、来年四月の戦いを乗り越えなければならない。


 誰かを置き去りにするのではなく、今度こそ、皆で一緒に。


「繋」


「何?」


「明日も、そのまた明日も、ずっと一緒に生きような」


 冬吾の声は、どこまでも真っ直ぐだった。


 繋は目を細め、柔らかく笑う。


「もちろん」


 次の話をしよう。


 今度があると信じて、約束を交わそう。


 それは当たり前のことのようでいて、二人にとっては何よりも尊いものだった。


 夜が更けるまで、二人の楽しげな声は途切れなかった。


 ◇


 翌朝。


 二人は簡単な朝食を済ませ、周囲に異常がないことを確かめてから、再び広島を目指して走り始めた。


 冬吾が作り出す氷の道路は、前日よりも低い位置を伸びている。速度も大幅に抑えられており、繋は今度こそ流れる景色を眺める余裕があった。


「今日は安全運転なんだね」


 繋がからかうように笑うと、冬吾は気まずそうに視線を逸らした。


「繋との初めてのドライブではしゃぎすぎたんじゃ……」


「やっぱり自覚はあったんだ」


「……反省しとる」


 意外に素直な返事に、繋は思わず笑みをこぼした。


 大阪へ入ってしばらくした頃だった。


 遠くで、何かが朝の光を反射した。崩れた建物の陰で閃いたそれは、一度だけではない。注意して見れば、複数の人影が慌ただしく動いている。


「冬吾、少し速度を落として」


「何か見えたんか?」


「うん。人がいるみたい」


 繋は長杖を手に取り、遠見の魔法を使った。


 視界が一気に遠方まで引き寄せられる。


 そこに映った光景を目にした途端、繋の穏やかだった表情が鋭く引き締まった。


「冬吾、止めて!」


「どうした!」


「戦ってる人たちがいる。全員で二十人くらい。そのうち何人かは、かなり弱ってる」


 さらに意識を集中させ、襲撃者の魔力反応を探る。


 人々を取り囲む複数のゾンビ。その中に、明らかに異質な反応が一つだけ混じっていた。


「それに、class3が一体いる。反応が強すぎる……進化しかけてるのかもしれない!」


「場所は?」


「前方右手。崩れた大きな建物の前!」


 冬吾は迷わずハンドルを切った。


 同時に氷の道路が大きく向きを変え、市街地へ向かって伸びていく。ランドクルーザーはその上を滑るように加速した。


 繋は座席へ身体を預けながら、遠見の魔法を維持する。


「武装した人たちが民間人を守ってる。でも、もう持ちこたえられない!」


「何人倒れとる!」


「少なくとも三人。ほかにも怪我人がいる!」


「分かった。まずは化け物を引き離すぞ!」


 崩れた建物の間を縫うように進むにつれ、やがて銃声と怒号が直接聞こえてきた。


「弾が効かへん!」


「下がれ! 重傷者を先に運ぶんや!」


「若頭も下がってください!」


「アホ! わてが下がったら、誰が殿を務めんねん!」


 崩れかけた商業施設の前で、黒いスーツや作業着をまとった十数人の男たちが、四人の民間人を庇いながら戦っていた。


 男たちは銃や鉈、日本刀で武装している。しかし、すでに何人も傷を負い、そのうち三人は立ち上がることさえできない。


 周囲には倒されたゾンビが転がっていたが、彼らへ襲いかかる一体だけは、銃弾を受けてもほとんど怯んでいなかった。


 六本の腕を持つ、異形のclass3。


 腕の先端は、すべて巨大な鎌のような骨へ変化している。


 異形が六本の鎌を振り上げ、殿を務める男へ迫った。


「冬吾、前まで寄せて!」


「舌を噛むなよ!」


 氷の道路が地上へ向かって急降下する。


 着地の衝撃とともに、ランドクルーザーが男たちとclass3の間へ割り込んだ。急ブレーキがかかり、車体が大きく横滑りする。


 完全に停止するより早く、繋は扉へ手を掛けていた。


「繋!」


「助けよう、冬吾!」


「一人で飛び出すな。儂も行く!」


 二人はほとんど同時に扉を開け、戦場へ飛び出した。



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