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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第5章:白熊ワンダーラスト

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第8話:広島へ

「じゃ! 行ってきます!」


「行ってくるけえ、また後日、会議でのう!」


「気を付けていってきんしゃい」


「繋くんはもちろん、白熊も気を付けてな」


 いつものように仲間たちに見送られ、繋と冬吾は、冬吾の愛車であるランドクルーザーに乗り込んだ。広島の拠点に一度立ち寄ってから、福岡へ向かう予定だ。


 厳つい黒の車が見えなくなると、見送りに出ていた者たちは、それぞれの持ち場へ戻っていった。


 それでも煌夜は、その場から動けずにいた。


「……俺は、どうしたいんだろうな」


 ひゅるりと吹く冷たい風が、煌夜の頬を撫でる。


 繋と冬吾の関係を、羨ましいと思った。臆病で内気で、いつも姉の陰にいた自分には、あの二人のような友達がいなかった。


 奈良で繋と出会い、冬吾と共に戦った。そして、この数日――たった数日ではあったが、一緒に笑い、軽口を交わしながら異能について語り合った。


 楽しかった。


 年甲斐もなく、こんな危機的な状況でさえも。


「おおがみくん、引き継ぎが終わったら行かんね」


 すぐ後ろから声を掛けられ、煌夜は肩を跳ねさせた。


 振り返る。まさか、まだ皐月が残っているとは思わなかった。


「な、何を言ってるんだ。俺がいなかったら、この埼玉の拠点はどうする」


 今もゾンビの大群は、相変わらず押し寄せてくる。異能力者だって多いわけではない。


 人手が足りない今、能力者であり、元反乱軍を束ねていた責任者でもある自分が、現場を離れるべきではない。


 煌夜は皐月から目を逸らし、そう言い聞かせるように口にした。


「たった数週間たい。その間は、おいちゃんとおいちゃんの部下、それに君んとこの部下がおれば、充分対処できる」


「なんでそんなことを……。ただでさえ、あんたはclass3もclass4も一人では倒せないじゃないか」


「いやあ、それがねぇ。今までは刀が壊れんように、身体強化を抑えとったんよ。壊れたら代わりの武器がないし、ただでさえ戦闘用の武器が少ないけん、加減せないかんかったと」


 でも、今はこれがあるけん。


 そう言って皐月は、腰に帯びた濃い色の鞘をカチャリと鳴らした。


「繋くんが、あんたに渡した魔法刀か」


「そういうこと〜。昨晩、一人で討伐に出てみたばってん、身体強化を四割ほどまで上げても壊れんやった。おかげさまで、class3なら余裕で倒せるねえ」


 実際には、すでにclass4も倒している。しかし、今ここで話すことではない。


 繋に言われた通り、身体強化が発現した原点を振り返った。

 それだけで持続時間は延び、出力の上限も上がった。


 加えて、繋が作った魔法刀は、今の皐月が出せる本気にも耐えられる。ようやく皐月は、武器の損壊を気にせず力を振るえるようになったのだ。


「それは……すごいな……」


 また差を広げられた。


 煌夜は地面を見つめたまま、奥歯を噛んだ。ようやく自分の異能をものにできたと思った矢先に、周りはさらに先へ進んでいる。


 そんな自分が、嫌になる。


「やけん、君は君の異能を強化して、覚醒を目指すためにも、けいくんたちについて行きなさい」


 胸の内などお見通しだと言わんばかりに、皐月が告げる。


「だが……」


 煮え切らない声が漏れた。


 今の自分では繋の足手まといになる。ついて行ったところで、迷惑を掛けるだけかもしれない。


 彼の剣になると決めたにもかかわらず、その隣に立つことさえためらう自分が歯痒かった。


「だ~か~ら、君には休暇が必要って言いよると!」


「休暇? それこそ、このタイミングで――」


「行くべきたい」


 きっぱりと断じられ、煌夜は言葉を失った。


 皐月の目は、真剣だった。


「君たち三人、せっかく同い年で出会えたんやけん。こんな世界で得た友人は、大事にせないかんよ」


「…………」


「けいくんを守りたい、助けたいと思うなら、なおさら傍におりんしゃい。守るだけが剣の役目やなか。隣で笑って、泣いて、一緒に悩んで、同じものを見て学ぶことだって、あの子の支えになる」


 皐月は、車が走り去った方角へ目を向けた。


「失った時間は戻らん。ばってん、今から新しい時間を作ることはできる。けいくんにも、そういう時間が必要たい」


 煌夜は何も答えられなかった。


「彼は強いけん、傍におれば、自分の弱さが嫌になることもあるやろう。惨めに思うかもしれん。ばってん、彼の剣になるつもりなら、そこから目を逸らしたらいかん」


 皐月の視線が、再び煌夜を捉える。


「足りんところも、弱いところも、きちんと見つめて受け入れる。それから、けいくんの隣で学んできんしゃい。道が開けるとしたら、その先たい」


 そして皐月は、わずかに表情を緩めた。


「ついでに三人で、取り戻せんかった分まで青春してきんさい」


「青春って……俺たちはもう三十だぞ」


「三十やけん、何ね。青春するのに、年齢制限なんてなかろうもん」


 煌夜はしばらく黙り込み、車が消えた道の先を見つめた。


 やがて、観念したように息を吐く。


「……分かった。引き継ぎを終えたら、俺も行かせてもらう」


 その瞬間、皐月の顔から真剣さが消えた。いつもの掴みどころのない、昼行燈のような笑みが浮かぶ。


「いやぁ、おおがみくんも素直じゃないぞ〜。最初から『ぼくも連れてって』って顔しとったくせに」


「誰がそんな顔をしていた!」


「はいはい。急がんと、けいくんたちが福岡に着いてしまうよ〜」


「分かってる! だから、その腹の立つ顔をやめろ!」


 皐月は声を上げる煌夜を置いて、のんびりと拠点へ戻っていく。


 その背中を睨む煌夜に向かって、皐月は振り返ることなく、ひらひらと手を振った。


 自分でも隠していたつもりの願いを見透かされたことが恥ずかしい。それでも、ほんの少しだけありがたいとも思った。


 自分は、冬吾のような繋の友人になりたい。


 相棒のように背中を預け合い、共に世界と戦えるような。同じものを見据え、同じ方向へ歩いていけるような。


 そんな関係になりたい。


「……よし、行くか!」


 決心した。


 皐月の言葉に、今だけは甘えさせてもらおう。


 煌夜は、ぼさぼさのウルフカットを乱雑に掻きむしると、引き継ぎを終わらせるために歩き出した。



◇



 一方、その頃の繋と冬吾はというと――。


「キャーーーー!!」


「わはははははは!!」


 厳ついランドクルーザーが、氷で作られた高速道路の上を颯爽と駆け抜けていた。


 さながらジェットコースターだ。速度は時速百二十キロを超えている。冬吾は周囲の水分を急速に氷結させ、車の進行方向へ次々と氷の道を延ばしていた。


「てか! こんなことできたの!?」


 奈良の拠点にいたときは、これほどの出力ではなかったはずだ。


 繋は、あまりの速度に恐怖を感じながら、助手席のアシストグリップにしがみついていた。


「なんでじゃろうな。繋と兄弟盃を交わしてから、絶好調なんじゃ! きっと儂の異能の根源は、繋に由来しとるんじゃろうな!」


 そう言って、冬吾はさらにアクセルを踏み込む。


 大きく上がった口角からも、高揚しているのが見て取れた。


 冬吾の異能である「氷結」は、かつて繋を失い、彼の心の時間が止まったことに由来している。


 ずっと一緒にいた、家族同然の大切な存在。

 その繋がいなくなった日から、冬吾の時間も止まっていた。


 だが、奈良で繋と再会し、兄弟盃を交わしたことで、二人の絆は再び確かな形を得た。それをきっかけに、冬吾の異能は安定し、出力の上限も一気に引き上げられたのだ。


 もともと冬吾は、異能を扱う練度そのものが高かった。


 広島の拠点で組長の座に就く前は消防士として働き、ゾンビパニック後に氷結の異能を得てからは、その力で多くの人々を救ってきた。組長に据えられてからも、それは変わらない。広島が四大拠点の一つと呼ばれるより、ずっと前からだ。


 場数も練度も、他の異能者とは比較にならない。


 しかし、強大すぎる力を制御しきれなくなり、冬吾は長いあいだ、その出力を抑えていた。


 それが繋との再会によって、ようやく本来の強さを取り戻しつつあった。さらに、以前よりも出力の上限さえ上がっている。


 もし今の仲間たちの中で、最初に覚醒者となる者がいるとすれば――それは冬吾なのかもしれない。


「そ、それは光栄だけど、いくらなんでもスピード出しすぎじゃない!? てか、ガンギマリしてない!? 怖いんだけど!」


 そう叫びながらも、繋はどこか楽しそうに笑っている。


「いやー! 幼馴染が怖くなってる!」


「繋が儂らを守るときも、たいがいガンギマリしとるじゃろうが! 何を言いよる!」


「えっ!? 嘘!?」


「マジのマジじゃ!」


 そんな賑やかなドライブを続けるうちに、さすがの冬吾にも疲労の色が見え始めた。


「このまま走りっぱなしも大変だろうし、途中でキャンプでもしようか?」


 繋がそう提案すると、冬吾は最高にいい笑顔で白い歯を見せた。


「賛成じゃ!」



いつも読んで頂いてありがとうございます!

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