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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第5章:白熊ワンダーラスト

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第7話:おじさまは恐い

 皐月は、城の中の王の間。別名大会議場で窓際にもたれながら湯気の立つ徳利(とっくり)を片手に空を眺めていた。


 片手には資料を持ち、流し読みしながら徳利からそのまま熱燗を一口飲み込む。ちびちびと飲んではページをめくるその立ち姿は普段のおちゃらけた態度と正反対でどこぞの総帥に見えた。


 繋(けい)はそっと、扉を開ける。覗き込めば、そこには珍しく、重苦しい雰囲気で無言で資料を睨みつけている皐月がいた。


「どうしたんじゃ、繋?」と冬吾が小声で訊く。


「皐月さん、集中してるみたいだから。邪魔しちゃ悪いし、すぐに渡して戻ってくるよ」


 煌夜は「わかった」と頷き、冬吾と共に扉の前で待つことにした。

 あまりにも真剣な表情だったので一瞬ためらったが、明日には埼玉を出る。この時間を逃せば渡せるものも渡せないと思い、繋は思い切って足を踏み入れた。


 繋の足音に気づくと、皐月はゆるく片手を上げた。


「お、けいくん。どうしたと?」


 牙を研ぐ獣のような重苦しい圧が鳴りを潜め、柔らかなものへと切り替わる。


「渋いおじさまに、お渡ししたいものがあって」


 繋は冗談を交えながら皐月のほうへゆるりと手を振りながら近づく。

 

「よかよ。おじさまは大抵ひまやけん」


「ふふふ。そんな事言いながら、隠れて仕事をしているの知ってますよ」


 現に今も1人でお酒片手に仕事をしているではないかと、繋(けい)が腰に手を当ててやれやれと微笑む。それに答えるように皐月はにへらと笑った。


「ばれた?」


「隠す気もないでしょ~?」


 そんなやりとりをしながら、繋は手にしていた長細い包みを差し出した。


「これ、皐月さんに」


「おいちゃんに?」


 皐月が受け取って、中身を確かめる。


 現れたのは、鋭利で細い一振りの日本刀だった。


 刃は透き通った紫色で彩られている。

 鍔は菖蒲(ショウブ)の花を象り、柄も鞘も深い紫に染められている。繋の魔法による補強が施されているからか、柄の端にはオレンジ色の薔薇の花弁が一枚、キーホルダーのように揺れていた。


「……すごか」


 思わず見惚れ、感嘆の溜め息を漏らす。

 皐月自身、刀の造形や作り方に興味はなかったが、素人目でも分かる美しさだった。


「皐月さんの刀、異能に耐えきれなくて刃こぼれしてたから……だから、出発する前にこれだけは渡しておきたくて。自動修復機能だけじゃなくて、並大抵の衝撃じゃ折れないように魔力で補強してたり」


「ほか、色々なギミックが盛りだくさんです!」


「ギミックか……それは、面白そうやね」


 皐月は思わずくすりと笑う。

 刀を持ち上げ、重さや重心を確かめるように軽く振った。


 さらに試しに一〇%ほど異能を解放した状態で、もう一度軽く振った。


「「あ」」


 二人の声が見事に重なる。

 振り抜いた先の壁には、いつの間にか浅くない切り傷が走っていた。

 互いにゆっくりと視線を合わせ、にへらと苦笑いを浮かべる。どうやら繋も想像以上だったらしい。


「……こりゃあ、えらいもんばもろうてしもうた」


 冗談めかした口調だけれど、次に刀を見下ろす目には、少しだけ熱のこもった色が宿っていた。


「ありがとな、繋くん」


「ううん。皐月さんには、ずっと助けてもらってるから」


「そげんこと言われると、おいちゃん照れるっちゃけど」


 皐月はケラケラ笑う。


 けれど、笑い終えたあとで、皐月は真面目な顔になった。


 皐月は手の中の刀を、しばらく黙って見つめていた。


 紫の刃に曇天の隙間から差し込まれる藍色が映される。その淡い光を見ている横顔は、いつもの気の抜けた昼行燈とは少し違って見えた。


 繋は首をかしげる。


「……皐月さん?」


「けいくん」


 呼ばれて、繋は「はい」と素直に返事をする。


 皐月は答える前に、徳利を足元へ置いた。それから壁から背を離し、刀を両手で持ち直す。


 す、と空気が変わった。


 だらりとしていた男から、ゆるさが剥がれ落ちる。戦場の只中に立つ者の気配が静かに立ち上がり、繋は思わず息を呑んだ。


 皐月はそのまま、繋の前で静かに膝をついた。


「えっ……さ、皐月さん?」


 突然のことに、繋の声がわずかに裏返った。


 皐月は気にした様子もなく、刀を鞘ごと両手で捧げ持つようにして、自分の前へ水平に差し出した。 それは、まるで騎士が主へ忠誠を捧げるときのように。 あるいは、自分の命そのものを差し出すように。


 ごくりと、扉の隙間から中を窺っていた冬吾と煌夜もその光景に息を飲む。


 低く、よく通る声が落ちる。


「この刀、確かに受け取った」


 皐月は顔を上げた。仰々しい台詞には、一切に冗談も、はぐらかしも、一片もなく、何時もの眠たげな眼差しは真っすぐと繋の瞳を貫かんとしている。


「けいくん、おいちゃんもひとつ誓わせてくれんね」


 繋は息を呑み圧倒される。胸の奥が、理由もなくざわついた。


 皐月はふっと一瞬だけ笑みを浮かべたあと、直ぐに真剣な表情を続ける。


「君を傷つけるものがあるなら斬る」


「君の前に立ちはだかる者がおるなら斬り伏せよう」


「君が進む道を塞ぐ災いがあるなら、何だって払いのける」


「おいちゃんは、君の刀だ」


 一語ごとに、刃のような気迫が宿る。


「人であろうが、怪物であろうが、世界の理不尽であろうが関係なか」


「君が生きてくれるなら、”俺”は君の為の刀になろう」


 その「俺」という一人称には、昼行燈の仮面を剥いだ男の素顔が滲んでいた。

 

「……皐月、さん」


 なんで、そこまで僕なんかのために――そう続けようとして、ばちりと視線がぶつかる。

これは目を逸らして、いつものように有耶無耶にして、冗談で流してはいけない空気だった。


 まるで自分の養父であるヒョードルのように慈しみを含んでいる視線を向けられる。

 もしかすれば、自分を皐月の子供に重ねているかもしれない。

 

 本当の理由が聞きたい。


 でも、聞いてしまえば自分も相手も傷つくのではないかと思った。

 けれど、それでも繋はどうしても問いたかった。


「どうして、ですか? なんで、そこまで僕なんかを……?」


 歯切れの悪いまま問う繋に皐月は見上げたまま口角を上げた。


「きみは、おいちゃんの恩人やけんね」


 皐月は刀を捧げたまま、ほんの少しだけ口元を緩める。


「難しく考えんでよか。シンプルにおいちゃんは、けいくんの味方でいたいだけと」


 そう言って、皐月は立ち上がる。


 了承は得なくていい。

 

 だって、この誓いは自己満足からくるものだから。


「まあ、でもカッコつけすぎたかな」


 皐月はそう言って、いつもの調子でへらりとする。 繋はその様子を見て、気が抜けたようにくすりと笑った。だが、正直な話今も心臓がばくばくしている。騎士の宣誓など異世界でグリンブルスティ※1にされて以来だ。


 こんなふうに、誰かが自分のために頭を垂れるなんて、何度もあっていいものだろうか。そして、自分はこんなに恵まれていいものだろうかと、心がずきりと疼くけれども、冬吾の言葉を思い出し、素直に受けとろうと思うのだった。


「しかし、こりゃ本当にええ刀やねえ。名前とかあると?」


「まだつけてないですけど、皐月さんが使うので、皐月さんがつけて下さい」


「おいちゃんに名付けの権利までくれると?」


「贈り物なんだから当然でしょ」


「うわあ、責任重大」


 そんなことを言いながら、皐月は楽しげに笑った。だが次の瞬間、その目がほんのかすかに細められる。敵を見つけたような瞳ではなく、意地悪な目の形だった。


「そこにおる二人が羨ましがるばいね」


 ニヤリと形の良い口が弧を描けば、冬吾と煌夜が二人して「ずるい」とでも言いたげな顔で入ってくる。

 煌夜は、繋の剣となる宣言は自分が先だったのに、などと言い出し――感情が高ぶっているのか、また炎の耳と尻尾が生えていた。冬吾は冬吾で、刀のほうに羨ましそうな視線を向けている。


 大の大人が子供みたいに怒って、笑って、騒いでいる。

 少しだけ、それぞれの欠けた時間が埋まったような気がした。



◇



「それじゃ、おやすみなさい。皐月さんまた明日」


「うん、また明日」


 冬吾と皐月が一瞬だけ視線を合わせ頷く。


 それに気づかないまま繋と煌夜は先に部屋を出て、一歩遅れるように冬吾も扉を出たのだった。


 皐月は刀を抜いて、その薄紫色の表面に反射する自分の顔を覗く。


 薄暗い、どろりとした瞳を見てまったく、こんな顔も出来るようになったのかと自分を褒めたくなった。


 あの子を傷つけたもの。  

 あの子から奪ったもの。  

 あの子の人生を、踏みにじってきたすべて。


 それらを思うたび、腹の底に沈めた殺意が、今もなお黒く煮えている。


 とはいえ、ゾンビパニックの混乱の中で“生き残った加害者”は───もう斬った。


 東京拠点の責任者という立場も使えるだけ使って、探索系の異能を使う部下に頼み込み、仲代皐月は、繋を加害した連中を片付けている。


(そういや、冬吾くんも片付けたといいよったね)


 繋を加害した大人達は十数人。

 全員この世から消しても、繋が受けた痛みが消えるわけではないと分かっている。


 それでも。


 せめて二度と、同じ手があの子へと伸びぬように。

 今度こそ守り抜くために。  

 自分の手が血で汚れることなど、とうに構わなかった。


 皐月はそれを顔に出さないまま、いつもの調子で肩をすくめる。


「いやあ、できればけいくんと縁側でお茶飲んで暮らしたか」


 その笑みはいつも通り、ひどく気の抜けたものだった。

 ふふんと鼻歌を鳴らすように、徳利を拾いすっかり冷めたお酒を喉に流し込む。


 窓辺から夜風が吹く。  

 紫の刀の鞘先で、橙色の薔薇の花弁が一枚小さく揺れた。


 まるで、それは刀自体が皐月の思いに応えるように。


 橙色の魔力の形をした薔薇の花弁。

 意味は「絆」。


 または、「幸多からんことを」。



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※1グリンブルスティ=過去編ヒョードル・オリジンの12話〜最終話から出てくる、ヒョードルに憧れている騎士見習い。繋(けい)の事をライバルかつ親友だと思っている。彼の夢である騎士団長になる夢は無事叶えられており、就任式の際に魔王討伐の旅の途中でスヴィグルと年少組と共に妖精国に遊びに来た際に、就任式に合わせて騎士の誓いを捧げられた。


「なぜ!?」


「親友が魔王討伐の旅に出てんだ! これぐらい当たり前だろ! 何かあれば、いんや無くても頼れ!」


「そうそう~僕らもケイの事バックアップしたいんだから~」


「そうよ! 一緒に旅をしてなくても仲間なんだから!」


「……ありがとう、グリ。インディもフレイも」




いつも読んで頂いてありがとうございます!

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