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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第5章:白熊ワンダーラスト

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第3話:北極星

「よし、決めた!」


 冬吾は勢いよく立ち上がり、机の上の報告書を置いた。ぐっと背筋を伸ばし、にやりと口の端を持ち上げる。


「繋が無事に目を覚ましとるんか、様子を見に行ってくるけぇ」


「埼玉ですか」


「そうじゃ!」


 その即答に、組長室の外で控えていた幹部と若い衆たちが顔を見合わせた。


「出た……兄弟分に会いたい病」


「ガハハハ、いつものやつじゃな!」


「組長、兄弟分のことになると猪突猛進っすからねえ」


「まあ、今回はだいぶ我慢しとった方じゃろ!」


 組長室を通りかかった若い衆の囁きに、幹部たちまでくつくつと喉を鳴らす。


「まったく好き勝手言うとるのう。繋の様子だけじゃなくて、東京のことも確認しに行くんじゃが」


 冬吾が睨むが、その声音には怒気より照れ隠しが滲んでいる。


「いや、でも実際は繋さんの所が優先でしょうに」


 黒崎が淡々と言い切ると、「黒崎、お前まで言うんか!」と冬吾はショックを受ける。そんな冬吾に、黒崎はふはっと仏頂面を少しだけ柔らかく崩し、「事実ですので」と告げた。


 春臣は呆れたように眉を上げた。


「まあ結局、会いに行きたいだけだもんな」


「何が悪いんじゃ?」


 開き直り早ぇな、と春臣は思わず遠い目をした。


「まあ、過保護なくらいじゃねぇとアイツ無理するもんな。俺もアイツのこと心配だし、異能の使い方も見てほしいから本当は行きたいんだけどよ」


 最後あたりの声は尻すぼみのように小さくなり、冬吾にからかわれる。


「なんじゃ、なんじゃ、お前も素直じゃないのう」


「うっせ! ったく、マジでこっちのペース崩されんの渡と同じだな」


 また軽口を交わしたあと、春臣はふっと真顔に戻った。さっきまでの軽さを引っ込めるように、息をひとつ吐く。


「でも残るよ」


 その一言に、冬吾は意外そうに片眉を上げた。


「なんじゃ。今さっき会いたい言うたじゃろうが」


「会いたいのは本心さ」


 春臣は肩をすくめた。


「けど、今はやめとく。また次の楽しみに取っとく」


「楽しみ、のう」


「そうそう。重体から起きたばっかの奴に押しかけて、しかもアンタまで一緒じゃ、あいつも休まるもんも休まらねえだろ」


 冬吾はあり得ないとでも言いたげに、不思議そうな顔をする。幼馴染は自分の姿を見れば絶対に喜ぶだろう、という確信しかない表情だった。


「自信しかねぇのが怖ぇよ……って、まあ、それもあるけどさ。広島の守りも空けらんねえだろ」


 春臣は組長室をぐるりと見回す。古めかしい日本家屋の重厚な造り、広い廊下、磨き抜かれた柱。広島の拠点を支える中枢だ。


「言っとくが、ここの奴らが弱ぇって言ってるわけじゃねえよ?」


 むしろ他の拠点と比べれば、戦力的には圧倒的に広島のほうが上だ。攻撃系に補助、回復。あらゆる異能者が揃っている。


「だが、それを箒で掃くみてえに一掃しちまうのが覚醒者だ」


「現状、覚醒一歩手前の能力者じゃねえと太刀打ちは難しいし、この拠点で覚醒者に成りうるのは俺とアンタだけだ」


 春臣は組んでいた腕を解き、片手に風を集め、固定し、形を与える。


 繋の魔法を真似るように、イメージをなぞるように。


 そこに現れたのは、風で形作られた一挺のライフルだった。


 その光景に、黒崎や他の幹部たちも目を見張る。


「渡の戦闘センスは抜群だ。異世界で十数年、死と隣り合わせだっただけあって場数も段違いだし、俺らとは戦闘技術の差も大きい。だからアイツの隣で少しでも学びたいのが本音だ」


「けどな、class4や覚醒者がもしこの拠点を襲ってきた時、アンタ抜きでも戦線を支えられるように、俺が残る必要がある」


「渡がclass4と戦いながら、俺らを守ってくれたようにな」


 最後の言葉を言い終えた瞬間、室内の空気がわずかに変わった。


 奈良の拠点の崩壊に立ち会った数人の幹部と若い衆は、たった一人でclass4と戦いながら、あらゆる被害を抑えるためにボロボロになっていた繋を思い出した。


「凄まじい戦いじゃったな……」


 誰かが思わず漏らした呟きは、畏敬と尊敬の念が半々といったところだった。その声の主は、class3に殺されそうになったところを繋に助けられた幹部の一人だった。


 廊下にいた若い衆たちのざわめきがすっと引き、代わりに押し黙った気配が満ちる。春臣の手の中にある風のライフルと、その言葉の重みを見比べるように、幹部たちの視線が揃った。


「話には聞いちょったが、class4とやり合いながら、なお味方を庇う余裕があったっちゅうことか」


「いんや、あの時のアイツにそんな余裕も余力もなかった。けど、何かが足りなくても守るために戦うのがアイツだ」


 春臣は淡々と言うが、あの時何もできなかった自分に内心腹が立っていた。


 その言葉を聞いた黒崎が目を大きくする。冬吾の前では理想の右腕であろうとしている黒崎の表情が、素に戻った。


「組長から何度も聞かされてはいましたが……」


 若く、青さを感じる声が静かに続く。


「本当に、それほどの男なのですね。渡さんは」


 冬吾は誇らしげに鼻を鳴らした。


 幹部のひとりが腕を組み、感心したように唸る。


「そりゃ組長があそこまで入れ込むわけだ」


「守られた奴らが、そこまで言わせるんなら相当だな」


 別の男も感嘆の言葉を漏らす。


 春臣は手の中のライフルを霧のように散らし、目を細めた。


 だからこそ、強くならないといけない。場数を増やし、あいつひとりに背負わせたままにはできない。次に同じことがあった時、今度はこっちも支えられるようになっておかねえと――春臣は心の中で強く思う。


「とまあ、何かあった時のために俺はやっぱり残っておくぜ」


 短い沈黙ののち、冬吾は小さく息を吐く。


「お前ひとりで気負いすぎじゃぞ」


「気負ってねえよ。念のために越したことはねえだろ?」


 冬吾は黙って春臣を見た。


 いつもなら調子のいいことばかり言う若造が、こういう時に筋を通してくる。そういうところが好ましく思えた。


「黒崎、お前ら」


 重低音のある声で、右腕と幹部たちを呼ぶ。


「ワシが留守の間、春臣と連携とってここを守れ」


「わかりました」


「おいっ、俺まで若い衆扱いすんな!」


「今さら何言うとる。仲間じゃろうが」


「仲間になっただけで、ヤクザの一員になりたくねえよ!」


 すかさず飛ぶ応酬に、黒崎はそんな二人を見ながら一度だけ肩をすくめた。


「春臣、ひとりで突っ走るなよ」


「おめぇも、人のこと言えねぇからな!」


 冬吾はそんなやり取りを楽しげに横目で見ながら、上着の襟を整えた。


「ほいじゃ、行ってくる」


「軽っ」


「そうじゃ、なんか繋に伝えたいことあるか?」


「……じゃあ、ひとつだけ」


「なんじゃ」


「渡に会ったら、あの時助けてくれてありがとよって言ってくれ」


「却下。自分で言いにいけぇ」


「だよな。言うと思った」


 肩をすくめる春臣に、冬吾は笑う。二人の軽口の応酬も、もう慣れたものだった。


 そのやり取りをひとしきり見届けてから、黒崎が一歩前に出る。


「では、組長の車も後ほど転送しておきます」


 黒崎の足元から、黒い影のようなものがするすると床を這い広がっていく。畳でも床板でも関係なく染み込むように広がったそれは、やがて宙へと円を描き、室内の中央に門の形を成した。


 空間そのものがゆっくりとねじれ、向こう側に埼玉の拠点の一角がぼんやりと映り込む。


「相変わらず便利じゃのう」


 冬吾は黒崎の背を軽く叩き、「いつも助かっちょる。ワシがいない間の組は任せた」と言って、椅子にかけていた軍用ジャケットを羽織った。


 門に入ろうとした瞬間、冬吾は一瞬だけ足を止めて振り返った。


「春臣」


「ん?」


「留守、頼むぞ」


 その一言に、春臣は少しだけ目を見開いた。すぐにいつもの顔へ戻ったが、返事はいたってシンプルだった。


「任せとけ」


 軽く上げた手。飄々とした仕草だが、そこにふざけた様子はなかった。


「行ってくる」


 低く告げて、冬吾は門の中へ踏み出した。その背中を見送るように、黒崎と組の者たちは深く一礼する。


 黒い揺らぎがその体を飲み込み、次の瞬間には姿がかき消えた。


 門が閉じ、残された春臣は、しばらくその場に立ったまま、門の消えた空間を見つめていた。やがてふっと息を吐き、ぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で直す。


「……ほんと、世話焼きだよな」


 呆れたように呟いた声音は、反して柔らかかった。


 会いに行きたい気持ちは本当だ。

 今すぐこの門を追いかけて、無事な顔を見たいとも思う。

 だが、それは次でいい。

 また次の楽しみにとっておこう。

 その時にちゃんと笑って、冬吾に言われた通り「助けてくれてありがとな」と言える方がいい。


 それに、ここを守る役目も確かにある。


 広島には冬吾ほど圧倒的な異能力者はいない。黒崎の異能は便利で有能だが、殲滅力となると話は別だ。もし敵がこの隙を突いてくるなら、拠点に残る戦力は多い方がいい。


 そうして気持ちを切り替えたところで、黒崎が静かに春臣へ視線を向けた。


「春臣」


 先ほどの「優秀な部下」としての声音ではなく、素の調子で名を呼ぶ。


「索敵の範囲、後で共有頼む」


「おう」


「助かる」


「……ま、留守番も嫌いじゃねえしな」


 春臣はそう言って歩き出す。黒崎もそれに並び、二人で廊下へ出た。


 障子の向こうから差し込む夕暮れが二人を染める。


 先ほどの騒がしさと打って変わって、そんな静けさの中を進みながら、黒崎がふいに口を開いた。


「組長の幼馴染のことは、ずっと聞かされてた」


「……ああ?」


 春臣が横目で見ると、黒崎は前を向いたまま淡々と続ける。


「凄い男だと。強い男だと。何度も、何度も」


「へえ。で?」


「正直、多少は誇張もあるんだろうと思ってた」


 黒崎はそこでわずかに目を細める。


「でも、そんなに強いのか。その人は」


 その問いに、春臣は一瞬だけ黙った。


 脳裏に浮かぶのは、柔らかく笑っている顔と、必ず誰よりも先に前に立つ背中と、傷だらけでも誰かを庇おうとする姿だった。


「……まあ、繊細な心はしてるけどな」


「それは、組長……冬吾さんからも聞いたな。なら、強いってのは少し結びつかねえな」


 春臣はふっと笑う。


「まあ、自分が危機的状況に遭えば分かるさ」


「……そうか」


「あいつは強えよ。心も、力も」


 黒崎はしばらく無言だった。春臣は鼻で笑う。


 あの男の良さは、話を聞いたくらいでは推し量れない。


 あれは、冬吾のような自ら強く輝く北極星ポラリスではない。

 

 どちらかと言えば、南十字星だ。


 底知れない暗闇コールサックけい本人が抱えていたとしても、淡く光り続けようとする星。そして、自分が暗い海にいようと一緒に歩んでくれる、寄り添う星。


「ま、そのうち嫌でも分かるだろ」


「そうならねえ方が平和だけどな」


「違いねえ」


 二人の足音が、静かな廊下に並んで響いた。




タイトルでお気づきの方もいるかもしれませんが、「北極星」は、こぐま座、そして白“熊”冬吾にかけています。もっとも、彼は“こぐま”という柄ではありませんが。


次回からは、再びけいの物語に戻ります。 冬吾、煌夜こうや、そしてけい――同い年の三人を軸に、これまで繋がずっと目を逸らしてきた過去と向き合っていく話が進んでいきます。


ただし、それは過去を「受け入れる」ための話ではありません。 「見つめる」ための話です。


過去の傷そのものを肯定するのではなく、傷ついた自分を理解し、取り戻すために、繋は傷の根源へと向かいます。


魔法使いとして、さらに一歩先へ進むために。 そして、特異点となり得る存在になるために。






いつも読んで頂いてありがとうございます!

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