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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第5章:白熊ワンダーラスト

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第1話:腹違いの弟

 奈良の拠点が崩壊し、重体のけいが襲われないよう埼玉の拠点へ移送された後、冬吾は春臣を連れて広島の拠点へ戻った。


 けいのおかげで致命傷こそ負わずに済んだものの、二人ともひどく消耗していた。そんな満身創痍の姿で帰還したものだから、右腕をはじめとした部下たちに「お疲れさんです!」と頭を下げられ、盛大に出迎えられた。


 その光景は、どう見ても堅気のそれではなかった。いや、実際に堅気ではないのだが。


 春臣が向けてきた「うわ、調査書の通りじゃん」とでも言いたげな視線が、冬吾をひどく居たたまれない気分にさせた。


「はあ……」


 広島拠点の組長室に、白熊冬吾の重いため息が落ちた。


 窓の外では、曇天の切れ間から差し込む夕暮れの光が、ゆっくりと屋敷を飲み込みはじめている。茜色の光はブラインドの隙間から細く差し込み、室内の書類棚や机の端を斜めに染めていた。


 広島最大のヤクザ組織、亜獣会。

 広大な日本家屋を構え、その屋敷を拠点として運営しているのが、広島の組だった。


 無駄に広い屋敷の一室。十数畳はある組長専用の部屋で、冬吾は重厚で艶のある木製の机にひとり向かい、頬杖をつきながらまたひとつため息を吐く。


 机の上には、春臣が寝返る際に持っていた情報をまとめた報告書がある。A4用紙が数枚。分厚い紙束ではない。だが、内容が内容だけに、別の意味でひどく重たく感じられた。


 記されているのは、敵勢力に所属する覚醒者と異能者の人数。  そして、木属性の覚醒者の素性について判明した事実だ。


「このもやもやした感情は、なんなんじゃろうなぁ……」


 ぽつりとこぼした声には、いくつもの感情が混じっていた。


 戦況に関する懸念なら、冷静に整理できる自信がある。けれど、今この報告書を読んで胸の内に広がっている感情は、どうにも形容しづらい。


「繋……」


 報告書に記された幼馴染の名を、冬吾はそっと指先でなぞった。そこに書かれている内容は、その繋にも関係している。だからこそ戸惑いは強く、心配も募る。


 そして情けないことに――嫉妬にも似た何かまで胸の奥にあった。


「らしくねえ顔してんな」


 不意に声がして、冬吾は顔を上げた。


 開けっぱなしの扉の前に、春臣が立っていた。片手でドア枠に寄りかかり、呆れたような、けれどどこか面白がっているような顔をしている。


「氷の組長がそんな景気悪い顔してると、外にいる部下たちまでビビって凍りつくぜ?」


「もともとワシの周りは涼しかろうが」


 思わぬ返しに、春臣はずるっとドア枠に預けていた手を滑らせそうになった。


「いや、うん、そういう話じゃねえんだけどな?」


「なんじゃ。うまいこと言うたと思ったんじゃが」


「どこが!?」


 春臣はつかつかと中に入ってきた。冬吾がどれだけ近寄りがたい気配を滲ませていても、その空気に飲まれない図太さがある。


「何読んでんだ? ……ああ、俺が持ってきたやつか」


 机の上の書類を覗き込みながら言う。冬吾は黙ってそれを差し出したが、春臣は片手をひらひら振って断った。


「いい、いい。頭ん中に入ってる」


「ふっ、さすが二重スパイをしていただけあるのう」


「褒めても何も出ねえぜ」


「なんじゃ、頭を撫でてほしいんか?」


「おいおい、やめてくれ。そういうのは渡だけで充分だ」


 軽口を叩いていたものの、繋の名前が出た瞬間だけ、冬吾の表情がわずかに緩んだ。だが、それもほんの一瞬だ。すぐに硬い顔へ戻る。


「で? 何がそんなに渋い顔をさせてんだ?」


 ぴくり、と冬吾の肩が揺れる。節ばった太い指が机をとんとんと叩いた。

 もう一度ため息をついてから、春臣に向かって口を開いた。


「…………この木を操る覚醒者の戸籍を調べたんじゃがな。父方の姓を追うと、“渡”に行き着くじゃろ?」


 そう言われ、春臣は報告書へ視線を落とした。確かに、記載されている姓の変遷を追えば、父方の苗字は“渡”になっている。あまり気にしていなかったが、言われてみれば繋と同じ苗字だ。


 しかし、それがどうしたのだと春臣は問う。


「もしやと思ってのう……そいつの生まれについて調べ上げたんじゃ」


 冬吾は広島の拠点を担う際、けいがどこかで生きていないかを調べるため、あらゆる県の戸籍謄本を部下に集めさせていた。


 その蓄積もあって、ここには個人情報の宝庫とも言える情報網がある。


 冬吾の苛立ちは、そこにあった。


けいにはな、異父兄妹と異母兄弟がおる」


 もさりとした前髪の隙間から鋭い眼光がのぞき、春臣はびくりと肩を震わせた。それでも黙らず、「それで?」と先を促す。


「異父兄妹の方はもう亡くなっとることが分かった。じゃが、異母兄弟の方は生きちょる」


 そこで冬吾は一拍置いた。


「それが、この男――渡想わたりしのぶじゃ」


 春臣は数秒、黙った。


 理解が追いつくまでに必要な間だった。


「……マジか」


 思わず漏れた声は、先ほどまでの軽い雰囲気を失っていた。


「そうなんじゃ」


 冬吾は椅子の背にもたれ、天井を仰ぎ、目をふっと閉じる。


「繋には腹違いの弟がおると聞いとったが、まさかこんな巡り合わせがあるとはのう……」


「腹違いの……弟」


 春臣は資料を引き寄せ、改めて見直した。そこには冬吾の部下の異能で、春臣の記憶から投射された全体写真が貼られている。


 不敵さとワイルドさをあわせ持つ風貌。

 無造作に後ろへ流した髪、短く刈られたサイド、獲物を狙う獣のような双眸。


 一見、本当に兄弟かと考えてしまうが、よくよく見れば、目元のあたりが少し似ているようにも見えた。


 春臣は顎に手を当て、口角を下げた。


 繋の過去が複雑だということは、春臣も知っている。


 暴走した自分を救ってくれたあの時、互いの深層心理に触れた。繋の記憶は断片的ではあるが、確かに春臣の中へ流れ込んできたのだ。


 見えたのは、両親からの虐待。父からは放任、母からは暴力。ある時期から二人は家に寄りつかなくなったが、その中でもひときわ最悪の記憶があった。


 春臣は苦いものでも噛み潰したように顔をしかめる。


 自分も落ちこぼれていた頃、生きるために仕方なく、男女関係なく体を売ったことがある。だが、繋は違う。


「あいつは……母親に体を売らされたことがあるよな……」


 口にした直後、しまった、と春臣は息を呑んだ。


 ほぼ反射で風の異能を起動し、体の周囲に防御膜を張る。


 次の瞬間。


 キン、と鋭い音が鳴った。


 組長室が一瞬で白銀に染まる。冷気は室内だけでは飽き足らず、廊下にまで噴き出した。外から部下たちの慌てた声が聞こえる。


 肺が軋むほどの冷気だった。

 防御膜で冷気を逸らしていなければ、体ごと凍らされていた。


「おい!! 落ち着けって!!」


 春臣が怒鳴る。


 もっさりとした髪の隙間から覗く冬吾の目は、完全に据わっていた。

 瞳孔の開いたその眼光は、殺気すら帯びて春臣を射抜いてくる。


 だが春臣も、こんな程度で引く性格ではない。


 数秒遅れて、冬吾の目に理性が戻る。


 はっと息をつき、ぼさぼさの髪を掻き上げた。


「……すまん。お前はあの暴走の時、繋の精神と繋がったんじゃったな」


「ったく、あっぶねえ……俺じゃなかったら死んでたぞ今の!」


「すまん」


 文句をぶつけながらも、春臣自身も軽率だったと反省する。


 凍りついた空気は、数秒かけてゆっくりほどけていった。白く曇った息だけが、まだ部屋の冷たさと冬吾の静かな怒りを物語っている。


「けどよ……まさか父方の血縁者がこのタイミングで出てくるとはな。それも覚醒者で」


 米神に手を当てる冬吾の姿を見て、まさかと春臣は気づく。


 白熊冬吾は、渡繋の幼馴染であり、家族のような間柄だ。


 そんな冬吾の前に、血の繋がった存在が急に現れた。


 しかも、敵側の覚醒者として。


「……ああ、そっか」


 春臣はそこで、ようやく冬吾の胸のざわめきの正体を掴んだ。


「なんじゃ」


「てめえ、怖いんだな」


 冬吾の眉がぴくりと動く。


「何がじゃ」


「渡との関係が変わるのが」


 部屋が、しんと静まりかえる。


 春臣は自分でも、よくもまあそこまで真正面から言う、と少しだけ思った。だが、言わなければこの男は延々とうだうだ抱え込む。

 

 誰がどう見ても、渡繋と白熊冬吾の間には切れない強固な絆があるというのに。


 だから、容赦なく言ってやると春臣は決めた。

 

 ただでさえ、羨ましい関係性だというのに。

 むしろ、その隣に、出来るなら自分が居たいと思うぐらいなのだ。


 怖いもの知らずの春臣は、腹が立ち始めたのもあってか、臆することなく問いを投げた。


「今さら血の繋がった弟が出てきて、あいつの中で何かが変わるかもしれねえ。てめえ、そう思ってんだろ」


 それはまさしく冬吾の悩みそのもので、春臣は遠慮なく核心をぶち抜いた。





読んでて重たい内容が続きますが、仲間たちがそれを打ち消すレベルの重い思いで綴れるように第5章も頑張っていきます!


いつも読んで頂いてありがとうございます!

もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションのどれかを押して頂けると更新が頑張れます!

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