小話:半身へ送る(スヴィグル視点)
「お前ら遅いぞ~!」
「な、に、を、無茶言ってくれてんの?!!」
「なんて場所にヒョードルの家があんだよ!!?」
ケイがいなくなった勇者一行は、三人だけでヒョードルの住む危険区域の森を駆け抜けていた。
「くっそ!! 今まで会ってきた魔獣より数段硬てえんだけど?!!」
「それだけじゃないわよ! 知性も上がってる!」
先頭を走るスヴィグルは、向かってくる魔獣を片っ端から千切っては投げ、千切っては投げながら進んでいく。その背後では、スノトラとベオウルフが文句を言いながらも必死に食らいついていた。
そんな二人を振り返り、スヴィグルは獰猛に笑う。
「どうしたどうした。お前らなら、この程度の相手、余裕だろ? それとも助けてほしいか?」
露骨な挑発だった。
魔王は倒した。だが、世界から脅威が消えたわけじゃない。残党はまだ多いし、この先も戦いは続く。だからこそ、こいつらにももっと強くなってもらわなきゃ困る。
その思いから、スヴィグルは必要最低限の魔獣だけを処理し、残りを二人に任せていた。
「はぁ!? これくらいなら余裕ですけどッ!!」
「ん? “これくらい”ってことは、先に進むほどもっと強くなるってことか?」
スノトラとベオウルフが、嫌な予感に顔を見合わせる。
「深く入るほど、どんどん強くなるぞ~」
あっけらかんと告げられた現実に、二人は一瞬だけ絶望した。だが、それでも音は上げない。
「こんちくしょう、やってやるわよ!!」
「望むところだ!!」
むしろ気合いを入れ、表情を引き締めて前を向く。
それを見て、スヴィグルは満足そうに笑った。
──なあ、ケイ。お前はそっちでも元気にしてるか?
お前を見送ってから、もう半年が経つ。たった半年だっていうのに、ずいぶん長く感じる。ずっと隣にいたお前がここにいないってだけで、こんなにも世界の見え方が変わるんだな。
初めて出会ってから、魔王を倒すまでの十年。本当に、いろんなことがあった。
最初は最悪だったよな。黒歴史すぎて、たまにオレはオレ自身を殴りたくなるけど、出会ったばかりの頃のオレは、だいぶ荒んでたよな。
お前に八つ当たりして、だいぶ冷たい言葉を投げかけたし、お前が気に食わなくて露骨に嫌な顔ばっかしてた。なのに気づけば、お前のことばっか目で追ってた。
追いつきたくて、隣に立ちたくて、じいさんのところで一年修行して、二年目には魔王討伐の旅にお前を誘った。
懐かしいよな。
それから先は怒涛だったな。ずっと二人だけで旅をするもんだと思ってたけど、六年目で、オレとお前だけの旅は終わった。代わりにスノトラ、ヒョードル、ベオウルフが加わって、ちゃんとした勇者パーティになった。
十年って、振り返ると本当にあっという間だ。けど、その全部がお前と一緒だったと思うと、あれは間違いなく、オレの人生で一番濃くて、一番眩しい時間だった。
旅に出てすぐ、あちこちで大規模なスタンピードが起きた。そのたびにオレたちは各国の王や族長のところへ行って、頭を下げて、言葉を尽くして、時にはぶつかって――それでもどうにか手を取り合ってきた。
ああいう無茶ばっかりの旅を、ここまで続けてこられたのは、きっとオレ一人じゃ無理だった。オレは真っ直ぐ殴ることしかできねえからな。けど、お前は違った。オレの横で話を回して、空気を読んで、相手の心を見て、必要な時には前に出る。
ふいに、前方の茂みを突き破って魔獣が飛びかかってくる。スヴィグルは片腕でその首を掴み、そのまま地面へ叩きつけ、勢いのまま駆け抜けた。
「おら、止まるなよ!」
「スパルタすぎんのよ!!」
「こんなのがまだ続くのかよ!!」
悲鳴混じりの声に、スヴィグルは思わず笑う。
(もし、お前がいたなら、きっとさり気なく手助けするんだろうな)
お前は、ただ優しいだけじゃなかった。相手が一番触れられたくない痛みに気づけるくせに、そこへ土足で踏み込まない。ちゃんと迷って、ちゃんと考えて、それでも見捨てずに寄り添える。ああいうのは、優しさって言葉だけじゃ足りねえ。覚悟がなきゃできないことだ。
そうやって何度も、気づけばお前は人の心の奥に入り込んでいた。種族なんて関係なく、相手の立場なんてものも飛び越えて、敵だった奴でさえ、傷ついているのならお前は手を伸ばす。
お前は無理やりこじ開けるんじゃなくて、相手が自分から扉を開けたくなるように寄り添ってた。
そういう強さを持ってる奴を、オレは他に知らない。
でも同時に、オレは分かってんだ。
(きっと、お前がしてほしかったことを誰かにしてるんだって)
お前はさ、大したことなんてできないって、はじめの頃よく言ってたけど、そんなことなかった。
魔法だってそうだ。攻撃魔法は初級しか使えないなんて言いながら、お前はそれを言い訳にしたことがなかった。足りないところを工夫と技術で埋めて、結界魔法も、補助魔法も、生活魔法も、気づけば誰にも真似できないところまで辿り着いてた。
あと、これはたぶん何年経っても変わらないけど、ケイの作る料理は本当に旨い。疲れ切って帰った夜に、お前の飯を食って、やっと息がつけたことが何度もあった。腹が満たされるだけじゃねえんだよな。
心が、お前んとこに帰ってきたって感じだ。
間違いなくオレは、この十年で何度もお前に救われてきた。命を助けられたとか、戦いを支えてもらったとか、そういう話だけじゃない。嬉しい時も、しんどい時も、どうしようもなく迷った時も、振り返ればいつもお前がいた。
隣にお前がいてくれたから、オレはちゃんとオレのままでいられた。
もうそれが当たり前みたいになってた。けど、本当はそんなもん、当たり前じゃなかったんだろうな。
だから、今度再会したら、ちゃんと伝えておきたい。
お前という半身に出会えてよかった。この十年をお前と一緒に歩けて、本当によかった。そしてできることなら、これから先もずっと――オレの隣には、お前がいてほしい。
「なははは! 置いてかれねえように、しっかりついてこいよ、二人とも!」
発破をかけると、すぐに熱い声が返ってくる。
「やってやろうじゃない!」
「望むところだ!!」
その勢いのまま、三人は森の奥へと突っ込んでいく。枝が頬を掠め、獣臭い風が吹き抜け、足元では砕けた骨の音が弾ける。それでもスヴィグルは止まらない。
──そういえば、魔王討伐の後は各国から引き抜きの話が殺到したんだ。
若いスノトラやベオウルフにまで声がかかった時は、さすがに笑った。けど、あの二人をそんな早く縛る気はなくて、じいさんがまとめて一喝して追い払った。オレたちへの誘いもあったが、全部断った。
まあ、ありがたい話ではあった。けど、オレもお前も、どっかに所属して飼われるような柄じゃねえしな。
……それにしたって、まさかあいつらまで混ざってくるとは思わなかったが。
“獣王”や“覇王”なんて呼ばれてる面倒くせえアイツらまで、お前を自分の右腕にしたいとか言い出しやがったんだぜ?今まで散々、敵みてえなことしてきたくせに、気づけばそろいもそろってお前に懐いてやがる。
ほんと、笑うしかねえよな。
でも、それで改めて思い知った。アイツもそうだし、ベオもスノトラも、獣王も覇王も、そしてオレだって――お前に出会って、救われたんだ。
あの旅を経て、色んな人たちに出会った。色んなことを経験した。いろんな町を渡って、いろんな種族の国を巡った。美味いもんを食って、不味いもんも食って、笑って、怒って、喧嘩して、それでも前に進んだ。
救えた命もあった。その一方で、失った命も、消えない傷も山ほどあった。残酷な現実なんて嫌ってほど見た。それでも、綺麗なもんも、奇跡みてえな瞬間も、ちゃんとこの世界にはあった。
世界は残酷だけど、探そうと思えば綺麗なものも、小さな幸福もちゃんとある。それに気づけたのも、それをオレに見せてくれたのも――全部、お前のお陰だった。
だから、あの時間全部、オレにとってかけがえのない宝物だ。
その時だった。
ふいに、すぐ横を温かい風が吹き抜けた。
雑木林の向こう、一瞬だけ、ケイが先を走っていくような幻を見た気がした。
「ああ……ったく、こんな時に昔のことばっか思い出しちまう……!」
込み上げるものを振り払うように、スヴィグルはさらに速度を上げる。
やがて、森の木々が開け、視界の先にレンガ造りの家が見えた。
「着いたぞ!!」
視界に飛び込んできたのは、昔と何も変わらないヒョードルの家だった。ケイが概念抽出魔法のために植えた花々が咲き誇る中庭も、訓練場も、そのままだった。
本当は、もう一度ここへお前と帰ってきたかった。
そんな本音が、胸の奥を静かに刺す。
荒い息を吐きながら、スノトラとベオウルフも追いついてくる。
「き、きっつい……」
「でも納得したわ。道理で、あんた達三人が異様に強いわけね……」
スノトラの苦笑に小さく笑い返し、スヴィグルは玄関の結界を解除した。
「中に入るぞ」
パチン、と指を鳴らす。扉を覆っていた結界が解ける。
「なんちゅうレベルの結界よ……さすがヒョードルね……」
スノトラは、ヒョードルの家の周囲一帯に張られた獣避けの結界の強度と、術者がいなくとも半永久的に機能する規格外ぶりに驚きを隠せなかった。
「ここがケイが育った場所なんだな……」
二人の反応を背に、スヴィグルは勢いよく扉を開け放った。
「じいさん! 帰ったぞ! ケイのことで話がある! って――あれ?」
その瞬間、目の前の光景に固まる。
テーブルに肘をついて項垂れているヒョードル。その向かいには、頬杖をついた神々しい存在が座っていた。
背後から、年下組の二人が顔を覗かせる。
「玄関で固まってどうしたのよ?」
「なんだなんだ?」
そして次の瞬間、二人とも目を見開いた。
「えっ!? 女神さま!?」
「女神さまじゃねえか!」
セプネテスの創世神にして、至高の女神。
――創世神・女神フリッグ。
フリッグは腕を組み、三人を見渡すと静かに言った。
「ちょうどいい。お前たちにも、ケイのことを話しておきたかった」
女神の口から語られたのは――
ケイの生まれ故郷である地球が屍人化していること。そして、ケイ自身の身に“よくないこと”が起きる兆しがあるということだった。
聞き終えた瞬間、気づけばスヴィグルは一歩前に出ていた。
「地球に行く方法を教えてくれ」
声が低くなる。
冷静でいられてるかなんて、自分でも分からない。ただ、はっきりしてることが一つだけあった。
早く行かなきゃならない。あいつのところへ。今度こそ、間に合うために。
ヒョードルも、フリッグも、スノトラも、ベオウルフも、みんな目を丸くしてスヴィグルを見ている。
そんな中でも、スヴィグルの胸の中で真っ先に浮かんだのは、やっぱりケイのことだった。
思い浮かぶのは、お前のことばかりだ。みんなが傷つけば、お前は自分のことなんて後回しにして、平気そうに笑ってた。しかも、それを誰にも悟らせねえのが異様に上手かった。
けど、オレは知ってる。
お前が、ひっそり一人で泣いてたこと。オレたちに心配かけねえように、平気な振りして笑ってたこと。頼られるほど“ちゃんとしなきゃ”って思って、完璧でいようとして、そのぶん自分を削っていくこと。
お前の気持ちは分かる。分かるけど、せめてオレには見せてよかったんじゃねえのか。オレには甘えてよかったんじゃねえのか。
──いや、違うよな。色んなことがありすぎて、すっかり忘れてたんだ。お前は自分から誰かに甘えることができないんだった。
ずっと隣にいたのにな。
──オレはさ、本当は、両親のために墓を建てたいと言ったお前を地球へ帰したくなかった。
あの時、オレは物分かりのいい振りをした。納得したふりをした。
お前の両親がお前にしてきたことを、オレは全部知ってる。
共生の儀式の時に、お前の痛みが流れ込んできた。
たぶん、お前にもオレの痛みが流れたから、あの時涙を零したんだろう。
だから、元いた場所で両親を供養することで、ずっとお前の中にあったわだかまりがなくなるならとも思った。でもよ、オレはそれで余計に自分への罰を深くしてないかって、ずっと心配してる。
お前は時々、自分だけが傷つく答えを選ぶ。誰かを守るためとか、終わらせるためとか、理由はいくらでもつけられる。
けど、そうやって自分を後回しにし続ける癖が、お前の中に根づいてることを、オレは知ってる。
だから怖いんだよ。今、お前が一人でどんな顔してるのか想像すると、どうしようもなく怖い。
魔王にとどめを刺した後だって、お前は泣かなかった。
お前はいつだってそうだ。自分が傷つくほうを選んででも、誰かのために終わらせようとする。たとえその結末が自分を壊すものでも、たとえその痛みがこの先ずっと消えないって分かっていても、全部抱え込んで前に進んじまう。
──せめて、あの時。使い物にならなかった自分を、ぶん殴ってやりたい。
あの時、自分も満足に動けてたなら、ケイ一人に背負わせるなんてことはなかったんだ。今さら悔やんでも遅いって、分かってる。
それでも考えちまう。何度でも、何度でもだ。
もしもう少し早く、自分があの時、自分の血を受け入れていれば、覚醒できていれば。もしあの時、お前の隣でちゃんと立ててたならって。
スヴィグルは伏せていた睫毛を開くと、ニッと不敵に笑った。
「あいつを助けに行く」
何度も、お前がオレを救ってくれたみたいに。だいぶ遅くなっちまったけど、今度はオレがお前を助ける番だ。
世界がオレたちを隔てようが、遮ろうが、そんなもん知るか。みんなの力を借りて、オレはお前のいる場所へ向かう。
なんでそこまでするかって?
決まってるだろ。
オレにとって、お前はただの相棒でも、家族でも、兄弟分でもない。
誰にも代えられない、たった一人だ。
お前という半身に出会えてよかったって、心の底から思ってる。
この十年をお前と一緒に歩けて、本当によかったって、何度だって言える。
世界の果てだろうが、別の世界だろうが関係ねえ。
お前が泣いてるなら、オレはそこまで行く。
お前が一人で立ってるなら、隣に立って支えてやる。
お前がもう歩けねえなら、抱えてでもこっちに連れて帰る。
だから――
オレは、お前の魂の半身として、必ずお前の傍にいてみせる。
いつも読んで頂いてありがとうございます!
もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションのどれかを押して頂けると更新が頑張れます!




