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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第4章:皐月ガーディアン

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エピローグ:牙を研ぐ(ヒカル、菊香視点)

 ヒカルが通信機を耳から少しだけ離したのは、向こうで冬吾が妙なことを言い出した直後だった。


 スピーカー越しに聞こえた、おどけたような一言と、それに続く繋の気の抜けた声。さらにその向こうで重なる笑い声。己が発した落雷で凍りついた空気を無理やり砕くようなやり取りだったが、だからこそ余計に、腹の底に沈んでいたものがじわりと熱を持つ。


 決して、嫉妬しているわけではない。


 本当なら繋の大事な節目に、自分がその場にいないことへの怒り。

 繋が己を見つめ直すための、一種の儀式めいた通過儀礼に立ち会えないことへの不満。

 あいつの痛みに、手を伸ばせない場所にいることへの苛立ち。


 ――いや。


 そこまで並べ立てておいて、誤魔化せるはずもない。


 やはりこれは、嫉妬だ。


 そう認めた瞬間、胸の奥でどろりと煮えたぎるものがあった。


 ヒカルは鋭い目をいったん閉じる。深く刻まれた眉間の皺をさらに深くさせ、それからゆっくりと目を開き、小さく舌打ちをひとつ漏らした。


 静岡の山間部は冷え込みが厳しかった。空はどんよりと曇り、細かな雪が絶え間なく降り続いている。白く煙る視界の中、黒いライダージャケットに身を包んだヒカルは、通信機を握ったまま、獣の唸り声のような低い息とともに白い吐息をこぼした。


 その周囲には、ついさっきまで威勢よく囲んできた連中が、あちこちに転がっている。


 焼け焦げた地面。鼻をつく焦げ臭さ。雪の上に黒く散った煤。雷に打たれたチンピラたちはぴくりとも動かず、まとめて気絶していた。武器のつもりだった鉄パイプもナイフも、熱で歪み、まともな形を保っていない。


 バイクのサイドカーに腰掛けていた菊香が、そんな光景を一瞥してから、ひょいとヒカルの顔を覗き込んだ。


「おじさん、心配?」


「お前は、どうなんだ?」


 問いを問いで返すと、菊香は「うわ、ずる」と小さく笑った。だが、その笑みも長くは続かない。すぐに彼女も真剣な表情へ切り替わる。


 その手には、すでに弓が握られていた。


 繋が作った魔法のコンパウンドボウではない。


 今の彼女が持っているのは、己の異能そのものだ。


 きゅ、と指先が空を引く。その動きに応じて、薄紅色の電気が糸のように伸び、しなやかな弓の形を作った。淡い桜色にも似た光が、降りしきる雪の中で静かに脈打つ。さらにもう片方の手を添えれば、矢の形をした雷が一本、バチリと音を鳴らして生まれる。


 これは、怒りから生まれた力だった。


 大切な人を傷つけられた怒り。

 守れなかった自分への怒り。

 どうしてそんな理不尽がまかり通るのかという、世界そのものへの怒り。


 あのとき芽吹いた感情は、もう菊香の中で曖昧なものではない。

 確かな武器として、その身に宿っていた。


「私? もっちろん、心配してるよ」


 肩をすくめながら、軽く言ってみせる。けれど、その視線は遠くへ投げられていた。


「でも、それ以上に……おじさんと同じで、悔しいかな」


 言葉には熱がこもっていた。ただただ真っ直ぐで、誤魔化しもない。


 ヒカルは無言のまま、足元に転がる男の一人を見下ろした。道を塞いで金を寄越せだの、女を置いて行けだの、三流どころか四流もいいところの台詞を吐いていた連中だ。雪で足を取られる土地を狙って待ち伏せしていたのだろうが、相手が悪かった。


 最初の一人が手を伸ばした瞬間には、もう全員地面に伏していた。


 ヒカルにとっては準備運動にもならない。

 菊香にしても同じだった。


 薄紅の雷矢は驚くほど速く、しかも威力の調整までできる。命は取らず、だが二度と向かってこようなどと思えない程度には、容赦なく叩きのめしていた。


「繋さん、このままだとぜったい、もっと無茶するよね……自分を傷つけるって分かってても」


 ぽつりと落ちた菊香の声に、ヒカルの眉がわずかに動く。


「分かっていて、行くんだよ。必要なことなら、自分の心さえ殺す。あいつはそういうところがあるからな……」


「……うん、そうだよね」


 否定のしようもなかった。


 繋が実家へ向かうと言い出したとき、止めたかった。今でも止めたい。


 だが、あいつがあそこを避け続けてきたことも、その傷がどれだけ深いかも知っている。だからこそ、行かなければならないのだと本人が判断したのなら、頭ごなしに封じることはできなかった。


 できなかったが、納得したわけではない。


 胸の奥にはずっと鈍い熱が残っている。悔しいのだ。繋の一番大事な場面に、自分が隣にいないことが。あいつを支える役目を他人に預けるしかないことが。


 その感情が、冬吾のあの一言で余計にざわついた。


 菊香がそんなヒカルの横顔を見上げ、ふっと口元を緩める。


「やっぱり、すっごく心配してるじゃん」


「お前も人のことは言えないだろう」


「言えないね」


 あっさり認めて、彼女はサイドカーから立ち上がった。ブーツが雪を踏みしめる。ふわりと舞った白の上を、薄紅の火花が小さく走る。


 繋がいない今、魔法の弓矢は残弾も尽き、もう使えない。


 あれは繋が作ったもので、繋がいたからこそ振るえた力だ。非力な自分でも戦えるようにと差し出された優しさだった。けれど、その優しさに甘えたままでは、結局いちばん守りたいときに守れない。


 だから自分の力が欲しかった。


 誰かに与えられるものじゃなく、自分の足で立って、自分の意志で放てる武器が。


 菊香は胸の前で指を開き、再び雷の弓を顕現させる。


 薄紅の光が、降り積もる雪を内側から透かしたように淡く照らした。


「繋さんが自分と向き合うなら、私たちもやることやんなきゃね」


「ああ」


「誘導薬の研究所、見つけて壊して、少しでも繋さんの負担を減らす。今はそれが先だね!」


 明るい声だった。無理に元気を出しているというより、やるべきことが定まった人間の強さに近い。


 ヒカルもまた、バイクへ視線を向ける。


 漆黒の車体には、うっすら雪が積もっていた。だが次の瞬間、その表面を赤い稲妻が蛇のように這う。ヒカルの赤雷――異能とは別の、魔王固有の力。わずかに帯電させるだけで、金属の熱がじわりと上がり、積もった雪はみるみるうちに溶けて水滴へ変わっていった。タイヤ周りに張りつく氷も融け、走行に支障はない。


 菊香が感心したように目を丸くする。


「ほんと便利~」


「ただの応用だ。大したことじゃないだろ?」


「またそうやって地味アピールするー。さっきもレーダーみたいに探ってたくせに」


「おい。さっきも言ったが、まるで普段は雑な戦い方しかしてないみたいな言い方をするな」


「してないの?」


「していないな」


 即答すると、菊香がくすくすと笑った。


 その笑い声が、不思議と張り詰めた空気を少しだけ和らげる。倒れたままのチンピラどもは放っておいても当分起きないだろう。雪に埋もれでもすれば、少しは頭も冷える。


 ヒカルはゴーグルを装着し、通信機をしまい込んだ。もう向こうの話は聞こえない。だが最後に繋が言った「皆を死なせたくない」という声だけは、まだ耳の奥に残っていた。


 あいつ一人に、そんなものを背負わせる気はない。


「行くぞ、菊香」


「うん」


 菊香もゴーグルをかけ、サイドカーへ軽やかに乗り込む。薄紅色の電気がぱちりと弾け、すぐに消えた。その横顔にはもう憂いはない。


「さっさと見つけて、ぶっ壊して、繋さんが戻ってくる頃には安心させてあげよう!」


「目標が甘いな」


「え?」


「安心どころか、驚かせるくらいの成果を出すぞ!」


 一瞬きょとんとしてから、菊香はにっと笑った。


「いいね、それ!」


 ヒカルがアクセルを踏み込む。エンジンが低く唸り、赤雷を帯びた車体が雪煙を蹴散らした。白く染まる山道を、黒いバイクが一直線に駆け抜ける。


 繋が今、己の傷の根へ向かっているのなら。


 自分たちは自分たちで、あいつの戦場を少しでも減らすだけだ。


 曇天の下、富士の裾野へ続く道はなお白く閉ざされている。けれど二人の進路を邪魔するものはない。


 さっさと見つけ、さっさと潰す。


 そして次に会うときは、もう「助けられるだけの側」ではないと、胸を張って言えるように。




はやくこの2人の無双しながら活躍する話も書きたい!


いつも読んで頂いてありがとうございます!

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