最終話:キミの為に
「ん? え、ちょ、冬――!」
言い終わるより早く、次の瞬間。
「うえぇええぇぇぇっ!?」
全力で揺さぶられた。
「大丈夫か!? 怪我は治ったか!? どっか痛いとこないんか!? 相変わらず無茶しとらんか!? 他は!? 他に隠してる所ないか!?」
視界がぶれる。頭の中がシェイクされる。脳が物理的に混ざっているんじゃないかと思うほどの勢いに、繋の顔はみるみる青ざめていった。
「ちょっ、待っ、冬吾、ほんと待っ……!」
「お前、二回も死にかけとるんじゃぞ!? こっちは広島でどんだけ気が気じゃなかったと思うとるんや!! 目ぇ覚ました思うたら今度は東京じゃと!? 聞いとらんわ!! 無茶が過ぎるじゃろ!!」
「いや、だから、落ち、着い――」
「落ち着けるかぁ!!」
「白熊!! 繋くんが蒼褪めてるぞ!!」
煌夜が慌てて後ろから冬吾の腕にしがみつき、皐月も頭を押さえながら横から割って入った。
「ちょ、ちょい待ちんしゃい! それ、心配しよるんやなくて、とどめ刺しにいっとるばい!」
「はっ!」
冬吾の動きがぴたりと止まる。
そのときには、繋の目はうっすら焦点が怪しくなっていた。
「す、すまん!」
「……星が見えるかも……」
「まだ昼じゃぞ!?」
「そうじゃないっつうの!」
煌夜のツッコミが飛ぶ。
冬吾は顔を青くして、わたわたと手を離した。
「す、すまん! つい!!」
「ついで人の三半規管を壊さないでほしいなあ……」
くらくらする頭を押さえながら、それでも繋は唇の端を綻ばせる。
そんな彼の顔を見て、冬吾の強張っていた表情がようやく少しだけゆるんだ。
「……ほんま、無事でよかった」
ぼそっと零れたその一言に、万感の思いがこもっている。
繋は申し訳なさそうに目を細める。
「……心配かけて、ごめんね……」
「当たり前じゃろ」
「うッ……!」
間髪入れず返ってきて、繋もさすがに反省した。
「お前が意識不明になっとる間、こっちは広島でずっと落ち着かんかったんじゃぞ。ソワソワしとる間にも大量のゾンビ群が向かってくるわ、やっとのこさ対処が終わって右腕の空間跳躍で飛んで来たと思えば、もう敵のど真ん中におるわで、腹がキリキリ痛かったわ!」
「挙げ句の果てには自分も行くとか言い出してな。止めるのに一苦労だったんだ……」
煌夜が少し疲れた顔でぼやく。
「その件はすまんかった!」
「まったくだ!」
止めるために互いの異能までぶつけ合ったらしい。
よほど大変だったのだろうと察して、繋は乾いた笑いを漏らした。
ひとしきり謝罪を交わしたあと、冬吾はそこでようやく息を吐く。
「とにかく、中で茶でも飲みながら話そう。会議の準備もできとる」
その言葉に促され、一行は城の中へ向かった。
中へ入ると、すでに大きな卓上には地図や報告書が広げられ、各拠点と繋ぐための通信機も用意されていた。煌夜がさっきまで冬吾と話していたらしく、機材のランプがまだ淡く点滅している。
「じゃあ、さっそく東京のことを――」
繋がそう切り出しかけたところで、冬吾が「あ、そうじゃ」と思い出したように通信機を持ち上げた。
「シグルさんから、もし繋が戻ったらすぐ繋げって言われとったんじゃ」
「あ……」
繋はそこでようやく、自分が作った魔道具の通信機のことを思い出した。目を覚ましてからというもの、敵のことで頭がいっぱいで、落ち着いて連絡を入れる余裕もなかったのだ。
しまったなあ、心配してるだろうな――そう思っているうちに、冬吾が「繋げるぞ」と回線を開く。短いノイズのあと、ほどなくして向こうと繋がった。
『――聞こえますか!?』
第一声からして切羽詰まっていた。
『繋さま!! ご無事ですか!』
「シグルさん!」
義理の伯母であるシグルの声には、取り繕う余裕もないほどの焦りと安堵が滲んでいる。普段は落ち着いた人だからこそ、その取り乱しぶりがかえって胸に響いた。
と、その直後。
『繋さん!! 大丈夫!? 身体は!? 痛いところない!!?』
「菊香ちゃんまで!?」
すぐさま、さらに別の怒鳴り声が重なる。
『おい! 大丈夫か! 無理してないだろうな!!』
「ヒカルさんも……!」
三方向から一斉に飛んでくる心配の声に、繋は思わず目を見開いた。
ここにいない異世界の仲間たちの声まで重なった気がして、声にならない息が漏れる。
今さらになって、ようやくみんなの心配を素直に受け止められた気がした。
慣れてしまっていたのだ。
怪我をしても、無茶をしても、多少のことなら平気だと切り捨てることに。
自分のことは後回しでいいと、そう思うことに。
(前の自分なら、こんなふうに心配されても、なんでそんなに心配するのか分からなかったけど……)
今は、胸の奥の柔らかい場所がじんわり熱を持つ。
繋は少しだけ目を伏せ、それから嬉しそうにへにゃりと表情を崩した。
「…………心配かけてごめんなさい……怪我も前よりずっと良くなってるから、大丈夫だよ」
『本当ですか!? 嘘ついてないですよね!? こういう時の貴方様は隠すんですから、知ってますわよ!』
『だよね!! 冬吾さんたち、繋さんなんか隠してない!?』
「ちょちょちょ、待って、ひどくない!?」
あまりの言われように幼なじみを見ると、日頃の行いとばかりに首を振られる。次に煌夜へ視線を移しても、腕を組みながら笑われるだけだった。
「まあまあ、三人とも大丈夫ばい。今は完全回復しとうよ」
『よかった……ほんとうに、よかった……』
菊香の泣きそうな声が通信機から聞こえ、繋はびくりと肩を上げた。まさか泣かせるつもりはなかった。どうしようと脳内で慌てふためきながらも、なんとか自分を落ち着かせて言葉を選ぶ。
「ほんとうに……心配させてごめんね」
「シグルさんも、ヒカルさんも、そして冬吾も……煌夜くんも、皐月さんも……」
通信機越しに、安堵のため息が聞こえる。相当心配させてしまったのだと、胸が痛くなった。
下まぶたをきゅっとすぼめていると、冬吾と煌夜が両脇に立ち、それぞれ両肩を優しく叩く。
「そがぁな顔せんでええ。責めとるわけじゃないからな!」
「そうだぞ。ただ俺たちは本気で心配してるだけだ」
『その二人の言う通りだ』
通信機からヒカルの声がすっと割って入る。
『お前は申し訳なさそうにしなくていい』
「ヒカルさん……」
『むしろ、すぐに助けに行けなかった俺も悪い。お前が一人で踏ん張るしかない場面にさせてしまったこともな』
その言葉には悔しさが滲んでいた。けれど自分を責め立てるような重さではなく、ただ事実として噛みしめている響きだった。あまりにも彼らしい言い方に、相変わらずストイックだなあと眉が下がる。
『あと、助けられたことを負い目に感じるな。俺たちは、お前を助けたくて助けてるだけだ』
『……ええ』
シグルがやわらかく続けた。
『貴方様がご無事でいてくださったこと、それを皆が喜んでいるのです。ですから、そんなに胸を痛めなくてよろしいのですよ』
『そうだよ……! 無事でよかったって、みんな本気で思ってるんだから……!』
菊香の声はまだ少し涙混じりで、それが余計に繋の表情を崩させる。
困ったなあ、と心の中で小さく呟く。
こんなふうに真正面から大事にされると、うまく受け止めきれない。
昔はそれすらよく分からなくて流していたけれど、今は、自分を大事にしてくれる皆を自分も大事にしたいと思える。そのことが、どうしようもなく嬉しい。
繋は少しだけ目元を和らげて、照れ隠しみたいに笑った。
「……なんか、みんなずるいなあ。そんなこと言われたら、僕もなんて返したらいいか分かんなくなるよ」
「分からんなら、とりあえず頷いとけ」
冬吾が即座に言い、煌夜が吹き出す。
「雑だなあ、君は……」
「じゃけど間違うとらんじゃろ」
その軽いやり取りに、皆の空気がふっと軽くなる。
繋は肩の力を抜いて、小さく息を吐いた。
「……うん。じゃあ、そうする」
「みんな、心配してくれてありがとう。……ほんとうに」
一瞬だけ、通信の向こうが静まる。
たぶん誰もが、その一言を思った以上に真面目に受け取ったのだろう。
その沈黙が妙に気恥ずかしくて、繋が視線を泳がせたところで、冬吾がにやりと口元を吊り上げた。
「録音しときゃよかったのう」
「うるさいなあっ」
今度こそ、通信機の向こうからも笑い声が重なった。
あたたかい笑い声に包まれながら、繋はようやく胸の奥に引っかかっていたものが少しだけほどけていくのを感じた。
ひとまず繋の無事が確認できて落ち着いたのか、通信の向こうの気配も少しずつ本題へ移っていく。
繋は気持ちを切り替えるように息を整え、東京で見てきたことを順番に説明し始めた。
蛇ノ目との接触。隕石がただの物体ではなく、宿主を必要とする“何か”であること。
ゾンビ化が適応失敗の産物である可能性。
来年四月までの猶予と、その間に意図的に送り込まれるゾンビ群。
そして、東京拠点そのものが空中要塞化したこと。
話が進むほど、部屋の空気はどんどん重くなっていった。
「……つまり」
煌夜がゆっくり言葉を継ぐ。
「今までの延長で戦っていたら、いずれ確実に押し潰されるってことか」
「うん」
繋は頷く。
『こっちも今、静岡で誘導薬の研究所を探してる』
ヒカルの低い声が通信越しに響いた。
『富士山の麓のどこかに、ゾンビ誘導薬の製造場所がある可能性が高い。今は菊香と手分けして探索中だ。見つけ次第、破壊に移る』
『繋さん、おじさんすごいんだよ! 雷を使ってレーダーみたいに探してるんだから。細かい芸当までできるようになってて、感動したね、わたし!』
『おい、まるで大味な技しかできないみたいな言い方をするな』
菊香の言葉にヒカルがツッコむ。
「ふふ、お願いね、二人とも。そこを叩ければ、少なくとも相手の手数は減らせるはずだから。……でも、くれぐれも無理はしないでね」
そう言ってから、繋は少し考えるように顎へ手を当てた。
「あと……最後に、みんなに異能の力について」
「例の、心の力ってやつだな」
煌夜の言葉に、繋は頷く。
「心?」
冬吾が眉をひそめた。
『どういう意味ですか、繋さま?』
シグルの問いに、繋はゆっくりと言葉を選ぶ。
「能力の使い方を、今までの延長線上だけで考えない方がいいってことです。出力を上げるとか、精度を高めるとか、そういう鍛え方ももちろん必要だけど。でも、それだけだとその先は望めない」
部屋にいる全員が、静かに耳を傾ける。
「瞑想でも、自己対話でも、何でもいい。自分の力が何に反応して、何に引っ張られて、どういうときにいちばん深く働くのか。技術としてじゃなく、もっと根っこの部分から掴み直した方がいいと思う」
それは、魔法を使う自分自身にも言えることだった。魔法もまた、知識や技術だけでは、その先の力を引き出せない。そこには“別の何か”が必要なのだ。
それはきっと、感情の奥底にあるものだ。
自分の内側、そのさらに深いところに触れたとき、初めて引き出せる力がある。
そのことは、異世界にいた頃から養父であるヒョードルにずっと教えられていた。だが当時の自分は、今よりずっと不安定で、自分自身を見つめることができていなかった。
ひとつ息を整えてから、繋は目を伏せ、それからゆっくりと開く。
「そうして初めて、異能を使いこなして、覚醒できるのかなって。でも、例の器の件もあるし……」
『なるほどな……』
ヒカルが低く唸る。
『だが、今は戦力強化が先だ』
『ですわね。今は取りあえず目先のことに集中しましょう。こちらは夏原さんや凩さんたちにもこの件を共有しておきます』
皆がそれぞれ、自分の異能について口にし始める。瞑想をしてみるかという者もいれば、自己対話を試してみるという者もいる。
そんな中で、繋はふと自分の手を見て、顔を上げた。
その視界には仲間たちがいる。友がいる。家族と呼べる人たちがいる。
この場にいない人たちのことも思いながら、繋は強く思う。
この手で救える人たちを、誰一人として取りこぼしたくない。
「僕も、自分を見つめに行くよ」
その言葉に、空気がしんと静まった。何人かの表情がわずかに変わる。
「ヒカルさん、ごめん」
『……待て、それ以上は言うな』
ヒカルは嫌な予感を覚える。
間違いなく、ろくでもないことを言い出す。絶対そうだと、転生前からの付き合いで培った勘が告げていた。繋の口を止めたいのに、その場にいないことがもどかしくて、奥歯を強く噛みしめる。
そして繋は、あまりにも軽い調子で言った。
「先に、実家に行ってくる」
その一言が落ちた瞬間、会議室の空気はぴんと張りつめた。
皐月の目つきが変わる。
通信越しのヒカルが、やはりそう来たかと言わんばかりに押し黙る。
冬吾に至っては、さっきまでの騒がしさが嘘みたいに真顔になっていた。
繋の事情を知っている人間なら、その言葉を軽く受け取れるはずがない。
両親からの虐待。
長年染みついた自己否定。自分を罰するような思考の癖。
繋にとって実家は、ただ帰る場所じゃない。
傷のいちばん深い根元、そのものだ。
『……本気か』
ヒカルの声が低くなる。怒りではない。けれど、抑えきれない感情が滲んでいた。
「……うん」
『今、行く必要があるのか』
「うん。皆を死なせたくない」
その言葉を聞いた誰もが、胸を焦がすような不安と己の無力感に苛まれる。地球では誰一人、いまだに繋の隣に立てる者はいない。自分たちは守られる側なのだと突きつけられる。
「…………それに……ずっと避けたままじゃ……駄目なんだ」
そこで一度言葉を切り、繋は自分に言い聞かせるように小さく続けた。
「…………きっと」
静かな声だった。
ヒカルはスピーカーの向こうで黙ったままだった。 返事を待つ時間が、ひどく長く感じられる。
その空気を見かねたように、冬吾がふう、とひとつ息を吐いた。
少しの間だけ考え込むように黙り込み、次の瞬間には、ぱっといつもの調子に戻ったみたいな妙に明るい声を出す。
「よし、わしも行く!」
「えっ」
「久しぶりの故郷帰りじゃのう!」
あまりにもからっと言うものだから、繋は思わず目を瞬かせた。
だが冬吾はそのまま、繋ではなく、通信機の向こうとこの場にいる皆へ向けて胸を張る。
「わしに任せときんさい」
はっきりとした声音だった。
「繋一人では行かせんよ。菊香ちゃんたちも、皐月さんも、そこは心配せんでええ。わしがちゃんと連れて行って、ちゃんと連れて帰るけえ」
「冬吾……?」
繋が戸惑ったように名前を呼ぶ。
冬吾はちらっとだけこちらを見て、いつものように目元は隠れたまま、にっと笑った。
一瞬、言葉が詰まる。繋は呆然とした。
どうして冬吾がそこまでしてくれるのか、その理由が分からない。
胸の中は申し訳なさでいっぱいになる。
それに、広島の拠点はどうするのだ。奈良のときも部下に任せていると言っていたが、責任者が何度も私用でいなくなって大丈夫なのだろうか。
「……広島の方は、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃな」
きっぱりと断言されてしまう。
それは、仲間たちを心から信じているということだった。
それでも繋は引き下がれない。自分なんかのために、大事な時間を使わせたくない。
だが、そんな考えすら見透かしたように、幼なじみはぽんと繋の頭の上に肘を乗せた。
「重っ!?」
冬吾はわざと体重をかける。
それ以上、繋が無駄口を叩かないように。
自分を責めるような考えを止めるために。
どうしてそんなことまで分かるのか。
幼なじみだからだ。
それに、異能の向上に自己と向き合うことが必要なのだとすれば、自分の氷の異能には繋が深く結びついている。だから、ちょうどいいのだ。
「まったく、もう……」
有無を言わせない雰囲気に、繋は半ば諦めたように目を伏せる。
通信の向こうでは、ヒカルがまだ完全には納得していないらしい沈黙を保っていた。けれど、それでもさっきより少しだけ空気が和らいだのが分かる。皐月も何も言わず、ただ繋を見つめたあと、静かに目を細めた。
東京で見た絶望的な光景。来年四月という期限。強くならなければならない現実。
そのすべての前に、まず繋は自分自身の根へ戻る必要がある。
空に浮かぶ敵の本拠地を見上げたあの瞬間から始まった戦いは、外だけじゃなく、内側へも向かい始めていた。
――そんな張りつめた空気を、冬吾はいつもの調子であっさり壊した。
「てことで、わしは繋とデートじゃな!」
『…………は?』
低い。
とにかく低い。
一拍遅れて、場の空気が凍る。
繋が「はは、何それ~?」と冗談めかして流すより早く。
通信の向こうでドガン、と洒落にならない雷鳴が弾けた。
もちろん冬吾なりのお茶目な冗談ではある。……いや、違うかもしれないが。
だが、無自覚に地雷を踏み抜いたことだけは間違いなかった。
読者の皆様こんにちはです。
今回も第四章の大改稿が終わるまでお付き合いいただきありがとうございました!
皐月と煌夜のキャラが15話目以降でやっと確定したのもあって今回は二週間ほど更新が止まって申し訳ありません。
あと何度も同じ説明になってしまいますが、念の為。作者が書く物語はBLでもGLでも無いです。
距離が近かったり、執着心や嫉妬が描かれてますが、現実世界でも意外とある筈です。
友が取られる事に嫉妬したり、友を大切にしたいという気持ちは友愛だったり、遠く離れた親友に想いを馳せたりとか。男同士、女性同士、男女関係なく誰かを思い合う気持ちは時に重くも、尊いものだと思ってます。
と、長々書きましたがいつも読んで頂いてありがとうございます!
来週からは冬吾と繋そして煌夜をメインとした三十路組のロードムービーが始まります。繋の過去が重すぎるので、この2人が支えてあげれるように、頑張って書いていきますので応援よろしくお願いします!




