第15話:隕石と目が合う(前編)
「うわあ、世紀末……」
「呑気なセリフだけに、おいちゃん、ここが敵の本拠地っちゅうこと忘れそうになるよ」
場所は、色あせた東京タワーが移設された旧国立競技場。東京タワーを支える足場は、大きな根が絡み合うように組み上げられており、まるでおとぎ話に出てくる巨大樹のようだった。
そして競技場の周囲には、これまでの拠点とは違い、ふんだんに鉄を用いて築かれた鋼の城塞がそびえている。
ひときわ目を引くのは、高さ十メートル近い鋼鉄の壁だ。
さらに競技場の内部はいくつもの区画に分かれており、住宅街というよりも、迷路めいた造りになっていた。
その中心には、突き刺さるような形で褪せた赤い鉄骨の塔がそびえ立っている。まるでここは東京の墓場だと主張しているように見えた。
堅牢な壁はすでに意味を失っていて、あちらこちらを class1 と class3 が徘徊し、人の気配はもうない。あるのは、蠢くゾンビたちのうめき声だけだった。
「にしても、東京タワーの必要性は何なんだろ?」
もともと、皐月たちが逃げるまでの間、この場所に東京タワーは移設されていなかったという。
シャボン玉状の防御魔法と遮音魔法を同時に展開しながら、二人はかつて人が生きていた痕跡の残る地を歩く。周囲の気配に注意を払いながら、繋はさっぱり理由が分からないという顔で呟いた。
「どうも隕石関係だと思うんだけどね」
「宇宙人を呼ぶための電波塔として移設した感じだったり?」
さすがにそれはないだろうと分かった上で冗談を口にする。皐月もきっと詳しくは知らないだろうと思って視線だけ向けると、案の定、適当な返事をされた。
「かもしれんし、違うかもしれんね~」
「分からないってことですね。了解です」
「き、如月君とは違うベクトルで冷たい!」
およよ、と嘘泣きを披露してみる。だが、繋は慣れたように眉ひとつ動かさない。それどころか、流れるようなモーションで極上の追撃を放ってきた。
「あはは。でも、頼りにはしてるんですよ?」
にっと揶揄うように、さらりと、それでいて妙に真剣な声音。
不意打ちのストレートをまともに食らった皐月は、言葉を失ってその場に氷結した。
遅れて、自分が今どれほど間の抜けた表情を晒しているかに気づく。
「あれ、皐月さん? どうしたんですか。行きますよ~」
不意に背後の足音が途絶えた違和感に、繋が足を止めて振り返る。そこにいたのは、噛みつかんばかりに目を吊り上げ、般若のような形相で自分をじとりと睨んでくる皐月だった。
「うぐぐぐぐ……!」
処理しきれない感情が限界を迎え、皐月はたまらず身悶えしながら叫んだ。
「相変わらず、この年上キラーめ!」
相変わらずとはなんだと思いつつも、つくづく遮音魔法を発動しておいてよかった。繋は心の底からそう思うのだった。
そんな軽口を交わしながらも、二人の足は止まらない。旧国立競技場の深部へ近づくにつれ、なぜかゾンビの数が減っていった。
「なんで、ゾンビが少ないんだろ……」
「まるで、ここには寄りつきとうなかって感じたいね。」
軽口が途切れると、周囲の不気味さがかえって際立った。二人は自然と声量を落とし、足音と気配を殺しながら、さらに内部へと進んでいく。
さっきまでのやり取りの余韻がわずかに残っているせいか、皐月の耳はまだ少し赤い。けれど、今はそれをいじっている場合ではなかった。繋もそれ以上は何も言わず、意識を周囲へ広げる。
旧国立競技場の内部は静まり返っている。いや、正確には静かではない。遠くで響く金属音、風に擦れる鉄骨のきしみ、どこかで這いずるゾンビの不快な気配。
そして――
「念のため、生き残った人たちがいないか探してみましたけど、やっぱりいないですね……」
「……無常やね」
繋の言う通り、感知魔法には一切人間が引っかかることはなかった。
二人は歩き続ける。
焼けた赤鉄骨の塔――移設された東京タワーは、競技場の中心で異様な威容を誇っている。近づけば近づくほど、その存在感は圧倒的だった。支柱はまるで大樹の根のように地面へ食い込み、何本もの補強材が怪物じみた骨格を露出させている。
「にしても」
繋が塔を見上げたまま口を開く。
「隕石が保管されてる場所って、どこなんでしょう?」
皐月は少し考えるように顎に手を当てた。
「たしか、特別展望台に近い研究区画っち聞いとる。ほら、東京タワーって上の方に展望フロアみたいなもんがあるやろ?」
「ありますね」
「その……二百五十メートル付近? 蛇ノ目が東京の拠点に来る前に東京タワーを改造しとって、元の構造とはだいぶ変わっとるらしかけん、厳密な階数はよう分からん。でも、感覚的には上層階やね。たしか、二十二階相当の研究フロアに培養カプセルが置かれとるっち話やった」
「二十二階相当……なるほど」
目指す場所が定まったのは大きい。二人は警戒を解かぬまま、煌夜からもらった地図を頼りに東京タワーの基部へと進んだ。
拍子抜けするほど、そこまでの道のりに大きな妨害はなかった。
途中で数体の class1 が迷い込むように現れたが、皐月が刀で喉を断ち、繋がなるべく音を立てないよう風の刃で首を刎ねる。class1 ぐらいなら、どれも足止めにすらならない。
やがて、タワー内部へ通じる入口へたどり着く。
厚い鋼鉄製の扉は半ば開いたまま固定され、その向こうでは人工照明がまだ生きていた。内部に足を踏み入れると、左右に分かれる動線の先に、エレベーターと非常階段が見える。
「おっ、これは当たりやない?」
皐月がエレベーターへ駆け寄り、操作盤を覗き込む。だが、すぐに眉をひそめた。
「……あー、駄目やね。カードキー認証式や」
モニターには無機質に認証エラーの表示が浮かんでいた。繋も横から確認して、「ありゃ」と残念そうな顔を浮かべる。
「階段ですねえ」
「ばり嫌すぎる」
皐月が即答した。
「だって見てみんね、案内板。研究区画まで約六百段って書いとーばい。六百段て何? 修行? 罰ゲーム?」
「修行に良さそうかも?」
「今この場で一番聞きたくない感想!」
皐月が心底うんざりした顔をした、そのときだった。
繋は何の前触れもなく魔力を練り、ふわりと地面から足を離した。
身体が軽く浮き、数センチ、数十センチと静かに上昇する。
「あ」
皐月が口を開ける。
「あ、ズルか!」




