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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第4章:皐月ガーディアン

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第13話:その炎を、剣に

2026/7/22 大改稿版投稿

 自分の右手には、赤く、黒く、静かに燃える炎の剣が握られていた。


 煌夜は、呆然としたまま固まった。


 ずっとできなかったことが、できた。  

 その事実への驚きが、脳内を支配している。


「おーい、大狼おおがみくん、大丈夫か?」


 ぴくりとも動かない煌夜を心配して、皐月が目の前でぶんぶんと手を振る。  

 しかし、相変わらず微動だにしない。


 どうしたものかと腕を組み――そして皐月は、拳骨を落とした。


「せい」


「っだ!!」


 躊躇いもない。判断にかかった時間など、一秒にも満たない。  

 この男、繋以外にはあまり優しくないのである。


 ゴチン! と鈍い音が王の広間に響き渡り、一瞬遅れて煌夜がキッと皐月を睨み上げた。


「なにすんだ!!」


 意識を戻すにしても、拳骨はさすがにないだろう。  

 あまりに雑な仕打ちに、煌夜は声を荒らげる。


「いやいや、それよりその炎の剣、どうしたんさ?」


 皐月は、それどころではないとでも言いたげに、まずは現状の説明を求めた。今まで制御できなかったはずの異能を、なぜ急にコントロールできるようになったのか。そう問うているのだ。


 空いたほうの手で頭をさすりながら、煌夜は剣を握っているほうの手を目の前にかざす。


 暗赤色せきあんしょく。  

 黒みの強い赤。  

 今までの真っ黒な炎とは違う、新たな決意の証。


 だが、まだ実感が湧かない。  

 煌夜は剣を軽く振り、手首を回して一回転させる。  

 消して、また灯してみる。炎の強さを増し、次いで弱めてみる。  

 すると、自分の意思をなぞるように、炎は従順に反応した。


 剣は、やはりどう見ても、自分の異能から生まれた剣だった。


「……できてる」


「おん、そうやね……?」


「できてるぞ!!」


「うぉっ、びっくりした!」


 急に椅子から飛び上がるように立ち上がった煌夜に、皐月が思わず後ずさる。  

 その反動で椅子はガタンと倒れ、いつになく興奮している煌夜に、皐月は若干引いていた。


 何度も夢見た光景が、今ようやく現実になったのだ。  

 抑え込んでいた実感が一気に押し寄せ、煌夜の胸を熱く満たしていく。





 ひとしきり興奮したあと、二人はそのまま広間を出た。


 試せるようになったのなら、次は実際に振るってみるしかない。  

 そんな流れになるのは自然なことだった。


 夜明け前の冷えた空気が、火照った身体に心地よい。  

 二人が向かった先は、城外の裏手にある開けた空き地だった。


「あーーーーっクソっ!!」


「ふふん、異能が自由に使えるようになったとて、異能使いとしての経験値はおいちゃんのほうが上やけんねえ」


 煌夜の狼のような悔しげな声が、月の下に遠吠えのように響いた。


 拠点を囲む外壁と城の裏手の合間には、ちょうどテニスコートほどの空き地がある。  そこを活用して、二人は先ほどまで手合わせをしていた。


 煌夜はずっと、こうできればいいのに、と脳内で想像していたあらゆる攻撃手段を試していた。手に馴染んでいく感覚に高揚していたが、その調子に乗らせないのが皐月だった。


 皐月としては、やっと異能をものにできた煌夜に拍手を送りたいところだった。


 だが、その役目は自分ではなく繋だと思い、鬼上官のごとく厳しく対応していたのである。


 刃を返し、峰打ちの要領で赤黒い炎の剣を振りかざせば、剣道で小手を狙うように叩き落とす。赤黒い炎の刀身を細長く伸ばせば、身体強化で一気に懐へ詰め、トン、と体を押してバランスを崩させる。


 今度は足裏に炎をまとって推進力を上げ、速度を乗せて剣を振りかざすが、それも鍔迫り合いに持ち込まれ、刀身を翻される。


 流れるように距離を詰められたかと思えば、最後は掌底で突き飛ばされた。


 決して煌夜も弱くない。  

 だが、煌夜が本格的に身体と武技を鍛え始めたのはこの一年半だ。  

 皐月とは場数も経験値も違う。


 あとは質の良い経験を積ませて、早く駆け上がってもらうしかないのである。


 地面に背を預け、荒い息を繰り返す煌夜。


 なんだかんだで二人の手合わせは深夜から始まり、今や夜明けの薄いオレンジ色の光が世界を照らし始めていた。


 冷えた空気の中、張りつめていた熱も少しずつ引いていく。  

 そんな頃合いを見計らったように、足音が近づいてきた。


「あっ、いたいた! 二人ともこんな場所にいたの?」


 とたとたと歩いてやってきたのは、ガウン姿でブランケットを羽織った繋だった。  

 昨日の青ざめた顔とは打って変わって、血色の良い顔に戻っていることに二人は安堵する。


「って、なにこれ! 煌夜くんが地面に倒れてるし、皐月さんは刀を持って仁王立ちしてるし……」


 そこまで口にして、繋はなるほどと察する。  

 きっと二人で手合わせでもしていたのだろう。  

 しかし、一方的にやられているように見えて、繋は皐月を見てあきれた顔を向けた。


「皐月さん、もしかして、ちょっと、いや……張り切りすぎんじゃないの?」


 煌夜のボロボロの姿を見るに、手加減なしで戦っていたのだろうと分かる。  

 まして煌夜に関しては、異能を使いこなしきれていないのだ。


 傍から見れば、上官が部下をいじめてしごいているようにしか見えない。


「いやいや、違うとよ。これは大狼おおがみくんが――!」


 ヤバい、何か勘違いしていると察し、皐月は手を縦にしてぶんぶんと振り、違うのだと訴えるが、


「言い訳は朝ごはんを食べてから聞きます」


 にこやかにぴしゃりと遮られ、皐月は「えぇぇ……」と情けない声を漏らした。


 そのやり取りを、地面に転がったままの煌夜が半眼で見上げる。  

 さっきまで散々やり込められていた鬱憤もあって、少しだけ溜飲が下がった。


「ざまあみろ」


「ひどか!?」


 即座に返ってきた抗議に、繋は「あっはは」と微笑ましく思いながら笑った。


 それから、二人の様子を改めて見回し、柔らかく声をかけた。


「朝ごはんを作ってるから、二人とも先に身体をきれいにしてきなよ。汗も泥もすごいし、そのままじゃ落ち着かないでしょ?」


「は?」


「はぁ?」


 煌夜と皐月の声が、ぴたりと揃った。


「……君は、何してるんだ」


「……けいくん、病み上がりやろ?」


 二人して呆れたように突っ込むと、繋はブランケットの端を押さえながら、ほがらかに笑った。


「もうだいぶ回復してるんだよ。簡単なものしか作ってないし、じっとしてるほうが落ち着かなくて」


「いや、そういう問題じゃないだろ……」


「せめて誰かに頼れって話たい」


「頼るつもりだったんだけど、他に人いなかったからさ」


 あっさり返されて、煌夜と皐月はそろって言葉に詰まった。


 しかも本人はまるで悪びれていない。  

 むしろ、いいタイミングで見つけられたとでも言いたげに穏やかな顔をしている。


「ほら、冷める前に戻ろう。話はごはんを食べながら聞くから」


 そう言って踵を返す繋の背を見て、二人は顔を見合わせる。


「……行くかあ」


「……行こか」


 不承不承ながらも立ち上がり、二人は繋のあとに続いた。





 軽く汚れを落として広間へ戻ると、隅に用意された簡易の食卓には、湯気の立つ味噌汁と焼き魚、卵焼き、それに炊きたての白米が並んでいた。


 それらは全部、魔法のトランクケースに貯めていた食料物資だった。   

 もちろん、二人だけではなく、拠点内に住んでいる難民や兵士にも平等に配られている。


 立ちのぼる湯気と、素朴な朝の匂いが広間にやわらかく満ちていた。  

 張りつめていた空気が、それだけで少しほどけるようだった。


 皐月と煌夜は、久しぶりのご馳走に唾を飲んだ。  

 豪勢ではない。だが、この状況下では十分すぎるほど整った朝食だった。


「いや、普通にちゃんとしとーやん……」


「本当に簡単なものなのか、これ」


 半ば呆れながら席に着くと、繋は「えへへ」と少し照れたように笑って湯呑みを配る。


「昨日はみんな大変だったし、朝くらいはちゃんと食べたほうがいいかなって」


 その言い方が、あまりにも自然で優しくて、煌夜は一瞬だけ言葉を失った。


 本当にこの男は、こういうところだ。


 手を合わせて食べ始める。  

 温かい汁物が胃に落ちると、夜通し動いていた身体にじわりと力が戻ってくるのが分かった。


 しばらくは静かに箸を動かしていたが、ふと、煌夜の胸の内にさっきの感覚が蘇る。  あの炎の剣。自分の意思に従って動いた熱。守るために振るいたいと思えた力。


 自然と、口元がわずかに緩んだ。


 それに気づいたのか、繋が不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの、煌夜くん。なんかいいことあった?」


 その問いかけに、煌夜は箸を置いた。


「……ああ。異能をコントロールできるようになったんだ」


 一拍の間。  繋の目が、ぱちりと見開かれる。


「えっ、本当に!?」


「ああ。まだ細かいところはこれからだけど、剣の形にして出せるようになったし、消したり強さを調整したりもできたんだ」


 言いながら、自分でも少しずつ実感が湧いてくる。  

 ずっと届かなかったものに、ようやく手が届いたのだ。


 すると繋は、自分のことのようにぱっと顔を明るくした。


「よかったねえ……っ!」


 心から嬉しそうな声だった。


「すごいよ、煌夜くん。ずっと頑張ってたもんね!!」


 その言葉には一切の嘘がなくて、ただまっすぐに喜んでくれているのが伝わってくる。


「しかも剣の形って、煌夜くんらしいね。絶対かっこいいやつだ」


「……見た目はまあ、悪くなかった」


「見たい!」


「後でな」


「えー」


 少し拗ねたように唇を尖らせる繋に、煌夜は思わず笑いそうになる。

 だが、それ以上に胸の奥がむず痒かった。


 褒められたことが、嬉しい。しかも、それを言ってくれたのが繋だからなおさらだった。


「いろいろと、ありがとう」


「僕は何もしてないよ。ぜんぶ煌夜くん自身が頑張ったお陰さ」


 ――本当によかった。


 繋はふにゃりと笑う。その笑顔に、煌夜の胸のつかえが少し軽くなった気がした。


 一方で、そのやり取りを味噌汁をすすりながら眺めていた皐月は、表向きにはのんびりした顔のまま、内心ひっそりと頷いていた。


(やっぱり、厳しくしといて正解やったね)


 あの場で手放しに褒めていたら、煌夜はきっと浮き足立って終わっていた。  

 実際に叩きのめして、できることとできないことを身体に分からせたからこそ、今こうして地に足のついた喜び方ができている。


 そして何より――こうやって最後に褒める役は、自分ではなくてよかったのだ。


 皐月は焼き魚をつつきながら、満足げに目を細めた。


(やっぱ、こういうんはけいくんの役目たい)


「皐月さん、なんか今すごく満足そうな顔してない?」


「ん~? しとらんよ?」


 煌夜がじと目で見る。


「してるんだが」


「気のせいやろ」


 しれっと言い返す皐月に、繋はくすっと笑う。


「ふふふ。あっ、そうだっ」


 繋は思い出したように煌夜の方を向いた。


「異能の応用とかは僕が教えるね」


「じゃあ、おいちゃんは実践訓練で如月くんの成果を都度確かめようかな」


「次はその余裕で、にやついた顔を悔しがらせてやる」


「ほほう。それは楽しみやねえ」


 売り言葉に買い言葉。  

 ヒートアップした二人の軽口に、繋は呆れ笑いをしつつ、その光景を優しく眺める。


 和らいだ空気の奥で、けれど話さなければならないこともある。  

 繋は気持ちを切り替えるように、そっと息を整えた。


(さてさて、異能の真髄――心の力について話さなきゃだ)


 繋は親指に嵌めたサムズリングをなぞる。  

 どうか、みんな生き残れるようにと、強く、強く願うのだった。




その炎を、剣に。の炎は復讐心であり、守る為の誓い。


いつも読んで頂いてありがとうございます!

もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションのどれかを押して頂けると更新が頑張れます!٩( 'ω' )و

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