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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第4章:皐月ガーディアン

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第11話:繋がる心

 「へっくしゅん! うぅ〜……寒々~」


 繋が小さなくしゃみをして、両腕をさする。  

 ずり落ちたブランケットを肩に掛け直した。


 ここは、拠点内に用意された仮設住宅を使った病室。  

 煌夜から大人しく療養しろと言われながらも、結局、自分だけ落ち着いていることなどできなかった繋は、ベッドの上で胡座をかきながら、様々なことを整理していた。


 ベッドの上には、使い古された愛用の手帳が開いたまま置かれている。  

 繋はその内容を見つめ、腕を組みながら首をひねった。


 小さく息をつく。


 まずは、心の力についてだ。


 異能の力の源を理解することで、仲間達の能力向上に繋がるかもしれない。  

 特に煌夜は、自分は異能を使いこなせていないと嘆いていた。


「そういえば、誠一君が水の異能を発現した時も、鍛錬を終えた後だったな」


 心の内側にある雑念とか、そういう絡まった糸のようなものを解くことができれば、異能はもっと使えるようになるのかもしれない。  

 さらに、異能の応用とは別に、純粋な強化にはまた別のアプローチが必要になるのだろう。


「みんなフィジカルについてはこの四年間で充分に鍛えられているから、次の課題は精神強化の方か……となると、瞑想とか自己対話が必要なのかも」


 自分が一番不得意な分野だと、繋は俯く。


 思考の切り替えや取捨選択。  

 精神統一に、明鏡止水。  

 感情のコントロール。


 自分の心を騙すことは得意だが、見つめることは今でも難しい。


 でも、みんなを守るためにはしないといけないことだ。


 そこまで考えてから、繋は手帳の別の項目へと意識を移した。


「東京への潜入については……ま、これは僕が適任だよね〜。むしろ僕が行かなきゃだし」


 この言葉を煌夜と皐月が聞けば、間違いなく卒倒するだろう。  

 そして、本人は至って本気なのが、余計に質が悪かった。


 さすがに一人で複数人の覚醒者を相手取ることはできないかもしれないが、潜入して隕石の情報収集をするくらいなら難なくできるはずだと、繋は考える。


 そうして、思考は自然と自分の戦力の確認へと移っていく。


「もし相対したとしても、余裕で戦えるようにこれを完成させなきゃだよな……」


 繋は手帳の内容を眺めては、ため息をついた。


 書きかけのページには、現時点で溜められる魔力槽の割合。  

 それに伴う、使用している魔法それぞれの消費量が書いてあった。


 ゲームのように、貯蔵している魔力が100%あるとして初級魔法を使う場合、魔法使いのレベルによって消費量は変わる。


 下位ランクの魔法使いであれば、初級魔法を使うだけで30%。  

 中級魔法で60%。上級魔法で90%。


 上位ランクだと、初級魔法は10%。上級魔法でやっと50%まで抑えることができる。


 あとは、魔法の熟練度によっても変わってくるが――。


 そんな中で、繋の場合だと初級魔法は1%。  

 上級魔法の代替魔法として編み出した概念抽出魔法オルタナティブマジック。  

 それを行使する場合でも、5%で済むようになっている。


 もちろん一例であり、繋の場合はさらにここから、自動回復魔法で自己修復を常にかけるようになっていたりもする。


 本来、魔法が使えない人間であるにも関わらず、ここまで抑えることができるのは、ヒョードルの教えが上手いからだけではなく、本人の努力の賜物でもあった。


 昔は完璧にならないといけなかった。  

 そんな強迫性障害が強かったせいもあり、人より過剰に努力しすぎた結果でもあるため、あまり褒められたことでもなかったりする。


 それでも、その偏った努力が今の自分の土台になっているのは否定できなかった。  

 健全とは言えなくても、積み重ねてきた時間だけは、本物だった。


 そして、だからこそ未完成のままではいられない。その先にある戦いも見据えるなら、切り札は少しでも形にしておく必要がある。


 繋は手帳の先のページへ視線を落とした。


 特にclass4相手には、高威力の概念抽出魔法オルタナティブマジックでしか致命傷を与えることができない。


 概念抽出魔法オルタナティブマジックの複数同時使用。  

 これを可能にするには、奥義の常時使用が必要になる。


 繋の奥義は、上級魔法のさらに上。  

 究極魔法を放つためのものではない。  

 いかに概念抽出魔法オルタナティブマジックという上級魔法の魔力消費を節約しながら、連続使用できるようにするか。そのための術式――それが繋の奥義だった。


「スノトラは、あと二対いけるって言ってたんだよなあ……」


 六枚の羽。  

 それは、ただ空中戦を可能にするための魔法ではなく、一枚一枚の羽を、それぞれ魔杖の代わりとして利用できるものだ。


 現段階では一対の羽のみ。  

 右の羽で魔法を発動するための術式を作り、もう片方の羽で魔法の制御を行う。


 パソコンに例えれば、RAMが六つ。その分、魔法の処理が楽になり、魔力の消費も抑えられ、連続使用もしやすくなるということだ。


「にしても、羽とか中二病っぽくて恥ずかしいんだよねえ」


 これでも中身は三十歳のおじさんなんだよなあ、と心の中でひとりごちる。


 これを発案したのがヒョードルとスノトラなので、地球でいうアニメや漫画を知らないのだから仕方ないけれど、天使のような羽はまさに中二病の塊みたいに感じられて、初めはものすごく困った。  


 今でこそ慣れたが、最初の頃は恥ずかしさでどうにかなりそうだったものだ。


 命懸けの切り札なのに、ふとした瞬間に「なんで羽なんだろう」と現実に引き戻されることがある。


 そのたびに、必死に頭の隅へ恥ずかしさを追いやっているのだが。


「でも、あと二対か……技術的にはできるはずなんだけどな……」


 魔力を使うための魔力槽は、もう十分に回復している。  

 技術も、魔王討伐という十年の旅路で積み重ねてきたものがある。  

 そこに不足はないはずだった。


 だからこそ、たぶん必要なのは、もっと別の何かだと、繋は目を閉じる。  

  技能とかではない、自分の精神的な問題。


 自分を閉じ込める心の檻。  

 自分の奥底に巣食う澱み。



「異能と同じで……心、かな」


 そこまで考えたところで、繋はふっと視線を落とした。  

 手帳の紙面は変わらないのに、見えているものだけが少しずつ違っていく気がする。さっきまで整理していたはずの思考が、いつの間にかもっと深いところへ潜り始めていた。


 そうして辿り着いた答えは、結局、ずっと見ないふりをしてきた場所へと繋がっていく。


「僕の…………ぼくを形作ったすべての原点……」


 平和になってからにしようと先延ばしにしていた、両親の供養。


 自分だけ生き残ってしまった罪悪感。  

 自分への罰そのものの大元。  

 トラウマの根源。


 自分という人間を形作る原点と呼べるもののすべてが、両親へと繋がっている。


「両親のこと……しかないよな……」


 言葉にしてしまうと、それはひどく単純で、ひどく重かった。


 手帳に指を置いたまま、繋は視線を落とす。


「全部終わってからって思ってたけど」


「東京の件が終わったら行かないと、駄目かもね……」


 そう思った瞬間、胸の奥がひやりとした。


 行かないといけない。でも、本当は行きたくない。


 その矛盾があまりにもはっきりと形になって、繋は小さく、乾いた笑いを漏らした。


 地球に帰って来たばかりの頃は、真っ先に行かなきゃと思っていた。  

 供養を後回しにするなんて、本当は許されない。そう思っていたのに、後回しにすればするほど、自分の中で両親とどう向き合えばいいのかを考える時間ばかりが増えていった。


 そして向き合ううちに、自分はあの二人から本当の意味では愛されていなかったのだと、時間をかけて、ゆっくりと認められるようになってしまった。


 認める、というだけなら簡単だ。  

 頭の中で言葉にして、事実として並べるだけならできる。  

 けれど、それを心の底まで受け入れることとは、まるで別の話だった。


 愛されていなかった。  

 大切にされていなかった。  

 守られる側の子どもだったはずなのに、いつだって先に諦める準備をしていたのは自分のほうだった。


 その事実が、錆びついた刃物のようにゆっくりと身を突き刺してくる。  

 鈍く、じりじりと、終わらない痛みがずっと自分を襲う。


 それでも昔の自分なら、その痛みを痛みだと認識することすらできなかった気がする。


 苦しいとも、寂しいとも、欲しかったとも言えずに、

 ただそういうものなのだと飲み込んでいた。


 そう考えると、今こうして「怖い」と思えること自体、少しは変われたということなのかもしれない。


「……それこそ、みんなのお陰で」


 ぽつりと零した声は、思ったよりも弱々しかった。


 ヒョードルにフリッグ。スヴィグルに冬吾。ヒカルと菊香。名前を思い浮かべるだけで、胸を突き刺す痛みがほんの少しだけやわらぐ。


 みんなそれぞれの形で、自分のことを大切にしてくれた。


 お前はここにいていいのだと、泣いても良いのだと、悲しい、苦しいと吐き出しても良いんだと、何度も繰り返し教えるように。


 優しさを向けられるたび、最初はひどく落ち着かなかった。  

 どうしてそんなふうにされるのかわからなかったし、いつか失うのだと思うと怖かった。  手を伸ばしてしまえば、その分だけ失った時に痛むと知っていたからだ。


 それでも、何度も手を差し伸べられて、何度も見捨てられずにいて。  

 気づけば、自分の中の傷は、完全に癒えないまでも、剥き出しのままではなくなっていた。


 地球に戻ろうとした頃は、両親を弔うことは、バロルを手にかけたことで、かつて自分だけが生き残ってしまった罪を再び背負い直すためのものだと思っていた。  

 自分は罰を忘れてはいけなくて、痛みを薄めてはいけなくて、そうやって傷を抱えていることこそが、生き残ってしまった自分の責任だと信じていた。


 でも、今は少し違う。


 今は、ただ罪を背負い直したいわけじゃない。

 どちらかといえば、それをきちんと見つめなければ、本当の意味で前に進めないのだと思っている。異世界という土地ではなく、自分の生まれ育った場所で、それをすることに意味がある。


「そこまで、自己分析できてるのに、理解できているのに……こわい……」


 怖い。とてつもなく怖いのだ。


 そこへ行けば、ようやく塞がりかけていた傷口がまた裂けるかもしれない。  

 いや、きっと裂ける。  

 思い出したくないものまで全部思い出して、必死に整えてきた心の形が、またぐずぐずに崩れてしまうかもしれない。


 それだけじゃない。  

 もしも行って、それでも自分が壊れなかったら。  

 もしもちゃんと手を合わせて、それで終わりにできてしまったら。


 その時は、その時で怖かった。


 自分はずっと、この痛みを自分の一部として抱えてきた。  

 傷ついていること、苦しいこと、赦されてはいけないと思うこと。  

 その全部が、自分を自分たらしめるものだった。


 だから、それを手放せてしまう未来は、間違いなく自分には救いであるはずなのに、同時にひどく恐ろしく思ってしまう。


 でも、いざその未来が来てしまえば、意外にも清々することができるのだろうか。  

 それとも、やはり自分は変わらないままだろうか。  

 何も罰を与えられていない自分が許せなくて、また自分の首を絞めるためのロープを探すのだろうか。


 いっそ、全ての責任を両親に擦り付けて、お前たちのせいでこれだけ苦しんでいるのだと、お前らのせいで救われる自分が想像できないのだと、怒りのまま思いを吐き出せればどれだけ楽だろうか。


 思いっきり憎めればどれだけ良かっただろうか。


(でも……それでも、ぼくにとってはあの二人は父と母なんだ……)


 どれだけ酷いことをされても――。  

 どれだけ愛されていなかったとしても――。  

 やはり母と父は、どこまでいっても自分の両親であることに変わりはなく、憎み切れない。


(……だめだ)


 胸の内で、声にならない声が落ちる。


(行きたくない。みんなのお陰で、痛みが少しやわらいでしまったから)


(もう一度、あの場所で、あの頃の自分を拾い上げるのが怖い)


(でも、だからこそ行かなきゃいけないんだ)


 そうしなければきっと、自分はこの先も――誰かの優しさに、愛に、怯え続ける。


 あたたかいものに触れるたび、これは持っていてはいけないのではないかと、何度でも足を止めてしまう。


 気づけば、胸の奥底が徐々に冷え込んでいくような気がしていた。  

 曇った冬の海の底へ、ひとり沈んでいくみたいに。  

 いつものように、這い上がる気力がうまく湧いてこない。


 このまま考えていたら、きっと駄目だ。  

 今はまだ、心の奥を掘り返し続けていい時じゃない。  

 無理に見つめれば、立ち上がるための気力まで削れてしまう。


 そう結論づけると、繋はこれ以上思考を深めないように、半ば逃げるような勢いで動いた。


 それ以上冷え切ってしまう前に、繋はそそくさと手帳を空間魔法で収納し、毛布を頭から被った。


(取りあえず寝よう!)


 そう決めるや否や、毛布の中にもぞもぞと潜り込み、ベッドの中心で蹲るように膝を抱え込む。


 狭くて暗いはずの毛布の内側は、あらゆるものから自分を守ってくれるみたいで、不思議と少しだけ安心できた。


 そういえば、子どものころ、寂しい時や悲しい時によくやっていたなと思い出す。


(心が冷えきってしまう前に、大事な人達の顔を思い出しながら寝よう)


 ヒョードルの温かい手。  

 フリッグの意地悪だけど優しい表情。  

 魂の片割れであり、自分の半分であるスヴィグル。  

 冬吾の毛布のような温かい空気。  

 菊香の夏の光のような明るい声。  

 ヒカルの鋭くも優しい眼差し。


 他にもスノトラ、ベオウルフ、シグル、ユミル達。


 そういうものをひとつずつ胸の中に並べていけば、今夜くらいは、どうにか沈みきらずに済むかもしれない。


 そうすれば、きっと。寝て起きれば、少しは元気になれるはずだから。


 そして繋は、夢の中で久しぶりに彼と会うことになる。  

 剛健質実、快活男児――いや、会った当初は少し違ったか。  


 小麦色の、たてがみのような髪を持つ男と。




第四章は来たるべき戦いの為に、ヒカル、菊香、ユミル以外との絆強化ターンとなります。

また戦力的にも上記三人には届いてないので、そういった意味でもレベルアップさせるための章になりますね。あとけいのトラウマをどう向き合うかについても。


いつも読んで頂いてありがとうございます!

もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションのどれかを押して頂けると更新が頑張れます!٩( 'ω' )و

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