第9話:何故か城が建つ(前編)
2026/7/19 大改稿版投稿
繋の呟きに、皐月が吹き出した。
「君は、ただでさえ無茶しとるやろ!!」
「で、でも、必要なことだし?」
鬼のような形相で目の前まで迫ってくる皐月に、体を後ろへ反らしながらも、繋はやるべきことなのだと説明する。
「ただでさえ、こんな寒空の下で不完全な防衛拠点だと、いつまで経っても安心して休むこともできないし、壁があるだけでも拠点のみんなと二人の気も少しは楽になりますし……」
気を張り詰めたままでは精神的な疲労ばかりが積み重なり、いざ戦う時に十分な力を発揮できない。だからこそ最優先でやるべきだと、繋は落ち着いた様子で二人に告げた。
二人はその言葉を聞いて顔を見合わせ、どうしたものかと悩む。
言っていることは分かる。
甘いことを言っている場合ではないのも、よく分かっていた。
けれど、まるでそれが自分の役目だと言わんばかりに、自分のことを後回しにして動こうとする繋には納得できなかった。
煌夜はパイプ椅子を蹴るように立ち上がり、繋を止めようとする。
「いや、やっぱりダメだ! 必要なのは分かるが、今すぐ君がやることじゃない!」
「そうたい! 病み上がりで連戦のあとにする話やなかろうもん!」
揃って止めに入る二人に、繋は「むう……」と口をへの字に曲げた。
二人の気持ちは確かにありがたい。
けれどそれとは別に、自分のことより優先すべきことがある。
だから、繋は何とか納得してもらおうと口を開いた。
「大丈夫だよ。簡易的なものならいけるし、範囲も小さな集落レベルでいいんでしょ? だったら、岩の壁をぐるっと立ち上げて、出入口を絞れば、防衛はかなり楽になる」
覚醒者レベルの能力者が来た時は自分が対応するとさらりと付け加えながら、せめてそれ以外の問題だけでも最小限に抑えた方がいいと、繋は二人の目をじっと見つめた。
「……確かに、言う通りではあるんだが……君にばっかり頼る罪悪感が……」
煌夜は繋の目を一瞬だけ見つめたあと、ゆっくりと逸らした。
皐月も同じように頷き、目を伏せる。
繋は少し驚いたように目を見開いたあと、くすぐったそうにふわりと微笑んだ。
「煌夜くん、ありがとうね」
その笑みに、二人はますます罪悪感を強めた。
煌夜が額を押さえる。皐月もまた、止めるべきだと分かっているのに、繋の言うこと自体は理にかなっているせいで強く否定しきれない。
今のこの拠点は、あまりにも無防備だった。軍用テントと簡易バリケードだけでは、覚醒者どころか、大規模なゾンビの群れが来れば簡単に突破される。
人手も他の拠点に比べて足りない。
ならば、せめて守りは強固にすべきだと、繋の案は戦場の現実を踏まえた答えだった。
短い沈黙のあと、先に折れたのは煌夜だった。
ただし、頼るにしても、この男は絶対にそれ以上のことをすると今までの付き合いで分かっている。だからこそ、せめて繋の無茶を最小限に抑えるため、強めに宣言した。
「君は意外と頑固だし、止めたって勝手に動くし、自分の限界を把握できてないし」
「え、待って、なんかさらっと酷くない!?」
「無茶だと判断したら即中止。仲代、アンタも繋くんを見張ってくれ」
「無視された……」
「ほんとは反対ばってんね。けど、けいくんの言う通り、このままも危なか。おいちゃんもおおがみ君と同じで、少しでも様子がおかしかったら止めるけん」
四つの目が真っ直ぐ繋を射抜く。
しかし本人は「あはは……」と困ったように笑うばかりで、その頭の中では、すでに何をどう作り、どこをどう改善するかの構想が着々と組み上がっていた。
そうして話がまとまると、拠点内にいる者たちへ退避の指示が飛び、繋も長杖を手に外へ出た。
◇
「みんな、今から大掛かりな作業に入る。いったんバリケードの外に出てくれ!!」
突き刺すような寒空。
すでに星々が空を覆い、寒さを凌ぐための焚き火の音があちらこちらで聞こえる。
繋は、薄い毛布にくるまりながら震える人たちを見渡した。早くどうにかしなければならない。そう思うほど、長杖を握る手に力が籠もる。
「よし……やるか……!」
長杖を地面に突き、魔法陣を起動する。
集中するために目を閉じる。魔法を使うにあたって、イメージは何より大事だ。
さらに知識があれば、より精密で、より強固な壁を作ることができる。
繋はこれまで蓄えてきた知識の中から、ああでもない、こうでもないと考えた末に、ヒョードルとシグルが住んでいた城の城壁を思い出した。
敵を寄せつけないための高さ。
簡単には破れない厚み。
見張りの利く張り出しと、侵入経路を絞る門の位置。防衛拠点として必要な要素を、一つずつ頭の中で組み上げていく。
しかし、そこでふと過去を懐かしんでしまった。
(──しまった……っ!!)
思考が連鎖し、つい妖精国の城まで思い出してしまう。
その瞬間、魔法の出力を誤ったことを悟った。
ぶわりと魔法陣が強く輝き出す。
ごっそりと魔力が減っていくのが分かる。
けれど、繋はそこで魔法を止めなかった。
(……まあ、いっか……!)
すぐに思考を切り替える。
さすがにあんな東京ドーム一個分みたいな壮大な城は無理だが、せいぜい領主レベルの城くらいできたっていいだろう。
(拠点なんだし)
そんな軽い見積もりとは裏腹に、足元の魔法陣はみるみる輝きを増していく。
やがて足元が低く震え始めると、周囲のざわめきが一気に広がった。
低い地鳴りが夜の世界に響く。
土が隆起し、砕け、押し上げられた岩盤が唸るような音を立てる。地面の下に眠っていた岩そのものが、命を得たみたいに形を変えながら盛り上がっていく。
最初にせり上がったのは、拠点を囲む外壁だった。分厚い岩の防壁が次々と出来上がる。それだけではない。ところどころには、敵のよじ登りを阻む鋭い岩の突起まで伸びている。
さらに四隅に近い位置では、外壁よりひときわ高い櫓のようなものが形を取り始めた。見張り台を兼ねた小塔だ。上部には人が数人立てる程度の足場があり、周囲を見渡せるようになっていた。
正面にあたる一角では、分厚い岩壁が左右に割れ、その隙間を囲うようにして門塔のような構造まで現れた。戦車が通れる程度の幅を残している。
兵士の一人が、思わず声を漏らす。
「城……じゃねえか……」
誰も否定できなかった。
集落ひとつを囲うには十分すぎる規模の壁が、目の前で出来上がっていく。煌夜も皐月も言葉を失う。兵士の言う通り、防壁というより、もはや小さな城だった。
「………………おおがみ君や」
「………………なんだ」
二人は目の前に築かれた壁――いや、小さな城を前に遠い目をした。
予想以上どころの話ではない。純粋な驚きが二人の胸中を占め、思考を鈍らせる。
だが、当の繋にとっては、まだ終わりではなかった。壁だけでは難民たちを風雨から守りきれない。そう判断した彼は、そのまま穴だらけの軍用テントへ向かった。
裂け目だらけの布地に触れ、修復魔法を黙々とかけていく。
没頭するように、自分の世界へ沈み込んでいく。
見守っていた兵士たちの間に、感嘆と不安が入り混じった空気が広がった。
繋の顔に、目に見えて疲労の色が濃くなっていったからだ。
それだけではない。首や手など、さまざまな箇所に切り傷が浮かび始める。
魔力不足で自動回復魔法が追いつかなくなっている証拠だった。
感謝や感動は、一気に吹き飛んだ。
これ以上はまずい。誰の顔にも、そう書いてあった。
それでも繋は手を止めない。
最後の一張りを直し終え、さらに次の行動に移ろうとした、その瞬間。
「すまん……!!」
煌夜が繋の首の後ろへ手刀を打ち下ろした。
「――……あ」
ぷつりと糸が切れるように、繋の体から力が抜けた。
倒れかけた体を、煌夜が間一髪で抱き留める。
そのあまりの軽さに、息が詰まった。
「ッッ馬鹿野郎!!!!」
腕の中の繋は体温が上がっており、真冬にもかかわらず熱い。顔色は真っ白で、呼吸は正常だが、脈を測ると不安になるほど弱かった。
(そりゃあそうだ……っ、二週間近くもずっと意識を失ってたんだ……!!)
「担架! いや、布でもよか、すぐ持ってきて!」
「了解しました!」
皐月が周囲の兵士に鋭く指示を飛ばす。
慌ただしい足音と張り詰めた声が飛び交う中、繋は簡易ベッドへと運び込まれた。
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