第8話:戦いのあとで
2026/7/17 大改稿版投稿
「………あれが、覚醒者か……」
「そういえば、おおがみ君は早々に東京から抜けたけん、あの子らの能力ば見たことなかったばってんね」
煌夜は、皐月に突き飛ばされて地面に擦った腕をさする。緊急時だったから仕方ないとはいえ、痛いものは痛い。
「にしても、ここまでの力とは……まるで自然災害だな……」
煌夜は顔を上げる。
覚醒者の異能によって、幾本もの巨大な広葉樹が街を呑み込むように広がっていた。一帯の廃市街は、もはやジャングルと化している。
「さっきのが、戦闘狂の男たい」
「あれが……なんか、すっごく生命力に溢れていたな……」
煌夜は、思わず自分と真逆の存在に遠い目をした。
ようやく危機がひと段落し、小さく息を吐く。
その安堵の直後、ふと疑問が浮かんだ。
「なんで、あいつらは今まで動いてこなかったんだ?」
皐月は、周囲の木々をばっさばっさと伐採していた手を止める。先ほどまでの鬼気迫る雰囲気が嘘のように、「ああ、それはね~」といつもの緩い調子で話し始めた。
煌夜も、鬱蒼と生い茂った木々を燃やしながら耳を傾ける。
「さっきの植物使いの男と側近ば除いて、ほかは海外に派遣しとるんよ」
「海外?」
「恐らく、何かしらの実験の延長か、他国ば掌握しよるとかやろうね」
「それに、現時点で確認されている限り、覚醒者は日本人しかおらんけんね。彼女のことだし、“色んな可能性”ば見とるとかやろうね」
口調は軽いが、その目は鋭く細められていた。
東京に隕石が落ちた時点で、日本はゾンビが進化しやすい土地になってしまっている。そのぶん、強敵と戦うことで異能者も強くなり、覚醒にまで至る者が出てきているのだと皐月は言った。
「あと、誘導薬の開発が成功したけん、一気に動き出したっちゃなかかとも思う」
「それに、いかに覚醒者でも異能を無限に使えるわけやなかし、ゾンビは物量も体力もほぼ無限やろ。あくまであいつらは対人戦用。おいちゃん達ば潰すための兵器みたいなもんたい」
人を殺すために磨かれた力。そう意識した瞬間、煌夜の胸の奥で黒い感情がじわりと広がった。
「って、おおがみくん、炎! 炎!」
慌てる皐月の声で、煌夜は自分が黒炎を制御できていないことに気づく。バチバチと黒い炎が爆ぜ、辺りを燃やし始めていた。胸の内の濁りが、そのまま出力に滲んだかのようだった。
「わわわ、すまん……っ!」
慌てて炎を消すように念じると、何とか鎮火してくれた。事なきを得て、深く息を吐く。
蛇ノ目の最終目的が何なのかは分からない。だが、人類の敵であることだけは間違いない。その事実だけが、ひどく冷たく胸に残った。
「ほかの兵士たちも無事そうやし、けいくんば迎えに行こう」
皐月に促され、煌夜は「ああ」と頷いた。
ひとまず危機は去った。だが、戦いの余韻が消えたわけではない。巨木の根元では、繋が黙々と調査を続けていた。
◇
「ふむふむ……なるほどねえ」
木々を鑑識魔法で調べると、生体エネルギーが流れていることが分かった。恐らく、自身の生体エネルギーを種にして植物を生み出し、成長させているのだろう。
だが、通常の異能者と覚醒者とでは、なぜあれほど出力に差があるのか。繋は小さく首を傾げる。
「にしても、彼。僕と同じで植物関係の技を使ってるの、ちょっと親近感感じちゃうな」
相変わらず、戦闘時以外の思考が緩い男である。
ここにヒカルやスヴィグルがいれば、間違いなく怒られるか注意されるだろう。
だが、残念ながらこの場に彼をたしなめる者はいない。
だからこそ、本人は真面目に調べながらも、頭の片隅ではそんな呑気なことまで考えていた。戦闘になると鋭く切り替わるくせに、それ以外との落差が激しい。
「よし、粗方調べ終えたから、まとめるとこんな感じか」
その場にしゃがみ込み、杖を短くする。先端をペンのようにして、地面に整理した内容を書き出していった。
鑑識した結果、異能も結局は人の内側にある何かを使う力だと分かった。そう考えると、異能も魔法や精霊術とまるで別物というわけではないのかもしれない。
魔法は、主に体力や精神力、命といった生命力を魔力に変換して使う。
精霊術は、精霊や万物万象から力を借りるために精神力を使う。
では、異能は何を使うのか。
体力か、精神力か、命か。
いや、違う。
(それは、心だ)
精神力は、いわば集中力だ。
けれど心の力は、もっと曖昧で、もっと生々しい。
感情になる手前の衝動。人の奥底から滲み出てくるもの。
異能は、そういうものがそのまま力になっている気がした。
だから発現には個人差があるし、消耗の仕方も違うのかもしれない。
(その時の意思の強さで、出力も上下するかもしれない)
今まで異能を、ここまで真面目に調べたことはなかった。曖昧で、個人差ばかりで、異世界でいうなら超能力に近いもの。その程度の認識だった。
けれど、心が関わっているのだとしたら話は変わる。
そう思った瞬間、胸の奥で知的好奇心が静かに火を灯した。
勉強は、好きで始めたものじゃない。両親にやらされてきただけだ。
それでも、知識を積み上げる時間は嫌いではなかった。余計なことを忘れて、自分だけの思考に潜っていけるから。
だったら――。
異能の源が心のエネルギーなら、覚醒のきっかけもそこにあるはずだ。
その人の剥き出しの願い。
例えば、どうしても叶えたい願い。絶対に譲れない矜持。手放したくない執着。
あるいは、心が壊れそうになるほどの喪失。
そういうものに触れた時、ゾンビに噛まれ、感染を克服した人間は異能に目覚めるのかもしれない。
(……誠一君は水の異能。誰かを救いたい、零さないようにと強く願って発現した)
(煌夜くんは炎。お姉さんを殺されたことによる、復讐の炎)
(ヒカルさんや冬吾は、何を思って、何を願って発現したんだろう?)
それだけじゃない。菊香が異能を発現しない理由も、心の奥底の想いに齟齬があるからかもしれない。
「願い……かあ」
繋は、自分が魔法を使えるようになるために、魔力増幅装置を埋め込んだ過去を思い出す。もともとは増幅装置だった機械を、一か八かで埋め込んだことで、魔力回路を体内に作ることができた。
その代わり、魔法を使うたびに身体を損傷するようになってしまった。
(地球に帰ってきて、両親と生きた場所で供養をしてあげたい)
その気持ちは今でも変わらない。
変わらないはずなのに、繋はぴくりと震える手を押さえた。
(……でも……正直……怖い……)
何も知らなかった頃とは違う。自分は、愛されることを知ってしまった。
愛されていなかったという事実がそこにあったとして。
目を背けたくなる過去があったとして。
それでも自分は、自分を保っていられるのだろうか。
痛みから逃げずに、全部を受け止められるのだろうか。
スヴィグルやヒョードルには、供養なんてする必要はないと言われたことがある。
けれど、そんなふうに簡単に切り捨てられるなら、とっくに苦しんではいない。
“親”は、どこまでいっても親だ。
たとえ、どんなろくでなしでも。
憎みきれず、捨てきれず、心のどこかに引っかかったまま離れない。
その重さに沈みかけた時、不意に遠くから声が飛んできた。
「──おーい、繋くん! 無事か?」
煌夜の声に、繋ははっとする。暗い思考を振り払うように首を振った。
そして、いつもの自分へと調子を整えると、自分を呼ぶ声に返事をしたのだった。
◇
その後、一行は周囲の安全を確認しつつ移動を再開した。巨木の残滓があちこちに横たわる道は決して歩きやすくはなかったが、幸いにも道中で大きな問題に見舞われることはなく、やがて埼玉のキャンプ施設へとたどり着く。
張り詰めていた気がようやく緩み、繋と煌夜、そして皐月は、疲れた体を休ませるように温かいコーヒーを口にした。立ちのぼる湯気に包まれながら、ようやくまともに息がつけた気がした。
「はあ、やっぱり覚醒者は異能の出力が段違いやね」
皐月がしみじみとこぼす。
その覚醒者相手に難なく戦い、撃退した繋を、煌夜と皐月はそろって「さすが」と褒めた。
「いやいや、そんなことないよ」
繋は恥ずかしそうに耳を赤くしながらも、素直にその言葉を受け取った。
ひと息ついたところで、皐月はカップを置き、少しだけ表情を引き締める。
「飲みながらでよかけんさ。これからのこと、行き帰りにちょっと考えとったっちゃけど、聞いてもらえる?」
そう言うと、皐月は軍用テントの隅に置かれていたホワイトボードを持ってきて、折り畳みテーブルの上にどんっと置いた。ホワイトボード用のマジックペンを手に取り、キュッキュッと、他の拠点と現在の皆の動きを簡易的に書いていく。
ホワイトボードの上には、広島の拠点にいる冬吾と春臣。
京都の拠点にはシグルやユミル達。
そこへ、ゾンビの群れが迫ってくるように描かれている。
別行動組のヒカルと菊香の二人は、ゾンビ化の薬と誘導薬が製造されている施設を破壊するために静岡へ。
そして最後に、煌夜たち反乱軍と自分を含めた最前線の埼玉。
繋は、書き込まれた文字の中でヒカルと菊香の名前に目を留めた。
確かに、ヒカルも菊香も、出会った頃と比べれば強くなった。
むしろヒカルに至っては、自分のすぐ後ろまで迫ってきている。
けれど、それでも、心配なものは心配だ。
(2人とも、無理はしないで……)
心の中で祈ることしかできない自分に歯がゆさを覚えていると、皐月が少し困ったように口を開いた。
「安全面を考えるなら、まずはここの拠点、移した方がよかと思っとるんばってん、どうかなぁ」
「確かに、こうして見るとうちのキャンプ地、手薄すぎるな……。いつ攻め込まれてもおかしくない」
「そうなんよねぇ。せめて壁でもあれば助かるっちゃけど、さすがに作るとなると人も時間も足りんし」
煌夜と皐月は、コーヒー片手にそろって深いため息をついた。
その横で、繋はこてんと首を傾げる。
「いるじゃない?」
「……ん?」
「いやいや、繋くん。何言ってるんだ、さすがに無理だろ」
「そうそう。兵士も五十人ぐらいしかおらんしね」
二人は心底呆れた顔で繋を見る。
病み上がりの上に、さっきの連戦だ。
疲れでちょっと判断がふわふわしているのかもしれない。
やっぱりすぐ休ませた方がいいな、と煌夜が思った、その直後だった。
「ううん、そういう意味じゃなくて──」
「うん?」
「僕が魔法で壁、作るよ?」
あまりにもいつも通りの、のほほんとした調子だった。
だからこそ、煌夜は一瞬真顔になったあと、頬を引きつらせて苦笑いを漏らす。
「ああ……豪田さんたちが、たまに遠い目をしてた理由が分かった……」
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