第7話:樹の覚醒者
2026/7/17 大改稿版投稿
「よう!! 久しぶりだな!!」
灰色にくすんだ空を、真っ二つに裂くように男が降ってきた。
轟音とともに男は地面を叩き割り、大地を揺らす。
乾いた土が爆ぜ、土塊が砲弾のように跳ねた。巻き上がる土埃で視界は遮られ、風下の兵士たちは顔をしかめる。
土煙の中心から、男の姿がゆっくりと浮かび上がる。
粗野な声。荒々しい登場。
繋は、どんな野獣のような戦士が現れたのかと、その姿を見据えた。
やがて土煙が晴れる。
姿を現した男は、不敵さとワイルドさをあわせ持つ鋭い風貌をしていた。
引き締まった体躯は熟練の格闘家そのもの。
無造作に後ろへ流した髪、短く刈られたサイド、獲物を狙う獣のような双眸。
見た目どおり、戦うことが好きそうな男だった。
(よく見れば若い。春臣君と同じくらいか?)
(…………いや、だめだ。ここは戦場だ。それに、皐月さんが言うだけあって……確かに強い……でも──)
一瞬、年下を倒すことへの躊躇いが胸をかすめる。だが次の瞬間、男は周囲にまき散らしていた殺気をひとまとめにし、繋へ突き刺すように向けてきた。
繋と男の目が、バチリと合う。
「ははあ、あんたが例の魔法使いってやつか!!」
男はニンマリと、人懐っこさすら感じさせる快活な笑みを浮かべ、犬歯を覗かせた。本当に敵なのかと見間違うほどの明るさに、繋はふっと笑みを返し、殺気を放つ。
「いい殺気だ。たまらねぇな。その見た目に似合わねぇ殺気してやがる!! ……っと、違うか。蛇ノ目が言うには、本当は三十歳だったか!」
繋もまた男を観察する。
豪快であり、冷静。
暴れたいだけの獣に見えて、意外なほどよく見ている。
ゆっくりと間合いを測る繋に、男はニッと笑った。
「是非とも、あんたとは一戦交えたいけどよ、蛇ノ目がうるせぇ」
男は腕を組んで顎をさすり、心底めんどくさそうに愚痴をこぼした。
「あんたも排除命令には入ってるが、優先度は低いんだよなあ」
蛇ノ目からは好きなようにやれと言われてるが、あのおっさんからは任務を遂行しろとか言われてるし、面倒だ――と男はぶつくさ言ったあと、ふっと声の温度を下げた。
「だから先に、うちの内部情報を持ってるそこの二人を殺させてもらうぜ」
瞬間、繋は二人を庇うように男へ向かっていった。
杖を長杖へ変形させ、魔力で補強する。橙色のオーラをまとった杖を、男の鳩尾めがけて刺突した。
「やっぱりいいな、アンタ。――だが」
男は精悍な顔にニヒルな笑みを刻む。
「そうやすやすと、俺はやられねえぜ」
男は地面を踏み鳴らす。
繋が踏み込んだ地面がひび割れ、種が芽吹いた。急成長した枝が真下から繋を持ち上げ、その動きを封じる。
「────ッ!!」
広葉樹の枝に張りつけにされ、幹を這う蔦がするすると繋の四肢を拘束した。
自分と似たやり方で、攻撃を妨げられる。
「あんたは、そこで大人しく眺めときな」
男の背後から、煌夜のナイフと皐月の居合が襲う。
「無駄だぜ」
男が手にした枝木を二人へ向けると、薄緑色に光った枝が先端から一気に成長した。煌夜と皐月は急に減速することもできず、無数に枝分かれした太い木の枝に絡まれて押し返される。
「二人とも!!」
繋の叫び声が木霊する。
その直後、兵士たちが男へ向けて一斉に銃撃を開始した。
弾丸の雨が男めがけて撃ち込まれる。
男は余裕の笑みを崩さず、しゃがんで両手を地面へ叩きつけた。
「包囲しろ! グロウ!!」
地鳴りが走った。
小さな震えはすぐに激しさを増し、瓦礫が跳ね、砕けたコンクリートが浮く。
地中から何本もの太い、葉のついていない広葉樹が兵士の足元から噴き上がり、広がる枝で兵士たちを絡め取った。
木々は壁のように立ち上がり、兵士たち、煌夜と皐月、そして繋を三つの区画へ切り分けていく。
一瞬にして、戦場が男の支配下へ塗り替えられた。
(ッ、これが覚醒者!!)
繋は身体に絡まった蔦と枝を、無理やり身体強化の魔法で引きちぎっていく。
「さあ、これで終いだ!! 穿て、カラドボルグ!!」
人差し指と薬指を揃え、クイ、と上に向けて折り曲げる。
地鳴りが再び轟く。
地面とコンクリートを突き破り、木の根が編み込まれた槍が立ち上がった。
煌夜と皐月を貫かんと、何本もの木槍が殺到する。皐月は身体強化で研ぎ澄ませた聴覚で予兆を拾い、煌夜を突き飛ばすようにして回避した。
「けい!!」
低く、それでいて切迫した声。
皐月は地面を蹴る。迫る木槍の隙間を縫い、刀を振り抜いた。
ズバンッ!!
眼前の巨木が根元から真っ二つに割れる。皐月はその断面を足場に、一気に繋の方へ跳んだ。
「待っとき! 今そっち行くけん!!」
だが、着地寸前。
ドゴッ、ドゴドゴドゴッ!!
新たな木々が地を裂いて噴き上がった。
一つ斬れば次、その奥にもまた次。皐月の進路を読むように、巨木が壁となって連なる。
「っ!!」
皐月は空中で体勢をひねり、辛うじて幹を蹴って着地する。
間髪入れず、さらに一閃、二閃。
だが斬っても斬っても、木々は押し寄せる。
「ちぃっ……! しつこか!!」
苛立ち混じりに吐き捨て、皐月はさらに刀を振るう。斬撃が幹を断ち、枝葉を散らす。それでも止まらない。まるで皐月だけを拒むように、巨木の檻が幾重にも立ち塞がる。
「けいくん!! 無事やろうな!? 返事くらいせんね!!」
「皐月さん……!!」
繋が応じる間にも木壁は増殖し、ついに二人の間を完全に閉ざした。
男はそれを見て、ニィッと笑う。
「相変わらずインチキじみた身体能力強化だな、仲代のオッサン!」
「オッサン言うな、クソガキが!」
即座に返しながら、皐月は刀を構え直す。
その目はなお、巨木の向こうの繋を気にしていた。
「だが、いくらアンタが速くても越えられねぇ壁はある!!」
揃えた二本の指を横に切る。
葉のついていない広葉樹の檻が皐月を追い詰め、彼めがけて木槍が地面から射出される。
皐月は刀を構え、槍を受け止めようとする──その時だった。
「────フロス!」
その一言と同時に、皐月を襲っていた巨大な木槍が大きく弾かれた。
「弾かれた?」
男は両目を見開く。簡単に防げる質量ではない。それを容易く防げる人間がいるとしたら、ただ一人。
視線が、繋へ向いた。
そこには木の蔦を引きちぎり、木の枝に足をかけた繋の姿があった。
繋はそのままシャボン玉のような防御魔法を浮遊させ、安全な場所へ皐月を降ろす。
繋は一度だけ目を閉じ、呼吸を整えた。
(倒す。でも殺さない)
目を開け、杖を向ける。
その間、「0.5秒」。
繋は杖をくるりとひと振りした。
「出力比べといこうか」
「グロウ」
魔力の節約をやめ、全開で魔法を発動する。
地面から這い出た蔦は、男が展開する木々や植物と同じ太さで、男を拘束するために蛇のように動き出す。
「ははっ! あんたも、似たような技を持ってんのか! ──だがな、捕まる気はねえぜ!」
男は向かってくる蔦へ逆に走り込み、木槍で縫い留めたり、かいくぐったり、足場にしたりしながら、繋へと距離を詰める。
「概念抽出魔法起動──爆ぜる紫槍!」
紫色の花弁で編まれた槍が十三本、背後に控える。
その一本を手に取る。
男は右手を肩の高さまで上げると、淡い薄緑色の光とともに木槍を握った。
大きく跳び、繋へと叩きつける。
ガギン!
無骨な木槍と、美しい紫槍が鍔ぜり合う。
次の一歩で、繋はさらに深く男の間合いへ潜り込む。
豪快に振り下ろされた木槍を正面からは受けず、槍身を斜めに滑らせて力を逸らす。外れた一撃が地を抉り、砕けた土砂が爆ぜた。
その懐へ、半歩で入り込む。
喉元への刺突。
男は石突きでそれを弾き、すぐさま槍を打撃のように返した。まともに受ければ吹き飛ぶ一打を、繋は身をひねって肩先一枚で外す。
風圧が頬を叩いた。
直後、男の足元から蔦が噴き上がる。
ビキビキッ!!
地面を割り、木の幹と見紛うほどの太さの蔦が何本も空間を埋める勢いで迫る。
繋は視線だけで状況を把握し、舞うように一歩。
半回転しながら木槍を流し、その勢いのまま紫槍で蔦の腹を浅く裂く。
裂いただけでは止まらない。
だが、その“ずれ”だけで十分だった。
背後に控えていたリアトリスの一槍が音もなく飛び、裂かれた箇所へ寸分違わず突き刺さる。
ドンッ!!
紫の魔力が内側から爆ぜ、太い蔦が弾け飛んだ。
「カハッ、すげぇな!!」
男は愉快そうに笑い、今度は槍を大きく横薙ぎに払う。
繋は槍をばねにして跳ぶ。
穂先の上を、かすめるように。
空中へ逃がしたところを狩るように、木の幹から新たな蔦が上下から伸び上がる。
しかし、繋の動きはそこでこそ冴えた。
宙に紫色の槍を生み出して足場にし、身をひねる。すかさずその槍を掴み、両手の槍で蔦を切り裂いた。
「ははッ……! まじか……!! やっぱりアンタ、たまんねぇな!!」
男は叫ぶと、槍を振り回して地面に突き刺す。
一拍遅れて、地面と木々の双方から蔦が噴き上がった。右から、左から、足元から。いくつもの蔦が絡み合って巨大な一本となり、巨人の腕のように叩きつけられる。
(デカい……!)
繋は背後の紫槍を操り、次々と飛ばす。
五槍が蔦を縫い止め、残りの六槍が着弾とともに爆ぜて、巨大な蔦をまとめて吹き飛ばす。
「なっ……まじかよ……っ!!」
爆ぜた木片が雨のように散る中、繋は紫槍を返し、男の脇腹へ払うように振るう。
男は咄嗟に槍の柄で受けた。
しかし衝撃は殺しきれず、わずかに体勢が泳ぐ。
そこへ、槍の石突きが鳩尾へ向かった。
ドッ!!
「ぐっ……!」
男が半歩下がり、腹をさする。
痛みは確かにある。しかし──。
「──………………なあ、アンタ……」
「ん?」
「殺そうと思えばさっき殺せたのに、なんでだ? 殺意もあった、舐められてるわけでもねえ。なんでだ?」
繋の眉が、ほんのわずかに揺れた。困ったように小さく笑う。
「それは……だって、君も殺気を出したの、最初だけだったし」
それに、皐月も煌夜も、初めこそ殺そうとしていたが、二人に向けた技はどれも甘かった。数も少なく、先ほど自分に向けたものほどの規模もない。
「いや、それは――」
男が言葉を続けようとした途端、
ピピピッ。
甲高い電子音が戦場に割って入った。
男は露骨に顔をしかめ、ポケットからスマホを引っ張り出す。
「あ? なんだよ?」
スピーカーから響いたのは、冷静で理知的な男の声だった。
「任務が失敗したなら遊んでないで、早く帰ってこい」
驚きも怒声もない。淡々と、事実だけを並べる声。
そのやり取りの最中も、繋は油断しない。指先をわずかに動かし、背後にリアトリスの紫槍を再び浮かび上がらせる。
「んあ? 目の前の“この人”ならともかく、あの二人に俺が後れを取るって?」
「その目の前の男が脅威すぎるんだ。気まぐれなのか、甘さなのかは分からないが、彼がお前を殺さずにいるうちに戻ってこい」
男の顔が不服そうに変わっていく。
その表情を見て、繋は内心、大型犬が待てと言われているみたいだな、と場違いなことを思った。
「それに、我々能力者は彼のような相手とは噛み合いが悪い」
未だに返事をしない男に、電話越しの男がため息をついた。
「ふう、仕方ない。私が迎えに行く」
その言葉と同時に、空間がぐにゃりと歪んだ。
虹色の光がうねり、ねじれ、戦場の真ん中に裂け目のようなものが走る。
「ポータルの能力者!?」
繋は目を見開く。
冬吾の拠点にも一人いるとは聞いていた。だが、まさか東京側にも。
(転移系までいるのか。発動条件が分からないぶん、厄介だな)
男は大きくため息をついた。
「はあ、しょうがねぇ。そこまで扉を用意されたら帰るしかねぇな」
がりがりと後頭部をかきながら、名残惜しそうにポータルへ向かう。
「もう、行っちゃうのかい?」
その問いに、男は思わずズッコケそうになった。
「あ、あんたなあ……っ!! さっきまで殺し合ってたんだぞ、俺ら!?」
男の言うことはもっともだ。だが、その常識は繋には通用しない。
戦意があるなら戦う。敵意があれば戦う。殺意があれば殺意で返す。
だが、どれもなければ何もしない。むしろ、仲間にできないか考える男だった。
男は振り返り、繋へ顔を向けた。
「ったく……っ。まじで、色んな意味で凄いな、あんた。……なあ、そうだ。名前を聞くのを忘れてた。アンタ、名前は?」
「渡繋だよ。と言っても、聞かされているかもしれないけど……?」
その瞬間、男の笑みがわずかに止まる。
渡。繋。
その二つの響きが、記憶の底を無遠慮に掻き回す。
(……まさか)
ほんの一瞬、あり得ない考えが脳裏をよぎる。
だが次の瞬間には、いつもの獰猛な笑みでそれを押し潰した。
「強敵に会ったら、改めて名前を聞くのが俺なりの礼儀ってやつだ」
カカカ……と男は笑う。
「次は俺に全力を見せてくれ」
捨て台詞を残し、男は次元の扉へ消えていく。
虹色の裂け目が閉じると、戦場には唐突な静寂が落ちた。
張り詰めていた糸が、ようやく切れる。
「ッ、はあ……」
繋は深く息を吐いた。
手にした紫槍がほどけ、花弁となって消える。
身体強化も解除し、遅れて押し寄せてきた疲労に膝がわずかに沈んだ。
「あれが……覚醒者」
自在に植物を操る異能。そのうえで、あの男自身の戦闘勘も高い。真正面からの火力だけなら、これまで相対した敵の中でも上位だろう。
「ふぅ……貯蔵できる魔力が八割ほど戻ってきたのはいいけど、フル活用したぶん、身体への反動が相変わらずキツいなあ……」
ぽつりとこぼし、繋は自分の手を見る。
微細な裂傷が、自動治癒によって少しずつ癒えている。
「……でも。一人で戦うとなると、これぐらいの代償は仕方ないよね」
目覚めてすぐに戦ったclass3とclass1の大群。
class4とのリベンジ戦。
そして、覚醒者との交戦。
連戦の疲労が、一気に押し寄せていた。
荒れ果てた市街地には、まるでアマゾンの樹林が一瞬で生え広がったかのような光景が広がっている。砕けた道路を割って根がのたうち、ビルの残骸に蔦が絡みついている。
(覚醒すれば、こんな力が使えるのか)
繋はこめかみに手を軽く当てる。
(ということは、冬吾たちもこの域まで持っていける可能性がある)
圧倒的な突破力。戦局を単独で塗り替える力。
魅力的ではある。
だが同時に、胸の奥には別の懸念も差した。
(覚醒できれば理想的だ。けど、もし何かを代償にする必要があるなら……そこまでして求めたくない……)
大切な友人や仲間たちが、何かを失ってまで手にする力なら。
(……そのぶん、僕が戦えばいい)
その結論は、繋の中で静かに、しかし強く定まっていた。
「……にしても嫌だなあ。次は本気を見せてくれ、って」
肩を落とし、苦い顔で空を見上げる。
「異世界で戦った、あの蛮族の王様を思い出すなあ……」
脳裏によみがえるのは、生命力に満ちた荒々しい王。
強者との戦いを心から望み、それでいて誇り高かった男。
とある事情で、かの王を動かさなければならなかった。当初はスヴィグルだけが標的だった。だが、武王の養子であることが露見した瞬間、自分にも容赦なく“その鉾”が向けられた。
「う〜……いやだいやだ。理性ある戦い好きほど厄介極まりないよね……お願いだから、次に戦うときはスヴィグルが来て対応してくれないかなあ」
独りごちながら、繋は男が残した巨木群へ歩き出す。
ふと、向こう側から皐月の怒鳴り声が飛んだ。
「けいくん!! 無事やろうな!? 返事くらいせんね!!」
「あ、大丈夫ですよー。皐月さんたちこそ怪我はー?」
「あるばってん、問題なかよ!! おおがみ君もピンピンしとー!」
「ピンピンはしてないんだが……どこもかしこも痛い……」
少し遅れて聞こえた煌夜のぼやきに、繋は小さく笑った。
緊張が、そこでようやく少しだけほどける。
戦場に残った木々を眺め、繋は腕を組んで口元に手を当てた。
「せっかくサンプルが残ってるんだ。解析して、“少しでも楽ができるように”次の戦いに備えなくちゃ……」
戦うことが決まっているなら、準備する。
勝つために。
皆を守るために。
少しでも被害を減らすために。
そうしてきた。
歴戦の魔法使いは、荒れ果てた戦場に残された巨木へと手を伸ばし、すでに次の対策を練り始めていた。
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