第5話:過去を知る者
※家庭内暴力をほのめかす話が出てくるので注意
2026/7/16 大改稿版投稿
「ねえ、煌夜くん」
皐月に背負われたまま、繋はずっと確かめたかったことを口にする。煌夜は「どうした?」と、視線だけをこちらへ向けた。
「その、僕が倒れたあとなんだけど……僕の傷とか、ヒカルさん達がその後どうなったのか、今聞いてもいいかな」
煌夜は「そうだな……まずは」と顎に手を当て、簡潔にそのときの状況を説明してくれた。
まず傷については、自分の胸元にかけていたペンダントがかすかに光っていたらしい。ユミル曰く、それが身体の自己修復能力を高めてくれていたおかげで、死には至らなかったということだった。
「そっか……このペンダントが……」
(ベオウルフ……ありがとう)
弟のように可愛がっていた彼を思い出し、大切に胸元にかけているペンダントを服の上から握りしめる。遠く離れた仲間が、こうして形を変えて助けてくれたという事実に、繋は無性に会いたくなってしまう。
そして、ベオウルフの逆立った、焦げた銀色に輝く髪を、無性にわしゃわしゃと撫で回したくなった。触れられない距離にいるからこそ、余計にそのぬくもりが恋しくなる。
そんな感傷をいったん胸の奥へしまい込み、繋は次の話を促すように顔を上げた。
「あと、白熊と三船は、東京から差し向けられたゾンビの大群に対処するために、広島の拠点へ戻った」
「あれっ!? 春臣くんまで!?」
「それが、白熊に手伝えって、引きずられるように連れていかれたんだよな」
そう言って、煌夜はそのときのことを思い出したのか、面白そうに笑った。
「寝返ってくれたとはいえ、もともとはあちら側のスパイだったんだ。俺が許して受け入れても、ほかの部下はそうじゃないかもしれない。だから白熊は連れていってくれたみたいだけどな」
「……そっかあ、なるほどだね」
確かにそれなら、今の危機的状況の中で妙な不和は起きにくい。 さすが冬吾、考えたね、と繋は心の中で幼なじみを褒めた。
けれど、冬吾も春臣も、今ごろ休む暇もなく戦っているのだろう。仕方のないことだと分かっていても、心配をかけたことや、自分が力になれなかった時間が少しでもあったことに、申し訳なさを感じてしまう。
すると、そんな胸の内を見透かしたように、隣から咎める声が飛んできた。
「…………まさか、瀕死の状態で生死をさまよっていたのに、申し訳ないなんて思ってないよな?」
「えっ、なんで分かったんだい!?」
まさか思考を言い当てられるとは思っておらず、繋は目を丸くする。そんな彼を見て、煌夜は深く息を吐きたくなった。
この男は、なぜこうも自分のことに無頓着なのだろう。煌夜は、そんなことまで考えてしまう。
「……何となくだけど、どんどん君のことが分かってきたよ……とにかくだ、君が申し訳ないと思う必要はないんだ」
そう言ったあと、話を戻すためにわざとコホンと咳払いをして、煌夜は説明を続けた。
「豪打さんと赤井さんは、シグルさんの指示で別行動だ。ゾンビを凶暴化させて誘導する薬品を製造してる研究施設があるらしくて、その破壊任務に向かった」
「研究施設……」
その単語だけで、繋の眉がわずかに寄る。
蛇ノ目の目的は何なのだろうか。
ゾンビを強制的に進化させて、何を望んでいるのか、まったく見当がつかなかった。世界を掌握したいのなら、進化させなくとも、その誘導薬を使って物量で蹂躙すればいい。
(それなのにしないということは、どういうことだろう……)
今までの経験を踏まえても見当がつかない。そのことがかえって、彼女の得体の知れなさを、寒さとは別の冷たさとして背筋に這わせた。
「……みんな、別々の場所で戦ってるんだね……」
ぽつりとこぼしたあと、繋は気持ちを切り替えるように皐月へ視線を向けた。
「皐月さん。東京の情報、分かる範囲で教えてもらってもいいですか」
皐月は「んー」と喉を鳴らす。
「リーダーは知っとう通り蛇ノ目たい。そして、その側近に四人の覚醒者がおるったい──まあ、ほかにも細々した駒はおるばってん、主要戦力はその四人たいねえ」
「……覚醒者が、四人も……」
今まで拠点を渡り歩いても、冬吾の右腕が覚醒者だと教えてもらった以外、ほかの覚醒者を見たことがない。その上位能力者が四人もいる。 しかも、なぜ彼女のもとにそういった覚醒者が集まっているのか分からず、繋は皐月に質問を重ねた。
「その人たちって……蛇ノ目に洗脳されてる可能性はないですか?」
皐月は一瞬ぽかんとしたあと、ふっと笑った。だが、その笑みは繋が的外れなことを言ったからではなく、どう説明したものか困った末の苦笑に近かった。
「いやあ、あれは洗脳やなかよ」
「違うんですか……?」
「生粋の変人たちばい。いや、オブラートに包みすぎたね。世界から弾き出された者たちばかりやね」
皐月はからからと笑うが、目は笑っていない。
「普通の世界じゃ、うまいこと生ききられん気質の人間が、このゾンビだらけの世界になってしもうて、それがカチッと噛み合ったっちゃん」
吹きさらしの道を歩きながら、皐月は指を一本立てる。
「生粋の戦闘狂」
二本目。
「一切の善意を信じず、世界をただの塵の集まりとしか見とらん虚無主義者」
三本目。
「この地獄の王にでもなったつもりの、肥大しきった自己愛」
四本目。
「他人の命を、自分の生を実感するための燃料としか思っとらん殺人鬼」
皐月の説明を聞き終えた繋は、視線を右上に上げたあと、「何というか、四天王みたいだね」とあっけらかんと言葉にした。
あまりにも平然とした発言に、皐月と煌夜はずっこけそうになった。
「え? おかしなこと言った?」
「そんな例え方するのは君ぐらいだよ!」
すっかり異世界での生き方が染みついているせいか、時々SFゲームみたいな例え方をしてしまう。的は射ているので通じはするが、煌夜は呆れた顔をしたまま、繋に疑問を投げかける。
「それで、なんで洗脳がかかってるか確認したんだ?」
繋は皐月に背負われたまま、眉を下げる。自分でも甘い考えだということは重々承知のうえで口にする。
「一応、自分の信条だけど、対話できる人とは殺し合いをしたくないと思っててね。……この中だと、戦闘狂の人だけは何とか意思疎通できそうかも?」
「そんなRPGみたいなもんで判断していいのか……?」
思わず煌夜は頭を抱えたくなったが、繋は「何だかんだ場数が多いからね」と自信ありげに言ってみせる。
その言い方に、皐月がふと何かを思い出したように横目で繋を見た。
「そういや、異世界におったことがあるっち噂で聞いとったばってん、ほんとなんかい?」
「本当ですよ〜。両親と一緒に乗ってた車が事故に遭って、僕だけ異世界に飛ばされたんです」
何でもないことのように、抑揚もなく語られた内容に、二人は言葉を失った。あまりにも軽く口にするものだから、一瞬こちらが聞き間違えたのかと思うほどだった。
「その……繋くんのご両親は亡くなっているのか?」
恐る恐る、確かめるように煌夜は問いかけた。返ってきた答えはやはり同じで、煌夜は痛ましげに繋を見つめる。
「ん? うん。車ごと海にドボンでね。本当はこの世界に帰ってきたのも、両親を弔うためなんだけど、スタンピードやら色んな危機を知ったからには放っておけなくてね。だから両親の件は後回し」
「……それは、ご両親のためにも早く問題を終わらせたいな」
「うん……ありがとうね」
あまりにも重い内容なのに、それを感じさせない繋の強さに、煌夜は感服した。
だが、皐月だけは違った。
皐月は一瞬だけ目を見開いたあと、何かを射止めるような鋭い目をしたまま、繋の言葉を噛みしめていた。
彼の胸中は非常に複雑だった。
繋の過去を知っているからこそ、冬吾やスヴィグル達と同じように、繋にこれ以上背負わせたくはないと思っている。
なぜなら皐月は知っているからだ。
彼の身に何があったのかを。
胸の奥に沈めていたはずの記憶が、じわりと浮かび上がってくる。冷えた空気とは別の悪寒が、背骨をなぞるように這い上がった。
仲代皐月は、あの日のことを覚えている。
今でも思い出せるくらい鮮明に、記憶に焼き付いている。
この小さな友人が死んだと思った日と、彼が抱えていた凄惨な傷を。
当時の福岡のニュースで、そのすべてを知った。
そして知ってしまったのだ。あの痛ましい事故の奥に、ただの不運では片づけられない、もっと昏いものが潜んでいたことを。
渡繋は、両親からネグレクトとDVを受けていたのだ。




