第8話:願いが灯るとき
「どうやら敵さんは帰ってくれたみたいやね」
身体能力強化の一つで聴力を強化した皐月が、煌夜に告げる。その言葉に、煌夜はようやく肩の緊張を解いた。
覚醒者の異能によって、巨木が一つの街を飲み込むように広がり、ジャングルと化した廃市街。巨大な木の蔦や幹は地面を抉り、建物を塗りつぶし、見事に緑の市街地へと変えてしまっていた。
「ここまでの力とは……まるで自然災害だな」
「さっきのが戦闘狂の男たいね」
「あれが……」
煌夜は小さく息を漏らした。同時に、むしろ今まで行動してこなかったことの方が不思議に思えた。
「なんで、あいつらは今まで動いてこなかったんだ?」
「蛇の目が明確に動き出すまでは、大人しくしとったんよ。今回、誘導薬の開発が成功したことで一気に動き出したんやろうね。それに、いかに覚醒者といえど、異能を無限に使うことはできんし、ゾンビは物量も体力もほぼ無限にある。あくまで彼らは対人戦用。おいちゃん達を潰すための兵器みたいなもんやろう」
そう説明され、煌夜は顔を曇らせた。あの女の最終目的が何なのかは分からない。だが、人類の敵であることだけは間違いないと、改めて認識した。
「他ん兵士たちも無事そうだし、渡くんば迎えに行こう」
皐月に促され、煌夜は「ああ」と頷いた。
戦場の緊張がわずかに緩む一方で、巨木の根元では別の視線がその異様な力の痕跡を見つめていた。
「なるほどねえ、無から有を生み出してるわけじゃなくて、大地に根付いてる植物を無理やり育ててる能力かあ。案外、僕と同じで植物を媒体にした技を使ってるし、ちょっとシンパシー感じちゃうな」
ここにヒカルやスヴィグルがいれば、間違いなく怒られるか注意されるだろうが、今の繋にはそれを注意する者がいない。
そのせいで、本人は至って真面目に調べているくせに、頭の片隅ではそんな呑気なことまで考えていた。戦闘になるとちゃんと凛々しく切り替わるのに、それ以外のときとの落差が激しい。
繋は巨木に手を当て、鑑識魔法を発動する。
「今更だけど、異能のエネルギー源はどこなんだろう」
手のひらから淡いオレンジ色の魔法陣が広がり、木の内側に残る情報を探っていく。
「へえ……」
繋は、まさかの事実に小さく感嘆の声を漏らす。鑑識した結果、異能も結局は、人の内側にある何かを使う力みたいだった。そう考えると、魔法や精霊術とまるで別物というわけじゃないのかもしれない。
繋はその場でしゃがみ込むと、杖を短くし、杖の先をペンのようにして地面に整理した内容をガリガリと書き出していく。
それぞれの力の消費元を整理すると、こんな感じだった。
主に体力、精神力、命などの生命力を魔力に変換するのが魔法。
精霊術は文字通り精霊から力を借りたり、万物万象の声を聴いて力を借りたりするために、精神力が必要になる。
他にも、地脈や龍脈の力を抽出して利用する星脈術。
魔力がなくとも、材料と知識があれば物を作り出すことができる錬金術。
繋は魔法以外にも、それら全てを使えるように訓練していたりする。
じゃあ、異能とは何の力を必要とするのか。
(それは、心だ)
(精神と心は、似てるようで違う)
精神力は単純だ。集中力と同じものだと言っていい。
心の力は、一言で言えば曖昧だ。
感情の元となるものだと、繋は思っている。
人間の内側から滲み出る、もしくは湧き立つものが、そのまま力になっている感じがする。
だから異能の発現には個人差があるのだろう。
もしそうなら、消耗の仕方も違うはずだ。
精神を削れば集中が切れたり、思考が鈍って遅くなったりする。
(そうなると糖分が欲しくなるよね)
(心の力は、消費するというより、その時の意思の強さで上がり下がりがあるのかも。あくまで勘だけども)
(制御できなくなったり、いきなり力が使えなくなったりとかかな)
そこまで考えて、繋は顎に手を当てる。
今まで異能なんて、ちゃんと調べたことはなかった。個人差だらけの曖昧な力で、異世界でいうなら魔法や精霊術とは分類が違う、超能力に近いもの。そのくらいにしか思っていなかったのだが、改めて心の力が関わっていると考えると、見え方がまるで変わってくる。
そう思った瞬間、胸の奥で知的好奇心が静かに火を灯した。
勉強は、好きで始めたものじゃない。両親にやらされてきただけだ。
それでも、知識を積み上げていく時間は嫌いじゃなかった。
余計なことを全部忘れて、自分だけの思考に潜っていけるから。
だったら――
異能の源が心のエネルギーなら、覚醒のきっかけも、力の出力やコントロールも、そこにあるはずだ。
もっとストレートで、もっと原始的な何か。
例えば―― どうしても叶えたい願いがあるのか。
絶対に譲れない矜持か。
手放したくない執着か。
あるいは、心が壊れそうになるほどの喪失か。
はたまた、自己中心的な強い想いか。
そういうものに触れた時、ゾンビに噛まれ、感染を克服した人間は異能に目覚めるのかもしれない。
(……誠一君は水の異能。誰かを救いたい、零さないようにと強く願って発現した)
(煌夜くんは炎。お姉さんを殺されたことによる、復讐の炎)
(ヒカルさんや冬吾は、何を思って、何を願って発現したんだろう?)
それだけじゃない。 菊香が異能を発現しない理由も、自分の心の奥底の想いに齟齬が生じているからかもしれない。
「願い……かあ」
繋は、自分が魔法を使えるようになるために、魔力増幅装置を埋め込んだ過去を思い出す。もともとは増幅装置だった機械を、一か八かで埋め込んだことで、魔力回路を体内に作ることができた。
その代わりに、魔法を行使するたびに身体を損傷するようになってしまったわけだ。
(地球に帰ってきて、両親と生きた場所で供養をしてあげたい)
その気持ちは今でも変わらないはずなのに、繋はぴくりと震える手を押さえる。
(でも……正直……怖い……)
何も知らなかった頃とは違う。
自分は、愛されることを知ってしまった。
愛されていないという事実がそこにあったとして。
目を背けたくなる過去があったとして。
果たして自分は、自分を保つことができるのだろうか。
痛みに目を背けず、過去を受け止めることができるのだろうか。
繋は、過去にスヴィグルやヒョードルから、供養なんてする必要はないと言われたことを思い出す。しかし、そう簡単に切り捨てることができるなら、ここまで自分は苦しまずに済んでいたはずだ。
“親”は、どこまでいっても親で、簡単に切り捨てることはできない。
たとえ、どんなろくでなしであっても。
「──おーい、繋くん! 無事か?」
沈みかける思考を引き戻すように、遠くから煌夜の声が聞こえた。すぐさまはっとして、繋は暗い思考を振り払うように首を振る。
そして、いつもの自分へと調子を整えると、自分を呼ぶ声に返事をしたのだった。
◇
その後、一行は周囲の安全を確認しつつ移動を再開した。巨木の残滓があちこちに横たわる道は決して歩きやすいものではなかったが、幸いにも道中で大きな問題に見舞われることはなく、やがて埼玉のキャンプ施設へとたどり着く。
張り詰めていた気がようやく緩み、繋と煌夜、そして皐月は、疲れた体を休ませるために温かいコーヒーを一杯口にした。立ちのぼる湯気に包まれながら、ようやくまともに息をつけた気がした。
「はあ、やっぱり覚醒者は異能の出力が段違いやね」
その覚醒者相手に難なく戦い、撃退した繋を、煌夜と皐月はさすがだと褒める。 繋は恥ずかしそうに耳を赤くしながらも、素直に二人からの賛辞を受け取った。
ひと息ついたところで、皐月はカップを置き、少しだけ表情を引き締めた。
「飲みながらでよかけん、これからのことについて行き帰りに考えとったんばってん、聞いてもらえるかな」
皐月はそう言うと、軍用テントの隅に置かれていたホワイトボードを持ってきて、折り畳みテーブルの上にどんっと置いた。
ホワイトボード用のマジックペンを手に取り、キュッキュッと他の拠点と現在の皆の動きを簡易的に書いていく。
ホワイトボードの上には、広島の拠点にいる冬吾と春臣。
京都の拠点にはシグルやユミル達。
そこへゾンビの群れが迫ってくるように描かれている。
別行動組のヒカルと菊香の二人は、ゾンビ化の薬と誘導薬が製造されている施設を破壊するために静岡へ。
そして最後に、煌夜たち反乱軍と自分を含めた最前線の埼玉。
繋は書き込まれている文字の中で、ヒカルと菊香の名前に注目する。
ヒカルも菊香も、出会った頃と比べたら強くなった。
むしろヒカルに至っては、自分のすぐ後ろまで迫ってきている。
だが、それでも心配であることに変わりはない。
(2人とも、無理はしないで……)
心の中で祈ることしかできない自分に歯がゆさを覚えていると、困り果てた声が聞こえた。
「安全面を確保するために、まずはここの拠点を移動させようと思っとるばってん、どうかなぁ」
「確かにこうして見ると、うちのキャンプ地が手薄すぎて、いつ攻め込まれても仕方ないな……」
「ほんとにね。せめて壁でもあったら助かるとやけど、さすがに作ろうと思ったら人も時間も足りんとよ」
煌夜と皐月は、コーヒー片手に深くため息をついた。 繋はそんな二人に、こてんと首を傾げる。
「いるじゃない」
「いやいや、繋くん何を言ってるんだ。さすがに無理だよ」
「そうそう、兵士も五十人ぐらいだし」
二人は心底呆れた表情で繋を見つめる。
やはり病み上がりかつ、先ほどの連戦による疲労で正常な判断ができていないのだろう。 やっぱりすぐにでも休ませるべきだな、と煌夜が思っていると、次の瞬間、予想以上の答えが耳に入って思わず固まってしまった。
「ううん。そういう意味じゃなくて」
「うん?」
「僕が魔法で壁作るよ?」
あまりにもいつもの、のほほんとした気の抜けた調子で言うものだから、煌夜は頬を引き攣らせて苦笑いを漏らし、最後にこう呟いた。
「豪田さんたちの気持ちが理解できた……」
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