第7話:覚醒者
「よう!! 裏切り者二人!! 始末しに来たぜ!!」
午前と午後の境目すら曖昧な、灰色にくすんだ空。
その雲を真っ二つに切り裂くように現れたのは、筋骨隆々たる巨大なシルエットだった。
カカカ! と猛獣じみた遠慮のない笑い声が戦場に響き渡った次の瞬間。
空中から降ってきたその大男は、ズドン!! という轟音とともに地面を叩き割る。
大地が揺れた。
乾いた土が爆ぜ、土塊が砲弾のように跳ね上がり、突如巻き起こった土埃が風下にいた兵士たちの顔を苦々しく歪ませる。
視界は奪われ、肉眼など何の役にも立たない。兵士たちは咄嗟に腕や手の甲で口元を覆い、激しく吹き荒れる砂塵から必死に身を守った。
土煙の中心から、ゆっくりと大男の姿が浮かび上がる。
粗野な言葉遣い、荒々しい登場。
繋はどんな野獣のような戦士が来たのかと目を細める。
しかし、意外にも土埃からザッザッとゆっくり歩いて現れたのは、ワイルドさと精悍さを兼ね備えた風貌の男だった。
無造作に後ろへ流した髪に、サイドを短く刈り込んでいる。その双眸に宿る光は鋭く、獲物を狙う獣のそれだった。
(……あれは、蔦? )
荒々しく隆起した筋肉の腕には、植物の根が絡みついていた。
ただの蔓ではない。一見しただけで武器と分かった。
それは棍棒のようにごつごつと肥大化し、人のものとは思えぬ巨躯の拳に幾重にも巻き付き、凶悪な質量を形にしていた。
「なるほど!! あんたが例の魔法使いってやつか!!」
男の顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
そこにあるのは、狩人のような好戦性。強敵を前にした獣の歓喜だった。
己より大きい体躯を持つ男を見上げる。
全身から滲み出る圧、周りにまき散らしていたその殺気を一纏めにして、繋へと突き刺すように向けた。
(皐月さんが言うだけあって……確かに強いな……でも───)
しかし、繋は凪いだ視線でただただ男を見据える。
その視線の応酬を感じ取ったのか、大男はカカカ……! と愉快そうに笑った。
「いい殺気だ。たまらねぇな。その見た目に似合わねぇ殺気してやがる!! ……っと、違うか。蛇ノ目が言うには、本当は三十歳だったか!」
豪快な物言いの端々に、妙な冷静さが滲んでいた。
ただ暴れるだけの獣ではない。相手を見て、測り、理解したうえで楽しんでいる。
繋もまた、その男を観察する。
濁りのない殺気。戦うことだけに魂を燃やし、命を削ることにすら歓びを見出す、純度の高い戦闘狂。
繋が口を引き結び、間合いを測る。
すると男はニッと笑った。
快活な笑みのまま、だが声音だけは冷徹に落ちる。
「あんたとは一戦交えたいが、蛇ノ目が五月蠅ぇ。アンタも排除対象には入ってるが、優先度は低い。先に、うちの内部情報を持ってるそこの二人を殺させてもらう」
男は繋の背後を指差す。
そこには煌夜と皐月が、それぞれナイフと刀を構え、鋭く男を睨み返していた。
繋は二人を庇うように一歩前へ出る。
短杖を長杖へ変形させ、杖頭を男の目の高さに据えた。
「させるわけないでしょ」
「やっぱりいいな、アンタ。――だが」
男は精悍な顔にニヒルな笑みを刻む。
「任務は遂行させてもらうぜ!」
次の瞬間。
男は地面を砕くほどの勢いで踏み込み、バッ! と大地を蹴った。
一息で後方数メートルまで離れ、繋の攻撃範囲から悠々と退く。
そして何の躊躇いもなく、両手を地面へ叩きつけた。
「包囲しろ! グロウスストーム!」
その叫びとともに、地鳴りが始まった。
最初はかすかな震え。
だが次の瞬間には、周囲の瓦礫が跳ね、砕けたコンクリートが浮き上がり、戦場そのものが軋み始めるほどの大きな脈動へと変わっていく。
次の瞬間、地中から何本もの太い根が音を立てて噴き上がった。
丸太などという比喩では足りない。怪物の骨じみた巨大な根が、まるで意思を持つ生物のように蠢き、繋たちを一瞬で包囲する。
「なッ!?」
仲間たちが叫ぶ。
木の根は壁のように立ち上がり、繋と背後の二人を強引に分断した。
さらに地面を這う根が大蛇のようにうねり、兵士たち、煌夜と皐月、そして繋を三つの区画へと切り分けていく。
「これで終わりじゃねえぜ! さあ、伸びて突き刺せ! カラドボルグ!!」
地鳴りが再び轟いた。
地面とコンクリートを突き破って、木の根が槍のように立ち上がる。
煌夜と皐月を貫かんと殺到する木杭。
皐月は身体強化で研ぎ澄ませた聴覚によって予兆を捉え、煌夜を突き飛ばすようにして間一髪で回避した。
だが、一度目を避けられたところで終わりではない。
第二波が、まるで逃げ場を知っているかのように襲い来る。
男はニィッと不敵な笑みを浮かべ、勝利を宣言する。
「これで終いだ!!」
「────フロス」
その一言と同時に、煌夜と皐月を襲っていた木杭が大きく弾かれた。
軌道を逸らされた根は行き場を失い、巨体ゆえの鈍重さをさらして、そのまま傾き、倒れていく。
「弾かれただと……?」
男は両目を見開く。
とどめを刺させなかった要因へ、繋へと視線を向けた。
繋はそれに小さく笑って応える。
男も繋の笑みに一瞬だけ呆けたが、同じように笑った。
「まだまだ!」
男は久しぶりに自分と同じ、いやそれ以上の強敵への胸の高鳴りと共に声を高らかに上げた。
繋はくるりと杖をひと振りし、言葉を吐いた。
「出力比べといこうかな」
杖の石突きで地面を叩こうとした、その瞬間。
紫色の花が挟み込まれた小さな栞が現れる。
石突きの先と地面でそれを挟み込むように叩きつけると同時に、橙色の魔法陣が繋を中心に広がり、そこから紫色の花弁が吹き上がった。
──概念抽出魔法、起動。 炸裂する紫槍
一瞬、杖の周囲で空気がびり、と震える。
栞から生まれた眩い紫の花弁は、儚げに舞った直後に集まる。それは、細く、より鋭く、洗練された十四本の槍へと姿を変えた。
「ふは! 出力比べにしちゃ、随分と繊細で、か細いな!」
嘲るような口調。だが、その大男に油断の色は一片たりともなかった。
言葉では笑いながら、身体の芯では完全に繋を強敵として捉えている。男は繋の背後に並ぶ針がどういった能力なのか、時間を稼ぐために敢えて嘲る様な言葉を出すことで、見極める時間をつくる。
「”君”の考え通りだよ」
まるで此方の思惑などとうに見過ごしているかのような物言いに、男は思わず頬が引き攣った。
繋の背後へ隊列を組むように回り込んだと思えば、背後からまるで機関銃のように発射される。
紫槍は空を裂き、這い寄る根の一本一本へ正確無比に突き刺さる。
暴れ狂う巨躯の根を、まるで糸で縫い止めるような精密さで突き刺したかと思えば、次の瞬間、紫色の槍が破裂した。爆ぜるような魔力と共に、根の内部まで無数の細い槍が突き抜け、列を成して根を串刺しにする。巨大な根は断末魔の如く軋み、そして派手に破裂して吹き飛んだ。
「なッ!?」
予想外の打撃に、男の顔に初めて驚愕が走る。その刹那を逃さず、繋は己に身体強化の魔法を付与する。
筋肉の内部の隅々まで力が流れ込むのを感じた後、地面を蹴り、破裂した根を素早く足場にして男へと跳び上がる。
ゴンッ! と鈍い打撲音が鳴った。
空中で繋の杖と、男の腕に絡みついた根が激突する。
鈍い音が続き、攻防は激しさを増した。男の体格には不似合いな素早いパンチが繋に迫り、それさえも杖術で受け流し、いなす。そして隙を見ては杖で叩きつけ、突き刺し、互いに一歩も譲らぬ戦いとなっていた。
「カカ、カカカ……!! いい、実にいい! やっぱり強い奴との戦いは心躍るもんだ!!」
男の瞳は興奮でまるで子供のように輝いていた。その態度に、繋は浮かべていた笑みをさらに静める。
彼が言葉を発しないまま、さらに杖を回し、間合いを探りながら猛攻を仕掛け――隙を見つけては刺突一閃。その度に男の根に細かな亀裂が増えていく。
繋は相手の動きの緩急、筋肉の収縮――その全てを読み取り、より防御を固め、冷静に分析していく。
そして同時に、先ほどの優先順位の付け方、異能の規模と応用を見ても、人質をとって自分に優位な方向にもっていこうと思えばいくらでもできるはずだ。それなのに邪道な選択をしないこの男に、繋は好意すら覚える。
(純粋に戦う事が楽しいタイプなんだろうな)
しかし同時に、なぜ蛇ノ目のもとにいるのだろうかと考える。
ただ強敵と戦いたいだけなのか、もしくは人質がいるのか。
そこまで考えて繋は振り払うように身体を翻すように一回転させ、杖を男の腕に叩きつけた。
(いけない、悪い癖だ。今は目の前の敵に集中しろ)
「──なあ、アンタ」
「ん?」
男の鋭い回し蹴りを、足を開いてしゃがみ込み、避けたあと、落ち着いたように男が急に繋に話しかけてきた。
「本気じゃねえだろ? いや、本気が出せない身体なのか? アンタの内側に流れている気がその魔法を使うたびに荒れてるし、身体にも傷が出来てるな?」
「まさか、覚醒者はそういうのまで見る事が出来るのかい?」
「いや、これは俺だけだが──」
突然、ピピピッという甲高い電子音が響き渡る。
気まずい静寂が空間に生まれた。
男は舌打ちしながらポケットに手を突っ込み、スマホをがさつに取り出す。その間にも、戦場の空気は一転、だれもが肩の力を抜いたように気を緩めていた。
「あ? なんだよ?」
スピーカーから聞こえてくるのは、冷静で理知的な男の声。その声色は、大男のような荒々しさとは真逆で、淡々と状況を見抜いた冷徹さすら感じさせる。
「任務が失敗したなら遊んでないで、早く帰ってこい」
通話の主は理路整然と情報を分析し、驚くことも怒ることもなく、冷静に大男を諭す。
「それに、今戦っている彼は例の男だろう。傍に如月と皐月もいるのなら、たとえ二人が覚醒者でなくても分が悪すぎる」
「あ? 目の前の男ならともかく、あの二人に俺が後れを取るって?」
明らかに不満と苛立ちが混じる。
だが電話の向こうは、気にすることなく淡々と静かに言葉を紡ぐ。
「その目の前の男が脅威すぎるんだ。気まぐれなのか、甘さなのかは分からないが、彼がお前を殺さずにいるうちに戻ってこい」
電話越しの男が何を言おうとしているのか、その意図を測るより先に繋はわずかに指先を動かし、背後には再び美しくも鋭いリアトリスの紫槍が発射寸前で浮かんでいる。
「ふう、仕方ない。私が迎えに行く」
通話の向こうの主がそう静かに告げた次の瞬間、空間に膜ができたような歪みが現れる。虹色の光がうねり、次元の扉が開きつつある。
「ポータルの能力者!?」
冬吾の拠点にも一人いると聞いたが、まさか東京にも同じ異能持ちが居る事に、繋は目を大きくする。
(やばいぞ、転移系の能力が彼方にもあるなら、発動条件や適用条件が分からないけど動きが読みづらくなる)
「はあ、しょうがない。そこまで扉を用意されたら帰るしかねぇな」
男はがりがりと後頭部をかきつつ、不満げにポータルの方へ歩み寄った。その背は名残惜しそうな気配を帯びており、繋の方へ顔を向ける。
「そうだ、名前を聞くの忘れてた。アンタ、名前は?」
「渡繋。と言っても聞いてると思うけど?」
「強敵に会ったら再度名前を聞くのが俺なりの礼儀だ」
カカカ……と男は独特な獣のような笑い声をあげて最後は満面の笑みで繋を指差した。
「次は俺に全力を見せてくれ」
その捨て台詞に、戦場に一瞬だけ静寂が生まれる。
男は次元の扉の中に吸い込まれるように消えていった。
「ッはあ〜」
繋はゆっくりとため息を吐いた。
「あれが……覚醒者」
自在に植物を操るその異能。
恐らく地属性の異能を覚醒させたモノなのかと、繋は想像する。。
「ふぅ……貯蔵出来る魔力が八割ほど戻ってきたのは良いけど、魔力をフル活用したらした分だけ身体の方の反動が相変わらずキツイなあ……」
目覚めてすぐに戦ったclass3とclass1の大群。
class4とのリベンジ戦。
覚醒者との戦い。
連戦による疲労が急速に押し寄せてくる。
辺りを見まわすと、荒れ果てた市街地がまるでアマゾンの樹林が一瞬にして生え広がっていた。
(覚醒すればこんなレベルの力が使用出来るのか)
(という事は冬吾達もこのレベルにまで持っていく事が出来る)
繋は「なるほど、なるほど」と顎をさする。
もし覚醒する事が出来れば、先の戦いでの戦力強化が見込める。
(覚醒出来れば何よりではあるけど、もし覚醒する為に何かを代償にする必要があるなら……そこまでして戦力強化は求めたくないなあ……)
大切な友人や仲間達が何か大事なものを差し出してまで手に入れるような力なら。
(その分、僕が戦えばいい)
「……にしても、嫌だなあ……次は本気を見せてくれって、異世界で戦ったあの蛮族の王様を思い出すなあ……」
繋の脳裏に、過去の記憶が鮮明によみがえる。
荒々しい、どこまでも生命力に満ち溢れた王。血に飢え、強き者との戦いを心から望み、そして何より誇り高き王者だった。
とある事情で、かの王を動かさなければいけなかった。
当初はスヴィグルだけが標的だったが、武王の養子であることが露見した瞬間、自分にも容赦なく“その鉾”が向けられた。
「あ〜いやだいやだ、理性ある戦闘狂ほど厄介極まりない……お願いだから次戦うときはスヴィグルが来て対応してくれないかなあ」
自嘲するように独りごち、繋は男が残した巨木群まで歩く。
「せっかくサンプルが残ってるんだ、煌夜君たちの無事を確認したら解析して”少しでも楽が出来るように”次の戦いに備えなくちゃね」
自分には戦いを楽しむ趣味は無い。
だから、次の戦いが確約してるのであれば予め戦う為の準備をする。
今までそうしてきたように。
繋は先ほどの男を思い出しながら、歴戦の魔法使いは次の対策を練るのだった。
いつも読んで頂いてありがとうございます!
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