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13-1



 扉が開きエリシアたちが入場すると、割れんばかりの拍手が起こった。ターナーとイザベル、ギルバートとノエル、ダルソンなど、既に生徒も保護者も集まり、見慣れた顔触れが揃っている。


「エリシア、」


 待っていたように群衆の中から颯爽と現れたデリックは、普段は弄らない髪を整え左側を耳に掛けていた。黒を基調とした衣装には金色の刺繍が施され、まるで、童話の中から出てきた王子様のよう。


「…!」


 その鋭い目は野蛮さを隠せていないものの、気品があり高貴な身の上だとはっきりと分かった。野性味溢れる上にあまりにも貴公子然としていて、どこか危険な香りも漂っていた。

 その眩さに、エリシアも周囲も驚嘆した。



「…世界中で誰よりも綺麗だ、エリシア」


 そんな風貌の良いデリックに微笑まれたエリシアの頬が色付く。他の教師たちに温かい目で見つめられ、余計に恥ずかしさが募った。

 ストレートに言わないでよ…。


 エリシアの前で立ち止まったデリックが膝を突く。

 まさかと思っていると左手を取られ、薬指に口付けられた。

「っ〜〜」


 女子生徒たちから黄色い悲鳴が上がった。


 立ち上がりながらエリシアの手を引いたデリックは、コルセットで引き締まった腰に手を当て引き寄せる。抱き締められたエリシアの耳元に吐息が掛かった。


「他の男に見せたくないな」

「っ…」


 思わずその耳を手で塞ぐと、見下ろしていたデリックがふっと笑った。

 

「〜〜〜っもう…」

「本当の事を言ったんだ。そんな胸ばっか出してるから」

「皆そういうドレスでしょ?」

「でもエリシアの素肌を見れるのは俺だけがいい」


 真面目な顔をしてそんな事を言うので、言われたエリシアの方が赤面した。


 控えていた演奏家たちによる曲が始まり、男女がホールの中心に集まってくる。照れ隠しのように周囲を見渡すと、その中にはパトリツィアとターナー、女子生徒に囲まれたギルバートたちの姿もあった。



「っ!」


 不意に視界が翳り、キスをしてきたデリックがゆっくりと離れていく。


「よそ見するな」


 不貞腐れたように不満げな顔をするデリックに、エリシアは笑いが零れた。


「してないよ」


 周囲が始まるのに合わせ二人も踊り出す。

 エリシアのたおやかな動きにも引けを取らず、デリックは流れるような踊りを披露する。

 その姿にはエリシアでさえ感激したほどだった。



「すごい!こんなにスムーズに踊れるようになったんだ!」

「エリシアが教えてくれたからだろ」


 目を細めたデリックの優しい眼差しに、エリシアは胸がじいんと温かくなるのを感じた。



「全部エリシアがいたからだ。

誰かとの関わりも、温もりも、優しさも、教えてくれたのはエリシアだろ」


 金色の双眸がじっとエリシアを見つめる。


「俺があのままどん底にまで落ちていれば、きっと何も考えず全てを壊してたと思う」


 それが、本来の世界だった。

 ゲームでエストランテ王国はデリックによる神の咆哮で危機に陥った。



「でも今は…、エリシアが生きる世界を守りたい」


 デリックは、こんなにも変わったんだ。


 闇だけをその目に宿し、誰も何も受け入れず、全てを警戒して遠ざけていたあの子どもはもういない。



 目の前のデリックはもう、誰かを愛する一人の男だった。


 腰に回ったデリックの腕が二人の距離を一層縮める。


「エリシアと、ずっと一緒にいたい」



 眉根を寄せて苦しそうでもあり、幸せそうにも微笑むデリックから、エリシアへの愛がひしひしと伝わってきた。


 デリックはいつも、私だけを見てくれていた。

 昔も、今も、変わらず。



「…私も、デリックと一緒にいたい」


 そう返事をすると、唐突に二人の間に真っ赤な薔薇の花束が現れた。

 ………え??


 驚きのあまりエリシアが間抜けな顔をして固まっていると、デリックは吐息で笑って花束を掴んだ。

 


「俺と結婚してくれ」


 その言葉を聞いた周囲はダンスをやめて歓声を上げる。思わぬ公開告白にエリシアは首まで赤くなっていた。

 当の本人は恥ずかしげもなく周囲に見せびらかせたことにご機嫌な様子で微笑んでいた。


 公衆の面前で恥ずかし過ぎる。

 でも……。返事なんて、一つに決まってる。


「…はい」


 再び拍手とともに歓声に包まれた。幸せを噛み締めながら見上げると、エリシアの頬を撫でるデリックもまた頬が緩みっぱなしになっていた。



「どうやら大事な場面を見逃してしまったようですね」

「っ王太子殿下!」


 いつの間にやってきていたのか、ベンジャミンは優雅な身のこなしで二人の元へやって来る。エスコートされているのはもちろんアリスだった。


「まさか私より先にエリシアが結婚するなんてね」

「…アリス…!」


 一年ぶりのアリスは肩下だった髪が胸まで伸びていて、黄色いドレスはベンジャミンのタイやカフスとお揃いの色だった。

 その後ろには留学に来ていたオフィーリアたち王立学院の生徒たちが並んだ。


「エリシア先生、お久しゅうございます」

「お元気そうで何よりです」

「ご成婚おめでとうございます」

「馬にも衣装だな」

「馬子だろ」


「皆さん、お久しぶりです!」


 アルベルトは「馬だろ?」と言い張り、ミカエルは呆れながら「…もういい」と諦めていた。


 

「…久しぶり、エリシア」

「本当、久しぶり…。会いたかった」

 エリシアが感極まってアリスに抱き付くと、すかさずデリックとベンジャミンが引っ剥がした。


「エリシア、今は絶対違うだろ?」

「アリス嬢、私と王国で再会した時でさえハグはしなかったよね?」


 顔を見合わせたアリスとエリシアはあははと声をあげて笑い合った。


「愛されてるわねエリシア」

「アリスもね」

 周囲に聞こえないよう耳打ちをしながらくすくす笑い合っていると、会場の入口が急に騒がしくなる。



「皆盛り上がっておるのう」

「学園長!」

「学園長だわ!」

 入口からカーライルが現れると生徒たちはさっと引いて道ができる。皆の尊敬の眼差しを受けるカーライルの隣には車椅子のデボラの姿もあった。



「デボラ夫人!」

「エリシア、聞こえたわよ。結婚するのね」


 母親のような存在のデボラにそう言われると、エリシアは友人に知られるよりも気恥ずかしくなる。


「…はい」

「…大丈夫かエリシア。これじゃのうても、男は世界にごまんといて──」

「やめろ」

 前に出たデリックがエリシアを後ろ手で隠す。


「エリシアは俺と結婚すると決めたんだ」


 改めてそう言われるとやっぱり慣れないけれど、デリックとこの先も一緒にいられると思うと、再び胸が温かく感じられた。


「大事なエリシアをお前にやるのは気が進まんがな」

「じじいの気持ちなど関係ない」


 デリックとカーライルが火花を散らしている隣で、デボラは「結婚式はどうするの?」と尋ねて来る。


「まだそういうのは決めてなくて…」

「おお、そうか。しかしエリシアの結婚式じゃからな。首都全域を横断するパレードでどうじゃ?」


 ……………首都全域を?横断?パレード?


「……はい?」


 その意味の理解に遅れをとったエリシアが困惑している間に、「あら、それは良いわね」「エリシアが俺の妻だと見せつけるならそれくらいしないとな」「私も行きたいです!エリシアの結婚式!」「では王国側からも何名か代表者を出席させていただいても?」と皆で話が進んでいく。



 …え、アリスはこっち側じゃないの?

 一般的に考えてパレードなんてやらないって思うよね?


 頭の中がぐしゃぐしゃになっていると、とんとんと肩を叩かれる。

「おめでとう、エリシア」

「パトリツィアさん…ありがとうございます」


 パトリツィアは慣れたようにターナーに腕を組み、その隣にはギルバートもいた。


「お二人が結ばれて何よりです」


 微笑むターナーにそっくりそのままお返ししますよ、と心の中で呟きながら、「ありがとうございます」と返した。


「エリシアちゃんもついに人妻かあ〜」

「その言い方やめてください」

「良いじゃん。デリックは喜ぶと思うよ?」

「俺が何だって?」


 デリックは「だから近い」とギルバートを押し退けるとエリシアの腰に腕を回した。


「見せつけちゃって」

「ほんとねえ」


 そこは姉弟なのか、パトリツィアとギルバートは同じようにニヤニヤしていた。



 集まってきた人集りを見つめながら思い出に耽っていたエリシアは、ふと気が付いてアリスの耳元に口を寄せる。

「あれ…カシアさんは?」

「ああ…。会うのが怖いって…外に」

 魔法でその声を拾ったギルバートは窓の外を見つめた。



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