12-5
それからさらに二週間の冬休みが続いた。ターナーは爵位継承等で多忙を極め相変わらずサンフォード邸に入り浸り、ギルバートもティンダル一家で領地に帰省していた。
その間、エリシアとデリックは雪を堪能し雪祭りに出掛けたりと様々な思い出を作った。
そして冬休みが明ける日を目前に、皆でサンフォード邸の南部にある領地に遊びに行った。
「わあ…綺麗!」
「本当、素敵だわ…」
「確かにこれはすごいな…」
その邸宅にある川には、本当に宝石が転がっていた。サファイアやダイヤモンド、エメラルドと豊富な種類があり、川に光が反射すると一層輝きを増した。
目を輝かせるエリシアとパトリツィア、感心するギルバートに、イザベルは「そんなに覗き込んでは川に落ちてしまいますよ」と注意しながらも、孫が増えたようで嬉しそうにしていた。
デリックは喜ぶエリシアをそばで見つめながらも、どこか不機嫌そうに口を閉ざす。
「…俺が見せた湖の方が綺麗だろ…」
「え?何か言った?」
パトリツィアと会話していたエリシアの耳には届かず、「何でもない」とそっぽ向いたデリックが去っていく。
庭先にお茶を用意していたターナーのところへやって来たデリックはドカッと椅子に腰を下ろした。
「デリック、ローズヒップティーとラベンダーティーがあるけどどっちにする?」
「甘くない方」
「じゃあラベンダーティーだね」
用意されたそれをぐいっと飲み干したデリックは、深いため息を吐きながら頬杖を突いた。
あれから毎日のようにエリシアの体を堪能していたが、今週は全くできていない。月に一度女性は体から血が出ると分かりやすくエリシアに教わったデリックだが、それを聞いても納得できなかった。
他の奴らと楽しそうにしている姿にまで嫉妬してしまう。その笑顔を独り占めしたい。
だがそんな事を言えばエリシアとの関係が振り出しに戻るかもしれないと思うと、強くは出られなかった。
ねちっこいデリックの視線に気付かないまま、エリシアは川の水に手で触れて「冷たいっ!」と無邪気に遊んでいる。
「まだ正確な日取りは決まってないんだが、卒業して半年後に結婚式を挙げるつもりなんだ。
それで、デリックにその日空から花を降らせてほしいんだが…、頼んでも良いか?」
「空いてればな」
「ありがとう」
俺たちより後に結ばれた奴でさえ、先に婚姻が決まっている。それなのに、エリシアには何を言っても卒業しても気持ちが変わらなければとか、卒業してから決めようと先延ばしにされてばかりだった。
ようやくエリシアの体まで手に入れたというのに、心を全て手に入れるのは難しい。
「…?その指輪どうしたんだ」
「ああ、これ?」
デリックの視線の先には、ターナーの左手の薬指にある大きなダイヤの指輪があった。
「婚約指輪だよ。婚姻を誓った二人が婚姻前に身に着ける」
「…婚約指輪…」
デリックはその指輪をじっと見つめていた。
♢♢♢
「あー楽しかった。お腹いっぱいだし…。冬休みが終わっちゃうのが勿体無いね」
帰りの馬車でもエリシアは俺のことなど気にしていないかのように上機嫌だった。置いて行かれたような感覚に心が侘しい。俺はこんなにもエリシアが好きなのに…。そう思うと無性に苛立ちを覚えた。
「…なあ、エリシア」
「えっ…、立ったら危ないよ」
エリシアの隣に移動したデリックは、今度こそ逃すまいとエリシアを挟んだ反対側の席に手を突いた。逃げ場を失ったエリシアの目の前に仏頂面のデリックが迫る。
「…俺と結婚して」
「えっ…、またどうしたの?」
「嫌なのか」
「そうじゃないって。ただそういう事はまだ考えてなかったから…」
「伝えてからもう大分経っただろ」
今のままではまた変な虫が付きかねない。デリックの見えない圧力にエリシアは言葉に詰まる。
「…卒業までは考えられないって伝えたでしょ?」
「待てない」
「待って」
「待てない」
頑固なデリックにとうとうエリシアは説得を半ば諦める。
「…エリシアは俺と結婚したくないのか」
「そんなことないって。でも──」
「したいのか、したくないのか」
言えと言わんばかりにデリックに詰め寄られる。正直に言わなければ今にも拗ねてしまいそうな顔をしていた。
「…したい、よ」
「じゃあ婚約指輪を買いに行く」
「…え?急に…」
御者に行き先を変更させたデリックに、「今から…?」とエリシアは嫌そうな顔をした。
馬車が店に到着したのは既に西日が差している頃だった。
デリックが店に足を踏み入れた途端、魔力が高いあまりその場の空気が変わる。その魔力に反応した人たちは振り返り例の如く驚愕した。
「まさか魔塔の後継者…!?」
「嘘!こんなところで会えるなんて…!」
「隣の方は誰だ?」
「知らないのか!魔塔の後継者の恋人だよ」
噂は広まっているようだな。公に恋人だと知られたことにほくそ笑んだデリックがショーケースの前で立ち止まる。
すると恐れ慄いた従業員が奥へ行き、代わりに総支配人を名乗る男が慌てた様子で現れた。
「本日は何をお探しでしょうか」
「この店で一番高い指輪を」
「かしこまりました。女性用でしょうか」
「婚約指輪だ」
「すぐご用意いたします」
「ちょっと!」
すかさずエリシアは膝でデリックに小突く。
「そんな高いのはやめてよ」
「エリシアに贈るものに安いものなど認められない」
「だからって一番高いものを選ばなくても良いじゃない」
「お客さま、お待たせいたしました」
用意された指輪にエリシアの目ん玉が飛び出しそうになった。エリシアの親指ほどはあるのではないかという大ぶりなダイヤの指輪は、エリシアの年収を遥かに超えていた。
「良いだろう。これに───」
「待って!こんなに大きいの普段着けないからね」
「それじゃあ意味がないだろ」
「だから身に着けられるサイズにしてってこと」
話を聞いていた総支配人は「でしたらこちらはいかがでしょう?」といくつか別のものを差し出してくる。
その中で一際目立っていたのは、シンプルなシルバーのリングにピンクダイヤが嵌め込まれた、捩れた形の指輪だった。
「これ可愛い…」
「…そんな地味なので良いのか」
「小ぶりな方が好きなの。これにしようよ」
デリックは些か納得いかない様子だったが、淡い色合いのピンクダイヤに乗り気ではなかったエリシアも「素敵…」と胸が躍っていた。
対になるデリックの指輪も同じ模様ではあったが、宝石はブルーダイヤだった。支配人の意向で二人は指輪を身に着ける。デリックの手を取り二人の手を高く掲げたエリシアは、再び顔を綻ばせた。
「…ほら、すごく綺麗」
喜ぶエリシアの様子に、デリックはようやく笑顔を見せたのだった。
「…いいな」
「え?」
「こういうの」
それからしばらく、エリシアはデリックから贈り物攻撃を受けることになるのだった。
店でデリックの婚約発言を聞いていた人たちの吹聴により、魔塔の後継者の婚約話は風のようにバルティーナ中に広まっていった。
同じ頃学年末を迎えたエストランテの王立学院では卒業式が行われ、三年生だったベンジャミンとアルベルト、ミカエルは王立学院を卒業した。
何の準備もなしに国王代理を務めることになったにも関わらず、ベンジャミンは七年前以降揺れていた内政の基盤を瞬く間に盤石にし、その政治的手腕を見せつけることとなる。
アルベルトとミカエルはそれぞれ王を守る騎士と王を導く宰相となった。
貴族と平民、両方の支持を得たベンジャミンは次期国王陛下の呼び声が高くなり、二年後正式に国王陛下となるのだが、それはまだ先の話である。
エリシアが長々と綴った手紙がエストランテのアリスたちの元へ届いたのは、長い冬が明け、花が蕾を見せた頃だった。その返事がエリシアの元に届く時には、蒸し暑い風が肌を撫で汗ばむようになっていた。
そしてエリシアが教師に就任してから一年が経とうとしていた。
♢♢♢
まだ残暑が厳しい日の夜、バルティーナの首都で一番大きなホールを貸し切った魔法学園の卒業パーティが開催された。
エリシアのドレスは以前パトリツィアと仕立て屋を訪れた際に発注していたお揃いのドレスだった。グリーンのドレスを纏ったパトリツィアは入場を待っていたエリシアに声を掛ける。
「お揃いって良いわね。姉妹ができた気分だわ」
「私も嬉しいです。こんなに素敵なドレスを着たのは初めてで…」
エリシアのドレスは水色に近い淡いブルーだった。パトリツィアのものより多めにレースをあしらい、胸元には瞳と同じ色をしたサファイアの宝石が輝いている。
「でも、パトリツィアさんはもっと素敵なドレスを着るじゃないですか」
そう、パトリツィアとターナーは来週、結婚式を挙げる予定だ。ターナーは学生ながらも伯爵としての業務もこなしており、正式に夫婦となればパトリツィアはサンフォード伯爵夫人となる。
「楽しみです。パトリツィアさんのウェディングドレス姿」
「やめてよもう…。そう言うエリシアこそ、すぐに着ることになるわよ」
「私は卒業するまで結婚はしないって話してますから」
「それって卒業すれば解禁ってことじゃない」
「次に、魔法学園の教員の方々のご入場です」
話の途中で案内が聞こえ、二人は入口に列を作る先生たちの背後に並んだ。
次からは最終章です!




