2-5
「ッハッ……」
ガバッと起き上がったデリックを、部屋にいた二人が振り返る。
「デリック!」
「良かった、起きたのか」
まだ心臓がバクバクしている。
全身に汗を掻いていたデリックは、混乱した頭の中でエリシアのことだけを思い出していた。
「………エリシア」
そう呟いたデリックに、二人は顔を見合わせる。
「エリシアはどこだ!」
ギルバートに掴みかかったデリックの物凄い剣幕に押され、二人は言葉を詰まらせた。
「い、いや、知らない」
「頼む………」
しかし次の瞬間、デリックは力が抜けたようにずるずると座り込んでいく。
「教えてくれ…」
いつも他人に興味を示さず、気に入らないことがあるとすぐ不機嫌になるデリックが、声を震わせ肩を落としている。
切実な声を上げる姿を二人は見ていられず、再び顔を見合わせた。
「本当に知らないんだ。他言無用にするようにと言って、学園長がどこかに連れて行ってしまって…」
ターナーの言葉を聞くやいなや、デリックは学園長室に移動した。しかし防御魔法が張られていたようで、廊下に弾き返される。
「ックソ…っ」
なりふり構っている余裕などなかった。
防御を壊そうと扉に雷を放つと、バチッと弾き返される。近くを歩いていた教員はギョッとして、怖気付いたように逃げ出していく。
炎魔法で徐々にバリアを押していくと、隣に誰かが現れる。見なくても魔力で分かった。
「エリシアはどこだ!!!」
デリックはその男に掴みかかった。
今にも雷を落としてきそうなデリックに、カーライルはやれやれと首を振った。
「お前は本当に大人しくしていられないな」
「…………エリシアは………生きていたのか」
「ああ、そうだ」
その瞬間、肩から全ての力が抜けるようだった。
背中を押されて促されるまま学園長室に入る。
椅子に座るよう催促されたが、昂った感情が収まらずカーライルを睨み付けた。
「隠してたのか」
「…まあ、そうなるじゃろうな」
デリックは怒りに任せてバンっとテーブルを叩いた。
「知ってたなら何で隠してた!!」
結界を張っているはずの部屋のライトがちかちかと点滅し、書類の山が浮かび上がると今にもカーライルに飛びかかりそうになっていた。
「落ち着けデリック。何もお前の幸せを奪おうと思ってやったことではない」
「じゃあ何だと言うんだ。死者を蘇らせることができるなんて、期待を持たせて…あと何十年掛かることか…」
魔力量の問題ではない。
複種類の魔法を組み合わせ、複雑かつ繊細な処理がいる。
一年や数年で完成できるものではない。
「バレていたか」とカーライルは罰が悪そうに頭を掻いた。
「エリシアを返せ」
「まるで儂が誘拐したかのような言い方を───」
「返せ!!!!」
息を乱したデリックの目は、逆上して血走っていた。
「…今のお前は、まるで出会った頃の子どものままだな」
「何だと……!」
カーライルは凍りついた表情で、静かにデリックを見つめた。
「そんなお前を見て、エリシアがそばにいたいと言うと思うか?」
「それを決めるのはエリシアだ」
強情なデリックにカーライルは深々と溜息を吐いた。
「王子であるお前のそばにいれば、彼女の存在は明るみに出る。
死んだはずの彼女が生きていたとなれば、彼女もエストランテに戻り、貴族としての責任を負うことになるじゃろう。
彼女はそれを望まず、ここで前を向いて生きているが、お前がそばにいれば世間がそれを許さない」
カーライルの言うことは最もなものだった。
正直、エリシアがどうなってしまうのかなんて考えもしなかった。
熱くなりすぎて、想像力が欠如していた。
だが理由を聞いて、はいそうですかと簡単に引き下がれるはすもない。
俺はずっとエリシアのことだけを考えていた。
エリシアさえいてくれれば。
あの頃のように、二人でいられたら。
「……存在が知られなければいいんだな」
「お前はすぐに問題を起こすから無理じゃろうな」
「いいや」
廊下に出たデリックは追跡魔法を使ったが、カーライルがエリシアを守っているようで、防御魔法に跳ね返された。
「お前、その前に壊した学園のバリアをどうにかしろ。苦労したんじゃぞあれは」
喚くカーライルにうるせえと思いつつ、デリックは部屋の黒板に置かれていたチョークを手に取る。
足元に魔法陣を描くと、そこから光が立ち昇り、校庭にいた学生たちも顔を上げた。
「…光る、雪…?」
光の粉が空から舞い落ちてくると、学園中を包み込むドーム状のバリアが張られていった。
「儂でさえ何時間も掛けたバリアを、この一瞬で…!?」
それはカーライルでさえあんぐりと口を開けるほどだった。
「…絶対に見つけてやる……」
その執念は凄まじいものだった。
それから一週間、デリックは寝ることもなく寮にも戻らずエリシアの痕跡を探したが、カーライルが徹底して痕跡を消していた。
それならと、魔力に当てられたエリシアに染みついた自身の魔力を探しはじめた。
これは他人に隠せるものでもなく、カーライルは幻術を使って惑わそうとしたが、デリックは簡単に破ることができた。そうして、首都の外れにある田舎の小さな町の付近にいることまでは絞り込むことができた。
久々に寮に帰ると、ギルバートは暑苦しいほどデリックを抱きしめて歓迎し、ターナーも笑顔で安堵していた。
「で、詳しく聞かせてくれるか?」
ギルバートに促され、デリックは「ああ…」と呟いた。ターナーが三人分の紅茶を用意し席についたところで、デリックは話し始めた。
自分の過去の生い立ちから、エリシアとの出会いと別れ、そしてカーライルに引き取られ、現在魔法学園に通うことになった経緯を。
「…じゃあ、死んだとは思ってたけど、生きてたってことか。
でも、その子はお前を殺そうとしたんだろ?」
「ギルバート」
ターナーがギルバートを咎めたが、「でもよ…」と不服そうだった。
「エリシアは暗殺技術もない普通の令嬢なのに選ばれた。
遺産金目当ての子爵夫妻にとっては、金さえ手に入れば邪魔な存在だったようだし、王家としてもいなくなっても困らない存在なら都合が良かったんだろう。
エリシアは悩んでいる時期もあったから、一人で抱え込んで耐えていたはずだ」
ギルバートは「ふーん」とソファに横になった。
「普通の令嬢を送り込むのもおかしな話だよな」
「それまで騎士や勇者、暗殺者は全て殺したから、普通の令嬢なら隙ができると思われていたらしい」
そして俺は、奴らの計算通り見事その罠に引っ掛かったわけだ。
「だが俺は過去のことはどうでも良いと思ってる。
それに結局、エリシアは俺の命を優先して犠牲になろうとした」
「…川に落ちて、バルティーナに流されてきたのか」
「すごい生命力だな」
ターナーはギルバートをきっと睨んだ。
「とにかく、俺はしばらく戻らない」
それから二週間、デリックは小さな町でエリシアを探したが、そこでもカーライルの魔法が邪魔をし、ついに見つけ出すことはできなかった。




