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要介護勇者、完全勝利を宣言す

「とりあえず次は旅支度ですね」

「おっと、それなら外の蔵だ。トーゼン支度は済んでいる。未来予知に等しい周到さで敵に恐れられたこの俺の姿をキーセラは間近に見ていたはずだぜ?」


 この男、時間転遷が隠されているのをいいことに、敵からの過大評価を思うがままにしていた。

 キーセラはさも不思議そうに首を捻り「どうしたんです? カサギにしてはえらく気が利くじゃないですか」と言って部屋から出て行った。

 仲間うちの評価が分かるというものだ。




 しばしして蔵から戻ってきたキーセラは……非常に混乱した顔でいた。


「えー、と。カサギ、これで合ってますか? 中身が旅用みたいなので持ってきたんですけど……」

「おうとも」

「……一応聞きますけど、なんでこんなものに入れてるんです? 縁起良くないですよ。分かりづらかったですし」


 床に横たえたそれを指しながら言うキーセラに、カサギは「何を言ってるんだか」と首を振り、不遜な態度で返した。


「その入れ物も旅に必要だからに決まってるだろうに」

「えぇ……何をそんな当たり前みたいに……」

「ちょいとでも考えを巡らせたなら分かることだぜ。もしやその頭はお飾りですか、あァーン?」


 腹が立つことこの上ないが、キーセラには分かった。

 カサギもこれにはちょっと違うと思っているのだと。

 だからこんな風にムキになっているのだと。


 しかし、分かってもムカつくものはムカつく。

 キーセラは額の青筋を揉み解しながら、何となく見当がつきつつもカサギにその用途について問い返した。


「ならこの棺桶・・、何に使うつもりなんです?」


 そう、棺桶。

 今のカサギにとっては必要な旅道具なのだ。


「ハンッ、分からないというのならこのカサギが教えてくれようじゃあないか」


 前置きからして苛立ちを禁じ得ないが、キーセラは黙って次を促した。


「俺は歩けない。だが、旅の間中ずぅっと肩を貸してもらうのはどっちもめんどっちーしぃ。で、色々探した結果、身近に手に入れられて動けない人が入る専用の容器を見つけたのさ。それが……」

「…それが棺桶、と。……つまり旅の時は棺桶に入ったカサギを私がずりずり引きずって運んで行くって、そういうことでいいですか?」

「そうだ。ズリズリだろうがザリザリだろうが、俺は一向にかまわないとも」


 なぜか威厳たっぷりに頷いて見せるカサギ。


「……」

「……」

「冗談、ですよね?」

「この俺が、たったの一回でも冗談を言ったことがあるとでも?」

「……んぁーっ、もう! 無いつもりなのが余計頭に来ますねっ!」


 カサギの返答にキーセラはついにしゃがんで頭を抱えた。

 きっと想像してしまったのだろう。

 「あれ勇者らしいよ」「うそでしょ、……いや、その前に意味わかんないんだけど」などと陰口を叩かれながら移動する棺桶男と、それを運ぶ自分の絵面を。


 数分後にようやく立ち直ったキーセラが小さく呟いた。


「ちなみにどうして荷車とかじゃないんですか?」

「決まってる、金だ」


 カサギが頭をトントンと叩きながら答える。


「頭脳派勇者である所の俺は気づいた。カラーロ教は理由をこじつけた手紙さえ送っちまえば、自宅まで無料宅配サービス付きで棺桶をくれる、っつーことによーォ」


 棺桶の購入を知り、何かを勘違いした祖父に

「おぉ口減らしに協力する気になったのか? それともワシでも入れてみるか?」

 と朗らかにドヤされて死を覚悟させられた、あの顛末なんて完全に計算違いだったのだが、カサギはもう忘れたらしい。

 頭脳派が聞いて呆れる記憶力だ。


「……もしかしてカサギはあれですか、天才ですか?」

「な、何ぃッ?」


 カサギがカッと目を見開き、


「やっと分かってくれたのか、俺ァ涙ちょちょ切れそうだぜ! ハッ、それとも明日の天気は催涙ガスかァ?」

「皮肉ですよ、まったく!」


 どうやら、カサギ考案の棺桶移動はキーセラのお気に召さなかったらしい。当たり前だ。


「落ち着けキーセラ。ラマーズ呼吸法をするんだ」


 顔を赤くして叫ぶキーセラをどうどうと馬にするようにして落ち着かせたカサギが続ける。


「よしいいぞォ、その調子だ。そしてよく聞け。じじばばの代からの金言だ。

 ヒスってやつぁ、ホルモンのバランスってのを崩しちまうんだ。

 だから怒ってばっかだと前と同じで、いつまでたっても、何をやっても、例えあの時のよーに女に揉ませたとしても! ずーっと貧乳のままでrえヴぁっふぁ! 分かった! 悪かった! あだっ!」


 性的な知識に乏しいせいで騙されていることにも気づかず、後輩のシスターに『魔力の巡りを良くする胸部のマッサージ』とやらを施されたこと。

 そしてそれをカサギにばっちし見られたこと。


 キーセラの貞操を守ろうとしたのか、はたまた本当に勘違いしたのかは分からないが、


『よォよォキーセラ! 確かに小さいとは思ってたが、まさかそこまで気にしてたとはなァ!  たはぁーっ、俺としたことがなぜ気づけなんだ! そうだ、ここは一つ俺のゴッドハンドも試してみないかァ? えぇ?』


 カサギがそんなことを叫びながら乱入したおかげで、()()までされずに済んだのだが……どんな経緯があれ、キーセラの清廉潔白な人生において、それは一二を争う恥だった。


「カサギ…いい加減にしないと殴りますよ」

「い、いちち~…なぜだ。俺は今、どうにも頬を殴られた気がするぜ……」

「気のせいです、それとも気のせいじゃなくしましょうか? 私のゴットハンドは暴力もお手の物ですよ」

「い、いやぁそんな。未来の聖女候補さまのお手を血で汚したくねーんで。結構だぜ、ホント」

「まったく」

 

 最後は、カサギが哀れっぽく両手を上げて降参したことで勝負がついた。

 いつもの光景だ。

 勇者一党では女が強い。

 いや、そうならざるを得なかったのだ。


 カサギはコレだし、他の男も中々だった。

 のほほーんとしてマイペースが過ぎるアトリエに、勝手にどこかへ消えてはトラブルを連れて帰ってくるトリスタリア。


 好き勝手のさばる男衆は、放っておくとどこまでもおいたが過ぎるので、時折こうして締め上げなくてはならない。

 「ここまでは許そうかな」という線引きを越えるのは、大体が酒に酔ったカサギ。

 次点のトリスタリアを大きく突き放しての、堂々の一位だった。


 そのせいか、そこだけ見た者はカサギが尻に敷かれて見えるのだとか。

 旅先の酒場で、家での肩身が狭そうな旦那やらに仲間意識を覚えられ、一杯奢られたカサギが「んな同情めいた酒が飲めるかーーッ!」とケンカをおっ始めて、再度イスカに張り倒されるまでがお約束になっていた。


 カサギはキーセラに赤く腫れあがった頬骨を治してもらいながら、昔を思い出すようなそのやり取りにまたフッと静かに笑い、どこかにいる仲間たちに想いを馳せた。


 イスカ、アトリエ、トリスタリア。

 彼らだけじゃない。

 

 これは記録が残ってないので誰も知らぬことだが、カサギは歴代で最も仲間の多い勇者。

 ここで言う“仲間”とはカサギが確かな“キズナ”を感じることで生じる魂の繋がりによって、時間転遷タイムリープに巻き込まれる人物の事だ。


 勇者に味方は多い。

 魔王を倒してくれるのなら、と大体の人類種は好意的だ。

 だが“仲間”が出来るかは本人次第。

 破天荒なカサギのやり方は行く先々で味方を減らしたが、どういう訳か“仲間 ”は多かった。


 銭ゲバ旅商人な狸の獣人ビースターや、魂人ゴースティのショタっ娘好き地縛霊。

 全身絡繰り仕掛けの戦場記者に、勇者のコンサルとグッズで荒稼ぎする敏腕プロデューサー。

 平和を愛する戦争マニアな蛸の魚人アクアルルや、魔物の解剖と異種間交配を繰り返すイカレ学者なんてのも居た。


 地下に籠っての採掘で年間十個の遺跡を見つける偏屈な鉱人ドルワーフから、里一番の隠遁技術で下着ドロに励む変態忍者、どうあっても家業から逃げられない根暗で卑屈な龍魂りゅうこんの巫女。

 スピーディーガンナーの源氏名を持つ高級娼館の男娼、顧客の不幸を一心に願う独身ウェディングプランナー、石ころを宝石の値段で売りさばく詐欺師……などなど、数多く取り揃えている。


 ――なんだって俺の周りには変な奴ばかり集まるんだか。カンベン願うぜ。気苦労するのはいつも俺だっつーのによーォ。


 カサギは自分の辞書から【類は友を呼ぶ】が載ったページを破り捨てているらしい。

 こんな男になぜ“仲間”が多いのか、それはひとえに――これはまた別の機会に説明しよう。


 前と変わらず、碌でもない毎日を送っているだろう仲間たちを懐かしむカサギに、キーセラがにこやかに言った。


「なんです、虫でも嚙み潰したみたいな顔して」


 訂正。

 前と変わらず、とはいかないようだ。少しだけキーセラの心が荒んでいる。


 それもこれもカサギのせいなのだが、当のそいつは耳に小指を突っ込んで「ま、おこちゃまにはこの俺の魅力が分かりっこねーか」と憐れむように片眉を釣り上げるのみ……呑気なものである。


「……一応確認しておきますけど、カサギ。私たちに余裕は無いですからね?」

「分かってら」


 神託が降りて、勇者が公表されるのはひと月後。

 世間にはカサギの名前だけで居場所や特徴までは明かされないが、人の口には戸が立てられない。

 物事を円滑に進めるためには勇者の証である御石を見せる必要があるし、ましてや「積み重ね」より「ド派手な一発」を好むカサギだ。

 いずれ誰もが知ることになる。


 前回と同じなら、魔王が本格的な攻勢に出るのは半年後。

 うかうかしていられない。

 今この時だって魔纏楼が建築されて、着々と攻める準備が行われているのだから。


「私たちも急いで準備をしないとですね」

「準備だァ?」


 カサギが心外そうに口の端を歪ませて、キーセラへと指を突き付けた。


「ハンッ、どうやらおめーはまだ俺を甘く見ているようだ。このカサギ、世に生を受けまなこを開けた瞬間、産声を上げたその時から準備は万端なのよォ。

 つまりは、だ。これから魔王の奴が何をどう足掻いたって俺の勝利は揺るがねー。そう言う事だぜ」


 心強くて頼りになって、任せていれば本当に何とかなってしまいそうな、そんな勝利宣言。 

 そして、それを聞いてキーセラは思うのだ。


 これがベッドに寝転がったままのセリフでなければ、どれほど良かったことか……と。


「その辺の能天気な前向きっぷりは相変わらず、と。まぁこの先ひと月は非公認ですけど、勇者として頑張りましょうね」

「そりゃあそうさ。今度こそ人類種を守らなくっちゃあならねーからな」

「…カサギは変わってしまいました……」

「ナッ、どーいう意味だァ? 俺は今も昔も全てを守る心優しき勇者さまだぜーッ?!」

「……なるほど。変わったのは性格ではなく記憶、ですか。改ざんは良くないですよ」

「だからどういう意味だッッ!!」


 そんな掛け合いをするうちに夜が更けていく。

 出立は明日の朝と相成った。


 …………。

 ………。

 ……。



 二人が寝静まったあと、月光に薄ぼんやりと照らされた茶畑に蠢く物があった。

 村を一望できる小高い丘に居るカサギの祖父と村長の娘、その二人の影である。


 初夏の冷たい夜風の中で二人はただ沈黙していた。

 老人は木製の揺り椅子に腰掛け、ネズミの獣人のハーフであるその娘はじっとその場に立ち尽くし。

 思い思いのやり方で別れを胸に刻んでいた。


「…………」

「…………」

 

 ブル、と村長の娘が小さく体を震わせたのを見て、老人はそれでかなりの時間をこうして過ごしていた事に気が付いた。


「…そろそろ帰ろうかの、風邪っぴきで死にかねん」


 そう独り言ち、ひじ掛けに置いてあった手記を手に立ち上がると、側に立つ彼女にも声を掛けた。


「クリナ。お前も――」

「ね……これで本当に良かったのかな」


 眠たげな眼をいつにも増して重そうにしながら、娘――クリナは老人に問いかけた。


「村人みんなでなるべく関わらないように、キズナを深めないように、って。でも、こんな別れってないよ……」


 泣きはらした目に浮かんだ涙が、ネズミらしい大きい黒目にきらりと月の光を落とす。


「……わしにも分からん。選択の結果はいつだって結果が出てから分かるもの。今回もそれと同じ事……いや、これがあやつにとっての何度目なのかも、わしらには分かりはしない」


 直下に見える自分の家を見下ろして、老人はやるせなさを発憤するように手記を握り込んだ。

 持ち主に恵まれなかった事を哀れに感じるほどボロボロな手記だ。

 革のカバーは煤に塗れ、紙束の上部には赤黒い液が丸く滲んでいる。


「ね…それ、大事な物なんでしょ? 何でも詩が沢山書かれているとか」


 気丈に振る舞おうとしていることを知りつつ「昔、ちと縁があってな。故あって今はわしが詩を編んでおる」決まり文句で応じた老人の手から、


「む、返さんか」


 クリナがその手記をかすめ取り、最新のページを開いてみせた。


「なになに…『2000年前より続く魔大陸との戦いの歴史』『10代目勇者のカサギ、のちのエイユウ村にあり』『御神に授けられた祝福を以って過去に戻り、聖女の器と再会せり』『かの者、かつての未来で己を打ち破りし魔を断つべく、今まさにその旅路へと』……」


 ページの番号は1924。

 そこで踊る詩には有るべきもの――『心地よい高揚感』や『未知への渇望』と言ったものを想起させるような――冒険の始まりに相応しい言葉がただの一つとて無かった。


 クリナが読み上げていくにつれ、並べられる言の葉はやがて感情の高まりをもって結実し、老人の口からまろび出た。


「おおカサギ、こんな別れを許せ……」


 口に出せど、感情の揺らぎが収まることはない。

 より大きな波となって老人の口から更に溢れ行く。


「よいな…わしなど今度こそ捨て置け……。未来に置き去りにしてしまえ……」


 もうお気づきだろうか。

 この祖父とクリナこそ、キーセラより先に記憶を取り戻した0人目の"仲間"たち。

 "仲間"の多いカサギが唯一の血縁と幼馴染をそこに含めない道理はないのだ。


 では一体なぜこの老人はクリナを含め全ての村人たちに働きかけ、カサギに冷たく当たらせるのか……その真意は彼の胸の内にのみ有る。


 彼は老体に鞭打って手記を奪い返すと、朝方に散歩をするような気軽さでスタスタと自分の家へと向かっていった。


「聖女さま? 10代目? それに……」


 クリナがそれを追うことはなかった。

 手記を取られる間際に目にした言葉が巻き起こす不吉な予感に頭を支配されていたからだ。


「『かの者にもはや時間が味方する事あらず』って、なに?」





[称号:10代目勇者]

[名前:カサギ]

[座標:

  物質界1274

  時元界1274

  霊魂界1924]

[加護:時間転遷タイムリープ]

[詳細:時元界じげんかいにおいて連続体の突破を可能にする]



[リミットまで:残り----------------秒]

ここまではプロローグ、いよいよ旅が始まります!


……ここに書いたキャラはほとんど出る予定すらありませんし、出る気のしてるキャラも当分先になりますが…………。

ここから数話もすればもっと個性的で、もっと奥行きのあるキャラがどしどし出てきます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初の巻まで読ませていただきました。 テンポがよく、コメディタッチで入り込みやすいファンタジーですね。 落ち着いたキーセラと元気な(?)カサギの掛け合いも面白いです。 そんな二人がこれから…
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