要介護不審者、旅に出る
――朝方。
夏故に既に姿を現した太陽が冷たい空気を切り裂いて、露に濡れた草葉を照らしていく。
漂うモヤは木々のベールの中に土の匂いを充満させ、その水気に反応して地面からはい出たミミズが頭上から飛来した目敏い鳥に捕食される。
そんないつも通りの風景……に異物が混ざりこんだ。
ずりずりずりずり。ざり。ずりずり。
それはなんと棺桶を引きずる少女。
その怪しさといえば、もういっそ清々しいくらいである。
蓋と側面に“蔦が絡みついた十字架”の意匠がなされた木製のそれは、カラーロ教の由緒正しき棺桶……だったのだが、今は旅の荷物が括り付けられたり蓋がなかったり、更には引きずる際に必要な鎖が頭の方に取り付けられていた。
そんな歪な棺桶が、神に仕えし無垢なる少女によって石や土くれに引っかからないよう林を開いて通した田舎道を丁寧に運ばれていく。
そして棺桶には、あろうことか生きた人間が入っていた。
そいつはこの物語におけるヒーローであり、世界に希望をもたらす勇者。
たとえ比喩の為であっても引き合いに出してはモヤシにさえ失礼なほど、白くて生命力の感じられない体が棺桶にすっぽりと収まっている。
――カサギだ。
体は薄くて撥水性のある革で包まれていて、唯一陽の下に晒されているのは首から上だけ。
不遜な笑みを湛えた口元と、雲に切り取られた空を眇めて見やる目、意志の強そうな太眉、それから髪。
もったりしていた黒髪はキーセラの手によって梳かれ、昨夜よりも幾分か小ざっぱりとした印象だ。
重みで垂れていた髪たちが緩めのウェーブをもって好き勝手な方向に立ち上がり……だがボサボサというには均整の取れた、形容にしがたい独特な髪型を形作っている。
「そこに段差あるぞ」
「はいはい」
「なーんにもありゃあしない」
「はいはい」
「行商にでも出くわせば無理やり相乗りしてやるものを……かーッ、これだから田舎は嫌だぜ」
「はいはい」
「なんだァ、そのテキトーな返事は。ちゃあんと聞いてんですかぁ? この勇者さまのありがた~い話をよ」
「はいはい」
「……。いーもんね、だ。別にキーセラに話しかけてたわけじゃないしぃ。お空とお話してましたァン」
「もぞもぞ動かないでください。運びづらいですから」
「あ、そぉ」
「……」
「……」
「……」
「……」
……どうやらこの状況をよく思っていないようだが、それでも運んでくれているのでいいことにしたカサギ。
機嫌が良くないキーセラにしつこくしても嫌われるだけ……と、昔イスカに取り持って貰ったのを思い出したからだ。
――はーん。そう考えるとなるほど、キーセラのヤツは猫だな。
カサギは祖父の家で飼っていた、構えば構うほどに機嫌の悪くなる猫を思い返した。
悲しきかな。
ただカサギが嫌われていた、が真実である。
猫と似てるキーセラが、猫と同じでカサギを嫌っているかは……まぁいずれ分かるだろう。
さておき、少々ぎこちない雰囲気を漂わせながらも二人――正確には、一人と大きな荷物――はカサギの村から5キロほどあった林道を踏破して、いよいよ基幹道に出た。
「で、どうします?」
「それについちゃあ、もうたっぷりと話したつもりだぜ」
キーセラの前にある看板には、都市ステッカー付きの地図と共にこう書かれている。
『北西↑ 王領都市』『南東↓ 神興都市』
キーセラが若干ギスギスしたオーラを放っていたのは、なにも棺桶を運ぶのが嫌だというだけではない。
もちろんそれが大いにキーセラの心身にダメージを与えているのは確かだが……最初の目的地について、少し意見が分かれていたのだ。
「私はやっぱり気になってしまいますね……」
キーセラが口にしたのは神興都市で捕まっている仲間――イスカのことだ。
現在、神興都市には二つの勢力がある。
お布施を善行とし、法王猊下の名前で次々と免罪符を発行する善行派。
本来あるべき形として統一神カラーロとの対話こそを重んじる信仰派。
信仰派の筆頭として法王らとバチバチにやり合っていたイスカらは、数か月前に投獄されてしまっていた。
前回と同じなら、あらぬ疑いを掛けられた弟を庇ってのことだろう。
そして前回と同じなら、口を割らないイスカにしびれを切らした異端審問官が、そろそろ人知れずに拷問を始めるころだ。
「なーに、問題ねぇさ。俺の策が上手く行きゃあ、あいつが必ずチャンスを作ってくれる。イスカがその隙を逃すタマかァ? いーや無いね。やる女だぜ、あいつは」
「それはそうですけど……」
「種火を入れてた鉄箱はもう教会に置いてきちまったんだ。手ぶらで神興都市に帰ってみろ、たんまり怒られた上で法王のやろーに重い処罰を食らわせらるのがオチだぜ」
カサギが言うことも分かる。
先を急ぐため任せられる所は他人に任せた方が良い、分かっている。
だが、頭では理解していても今にもイスカが酷い目に合いそうな事を思うと、居ても立っても居られないキーセラ。
そわそわとした様子の彼女に、カサギが「それにそもそも、だ」と続けた。
「囚われのお姫様っつー柄じゃあねーんだよ。そりゃあ前回はついでに助けてやったが……あんな可愛げのねぇ助けられ方はもうケッコーだ」
「あ、あれで助けたつもりだったとは……」
騒ぎを起こして異端審問官の監視に隙を作るという発想は良かった。
その隙をついて誰にも悟られずに檻を出たイスカもまた鮮やかだった。
ただ、無事脱走して地下牢から地上に繋がる階段を上るイスカの元に、助けに来たつもりのカサギが……すぐ後ろに、監視なんかよりもよっぽど多くの兵士を引き連れて来やがったのだ。
潜入直前になって『せっかく助けに行くんならそうだ、プリンスだ』と思い立ったカサギが謎の行動力をここぞと発揮。
騒ぎを起こすついでに宝物庫に忍び込み、法王の宝である魔道具・絡繰り白馬をかっぱらって……バレたのだった。
魔道具に乗るカサギと、それを追う男どもが階段を駆け下りてくる映像。
イスカの目には早くも自分の脱走がバレたように映ったらしい。
先頭で手を伸ばし「ひやっほーぅ! ヘイヘイヘイ、おめーがイスカっつー嬢ちゃんか! 俺がおめーの王子様だぜーーッ!」などと叫ぶカサギの腕を掴んで引きずり落とし、イスカはその白馬に乗って逃げた。
カサギは順当に捕まり、盗っ人として順当に裁かれた。
そして脱走した『破戒僧イスカ』から白馬を取り返すことを命じられ、それからまたひと悶着あって、そんなこんなで共に旅をする仲になったのだが……。
「まーとにかく、俺たちに必要なのは移動手段だ。いつまでも棺桶なんぞでやってられるかっつーの」
出発してまだ一時間程度だが、尾てい骨と背骨が揺れでの床ずれで出血しては足を止め、その度にキーセラの法術で治していた。
「王領都市に行く。あいつは監視さえ緩めば一人でも逃げるんだ。俺たちがどうこうしなくてもな」
「うーん……」
「ケッ。あんなんだから婚期が遅れるんだぜ、まったく。もう囮にされるのはごめんだ」
ペッと横に吐いた唾が、風に吹かれてカサギの頬にペトっと落ちた。
天が「自業自得だ」とでも言っているかのようだった。
不審者二人、草原、数日間、何も起きないはずがなく……。
地図は目安です。
細かい所は多分変えます。
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効能:仲、もしくは溝が深まる




