別れのあいさつ
――地面に倒れ臥して動けないキーセラに、逆光をその背に受けたカサギが手を差し伸べる。
それは一度目に旅を始めてから、数か月ごろの思い出。
16歳で旅に出て18歳で魔王に負けた彼らにとって――幾度も時間転遷をしているので実際にはもう少し多くはなるが――約18年前のことになる。
今世ではまだひと月も先の事だが、各地に聖火を灯して回った後、法王の横暴を止めるため神興都市に戻ったキーセラは、いざ行動を開始しようとしたところで、また新たな仕事を押し付けられることになる。
それは歴代よりもやや遅れて出た神託によって居場所が割れた勇者に、その証である御石と『星鎧』とを送り届けること。
奇しくもその30日ほど前、巡礼の間にその村――のちにエイユウ村と呼ばれる村――に訪れたばかりだったキーセラは断ることができず、渋々そこへ向かい……そこで会った勇者・カサギに連れられて旅をするハメになる。
その時は魔大陸に君臨する魔王直属の部下――魔世将の一人との激戦のすぐ後。
相手は成り上がりの魔世将でそれほど強くなかったのだが、当時は彼女らも弱く、さらに二人しかいなかったために、何度かの時間転遷を経ての勝利だった。
ただ、戦闘中に攻撃を受けたキーセラは戦闘後も打ち身で動けずにいた。
それでカサギに背負われて、近くの村に駆け込んだのだ。
まぁ、その村が既に魔世将に滅ぼされた廃村で、しかも住み着いていた魔物と連戦を強いられたのはご愛嬌としよう。
あの時背負ってもらった背中。
大きかった背中、今も覚えている。
そして今、過去に戻り前とほぼ同じ行動をする中で出くわしたイレギュラーによって記憶を取り戻したキーセラは
――その男を背負っていた。
怪我をしたのでもない、ただ貧弱のあまり一人で歩くことすらままならない男を背負って村の中を回っていた。
そうしながら心のうちで嘆いていた。
どうしてこうなったのか、と。
いや、ひとまず貧弱なのはいいとして、とキーセラは考える。
……全くよくはないが、今ばかりは目を逸らそう。
なんだか昨日今日と目を逸らすことが多すぎて視線の行き先がどんどん無くなっているような気がするが、屈強な精神を持つキーセラにはまだ耐えられた。
なにせ、カサギは魔王からの攻撃によって呪いというべきダメージを魂に受けている、らしい。
若くして法王に敵対視されるほどに卓越したキーセラの法術をもってしても、治癒や解呪は叶わなかった。
だが、完全に戦えなくなったわけではない。
けがの功名というにはペナルティの方が重すぎるが、殉職の二階級特進、程度の見返りもあったのだ。
それは、異常なほど多い魔力。
昨夜聞き出したところによると、その魔力をこれでもかとつぎ込んでやれば、瞬間的に爆発と見紛う力――本人にも多大なダメージを負わせる力――が出せるのだという。
だから、体が弱いのはまだいい。
今嘆いているのは別な理由からだ。
連れて行ったカサギが別れの挨拶をすると、どの村人も五秒くらい固まるのだ。
あからさまに「やべ、さよならって言うけど、こいつ誰か知らんぞ?」という顔をして。
『固い意思』と『人をおちょくる態度』とがマリアージュすると人と言うのはこうも鬱陶しくなれるのか、と思わせられることは多々あるが、しかし意外にも情に厚く、勇者という以前に人格で頼られる人物であったのに……少し脚色が過ぎたかもしれない。
「カサギ……可哀想」
「うるせーッ。それもこれもじじぃに介護されてばっかで碌に外に出てなかったからなのよォ。よ、よせったら、このカサギに同情の視線なんて寄こすんじゃあないぜッ」
「うぅ、本当に……可哀想」
キーセラは首を回して、後ろに背負ったカサギを見た。
前ならこんな近くで顔を合わせたらちょっとは胸の高鳴りを感じるものだったが、今は何も感じない。
――だってこんなどうしようもない男に恋心が芽生えるはずがないでしょう?
芽生えるとすれば殺意くらいのものだ。
とかなんとかキーセラが考えて居るうちに別れの挨拶を終えた。
家畜化された鶏の魔物・コケルコルの小屋なんかは立派だったし、自慢だと言う茶畑も見事の一言だが……かつての記憶があるキーセラにしてみれば、村はかなり寂れているように思えた。
というのも、前の時は生まれつき恵まれた魔力を持つカサギが、厳寒期の夜には茶葉に霜が降りぬよう風魔法を使っていたのだ。
本当なら高価な魔道具を使う作業をたった一人でこなせたので、余剰のお金で色々と設備を整えていた。
高血圧で知られるキリンの魔物・バクバクジラフの心臓ポンプを井戸に付けて手汲みを止めたり、緊急時に都市と連絡を取れる共鳴石を設置したりと、結構な余裕があった。
そしてそんな大活躍のカサギを連れていくと言ったら、魔王討伐の為と知っても村民みんなが反対してひと悶着起こったものだ。
最後はカサギが「冒険、勇者……いい響きだ。俺にこそ相応しいっつーもんよ! よし来たキーセラとやら、出発はたった今この時だぜェェッ!」などと抜かしたことで解決したのだが……。
前回最後までカサギが村に出ることを渋っていたカサギの祖父でさえ、キーセラがどう説明したものか考えている間に、二つ返事で了承してしまった。
なんならほとんど「毎日マジカル新聞」の紙面から目を離さずに頷いていた。
誰に何を言われようと大抵のことでは屁とも思わないカサギの強靭なメンタルをもってすれば、この変わりようも耐えられるのだろうか?
それはキーセラの背中にかかるぐったりとした雰囲気から推し量れることだ。
やたらと励ますキーセラによって運び込まれたベットで……勇者カサギはやけになっていた。
「村長のヤロウまで俺を忘れやがって……ならじじぃが払ってる税金は誰の分なんだってんだァ? さては猫か、猫なんですかァーッ!? とんだ村だぜ、チクショウ! こっちから出てってやろうじゃあねーかッ!」
「ま、まぁまぁ、こんなこともありますよ」
「あるかーッ、勇者の旅の始まりってやつぁ、なんかこう、もっとあったかいもんだろーーがッ!」
いつも以上にうるさいが……別に構わないだろう。
昨日聖職者として活動したキーセラの方がカサギより覚えられている始末だったのだから。
いくら大声を出したとて、村人は誰の仕業かも分かるまい。
なんとも哀れな……。
ちなみに村長の娘なぞは、キーセラに肩を借りたカサギが名前呼びながら近づいただけで「なんで私の名前をッ!? ひっ……」とだけ言って自警団の詰め所に走り去ってしまった。
キーセラが説明しても尚「そのような方がこの村にいらしてたのですねー」などと追い打ちを掛けるのだから、もうカサギの心はぽっきりと折れてしまいそうだった。
前の時は仲が良くて、旅に出る時はカサギのために泣いてくれた村長の娘。
ネズミの獣人である母の面影が残る口元。
大きめの前歯がチャーミングなあの笑顔がカサギに向けられることは、もう二度とない。
普通なら泣けてくる事実に……普通じゃないカサギは怒りを覚えたようだ。
拳を固く、実際には弱弱しく握りしめて、実にくだらない決意を口にする。
「あんのトンチキなアマ、せいぜい覚えていやがることだぜ。ひと月後の神託で俺が勇者だと知ってからじゃ、もー遅い!」
「何をするつもりなんです?」
「なんだってだ、あらゆる手を尽くして辱しめてやるぜーーッ!」
どうしてやろうかと、今から楽しみで堪らないような顔で思いを巡らせるこのみみっちい勇者。
ただ、つまらない罪悪感で女の子にいたずらするのを尻込みすることこそ無いものの、長いこと根に持つタイプでもないために一晩であっさり忘れてしまうのがカサギと言う男だった。
【tips コケルコル】
鶏の魔物、体高30センチ。
とさかで増幅される鳴き声と、常温でも一週間は腐らない卵が特徴。
原生都市の調教師に家畜化された個体とそれらのつがいから生まれる個体は大人しいものだが、それ以外は気性が荒く、野生の個体へ不用意に近づいて足を蹴り壊される人類種が後を絶たない。
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効能:同窓会の連絡網がそいつで途切れる。




