カサギの弱さ 全貌
「カサギが弱いのはちゃーんと分かりました。えぇ、もう希望は持ちませんとも。ちょっと笑っただけで顎が外れるくらいなんですからね」
やけっぱちで言うキーセラが小さく「治癒」と祝詞を呟いてから「ふぅっ」と人差し指に息を掛け、その指でカサギの頬を弾くと、散々勇者を苦めた顎の痛みはそのデコピンの一発で消え去った。
「おめー、もうちょっと早く治してくれたってバチは当たらねーと思うぜ?」
「で、カサギの貧弱さは何です?」
物も言わせぬ圧力で物を尋ねる聖徒(?)を「女ってこえ~」と冷やかしたカサギがさらに増したキーセラの圧に屈し、とっとと訳を話すべく口を開いた。
「簡単なことだ。魔王のやつに殺されたとき、このカサギの魂にまでダメージが及んだのよォ。呪いみてーなもんさ、弱くなる呪い」
「呪い、ですか?」
とたんに真剣な顔になったキーセラの細眉が顰められる。
だからと、カサギも真面目な顔で応じた。
「そう、呪いだ。だらけたくなって動きたくなくなる……あぁウソ、冗談だ! だから振り上げた手を降ろせ。俺ァ暴力はされる方はノーセンキューなんだッ」
「なんですか、嘘ですか。やる気が出ないだけなら私が心を鬼にすればいいだけの話でしたのに」
若干残念そうなキーセラに恐怖を覚えたらしいカサギが「ケッ、恐ろしいやつ」などとぼやいて続ける。
「心は知らねーが顔は鬼人よりよっぽど鬼気迫ってたぜ、男と碌に関わりを持たなかったことを後から後悔する三十代の女って感じだ。あぁそれ、その顔」
「……正しく言えば、碌な男と関わってない、ですけどね」
一通り茶化してから、大仰な身振り手振りを交えつつ今度こそしっかりと説明しだした。
「とにかく全部が弱いって思ってもらえりゃあ、大体それであっている。
ただキーセラ、おめーから見えている以上に弱いぜ。なんたってこれは魂の問題だ」
「このボディは腐っても勇者の器。魂の弱さで成長がかなーり阻害されたが、それでも歩くことくらいは出来そうじゃあねーか?
だが、まっすぐ歩けないどころか支えがないとまともに立てない。内臓が固形物の受け取り拒否してるせいで、こないだなんか寒天でも吐いたんだ」
「何気ない雑菌でも肌はかぶれるし目が腫れる。
躓いても手を付けない反応の鈍さに、尻もちついただけでひびが入る骨の脆さ」
「目は焦点が合いにくいし、平衡感覚が掴めないなんてこともしょっちゅうよ
擦り傷の治るスピードがやたら遅いのも、血の流れとか代謝が悪いからだったりしてェ
さらにさらに、術門が閉じてるから魔法も使えねーときてる」
溜まった鬱憤を吐き出すようにカサギが捲し立てていくにつれ、キーセラの顔がどんよりと曇っていく。
「感覚も薄い。痛みを感じにくいのはありがてーが、気づいたらブツを……いや、飯時にこのハナシはよそう。
あとはなんだ、まぁその他の諸々。あれも悪いしこれも悪い。全部が弱い。
しかも、リハビリも解呪の法術も効果なしの打つ手なし。
ハンッ、どんなもんよ」
カサギがびしぃっ、と指を立てて締めくくった。
しばらくの間何も言わなかったキーセラだったが……カサギが指降ろしたのを見て、おずおずと口を開く。
「……え? は、早く嘘って言ってくださいよ。さっきと同じ悪い冗談だって」
「本当のことだぜ、これはよ。信じがたいだけでな」
「……ほ、本当の本当に?」
「あぁ本当の本当にだ」
鷹揚に頷くカサギをじっと見て、嘘でないことが分かったらしい。
「それってもしかして……」
キーセラが上目遣いで反応を窺うようにして聞いた。
「……ちょっとやばくないですか?」
「ヤバいな。そりゃあもうトビキリに」
「で、ですよねー」
魔王の息の音を止められるのは世界で唯一、勇者だけ。
原理的にそうなっていることは歴史が証明している。
しかも、時間転遷の『勇者を死に至らしめた障害が大きければ大きいほど長い時間戻る』という特性から考えると、18年も巻き戻した魔王との実力差が甚だしいことも分かっている。
なのに、肝心のカサギがこれじゃ……と絶望を滲ませるキーセラに「だが」とカサギがまた指を立てた。
「体の強さにゃあ目も当てられないが、どういう訳だか魔力だけは前よりもよっぽど多い。ちょろっとじゃあねーぜ、何倍もだ」
「……魔力はほとんど感じませんけど? それにさっき術門が壊れたって……」
術門とは、魔力――魂によって物質に依らない異世界から引き出されるエネルギー――を肉体の外へ持ち出すための出入り口であり、これが無ければ魔法を使うことなど出来やしない。
「そう、だからトーゼン外に作用出来ない。だが、体の内側には……使える」
言いながらカサギがほんの少しだけ魔力を使った。
一秒とせず上半身に薄緑の靄が取り巻いていき、この世ならざる世界から引き出されるそれが、カサギの肉体を無理やりに強化していく。
「なるほど、身体強化ですか」
「ご明察」
ニヤリと笑って、腕を俊敏に薙いで見せるカサギ。
その風に揺れる髪に肩口をくすぐったそうにしながらキーセラが「それで」と続けた。
「結局、その程度の力で戦えるんですか? そもそもここまで貧弱だと体調とかも気になりますし……」
くすぐったそうにしていたのは何も髪のせいだけではなかったらしい。
それに気づいたカサギが何ともムカつく素振りで「たはぁー、心配ならさっさとそうと言ったらどうなのォ? この照れ屋さんのおてんば娘めッ」などと言ってから、不安そうなキーセラを落ち着かせるべく、ベッドに寝転がったままの体勢で堂々と言い放った。
「だから大丈夫じゃあねーのさ。
魔力で強化するにしろ、結局のところ俺の体を動かすのはあくまで筋力。だが、俺の骨にはネズミさえも見向きしないような味噌っかすみてーな量の肉しかついてないんだぜ
体を動かせるほどにその筋力を強化するとなると、ちぃっとばかし魔力を食いすぎる」
「試して分かったのは、俺が1日10秒かそこらしか動けないということ、だ。それも制御が不能で、さっきのよーに起き上がろうとしただけが家の壁を破壊してすっ飛んでいく有様よ。
あーあー、歴代最高の勇者の名が泣いてるぜ」
呼ばれたこともない名を勝手に泣かせながら、額に手をやって「オー! ノーッ」とか言ってるカサギにキーセラは「何をそんな余裕そうに……」と反応を見せたあと……項垂れてしまった。
しかし、そこはカサギに迷惑をかけられるのは慣れっ子なキーセラだ。
たったの一息で鬱憤をすべて吐き出すと、すぐに顔を上げた。
「ま、まぁ良かったです。例えそれが一瞬でも、魔力があれば力が出るんですね?」
「おうとも、そーいうこった」
旅をするかどうか、どちらもそんな野暮なことは口に出さない。
「よかったです、もし本当に戦えないとなったら私……いえ何でもないです」
「お、おい、一体俺をどうするつもりだったんだァ?」
カサギは知り得ぬことだが、膝の上で今にも殴り掛からんばかりに握りしめられたキーセラの拳が何かを物語っていた。
……憂さ晴らしにボコボコにするつもりだったのかもしれない。
「とにかく、そうとなれば明日にも村の皆さんにお別れを済ませて、出来るだけすぐにここを出ますよ」
「あぁ、頼むぜ」
「? 頼むって、何をです?」
怪訝そうに首を傾げるキーセラに、カサギが当たり前のような顔で言った。
「俺一人じゃあ歩けもしない。そんときゃあ肩貸してくれ、っつーことに決まっている。皆まで言わすなよォ。あーこっぱずかしーぃ」
両腕をすり合わせ「ムズ痒くてたまらねーぜ!」と言った風にそんなことをのたまうカサギにつくづく呆れたのか、キーセラはまたも深くため息をついた。
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効能:十年の積み重ねが脆く崩れ去る。




