カサギの弱さ 片鱗
またまた短い……。
――夜。
ホタテの魔物・ホムラホタテの貝殻で作られた灯明皿に灯る――貝柱が注がれた魚油を吸い上げて、先の方でジリジリと燃えている――光で淡く照らされた、今日一晩に限り「客室」などと言う大層な名を許された物置にて、キーセラはささくれた木の座面から降りて膝立ちになり、ベットに座るカサギと顔を突き合わせていた。
この家でほんの一休みしたあと、教会に聖火を届け、村の人達に説法を説いたり懺悔を受けたりと忙しなく動いていたキーセラ……夜通し歩いてからの労働にはさしもの彼女も疲れた様子だ。
その間カサギが何をしていたかと言えば……寝ていた。
正確には寝転がっていた。
何もせずに……いや、何も出来ずに。
カサギが今ベットの上で上体を起こせているのもひとえに背中に布を挟んでいるおかげだ。
「どうしてくれるんです、そんなヘナヘナになっちゃって」
「どーもこーもないね、だ」
よく分からない強がりを見せるカサギだが、流石に貧弱じゃないとまでは言わなかった。
なんたってカサギは今、キーセラに夕ご飯を食べさせてもらっている。
いわゆる「あーん」というやつになるのだが、世の男子諸君が羨ましがるようなことなんて一つも有りはしない。
物が薄めたさつまいもでん粉に潰したひよこ豆を溶かした液の上、キーセラの顔が死んでるのがトキメキ要素を吹き飛ばしている。
あれは向かい合った席に座って、頬を朱に染めたりいたずらっぽい顔してみたりで初々しさを放ちながらデザートなんかを食べさせ合うことで、ようやくラブコメのワンシーンへと昇華されているのだ。
愛情の無いあーん。
それはもはや動けない人間に栄養を補給する、一連の介護業務に過ぎない。
同い年の異性、しかも強くあるべき勇者を介護する。
類まれな珍事に顔面の筋肉が壊死したキーセラだったが、その顔は「怒ってます!」と言うよりも「こいつさぁ、はぁ、あーぁまったくもうヤになっちゃう」という表情。
本気で怒ってるわけではない……表情からそれを見て取ったカサギがすぐさまに口を開いた。
「よォキーセラ、おめーの言う通り本当にこの俺がただの貧弱なら、さっき家ぶっ壊したジャンプ。なんだってあんなことが出来る」
「えぇ? ………あれジャンプだったんですか? てっきり家の中で景気よく花火でもやって吹き飛んだのかと思ってましたけど…」
「おめーの中じゃあどんだけ馬鹿なんだァ俺は。それに大体なぁ」
大体な、はカサギがぶつくさ言い始める合図。
それを知るキーセラは、とろみのある熱々の汁をカサギの口に押し付けた。
「ほら口開けてください」
「あがっ、ん熱っ! 熱い! 胃が焼けるよーだッ!」
目を白黒させて胸を掻きむしるカサギを、非常にバカにした目で見やったキーセラが、
「私は忘れてませんよ、魔王軍の包囲を抜けるのにその場にあった打ち上げ花火の大砲で……って一番乗りに飛んでって無事に時間転遷したアホのこと」
ちくりと刺した。
「いーや違うね、あれは良い策だった。ただちょいと花火師のニッチェのヤツが火薬の量をトチっただけのハナシ。あいつだってあれで優秀なやつなんだ。二回目があればきっと上手くやるさ」
「よ、よく二回目をするに気になれますね……私はもう爆散したカサギの肉片を浴びるのはごめんですよ。時間転遷のあとで記憶を思い出す度にあの映像が駆け巡るんですから」
ドン引きしたキーセラが「それより」と続けた。
「さっきのがジャンプだったんなら、あれだけ跳べるってもしかして本当は強いんでしょうか?」
喜びで全身から光を放つキーセラ。
「いーや、弱いね」
絶望でがっくりと落込むキーセラ。
「くくッ、……ちーィとも、変わっていやがらねぇ」
「何がそんなに面白いんです」
「いや、それだけこの16年、退屈でしようがなかったっつーことだぜ。冒険の記憶があるだけに、まったくよォ。くくっ、ぐ……」
「ぐ?」
おかしくて堪らないという風に歯の隙間から笑いを漏らしていたカサギだったが、
「すは……すまねぇ、ひーへら、あお、あお」
「顎?」
「ほうだ、あごがはうえた」
このあと、揶揄った代償に顎が外れたまま20分は放置されることになった。
【tips ホムラホタテ】
キムラホタテの魔物・殻長7センチ。
油が続く限りジリジリとゆっくり燃える貝柱が特徴。
成長するとホタルホタテとなり、舌から燃える油を吐き出して獲物を仕留めるようになる。
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