裁判開廷! からの閉廷!
またちょっと遅れた!
ちょっとなんです、いつもあとちょっとなんです!
「え、えー、ごほん」
机と椅子があるだけのただの小部屋にそう名前を付けただけの手狭な第5裁判室。
中には現在、五人の人物がいた。
カサギ、キーセラ、マナシィ、ヒッツミハットコ、そして最後の一人は、
「これより簡易裁判を始めます。被告のマナシィさん、前にお進みください。まず初めに本人確認のため、いくつかマナシィさんにご質問いたします。お名前のフルネームとご年齢、正しい住所を……」
開廷を宣言し着々と必要事項を確認していく裁判官。
至極冷静なように見えるが……、
「普段はどのようなお仕事をされていますでしょうか」
「いつもお洋服のデザインばかりしますぅ。時には自分で素材を調達することもあるので~、『狩人&漁師協会』の会員でもありますぅ」
右腕を軽く上げて力こぶを作るような仕草をしたマナシィに、ビクゥっと体を跳ねさせた。
「ひ、被告人。私を脅す様な行為は慎んでください」
「……?」
コテンと首を曲げるのを見てさらに飛び上がった裁判官が、取り繕うように再度「ごほん」と咳ばらいをして、それから今度は不愉快そうに傍聴席へと目をやった。
視線の先に居るのは可愛らしい聖徒と滅法弱そうな男。
――なんなんだ一体。
裁判官の名はケール。
王領都市の裕福な家庭に生まれ、27歳で法律学校を卒業。
華々しい人生が確定したかに思えた矢先、就職を紹介してくれるはずの恩師が詐欺罪で取っ捕まり、簡易裁判所で燻ることの早12年。
そんなケールにとってカサギほど許し難い存在はいない。
――何なんだあの男は……っ!
昨日の閉館間際になって駆け込んできておいて、カウンターの奥に居るケールに目をやり『明日の夕方までに頼むぜ、どーせ家に誰が待ってるっつーこともなさそうだしよーォ』との言葉と仕事だけ残して行っただけでも十分罪深いが、何よりも。
――けしからん、まったくけしからんね!
カサギが横並びに座る少女の肩に頭を預けて寝こけている事と、それを少女が大して嫌がってもなさそうな事に、ケールは心の中で怨嗟の叫びと血涙を撒き散らした。
実際には、男女の仲だからではなく介護職人と被介護者と言う全てを任せきっている関係から来る近さなのだが……草食系どころか、生まれてこのかた絶食系のケール――しかもさっき締めあげられた首を法術で癒してもらったせいで少しキーセラに惚れている――の目にはそうは映らない。
――神聖な裁判室でああもイチャイチャと。遵法の宣誓さえ無ければ即刻奴に死罪の判決を下してやるものを……。
モテない男の嫉妬ほど醜いものはない、そのいい例だ。
まぁ、しかしそのくらいは許されてもいいはずだ。
彼の目には一同がこう見えている。
『自分に暴力を振るった被告』『目障りな原告』……極めつけは、
「一敗血に塗れていっぱい地固まる! お互いぶつかり合ってこそ痛みを分かち合えるのが愚かな人類種! とことんやり合ってやるのだ!」
「弁護人、静粛に」
『声と身長がデカくて幼い弁護士』。
最小規模の民事裁判の担当としてあらゆる面倒ごとを見て来たケールだが、こんな光景は流石に初めてだった。
「え、えーかなり急な裁判ではありますが、原告団並びに被告の双方とも訴状と答弁書に目を通しましたでしょうか」
「はい」
「うん」
ケールがここまで丁寧に一つ一つ確認を取っているのは何も仕事に真摯に向き合っているからではない。
これは一つの延命作業であり、覚悟を決めるための時間稼ぎである。
というのも、原告団の代表である二人が来るまでの10分少々、店主マナシィに今回の議題である『お任せオーダーメイド』の内容についていくつかの質問をした所、何かが地雷に触れたらしく我を失って暴れ出したのだ。
同席していたジンベエザメの魚人がせっかくのそのタッパをフルに活かして逃げ出した時なんか、本気で死を覚悟させられたケール。
気絶したことで直前の記憶は消えたと言われても、また彼女が怒り出すかと思うと、どうにも気が進まない。
「この簡易裁判、特に今回の即日簡易裁判は時間を短縮する為に、あらゆる手順が省略されています。事実関係の調査などについて当局は関与せず、双方の言い分からのみ判決を出します。よろしいですね」
「うん」
「はい~」
「えー、室温など大丈夫ですか」
「うん」
「はい」
「……あの、あとお手洗いとか…」
「ええい! 煮るなり焼くなり似たり寄ったり宵っ張り! あれこれ言ってないで早く始めないと夜になっちゃうのだ!」
ついに誤魔化しが効かなくなったと見て、ケールが覚悟を決めた。
「では、法廷審理に進みます」
そこから始まったやり取りのごく一部をご覧いただこう。
「弁護人、原告団の主張をお願いします」
「まずこっち、これが店頭にある商品! で、で。こっちのが原告の人から集めた『お任せオーダーメイド』の商品! …あ、あげぅ……」
「……」
「被告、弁護人を睨まないでください」
「べ、別にスケスケが悪いとは言ってないのに、事実無根の一球入魂なのに……ワタシはただ、表示法とかに違反すると思うのだ! 可及速やかなる返品返金と原告団の約8人に合計800万シドくらいの支払いを求めるのだ!」
「弁護人。罪状や人数、請求額は正確に」
「次に被告、主張をどうぞ」
「わたくしのあのスタイルは人類種の持つ美を最大限に引き出すものなのですぅ。素材から拘っていて~、特に肩の……」
「被告。今の議題は、原告たちが店頭に置かれた物と類似した商品が出来上がると誤認した責任が誰にあるか、です」
「……」
「いやあの、主張を……」
「なるほど、では被告に騙す気はなかったと」
「はい~、騙すつもりならもっとお金を頂いてますぅ」
「異議あり、だ!! …ぐぅ……」
「傍聴席、お静かに」
「この男、なんて紛らわしい寝言を……あ、どうぞ続けてください」
「8人が返品を……? もう全部ぶっ壊したい気分ですぅ」
「ぬぁー! 怖いのだ!」
「べ、弁護人、逃げ出そうとしないでください。というかもう私を残していかないで……」
「何を『病魔に冒された村で夫に次いで息子まで死にそうな未亡人』みたいなこと言ってるのだ!?」
………。
……。
…。
終盤に差し掛かるにつれてハチャメチャになっていった弁論も陽が沈むころにはやり尽くし、そしてたった今、もったいぶった身振りで木製の槌をゴンゴンと打ち付けたケールが「では」と口癖で前置き、終わりを告げようとしていた。
「判決を下します」
さぁどう転ぶのか、半ば祈るような心持ちで居たキーセラは……、
「主文 原告の請求を棄却します。訴訟費用は全額原告団の負担とする。判決文はのちに送付。異議申し立てがある場合は二週間以内に控訴してください」
反射的に肘でカサギをどついた。
「ごぉッ……お、おはようさん」
「おはようさん、じゃないですよ。敗けちゃったじゃないですか。それも完敗で」
「あぁ終わったのか……だがそんな気がしてた。だろう?」
「えぇ。それを何とかするのかと……」
「フンッ。俺の知ったことじゃあないな。そりゃあこのカサギのやることを予測できるっつー思い込みが招いたこったぜ」
なけなしの魔力を巡らせて伸びをし、背中から――バギっと異音を鳴らして固まったそいつに法術を掛けつつ「じゃあどうするんですか?」と問うキーセラだが……しかし、答えはカサギから聞くまでも無く、数秒後自ら現れた。
具体的には、さっさと自分の事務机で判決文をしたためようとケールが立ち上がり「ではお先に」部屋の扉を開けたその時。
僅かに隙間が開いた途端、待ってましたとばかりに扉が外からこじ開けられて……、
「御用だ御用だ!」
「動くな! 動けば発砲するぞ!」
「不可侵うんぬんで裁判中は踏み入れられなかったが」
「終わったなら話は別だ!」
口々に叫びながら、ケールを踏み潰すような勢いで兵士がたなだれ込んで来た。
後から後から突入してくる彼らは全員、抜き身の剣や発射準備を終えた小筒を手にしており、その武器が向く先は――
「いたぞ、奴だ!」
「取り押さえろ!」
「ぬぁー! な、なぜワタシの周りに集まるのだ!?」
――ヒッツミハットコだった。
幾ばくもしない内に彼女は完全に取り囲まれ、円の外からは見えなってしまう。
正に蚊帳の外と言った具合でキーセラが「え、えぇっと……」と頬を掻いていると、その真ん前に男が一人やって来て、踵をビシッと合わせて止まった。
「マナシィと言う少女から貴様の名前を聞いた時は怒りに震えたが……今では従ってよかったと思っている」
よく見れば何とも見覚えのある顔で……と言うか、数日前にカサギが出し抜いて見せた班長に違いなかった。
「礼を言おう、カサギとやら」
「感謝なんてするんじゃあない。男からの感謝は肌に合わない体質なんだ」
逆立った毛を見せつけるように腕を掲げる――実際にはカニーニとやらに毟り尽くされて真っ赤になっている――カサギと、
「ヒッツミハットコ、お前には過去二年間で2つの都市と15の町、47の村で違法行為を行った疑いがある! 署まで同行してもらうぞ!」
「都市の犬に捕まえられるーぅう! やめるのだ! 放すのだ!」
取り押さえられるヒッツミハットコを見て、キーセラは未だ現状を掴めないながらも嫌な予感にたらりと冷や汗を流した。
「……か、カサギ。もしかして…………」
「んぁ? あぁ。もう分かったろうが種明かしと行こう。結論、あの失態を取り戻したいだろう班長にヒッツミハットコを売った」
「……」
「なーに、今まで裁判で足止めされるのを嫌がって逃げてたんだ。そいつを一度清算させるだけのこと。本人談の通りならグレー。すぐに解放されるさ」
「…………」
「まぁただヤツが捕まっている間、あの風俗店の建物はビリー一家の立て直しの為に俺が有効活用してやるが……べ、別にこっちが狙いじゃないんだからね、だ!」
そう言い、魔法を封じる手錠を掛けられ連れて行かれるヒッツミハットコへと顔を向けたカサギ。
今日一番のゲス顔である。
「一度疑いを晴らしてスッキリして来い。原告団の連中は裁判に負けたおめーに代わってこのカサギの責任で満足させておいてやる」
「だ、騙したなー! カサギのあんちゃんのアホー! どアホー! 愚かの極みー!」
「あれだけ暴れるマナシィがどうして裁判に応じたかに気を回せないおめーも大概愚かだぜ。ちなみに理由は『数多の被害を生む容疑者を弁護士としておびき出すため』」
兵士の腕の中でじたばたと暴れる往生際の悪さを見て、カサギが更に続ける。
「カンネンしろ、この容疑者さんめ。なーにが『あんちゃんが魔王と戦ってる時は魔物サーカスをやってた』だ。ちゃんと裁判すると約束したはずじゃあなかったか、えぇ?」
実は勇者ら一党として魔大陸に足を踏み入れる直前に二人はそんな約束を交わしていた。
それを平気で破っておきながら微塵も反省して居なさそうな態度を見て、ヒッツミハットコの将来の為に多少恨まれてもいいから身綺麗にさせようとあの場で決めたのだ……と言う筋書きだが、これは真っ赤な嘘である。
カサギは「ブティックランウェイ」の「ままはな」でプエリーシアを見たあの時、既にヒッツミハットコを生贄にすることを決めていた。
あれ以降接触していないはずのマナシィがカサギの指示で班長に告げ口しているのがその証拠で、つまりもし仮にヒッツミハットコがかつての未来で約束通りに裁判をしていたとしても、この男は容赦なく突き出していただろう。
なお、ヒッツミハットコとの対談にキーセラを同席させなかったのは『万一の際、不動産の権利やらを都市に取り上げられない為に』という名目で『勾留時の管理をカサギに委託する書類』へサインさせるのに邪魔を入れられない為だ。
最初から陥れる気で近づいたと言うのに、あたかも『信頼を裏切られるたぁショックでならねーなァ、おい』と言わんばかりの態度で首を振ってみせるカサギ。
「えぅ……それは、ごめんなさいなのだ……だから助けて欲しいのだ……」
「くくッ、何の為の弁護士資格だ? 言いたいことは法廷で言うといい。まぁお次は刑事裁判。少なくとも二週間は勾留される……おめーが出てくる頃にゃあ俺は王領都市からおさらばしてるだろーぜ。せいぜい達者でな」
「あんちゃーん! そんなぁぁぁ! 助けてぁあぁぁぁ……」
カサギに手を伸ばした手も虚しく、ヒッツミハットコは叫び声の尾を引きながら部屋から連れ出されていった……。
「さて、これでようやっと静かになった」
「こ、この男、本当にどこまで……」
どやどやと大挙としてやって来た兵士たちが部屋から出ていき、急に寂しい小部屋に後戻りしたあと……平然とそんな会話を繰り広げる二人の横、部屋の隅で目を白黒させていることしか出来なかったケールが小さな声で呟いた。
「民事裁判の担当でいい……うん。昼は仕事をして、夜は蝋燭の下でラジオと小説を嗜む。今で十分じゃないか…私は何をこれ以上望むと言うのか……」
色々起きすぎた為にこれまでの安定した暮らしの有難さに気づいたらしい。
その晴れやかな顔からは、心にへばり付いていた劣等感は見事に拭い去られたことが伺える。
彼がこれから数か月後、腫れぼったい目のせいで人相が悪い、だが気の合う女性……カウンターに居たあの女性と交際を始め、幸せな家庭を築くのはまた別の話。
今大事なのは、マナシィがプエリーシアに掛け合って用意させた記者が扉のすぐ外に居て、それを見たカサギがまた悪い笑みを浮かべていること。
勇者カサギはまだまだ王領都市を荒らすつもりのようだ。
法律とか裁判の流れとかは後に無言で書き換えることがあるかもしれません。




