先行き怪しい裁判
前回長かった分、ちょっと短いです。
ビリーの見舞いに訪れたはずが、どういう訳か荒らすだけ荒らして家を飛び出てきたカサギとキーセラ。
二人が次に向かうのは、都城を囲むようにある五角形の堀の外縁にある広場……その更にその外側にあるフタヒラ区画の根元だ。
そこら一帯に並ぶのはどれも重要な施設。
ヒトヒラなら警察。
フタヒラなら司法。
ミツヒラなら行政。
ヨツヒラなら金融。
と言った具合で、それぞれの区画ごとに決まった役割があり、その関連施設が纏めて置かれているのだ。
今キーセラが歩くイツヨツ通りの右側、イツヒラ区画だけは唯一特に決まりがなく、家賃さえ払えばどんなことに使っても良いのだが……それだけにここへ居を構えるハードルは果てしなく高い。
王領都市は食料から何から全て外からの流入が頼りだ。
生産に比べて消費が数倍にも上るのだから、当然のように消費者が多い。
そんな都市の中心で『我こそは大企業である』と高らかに宣言することは意外なほどの宣伝効果を持つわけで。
果てない競争を乗り越えてイツヒラの根元に名を連ねるれば、それだけで偉業と言えるのだ。
しかしながら、そのハードルを苦も無く悠々と超えた組織もある。
例えば――
――基幹道同士の輸送を八割がた独占している『魔法郵便』。
「上位魔族の出現で飛空艇が止まったおかげで、少々遅い代わりに無人で運用できる絡繰り馬こそが魔王との戦いの中での物流基盤だと人々が思い始めている! 生活に困窮している行商どもを絡繰り馬の積み荷降ろしとして雇いまくれ! 契約は三か月更新! 正社員への登用制度をチラつかせて、いつでも切れるようにしておけよ!」
――アイディア商品から高度な物まで魔導具なら何でも発明する『スタンダード魔導具工房』。
「………………」
――発行部数は元よりラジオのチャンネル数でも他社を圧倒する『毎日マジカル新聞社』。
「ふむ、このネタなら5000シドだな。三か月かけた取材? 知ったことか。記事に大事なのは熱意でも情報の確かさでもなく面白さだよ。家賃と交通費を見て貰えるだけ他の会社よりマシなここでダメなら君はどこに行ってもダメさ」
――随分と前に民営化されて以降各地で獅子奮迅の活躍をする『狩人&漁師協会』
「うひょー! 崩落した竜穿トンネルで魔物が出たってよ! 商人が死ねば俺たちに仕事が入るかもな!」
……ちなみにこれらの台詞は全てカサギのイメージで、特に最後のは完全なるフィクションである。
大きい組織なだけに利用価値があると踏んで近づき、誤算と不運で手痛い仕打ちを受ける……このワンセットがよくあるパターンだった為に毛嫌いしているのだ。
「勇者」と言う儲かりそうなトピックが、当の勇者が起こす未来の自爆のせいで勝手に離れていくのだから、向こうからすれば堪った物じゃないだろう。
まぁまた懲りずにプエリーシアと交換条件を結び、たった今その要件を果たすべく裁判所に向かっている最中なのだが……。
そう、裁判所。
二人が向かう先、フタヒラ区画の根元にあるのは司法の施設だ。
大陸ストレリチアで使われる統一的な六法――憲法・民法・商法・民事訴訟法・刑法・刑事訴訟法――は各地域の行政組織の長に与えられた権利の範囲内でいじることも可能で、都市であればかなりの裁量が認められている。
そしてそれら司法組織の頂点こそが、この王領都市のフタヒラ区画の根元にある、大陸中央裁判所。
行政組織の法律の改定やら改訂やらが正当かを審査する他、訴訟に関する諸所のルールを定める規則制定権や司法行政権の一部を持つ、唯一にして最高の裁判所である。
15メートルもの石柱が並び立つ神殿のごとき建物は事実、神殿も兼ねていて、裁判官は就任と同時に司祭の立ち会いの下で法の番人として君臨することを、統一神カラーロの右腕とされる調停の神に誓う。
この儀式が裁判を正当なものにしていると言っても過言ではない。
明らかなる現行犯に無実を言い渡した途端その裁判官が心停止したケースが過去に79件も確認されていて、同様に判決を下すなり死亡した者が後の調べによって脅しや賄賂に屈していたケースは、記録にあるだけで162件にも上る。
他人を裁くにあたっての罪を裁くための儀式であって、悪人に直接使えない上、裁判官がただ間違った判決をした場合には何も起こらないのが少し惜しいところだが……これがあると無いとでは大違いだろう。
……まぁ、せっかく悪が悪として裁かれてもカラーロ教から罪に見合うだけの免罪符を買っていたなら執行猶予なり減刑なりが発生してしまうのが現状だ。
入口付近にある男性の彫像――背に生えた羽の先から垂れた鎖には天秤の機能があるとされている――が件の調停の神だ。
『詐欺師』の肩書きが1番ふさわしい男・カサギに「きな臭い」の一言で一蹴される可哀想な神でもある。
カラーロ教には、統一神カラーロの他に神が三柱だけ存在する。
一柱は調停の神。
一柱は守護の神。
一柱は豊穣の神。
そのどれもが外見的特徴として鎖を持つ姿で伝えられており、彼らをカラーロが使役する天使とする説もある。
その彫像の横を抜けると見えてくる司法養成所の、そのまた隣にあるこじんまりとした建物、簡易裁判所こそが2人の目的地。
昨日も申し込みで訪れたそこに、今日はもう裁判をしに行く。
なんて性急なことだろうか。
あくまで個人間でのいざこざを調停するに過ぎない裁判所だから出来ることだが……。
と、そこでキーセラが足を止めた。
何かに気づいたようだ。
「……昨日『司法からの懲罰的な対応を求めるべきだ』とかシアさんに言ってましたけど、簡易裁判所って、そこまでの事を請求できましたっけ?」
おんぶされているカサギに「どうやってそれを果たすつもりですか?」と問うと……そいつはあろうことか首を横に振った。
「いんや無理だ。果たしようがない。出来てもせいぜいが返品くらいの物だろうぜ」
「……はぁ?」
「まーなんだっていいじゃあないか」
そう言ったきり、わざとらしく「ふんふん」と鼻歌を歌いだしたカサギ。
そいつの太腿を支える手でキーセラがその細い足をギュッと摘まんだ。
「あでっ」
「……シアさんには平然と嘘を付いたわけですね。私との約束も嘘ですか?」
「あででッ、『最後はキーセラを納得させる』っつー約束は守る、トーゼンだッ」
もう勘弁だ、とばかりに身を捩って暴れるカサギ。
本当のことを言っていそうだが……。
「……痛いフリで自分が優位だと思いこませて本音を言っていると信じさせる手。もう騙されませんよ」
「チィッ、ダメか」
「だめです」
跳躍に耐え切れずに皮膚が破れて足が血みどろになっても冷や汗程度の反応しか見せないことは既に確認済みだ。
どうにも余裕を崩さないカサギに、キーセラが指に挟んだ紙をピッとそいつの鼻先に突き付けた。
そこには哀れな被害者の名前が連判で並んでいる。
「人の家に押しかけて集団訴訟に必要な名前とお金を借りての裁判ですからね。結果を出さないと、いつか本当にどうにかしてやりますよ?」
「なんて具体性に欠ける脅しだ……ま、まーだがその約束は守る。それよかほら、あそこのベンチでヒッツミハットコが昼寝していやがるだろう。マナシィが現れ次第、とっとと裁判開始と行こうぜ」
キーセラはその態度に一抹の不安を覚えながらも、促されるまま足を前に進め、ベンチで鼻提灯を作って寝こけている190センチの11歳児の元に向かうのだった……。
宣言通り、45話までは毎日投稿いたします!
ただ、諸事情によりこれから日本を脱出するため執筆が出来ません!
これからもどうぞ宜しくお願いします!




