ビリー家立て直し計画
カサギとカミラの二人がナニのサイズについて不毛な言い争いをしている横、木片の山の真ん中でもぞもぞと蠢く気配があった。
山の真ん中という事はつまり、天井を壊した者がいる場所。
となると、出てきたあの頭はカサギの意図をくみ取ってそうした少女のものだろう。
その少女――キーセラが腕を出そうとした所、その小さい頭にポフッと何かが落ちて来た。
「な、何でしょう……?」
「あーなるほど。何がこんなに落ちて来たかと思えば、だ」
その布切れ、『ギンロジ商店』と書かれた暖簾を頭からのけて、今度こそ木片から出てきたキーセラは……、
「……?」
目の前にあるあまりに意味不明な光景――衣服を上にずり下げられて倒立し、しかもニタニタと笑みを浮かべているカサギと、それを支えているかに見えるカミラの姿――を見て、シンプルに首を傾げた。
すると同時、半分脱げたカサギのパンツの中から一枚の紙がひらりと舞い出て、何の因果かキーセラの前でパラリと広がる。
なんでそんな所から……と増々首を傾けながらその紙を拾ったキーセラが、その一番上に書かれた何とも興味をそそる文言に目を囚われていると、
「か、カミラッ。どないしてん……。はぁっ!? オ、オレの……オレの!」
ずぶ濡れのギンロジ――本当に井戸へ突き落とされたらしい――が部屋に飛び込んできて二人を見たあと……足元の木片の山に悲鳴を上げた。
「な、何しよってん……オレのや、屋台が!」
わなわなと震えてその山を前にへたりと座り込んだギンロジ。
「オレの……」
実を言うと、落ちてきたのはパーツ毎に解体して屋根裏部屋に置かれていた屋台骨だった。
雨漏りで腐り、たった数メートルの落下でボロボロになってしまった木組み。
やけにパーツが多いのは、それが装飾部だからだ。
床に散らばった木片の中には瓦まであるのだから、かなり立派な物だったに違いない。
それが、壊れている。
カミラに言われながらも面倒で後回しにしていた自らの過失によって失われたのは、物質的な物だけではない。
この屋台はギンロジにとって栄光の証、その象徴だった。
「オレの屋台……」
彼にとって屋台は。
五年前のありし日、まだ『ハナビラ商会』が発足されたばかりの頃、ギンロジが『ミナミのおやっさん』と呼ばれ、商会の幹部として他の屋台業者に恐れと共に慕われていた時分、丁稚から始まり27年掛けて築き上げた信頼とその人脈を奪い取られるまでの、その全て。
人生の、すべて。
「そんな……」
今や飲んだくれに身を堕としたギンロジの、ただ唯一の誇りが目の前で砕けている。
木片の山の前に座り込んでグタッと首をもたげる様は、まるで絶望の淵を覗き込んでいるかのようだ。
そんな男に……やはりと言うべきか止めろと言うべきか、声を掛ける男が居た。
「前に天井を壊したのは……今から数か月後か? そんときゃあ屋台なんて落ち来なかったんだ。つまりはいつかは処分してたっつーこと。そう落ち込むんじゃあないぜ」
人の家に上がり込み、物を壊し、果てはこの言い様。
だがギンロジは、何も言わなかった。
「ケッ、腑抜けていやがる」
「あんたは何も知らないから……」
「ふべ」
言いながら握り込んでいたズボンから手を離したカミラに、顔から落ちたカサギがくつくつと笑う。
「いんや、事情は知ってはいるとも。他の幹部の……なんつーんだったか、確かケルリヒとか言うヤツに騙されて借金をおっ被せられたんだろう?」
「そうか、分かっているのなら……」
後ろからギンロジを肩を抱くように寄り添うカミラを見て「だが」とカサギが続ける。
「知っていても分からねーなァ。まったく分かんねーよ。自分で言い返すことも出来ず、女に庇われて、いつまでもウジウジしてるよーな男の事なんて分かりっこないね、だ。過去に誇りを持つのは構わねーが、縋るようじゃあダメだろうに」
自分なんて「歩くことも出来ず、女にお世話されて、あまつさえ偉そうな男」……棚に上げるとは言うが、いい加減その棚もミシミシと悲鳴を上げていることだろう。
ギンロジが調子に乗るようなら喝を入れることこそあれど、あくまで味方であるカミラが何と言い返したものか考えているうちに、屋台骨の下でまたもぞもぞと動く音がした。
「っと、ビリーが起き出したら厄介……キーセラ、ビリーを法術で治癒したらとっととトンズラだ。どーせ今は何言ったってヤツの耳に届いちゃあくれない」
「え、えぇはい」
「まt」
「待ちな」と言おうとして顔を上げたカミラは、その先に居たキーセラが小さく「治癒」と祝詞を呟き、右手をカサギへ、左手を木片の下にいるビリーへ向けたのを見て、口からぽろっと煙草を落とした。
それもそのはず。
治癒は本来、直接触れた相手のかすり傷を治す程度の法術だ。
術者の精神性によって効力が増減するのが法術という物だが、それにしても……。
「よォーし、完璧だ」
みるみるうちに擦過傷がかさぶたになり肉が盛り上がってツルツルの肌が現れ……瞬きする間にカサギの傷が完治してしまった。
触らずともこれだ。
教会の孤児院の生まれ故に少しだけ法術の心得があるカミラは、事も無げにこんな事をしでかす少女の卓越した技能に寒気を覚えた。
実際問題、キーセラが触った上で集中して治癒を使えば、跳躍に耐え切れず皮膚が弾けて血みどろになったカサギの脚もたったの数秒で元通りになるし、四肢が欠損したならば別の法術を使うまでのこと。
現在16歳のキーセラ、魔王に殺された際のそれに比べて魔力の総量こそ少ないが、その技術は18歳当時のもの。
つまり、数多居る僧侶の中から選ばれた三人の女性の内の一人として、聖女の候補になるほどの技術。
「ふっ……」
文句を言うのも忘れて笑いを漏らすカミラの横にカサッと紙が落ちた。
いつの間にかカサギを担ぎ上げたキーセラが、床を滑らせて寄こしたらしい。
「えと……色々お騒がせしてすみません。こんな事をしておいて勝手ですけど、良かったらそれ、あとで読んでもらえませんか?」
普段から借金取り――ハナビラ商会の臭い息が掛かったチンピラたち――をにべも無く追い払っているカミラだが、今さっき無自覚に実力を見せつけた少女が偉ぶることも無くペコペコと頭を下げながら部屋を出ていく姿にほだされたのか、碌に検討もせず「あぁそうしよう」首を縦に振った。
そして二人が出て行ったあと、ざっと紙に目を通し……一番上にある『打倒ハナビラ商会! 正義もお題目も無いけどこっちの都合で潰れて貰うのだ!』と子供っぽい字で書かれたそれに、
「………どうやら、ビリーはとんでもないのと友達になったらしい。あぁだが質に入れた主人の一張羅も取り返しとかなくちゃだね……ビリー! 立ちな。ほらあんたもさ。これからは忙しくなるよ!」
クールなあの雰囲気はどこへやら、まるで夢見る少年かのように……いや、ギンロジと物を売って売って売りまくったあの時のように、カミラは心底楽しそうに笑っていた。
女性は笑顔は一番ってね。
それとキーセラは割とチートです。
現時点でのToDoリスト
・注文した魔導具の受け取り
・簡易裁判
・勇者公表に際する支度
・ビリー家の立て直し
・旅に必要な移動手段の確保
・尿意の解消
一章は更にもう一つ大きなイベントが入ります。
どうかお付き合いください。




