5人目
カチコチカタクチイワシの魚粉にサツマイモでんぷんの粉、ひよこ豆のペースト、ブタの魔物・ピーブイヒの脂身を溶かし、それから角砂糖と食塩で味付けした、特製介護食。
カサギが指示した通りの材料で作られたこのスープ、そもそも見た目からしてマズそうだし、ちゃんと味も酷い。
ここしばらく摂っていなかったナトリウムを摂取するべく20グラムも入れた食塩と、反対に摂りすぎた炭水化物を代謝するべく選ばれた豚の脂とが相乗的に作用して、食材が持てる最大限のマズさを引き出している。
しかも、手伝うと言い出した子供たちが鼻の穴にスプーンをねじ込もうとするもんだから、カサギはもう子供相手にプッツン切れる一歩手前だった。
……勇者のそんな姿は絶対に見たくないものだ。
とにかく、そんな最低の朝食を終えてぐったりと疲れきった様子のカサギ。
そいつはまたキーセラに背負われて、王領都市へと繰り出していた。
「あんの四人組め……。特に陰湿メガネのヤロウッ、よくもこのカサギに……」
「……何をされたんです」
「い、言えるはずがねーッ! あんなことやそんなことを……く、屈辱だッ!」
相当な仕打ちを受けたらしい。
背負われたままキーセラの背中にゴツンと頭をぶつけ「なんだってあそこまで……」などとブツブツ言っている。
「いいじゃないですか、懐かれてるんですよ。……精神年齢で言えばちょうど同じくらいでしょうし」
「聞き捨てならねーなァ、ええ? キーセラさんよォ。このカサギが内に秘めたる石のように穏やかな魂をおめーも見たはずだぜ」
「穏やかと言うよりも弱弱しい、じゃないですか?」
「紙一重だが、まったくの別物だ。俺のは穏やか、弱くない。オーケイ?」
「……ま、いいでしょう。ちょうど着きましたし」
二人がいるのはヒトフタ通り。
夕方に控える簡易裁判のため、カサギの言う「心当たり」を頼りに弁護士を尋ねようとしているのだが……、
「少なくとも弁護士さんの事務所、って感じじゃないですね……」
キーセラの前にドンと聳える四階建ての建物には『デート・ディスコ しんぐで奏でる愛のセッション』との垂れ幕が下がっている。
「安心しろ、昼は閉まっている」
「愛のセッション? 何のことでしょう……それに閉まってるから安心?」
カサギの言葉に疑念を深めつつも、キーセラは建物横手の扉に手を掛け、
「お、重いですね……この扉…………」
せっかくの大通りに面しているのになぜ入り口が横なのか、それを疑問に思う事も無く、グイッと押し開けた。
「ご、ごめんくださーい……」
中の様子はよく見通せなかった。
垂れ幕のせいで正面からでは分からないが、どうやらこの建物、窓が一つも無いらしく、昼間にも関わらず碌に見通せないほど真っ暗なのだ。
「どなたかいらっしゃいますかー?」
「ハッ、そんなすっとろいことやってもヤツは来ねーさ。キーセラ、俺は大声出すのも体に障る。代わりにおめーが俺の後に続いて大声で叫んでくれ」
「その割にはいつも大声出してる気が……そのくらい構いませんけど」
コクリと頷いたのを見てカサギが「よぉっし、そのまま言うんだ。くれぐれも日和るんじゃあねーぜ」と前置いてからキーセラの耳元で呟いていく。
「俺は」
「私は!」
「王領都市の役人だ」
「王領都市の役人です!」
「この店には違法行為の疑いがある」
「この店には違法行為の疑いがあります! ……え?」
「ただちに裏口にいる我々を最高級のもてなしで迎え入れろ」
「ただちにう、裏口? に居る私たちを中に迎えてください!」
「さもなくば、抵抗したとして誤解を招くような報告書を書くぞ」
「抵抗はしないでください! あなたを不利にしてしまうだけですよ!」
ここまで言ったあと「こんなものだろう」と一息つくカサギ。
耳に掛かるそのぬるい吐息を気にも留めず「弁護士なのに違法行為?」とか「こっちは正面口では?」と眉根を寄せたキーセラは……10秒後、真意を知ることになった。
上の方からドタドタと慌ただしい音が鳴ったかと思えば、今度はそれが上へ上へと遠ざかっていき……、
「キーセラ、もう後ちぃっとばかり……そうだな、二歩でいい。後ろに下がることをお勧めするぜ」
「??? ……ん?」
ピッタリ10秒が経つと同時、キーセラの視界に影が掛かった。
それは建物の屋上から躊躇せずに飛び出した者の影であり、つまり「裏口にいるはずの都市の役人」から逃げようと正面口側へ脱走しようとした者の影。
その下手人はまさか下にキーセラが居るとは思っておらず、またキーセラも上から人が降って来るとは当然思わない訳で。
「え……」
「うげゃ!」
互いに目が合うなり驚愕の表情をして……、
「だから教えといたっつーのによーォ。……ごぐばっ」
「きゃっ」
「ぬゃーー!」
各々の悲鳴を上げながらド派手に衝突した。
…………。
………。
……。
「い…………きゅ、治癒」
直前に上を向いたせいで、着地に備えていた相手の踵をもろに額に受けたキーセラ。
彼女が自分に法術を施して立ち上がると、そこには膝を抱えて蹲る一人の女性の姿があった。
「あ、あぐぇ……」
蹲っていても分かる、デカい。
190センチほどはあろうかと言う身長……それも、おそらくは魚人と人間とのハーフだ。
腕にある退化したヒレもそうだが、遠目にはただの髪に見える頭部が何よりの証拠だった。
まずてっぺんにある膨らみ、ポンパドール――前髪をアップにして額から高い位置でキープするヘアスタイル――の延長のようだが、よく見ると魚の背のようだ。
のっぺりした質感の青髪には、白い斑と線の模様がついていて、特に耳の上から出た、インナーが真っ白の外ハネにはそれがより濃く密集している。
この特徴的な模様と、首の左右に三本ずつエラのような切込みがあるのを見るに、両親のどちらかがジンベエザメの魚人なのだろう。
「あげぅ……あ、………………」
可哀想な事に、彼女が抑える右膝はおかしな方向に曲がってしまっていた。
「おーおー、流石はキーセラの石頭だ。肝心な弁護士の膝が破壊されちまったじゃあねーか」
「当たりどころの問題ですよ……き、きっと」
「ヘッ、どーだか」
自分の頑丈さに若干引きつつ「そんなに硬いでしょうか」とぺたぺた額を触りながら手当てをしようと近づくと、足音に気づいたその女性がバッと顔を上げ……、
「よ、よくもワタシを騙したな~っ!」
足が折れた痛みを見当違いな怒りに差し替えて、キーセラを涙目で睨みあげた。
そして
「都市の犬! 役人の下っ端! 悪の権化で諸悪の根源! 百鬼夜行のバカヤロー! 水見えずの魚の目以外は向こう見ず! 尾羽打ち枯らすのヤタガラス! 権力被りの笠地蔵! 濡れ衣被せの着たきり雀! えと、あとは……えっとえっと」
巨体にそぐわぬ幼い声でよく分からない事を存分に捲し立てると、一度大きく息を吸い、顔を真っ赤にさせた。
言葉にならない怒りで、閉ざされた口の戸が決壊寸前だ。
「こ……この、アホーーーーーっ!」
どっかーんと来た。
キーセラは耳の中で鼓膜が悲鳴をあげるのを聞いた。
かと思えば「あげぅ」と嘆いて、ジンベエザメに相応しい大きな口を開け、これまた種族に見合った力で『ドギン、バギン』と石畳を叩き壊しながら、恨み節の籠った言葉を垂れ流し始めた。
「いっつもそうなのだ! ワタシはちょっと法律をすり抜けただけなのに! いつもそうやって悪者にしたて上げるのだ! ひぇぐ……ひぐ、びえぇぇぇぇぇん!」
「ケッ、いつも通りでケッコーなことだぜ」
「こ、これが平常運転ですか……」
勝手に飛んできておいて相手に責任を求める様は、さながらつい数日前のカサギとの再会の焼き直しのようで……キーセラはその人物の厄介そうな雰囲気にタラリと冷や汗を流した。




