要介護勇者、更なる策謀を巡らす
礼拝から一時間後。
カサギの体を軽く拭いてやったキーセラは今、教会の庭で手伝いをしていた。
彼女の前には炊事場から運び出した寸胴鍋があって、それを挟んで向かいには子供たちが20人近く、お盆を持って朝食の配膳に並んでいる。
そう広くないこの教会の敷地に、後からねじ込むように建てられた孤児院の子たちだ。
かなりの人数を養っているようで、鍋一杯にあったはずのシチューが見る見るうちに減っていく。
「ねえちゃん! 僕のは特盛りで!」
「順番抜かすなよお。並んでたんだぞお」
「そうだ。ルールは大事だって、司祭さまの口が酸っぱいんだ」
「口酸っぱく言う、でしょ。はぁ、いやしんぼ三人組は朝からバカに元気で羨ましいよ」
「「「なんだと、この陰湿メガネ!」」」
子供たちがきゃいきゃいと騒いで収拾がつかなくなる……中でキーセラがお玉を四回振るった。
空中を飛んで行ったシチューの塊が顔を突き合わせていがみ合っている彼らの頭上を越えて、お盆の上の深皿へと次々着弾。
パン生地を叩きつけたような音がドチャっと鳴り、見事盛り付けに成功する。
「「「「おおー」」」」
やはりキーセラの器用さは曲芸染みている。
「さぁ、横のシスターさんにデザートを貰ってくださいね。今日のオレンジは特別甘いそうですよ」
「しすたー! 僕にだけオレンジ二つ!」
「だから順番だよお!」
やんちゃな四人組を華麗に流し、他の子どもたちにもシチューをよそっていく。
教会の客間に泊まっているとはいえ、お客様ではいけない。
当然の責務を果たすキーセラ……の横で椅子に座ったまま何もできないカサギ。
「なぁ兄ちゃんさー。働かないのかぁ?」
「あのお姉ちゃんは5人分働いているよ。なのに、ねぇどうして、ねぇ、ねぇ」
「ぐ」
五歳くらいの双子に両わき腹をドスドスつつかれて小さく呻いている。
……どちらかと言うと、心のダメージだろう。
「お、お兄ちゃんはよォ。今日は裁判っつーヤツをするんだ。だから今の内にちょろっと休まなくっちゃあならねーのさ」
苦し紛れに言い返すカサギに双子が顔を見合わせて、
「裁判って知ってるぞ。オトナの口喧嘩だってなー」
「ええー? 働かないでケンカするの?」
「なっさけねーの」
そう言いあって呆れたように息を漏らすと、それからまたカサギに向き直った。
「ソマリのお兄ちゃんはね、13歳になったからデカセギっていうのをして孤児院にお金をくれてるよ。ソマリたちを捨てたおとーさんの、そのまたおとーさんの介護費用? っていうのまで面倒見てるんだって。働くのはタットイっていつも言ってるの。ねぇ、あなたはどうしてケンカしているの? ねぇ、ねぇってば」
「……。だーッ、とにかくわき腹を突くんじゃあねー!」
耐えかねたカサギが項垂れた体勢からガバッと四肢を広げて大声を上げるが……、
「よっ自慢の大声。これでケンカすんのかー?」
「ソマリね、びっくりしちゃった。それで、ねぇどうしてお仕事しないの? お話逸らそうとしないで。ねぇ、ねぇ」
更に責め立てられる始末。
そうやって左右から騒ぎ立てられることしばらく、デザートを配っていた年配のシスターが「お客は疲れてるんだ。虐めなさんな、さぁ行った行った。広間で皆が待ってるよ」と双子を追い払ったことでようやくカサギは解放された。
が、その親切心がカサギのプライドに障ったようだ。
「虐め……だと。このカサギが。五歳児に……? ケッ、勘違いするんじゃあねーぜ、シスター。俺は五歳児相手にムキにならねーだけなのよォ」
「……? あら、そうオトナね。いい子いい子」
長いこと子供たちのお世話をしているシスターなのだろう。
泣き止まない二歳児を抱えてあやす様な手つきでよしよしと頭を撫でられて、カサギが怒りに打ち震えている。
「な……舐められているッ、俺は今完全に舐められている……ッ!」
ブツブツと呻く男に首を捻りつつ、シスターはキーセラへとオレンジを差し出した。
「はい、取っといたわ。頑張ってくれたから、これどうぞ」
「いえっ、そんな。デザートまでいただけませんよ」
「いいのいいの。なんだか最近オレンジがたっくさん獲れるみたいでね。行商の人が捨てるくらいなら~、って教会にいっぱい寄付してくれるの。まぁ壁の外で門兵さんに預けてくれてるみたいで会ったことは無いんだけど……で、それがもう腐っちゃいそうなくらいなの、だからほら、受け取って」
「……なるほど。ではそう言う事なら有難くいただいちゃいます」
キーセラがオレンジを受け取ると、シスターは人のよさそうな顔でにっこり笑った。
彼女にとっては孤児院の子たちも、16歳のカサギとキーセラも、大した違いはないようだ。
そうしているうちに孤児院の広間から漏れる音が一瞬静かになり……またざわざわと聞こえるようになる。
皆で命への感謝を捧げ、それから一斉に食べ始めたらしい。
「オレンジ…うんめー!」
「せっかくのデザートから行くなんて、まったくバカに正直だね」
「いいだろお、別によお」
「そうだ、このメガネは口酸っぱいメガネだから、オレンジの甘さが分からないんだ」
オレンジ一つに舞い上がる四人組の声に何やら思う事があるようで、シスターは腰に手を当ててため息をついた。
「昔はこうじゃなかったんだけどねぇ。もっと色々食べさせたげたいんだけど、最近は神興都市からの支援金もめっきり少なくなっちゃって。今じゃ農家さんの苦境が時たまの贅沢って、何だか嫌な話よねぇ」
「……」
キーセラは薄く唇を噛んだ。
神興都市を二分する二つの派閥――信仰派と善行派。
乱心した法王が与する善行派も、最初は良かったのだ。
神興都市は都市そのものが待つ保全の魔法によって改修が不要。
お布施は孤児院への支援の他、失業者に公共事業をあてがったり、魔物の多い地域に狩人や漁師を派遣したり、と正しく使われていた。
だが時が経ち、法王の名で免罪符を発行するようになった頃から様子が変わってしまった。
生活困窮者や魔物の被害に合う村は微増の一途を辿り、経済至上主義の域を超えた悪党ー-人を食い物にするような金の亡者どもが公然と蔓延ることで人々の間にも少しずつ拝金主義の考えが広まりつつある。
更にはこんなところにも影響が出ているときた。
あの邪悪を早く止めてしまわなければ。
キーセラが道を外れた法王への義憤を覚えている……その後ろでぼそぼそと呟く男が居た。
「このヘタの形、こりゃあ産業都市の火山ふもと……『地熱ゴーレム式散水果樹園』の物に違いねーぜ。……孤児院なんてあちこちあるってのに、わざわざ王領都市にまで運んで、しかも無償で寄付するたァ何事だ? 無知な行商が遠路はるばるえっちらおっちら運んでからようやっと豊作での価格下落に気づいた、なーんて間抜けしか思いつかねー。何やら変な予感がするが……」
まったく同じ話を聞いていたはずのカサギが、まったく逆の事に思いを馳せているのだ。
つまり、
「だがツイている、マジによ。もののついでに金集めと行こうじゃあないか……くくっ、この際多少のムチャは無視しなくっちゃあな」
道を踏み外そうとしていた。
そしてにやりと笑ったカサギが手の内のオレンジにかぶりつこうとして……制御を誤って握りつぶし、
「あうあがッ、め、目がァァァッ!!」
果汁に苦しみ、しかも三日ほど瞼がかぶれたとか何とか。
相変わらず貧弱な勇者なのであった。
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