要介護訪問販売員の軌跡
プエリーシアを丸め込み、マナシィと意味深なサムズアップを交わした男は数分後……王領都市のミツヨツ通りを駆ける聖徒の背中で揺れていた。
走るキーセラのせいではなく、本人がくつくつと笑っているからだ。
「良い、良いぞ。公表前にキャスターと出会えるたぁなんたる僥倖」
「何がそんなに嬉しいんです? 裁判で勝ってもそんなにお金は貰えないと思いますけど……」
「違う、そうじゃあないぜキーセラ。ヤツには交換条件と言ったがどっちも俺の得でしかねーんだ。むしろ、このカサギの狙いは特ダネの方」
キーセラはその言葉を少し咀嚼して……カサギの狙いが掴めたらしい。
「なるほど、そっちですか」
「そう、前回は神託とやらが公表しやがったが……今回はこっちから行く。万全な準備を整えた上で世の中の注意をとことん集め、俺が勇者だと公表、だ。
プエリーシアにも手を回し、能書きたっぷりなお涙頂戴ものの感動ストーリーをあつらえて、それを紹介。ノータリンな民衆どもに良い印象だけを植え付けてくれようじゃあねーか。くく、こりゃあ大陸中からの寄付金が見込めそうだ……」
カサギは早くも何を買おうかと数え上げている。
「なんつー幸運。この偶然にはツキ以上の何かを感じる。運命力とでも呼べる何かだ……ッ!」
「ただの運ですよ。カサギって結構ツイてますからね、悪運。……そう言えば、カサギのツキの後っていつもしっぺ返しが来てる気がするんですけど…」
美女との出会いに喜べば、その親衛隊に毒を盛られ。
魔物だけ落石に合ったと思えば、突然の雷に打たれ。
金鉱脈を見つけ掘削しようとすれば、大噴火が起き。
カサギの死因で最も多いのが「不運」かもしれないくらいだ。
キーセラは次なるしっぺ返しに身を震わせた。
「ケッ、弱気なこと言ってんじゃあねーぜ。ドンと来い、だ! 何が来ようと構いやしない。なにせ手に入れたのは、ちょいと不幸が続いたって帳消しにならねーほどのチャンス。
それにそもそものハナシ、カラーロ教主催なのが気に食わなかったんだ。このカサギを見もしない内から好き勝手宣伝した挙句、寄付金は丸っと法王のポケットの中。宣伝ついでに『勇者』なんつー狭苦しい符号に押し込まれたおかげで、こっちはちょいと暴れただけでやれ『勇者なのに』だの、やれ『歴代とは大違いだ』だのと……まぁいい。とにかく今回はそうはさせねー」
少女の背でがっくんがっくん揺られる男が声に喜色を滲ませて言う。
「くく、数多居る人類種どもよ、待っていろ! このカサギが騙して抜いてやる! 世界を操るのはいつだってメディアなんだぜーーッ!」
「な、なんて邪悪な……」
キーセラは気がついた。
ツキが来るからしっぺ返しが来るのではない。
ツキが来る度に調子にノるから罰が下るのだ、と。
だが調子にノったカサギに計り知れないパワーがあるのも事実。
好きにやらせることにした。
「まずは裁判だ。ここでプエリーシアに良い思いをさせとかなくっちゃあならない。幸い弁護士には心当たりがある。っつー訳で急ぐべきは原告集め。このリストにある住所を片っ端から尋ねる、そぅら急ぐんだよォッ!」
「……もうこの際カサギが偉そうなのはいいですけど、裁判はどう進めるつもりなんです?」
「言えねーなァ。なぜって? そりゃあキーセラ、おめーが嫌だと言うからさ」
「またそれですか……」
キーセラが額にやった手をどけて、眼前に指を一本立てるカサギ。
「だが最後にゃあおめーが納得する結果を叩き出すことをここに宣言しよう」
「主カラーロの名に誓えますか?」
「ハンッ、神とやらはどうせ慈悲だなんだと、裏切りをなぁなぁで済ます腰抜けどもに違いねーんだ。それなら俺は唯一絶対のこのカサギの名に誓うとするぜ。俺が常に誠実に向き合うのは他でもない俺自身、だからな」
「……分かりました。私からの信頼とカサギの命を懸けたその宣言、聞き入れましょう」
「命だと……た、確かに『裏切り者に慈悲は無用』と言ったのは俺だが……俺ぁ人を殺さないのは慈悲と言うより倫理だと思うぜ……」
いつの間にか命が懸けられていたカサギ。
そいつがそこから始めた原告集めでの、なりふり構わない奮闘をダイジェスト形式で語ろう。
大きな屋敷の応接間にて、
「おめーは騙されたんだぜ。なんだってそう黙っていられる。ほら見ろ、プエリーシアと言うキャスターが被害者の一人として声を上げた。そう、声を上げるならここなんだ、さぁ早くここに判を押せ、さぁ、さぁ!」
「誰よ、こんな怪しい男を通したの! 帰ってもらって!」
「待て待て待てェ。まだ質問しかしてねーっつーのに! じゃあ一つだけ聞く。急ぐんならこれだけで済むハナシだ! ……ちょっとの依頼料で非日常を楽しみたいと思わないか、もしそーなら、お一つ裁判いかがかな?」
「二度と来ないでっ」
一発で詐欺師臭さを見抜いたお嬢様に突っぱねられ。
とにかく物が多い居間にて、
「例えばここにAと言う商品があるとするだろう? それをあんたが好きな商品Bとあたかも類似した物のように見せかけて売り付けられたとする。頭のいいあんたならもう分かるかな?」
「わぁ、そう聞くと酷い話だったのね!」
「そうだ。そしてここからは俺が見込んだヤツにだけ持ちかけている儲け話。あんた運がいいぜ。どうだ、やらねーのなら他のヤツに持ちかけなくっちゃあならねーが……」
「ノったわ! やらせて! うわぁっ、私ってばツイてるっ!」
頭の弱いカモを口車に乗せ。
通りに面した建物の前にて、
「いやァ。なんとも居心地のいい玄関なこったぜ。これでお茶の一つでもあれば最高の待ち時間だったろうによーォ」
「うげっ、まだ居る! バカなの!? 言ったでしょ、ここ職場なんだって!」
「うるせーーッ、おめーが仕事終わるまで待てと言ったんじゃあねーかッ! ここまで来たらこっちだってもう仕事だッ。そんでここが職場だ! カンネンして参加しろォォォッ」
「何て勝手な言い分なの!? 知らないわよ! 大体私はあの服気に入ってるの! ……あ、ちょっと、そんなドン引きしないで……も、もちろん家の中でしか着てないのよ?」
正当な客に思わぬ時間を取られ。
交通の便がいい代わりに日当たりは最低なアパートにて、
「芸術とブランドの名を笠に価値の無い高額商品を売りつける! これが違法じゃあねーのなら何が違法だっつーんだ! あァーン?!」
「しっ、静かに……ご近所トラベルはごめんだよ」
「トラブルはごめん、ね。かーッ、その見下げた根性! その負け犬っぷりが高級なだけで窮屈な家におめーを押し込めている原因じゃあねーか! ここで声を上げることが負けっぱなしの人生から外れる一歩になると思わないかーァア!?」
「もー分かった! やるよ裁判。やるから静かにして頂戴な!」
迷惑を掛けまくって。
途中、簡易裁判の手続きに手間取ったこともあって、陽はとっくのとうに壁の向こうへ落ちてしまったが、キーセラたちは何とかリストにある購入者たちの中で王領都市に住まう27人を尋ねきり、うち7人から合意と弁護依頼料を得ることに成功した……。
「流石マナシィの服が好きと言うだけで『お任せオーダーメイド』なんてフワフワした物を頼んじまう連中だぜ。大概が金持ちときた。こりゃあいい裁判になりそうだ」
声音からして舞い上がっているカサギとは
「………カサギのやる気に火を付けた私が悪いのでしょうか……。本当に最後にはちゃんと私を納得させられるんです?」
「あたぼーよ。ちゃあんと誰にとっても満足な結果を叩き出す。それがこのカサギっつー男だ」
「……おかしい、私の記憶と真逆ですね。大多数に不快感を与える男だとばかり……」
天灯蟲の街灯に照らされた大通り、教会へと帰っていく道すがら、口ではぶつくさ言いつつも「カサギなら悪いようにはしないでしょう」とキーセラは考えていた。
しかし。
その予想は次の日の午後、意外な形で裏切られることになる。
本当に迷惑だし、嫌な人は例え小説であっても読んでるだけで不愉快になるかもしれない……。
いずれ天罰が下るのでしばしお待ちを。




