要介護勇者の魂
採寸が終わり、身体の測定が完了しようという頃になって、キーセラはようやくカーテンの外に出てこれた。
あの透明な服、どういう訳かボタンの付いた前掛けはただの飾りだったのだ。
上に引っ張って脱がそうにも、素材がやたらと固い上、どうやら外から見える鱗とは別に、結露防止とコルセットの役割として内部にもう一枚の鱗を噛ませた二重構造になっているらしく、クビレの部分が胸部に引っかかってビクともしない。
十分ほど掛けて何とか上下を脱がし終わり「ぜぇはぁ」と荒い呼吸で私服に着替えるプエリーシアを残して出てきたのだ。
だが……、
「なんです、その顔は」
そんなキーセラを見て、カサギの顔が少しバツが悪そうに歪んだ。
「もうちぃっとばかし時間が掛かると思ったんだが……」
「私が居たらまずい事でもあるんですか?」
「いや、居るなら居るで見てくれりゃあ構わねーさ」
カサギがここ「ままはな」に訪れたのにはドレスアップのほかに、もう一つ理由があった。
それこそ今マナシィが手にしている物だ。
「わたくしもお師匠さまに頂いたっきり仕舞いこんでいて~『ドレスアップ』を始めるまでは使っていなかったのですぅ」
魄滝都市で師匠から貰ったと言うそれは、両手にすっぽり収まってしまうサイズの壺。
水を貯めて覗き込むと、水面がその者の魂を映し出す魔道具。
「せっかくだ。キーセラ、覗き込ませてくれ」
「まぁいいですけど……」
何を隠すことがあるのか、そう思いながらカサギの脇に手を通し、壺に覆いかぶさるようにさせたキーセラ。
「壺をのぞき込むこの体勢、条件反射でゲロっちまいそうだぜ」
「ど、どうにか堪えてくださいよ……こっちが冷や冷やしちゃいます」
彼女はそんなやり取りをした直後、水面に映った物に目を見開いた。
「こ、これは……」
「考えちゃあいたが、やっぱしこうなっていたか」
水面に映り込んだ二つの炎。
片方は至って普通の人型を象っている――これはキーセラの魂だ。
炎は安定していて、色は淀みのない白。
そしてもう一つ、カサギの炎は……もはや人型ですらなかった。
形は常に定まらず、色はどす黒い紫。
更にはその炎、立ち上がった先から消えているようで、根元からの供給――カサギの強い意思が無ければすぐに消えてしまいそうだ。
「魔王に傷つけられたとは聞きましたが、ここまで……」
「あぁ。通りでままならねーはずだぜ」
魂の状態の確認。
もっと詳しく調べることも出来る――『パシャっと写実機』に使われている魄滝都市の滝の氷は、まるで人しか映さない鏡かのようだと言う――が、ひと先ずはこれだけ分かれば十分。
そう思って目を離したキーセラが、魂のごく僅かな異変に気付くことはなかった。
それこそが“仲間”に対してカサギがする数少ない隠し事なのだが……キーセラが気付けないのだ、他の誰に気付けるはずもない。
「服はいつ頃に出来そうだ?」
「この時点ではまだ始めていないメニューなので~、まずは道具を集める所から。どんなに短くても一週間は頂きますぅ」
「金は……工面する方法を教えたよな?」
「はいぃ。確かに聞いたのです~。ただ今リストをお持ちしますぅ」
リスト……ついさっき詐欺師の笑みを見たキーセラとしてはその単語を警戒せざるを得ない。
「……何をするつもりなんです」
「なんだァ、キーセラ。まさか俺が小ズルい事をするとでも言うんじゃあねーだろうな」
「はい。リカタさんの所でもしてましたし」
「即答、か。全くもって心外だぜ。カーッ、これだから人のことを知ったつもりのヤツはいけねー」
「……まだ皆が記憶を取り戻していない今なら、他の誰よりもカサギに詳しいですよ、私は」
驕らないキーセラにしては強気の発言。
確固たる自信があるから……ではなく、キーセラにとってカサギとの仲が深い事は自慢でもなんでもない、ただの事実だからだ。
そして、そんな強気な発言に対し「そう」と、これまた強気に返すカサギ。
「仲間うちでもキーセラは特別このカサギをよく知っている。そう思っていた。だが、俺が常日頃から職人への感謝を忘れずに生きていることを知らねーようじゃあ、まだまだと言うしかないなァ、おい」
「あ、あれ。どうして私が責められることに……?」
そんな話をしている内に、キーセラの背後でシャッとカーテンが開いた。
そして現れたプエリーシアは……
「ハンッ、あれこれ言っておいて私服も大概尖ってるんじゃあねーか」
「しー、ですよ。カサギ」
明るいオレンジ色のチューブトップにテカテカした水色の柄シャツを合わせ、光沢あるすみれ色のジャケットを袖を通さずに肩にかけている。
パンツもジャケットと同色の物だ。
尖っている、尖っているが……似合っている。
ヘソが見えないギリギリに収めているチューブトップが溌溂さを、骨を通した革のネックレスと柄の多いシャツがワイルドさをそれぞれ演出し、それらが出すゴテゴテ感をシュッとしたジャケパンが上手く纏まった物にしていた。
普通なら派手な色味に本人が負けてしまいそうだが、負けず劣らず強い顔立ちとスタイルの良さが相まって、全体で見ればやはり似合っている。
「なによ」
シルバーのヒールを子気味よく鳴らして足を止め、腕を組んでカサギを見降ろす姿は「ブティックランウェイ」の名に恥じないモデルっぷりだ。
……ただこれが私服だと言われると少し違う気もするキーセラ。
先ほどプエリーシアが手にしていた衣服を見て「まさか」と思ったが、勘違いではなかったらしい。
「いーや、なんでもねーぜ。ただ一つ言えるのは、俺ァお気に入りの服を着た途端ヨロイでも纏ったみてーに強気になる女は嫌いじゃあねーっつーことだ」
「……ねぇキーセラ。あなたのツレ、随分と偉そうなこの男は何なの?」
「さぁ? 何なんでしょう。私にもいまいち」
「ケッ、薄情なヤツ。ついさっきまで不倫男に弄ばれてる女みてーに『本当のあなたを分かってあげられるのは私だけのにぃ~』ってなことを言ってたくせによーォ」
「……曲解もいい所ですね」
キーセラの様子を見て「苦労してるのね」と憐憫の情を抱いたプエリーシアの前で、カサギが「あぁ、そうだ」と手を打ち、
「プエリーシア、おめー服はどうするつもりだ? まさか泣き寝入りするつもりじゃあねーだろうな」
やはり詐欺師の顔で、そう言い放った。
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