Xデーへの足掛かり
目を醒ました時、店主マナシィは今日の出来事を少しも覚えていないようだった。
「ほ、本当かしら……まだ文句を言い足りないけど、もう怒らせたくもないような……」
キャスターが店の端の方で体に巻いたカーテンをギュッと抱きしめている。
いくら気の強い女性でもマナシィの怒りには恐れを為したようだ。
「ちぃっとも覚えてないっつーんだな?」
「はいー、ちっともですぅ」
一メートル前後の身長を見れば人間でいう5歳、それぞれのパーツ毎の比率でなら16歳、筋肉と脂肪の付き方は13歳……だがマナシィは鉱人、御年34歳だ。
24で故郷・原生都市を出て芸術についての見聞を深め、4年前に師の下で成人、去年の秋にはここ「ブティックランウェイ」で晴れて「ままはま」を開業した、新進気鋭のトップアーティスト。
そんな立派な成人女性が顎に手を当て「うーん」と間延びした口調で言う姿はすっ呆けてるようだが、マナシィは芸術以外ではかなり抜けている。
恐らく本当に覚えていないのだろう。
「気絶するだなんて初めての経験でビックリなのですぅ。あ、少々お待ちください~。ただ今片づけさせて頂きますぅ」
ウエスト低めのサルエル風でホルスタイン柄のオーバーオールの肩紐を掛けなおしながら、くすんだ赤茶のおさげ髪とパラパラの前髪を手櫛でサッと正しい位置に戻し、それから床に落ちたままだった裁ちばさみを拾おうとして屈んだマナシィが……そこでようやくあることに気づいた。
「あれれ、今のお声は男の子? いやいやー、よく考えてみるのですぅ。わたくしのお店は女の子向け。声の低い女性かも。でももしかすると~、店頭の商品ではなくお任せオーダーメイドを頼みに来てたりぃ」
あぁほら、今もだ。
顔を向ければ済む話なのに、一通り考えが纏まるまで屈んだまま動こうとしない。
身だしなみを整える手際のよさは何処に行ったのだろうか。
尚もぶつぶつとやっているマナシィにカサギが短刀直入、いきなり本題から入った。
「おめー、そこのすっとろい店主。そうだ、おめーことだ。今日はドレスアップを頼みに来た」
すっとろい店主、そう呼ばれて肩を跳ねさせた彼女は、それに続いた『ドレスアップ』の一言で飛び上がり、
「どど、どうしてまだ開発中の裏メニューの事をぅをぅっ!」
その途中、振り向きざまにキーセラの後ろ髪の合間から覗くカサギの目を見て、固まった。
「これで四人目、か。堪らないぜ、だんだん仲間を取り戻すのはなァ。くくっ、復活の時は近い…」
「何をおとぎ話の魔王のようなことを言ってるんです」
少ししてマナシィの虚ろな目に力が戻り……その二秒後。
「では早速仕事に取り掛かるのですぅ」
オーバーオールのポケットから手のひらサイズの巻貝を取り出して、地面に落ちているカサギへ足早に歩み寄ると、
「えいぃっ」
「ん? んぉっ」
「いや……っ」
腕の一振りでカサギのパンツ以外の服を全てひん剥いた。
心配になって来るほど細い体が三人の女性の下に晒され、うち一人、キャスターだけが声を上げる。
カサギも一瞬「この体は高くつくぜ?」などとよく分からない主張をしようとしたが、マナシィを見て、やめた。
巻貝の穴から頭の先を摘まんで、シュロロロっと魔物・マキジャクマイマイを引きずり出し、カサギの体を測る彼女の目が真剣そのものだったからだ。
「骨格に歪みはない……ただ骨が脆い……肉付き、最近起用が減らされている瘦せすぎモデルよりも更に細い……魔力は多い……ただ術門が壊れている…………」
――記憶を思い出して数秒後には完全な職人モード。まったく、カンシンしちゃうぜ。
魔王との勝負の行方やカサギが貧弱そうな理由など、聞いてしかるべきことも聞かず、仕事に没頭するマナシィにキャスターが戸惑いの声を上げる。
「え。な、なによ。ドレスアップって、私知らないわ」
「お任せオーダーメイドは見た目だけを、ドレスアップは機能性だけを、それぞれ極限まで追求した物……らしいですよ」
ここぞという場面で着る衣服を人は「勝負服」と呼ぶが、マナシィがそれを目的として作った服には実際に着用した者の能力――カサギの場合なら戦闘能力――を引き上げる効果がある。
体質と性格と魂の状態。
それらに合わせて作る裏メニュー、それが「ドレスアップ」だ。
「……まぁ、そちらの服の見た目が良いかはさておきますけど」
「ふふっ」
突然話しかけられて少し警戒したようだが、胸に下げた聖印とキーセラの雰囲気がそれを解いたらしい。
彼女は「えぇ、まったくね」と頷くと、しばらくカサギに掛かりっきりになるだろうマナシィをちらりと見やってからキーセラに向き直った。
「えー、と……あなた名前は?」
「キーセラ=サリマンデと言います。家名はちょっと苦手なのでキーセラ、って呼んでくれると嬉しいです」
「ならそう呼ばせてもらうわ、キーセラ。それでなんだけど、よければ着替えるの手伝って貰えるかしら。コレ、一人じゃ脱ぐことも難しいの」
「えぇ喜んで。マナシィさんが気づく前にカーテンも直しちゃいましょうか」
そう言って奥の方へ歩いていく二人の後ろから声が掛かる。
人を神経を逆なでする声だ。
「キャスターさんよォ、よくよく気を付けることだぜ~~ッ。そこのキーセラは後輩のシスターに乳を揉ませるような女。怪しい手つきを感じたら即、声を上げて助けを求めねーとその自慢の喉がトーブン使い物にならなくなるまで喘ぎ声を……って、おぉおいマナシィ! なにをしていやがるッ」
「動かれては困るので拘束をと思いまして~」
マナシィがポケットから解き放ったヌタヌタナワウナギがカサギの両足の間をヌルヌルと八の字を描いて通り抜けると、分泌されたそばから粘液が固まっていき、頑丈な枷となった。
「そ、そりゃあ原生都市のヤツらが足を切断する時に付ける代物じゃあねーかッ! キーセラ、枷を解いて……なんだって俺の耳を引っ張るッ。枷ふぁ、かふぇ。おひ、頬をひっはうな」
「人の心証をいたずらに貶めようとしたんです。お仕置きとしては優しい方でしょう」
しゃがみ込んだキーセラはひとしきり耳と頬をこねくり回したあと、再びキャスターと奥へ向かった。
「私の記憶が確かならサリマンデって苗字、星鱗の被膜(カルル=サドモーデ)から来てるんじゃなかった? ほらあの神話の……あ、答えなくても大丈夫よ。それとごめんなさい。家名は苦手って教えてもらったばかりだったの、うっかり忘れていたわ」
「いえ、良いんです。家族との関係は良好ですから」
「あぁ良かった。てっきり勘当されたのかと……」
そう言って胸をなでおろすキャスター。
彼女に両親ではなく法王に追い出された、と告げたらどうなるのだろうか。
「それじゃあ今は巡礼中なのかしら」
「巡礼……ま、まぁそんなような所です」
「その聖印、それって司祭級の証でしょう? 若そうに見えるのに凄いのね……あ、そうだ。私はプエリーシア。これでも王領都市の中継局所属のキャスターなの。ファンにはシアって呼ばれているから、それでお願いするわ」
「はい、シアさん。よろしくお願いします」
――はっはーん、なるほどね、だ。
二人の会話を盗み見ていた男が一つ頷いた。
自分がエリートであるという自負をありありと放っている反面、他人の努力や実力への尊敬を欠かさない為、嫌味な雰囲気はあまりしない。
本当に怠惰な者を見ると心の底から軽蔑してしまう欠点こそあるが、一度尊敬を覚えたら心証は揺るぎにくい。
良い職を手にして、良い服を着て、自信満々に振る舞う。
努力を好ましく感じ、実力を何より愛し、どちらもある自分を目指す。
それがプエリーシアという人物。
キーセラとの会話からカサギはそう結論付けると……、
「こりゃあ匂う、匂うぜ。金の匂いがプンプンとなァ」
ニィッと笑って企みを構築し始めた。
キーセラが背後で漂う怪しい雰囲気にバッと後ろを振り返り……完全に拘束され為すがままの状態でほくそ笑む男を見て思う。
あれはカサギが勇者の時の顔じゃない、策士の時の顔でもない。
あれはそうだ。
紛れもない。
詐欺師が何かを企んでいる顔だ……と。
「……ん? ナーーーッ、待て! その万力で何をする気だッ!?」
「骨の強度を正確に測らなくてはならないのです~。ちょっと痛みますよぅ」
「んな注射みてーな感覚で……オー! ノーッ。この音はきっと俺の膝ちゃんがミシミシ言ってる音なんだぜーーッ!」
「ふむふむぅ、どこも弱いのですぅ。一体どう引き出したものでしょうかぁ」
訂正。
弱っちい詐欺師の顔だ……と。
【tips マキジャクマイマイ】
カタツムリの魔物、殻径七センチ、体長3.65メートル。
生後十年間、毎日きっかり一ミリずつ成長し、その度に年輪のような線が入る体が特徴。
原生都市で古くからあらゆる基準に使われたことでカイコガの魔物と同様に100%家畜化。もはや人類種の助けなしでは生きていけない。
【tips ヌタヌタナワウナギ】
ヌタウナギの魔物、体長40センチ。
空気に触れると一瞬で凝固する体液が特徴。
地面を這いずる姿は蛇にしか見えない。
獲物を体液で窒息させてからゆっくり捕食する。
ここから一話のXデーに向けてぐんぐんと進んでいきます!




