美へのこだわり、一辺倒な大嵐
所変わってミツヨツ通り。
ミツヒラとヨツヒラの区画間に位置するこの大通りで何をするかと言えば……服の調達だ。
本当なら鎧や武器を買いたい所だが、今のカサギには重りにしかならない。
ならばと。
イスカが贔屓にしていた店で特殊な服を作ってもらおう、そういう訳である。
カサギの頭にはもう一つの目的があるが……それは着いてからでいいだろう。
「おーおー、この通りを見るだけで目に痛みが走る……ケッ、イスカのヤツめ。トラウマばかりを植え付けやがって。性格のことごとくが囚われの姫じゃあねーな。せいぜいが獄卒って感じだ」
「あれはまぁ……どっちも悪いですよ」
ミツヨツ通りの中ほど、ミツヒラ区画側の三十数軒は『ブティックランウェイ』と呼ばれている。
有名デザイナーの高級な既製品――プレタポルテとそれに合う品を取り揃えた店が並ぶそこ は、ストレリチア中のオシャレさんにとって垂涎の聖地。
原生都市の『コスメバザール』、魄滝都市の『エスプリエステ』と共に美の巡礼地として語られる、女性たち憧れのスポットだ。
そんな『ブティックランウェイ』の一画。
扇模様の仕上げがされた漆喰塗りの壁と大きな窓が特徴の、やや新しい建物……の二階。
立て看板に崩した文字で「階段上↑ ~ままはな~ お任せオーダーメイド、やってます」と書かれている先が二人の目的地。
難なく階段を登り切ったキーセラが、カサギを背負い直しながら窓を覗いた。
「……どうもお仕事中のようですね」
「俺には聞こえねーが、まぁ繫盛してそうで何よりだ」
軽い木の扉を押し開けると、そこでようやくカサギの耳にも奥から女性の声が二つするのが分かった……が、しかしどうにも穏やかじゃない。
ドアベルが鳴らすカランコロンという涼し気な音に紛れて店内から聞こえてきたその声が、かなり苛立だっているようだったのだ。
「いいこと、私はね。忙しい中ロケの合間を縫ってわざわざ来てるの」
「はいぃ……」
――あーあー、クレーマーのようだぜ。ご愁傷様、だ。
その声を聞くなり傍観を決めたカサギが、裾をクイクイと引っ張って合図すると、キーセラの方も「分かってます」とばかりにコクリと頷いた。
声の出どころは店の奥にある試着室辺りから。
カーテンを挟んで会話しているようで、その中――試着しているのだろう女性客がカーテン越しに刺々しい物言いをする。
「これと言うのも、あなたの服がどうしようもなく最高だから。店に置いてある物はどれも趣味が良い、それもムカつくほどにね」
「はぁ、そ、それはどうも、ありがとうございますぅ……」
カーテンの外に立つ女性の店主――背丈がキーセラの胸元にも届かないくらい小さな女性――はぽわぽわした、カサギ風に言えば「すっとろい」印象のする間延びした声で返した。
「この前買ったダブルボタンのジャケット。あれなんてお気に入りの服だけを置くようにしてるハンガーラックに、掛けてる暇も無いくらい着回してるもの。でもね、この服は……」
そう言われた途端、少し落ち着いた声音に安心したのか、それとも褒められて嬉しいのか――恐らく後者だろう――店主はパーッと表情を明るいものにして、手を胸の前で組み「そうなのですぅ!」と前のめりになり……、
「あちらのお品物はどのシーンどのコーディネートでもお使い頂けるよう、オチとハリの具合に拘りまして~、お色もネイビーという事で特にお客様のように芯のある体つきの方にはピッタリ。しかもあのネイビー、染め材はわたくしが野山で集めた天然の藍を発酵させて……あ、蓼藍の魔物・サタデーアイの葉と眼球のみを使ってますよぉ? でぇ、出来たスクモに桜の木を燃やした灰汁と蛙の魔物のアルカリ性粘液を加えて濃く抽出したネイビーなので~、お使いいただくことでエイジングが進んで徐々に藍が本来持っている深い緑の色艶が出て、つまりは使えば使うほど魅力が増して来ちゃうのですぅ」
「え……えぇ、そうなのね。でもね、私が言いたいのは」
声だけで分かる。
先ほどの三倍近いスピードで捲し立てる店主に、女性客は顔が引き攣ったようだ。
だが、そんなことはお構いなしなようだ。
相槌を打たれたことで一気に調子づいてどんどん前のめりながら、更に2倍速で話し出す。
「スカートでもパンツスタイルでもバッチリの一品になっていて~素材もシボが深い縮緬をわざと厚手に作らせましたので~寒冷地と冬以外であればオールシーズンご使用頂けると思いますぅミニマルに抑えたデザインはトレンドにも左右されないですしぃ水洗いも大丈夫なのでお手入れも簡単きっとこの先十年はお使い頂けて~オンにもオフにも最適ですぅご一緒に購入頂いた白のブラウスとの相性は抜群その他の少々派手なお色の物でもあのジャケットを羽織るだけで洗練されたカジュアルスタイルまで一気に上品見えさせてくれr……って、あわわっ」
どれほど話に夢中になっていたのか、店員は前傾になるあまりそのままカーテンに突っ込んで行き、
――ギャリッ、
途中で倒れまいと掴んだせいでカーテンレールが悲鳴を上げて壊れ、支えを失った店主が中に居た女性客もろとも倒れ込む。
「えわっ」
「ぐぶっ」
「倒れたな」
「倒れましたね」
数秒後、覆いかぶさったカーテンをかき分けて一足先に立ち上がった女性客が………ついにキレた。
今度は顔が見えているのだから一目瞭然だ。
顔つきを引き締まって見せるしっかりした鼻筋が少しキツい印象を与える美人が、元々切れ長なのだろう目をキッと釣り上げて、いかにも「怒ってます」という顔をしている。
柳眉倒豎とはこんな顔を指して作られた言葉に違いない。
その怒り心頭の女性客が、座り込んだまま「あいたた~」などと呑気に抜かしている店主の胸倉を片手で掴み上げ、それからもう片手で自分が試着している服を摘まんだ。
「ジャケットの話はもう結構! 私が言いたのはこの服のことよ! あなたがオーダーメイドを始めたって言うから! ワクワクして頼んだのに! なのに! 何よこれは! このひっどい服は!」
その服を一体何と言うべきか……そう、とにかく前衛的だ。
女性客が摘まんだそれは、オレンジ色をした――
――透明なシャツだった。
もちろん全部がではない……と聞いて安心してはいけない。
透明でないのはボタンが付いている前立ての部分と襟、後は両方についた胸ポケットだけ。
下はもっと酷い。
同じくオレンジの透明なズボンには前股上、つまり秘所をギリギリ隠すだけのボタンが縦に並んでいるのみ。
恐らく店員の言う通りの着方をしたのだろう。
下着を纏わずにそんな服だけを着た女性客の見てくれは、『煽情的』で収まるボーダーを越え『淫靡』の最終コーナーを曲がり『卑猥』のゲージを限界突破して、もはやただのヤバい人にしか見えない。
しかも素材が相当に硬いらしく全体的にバリバリで、特に肩と腕の縫合部分が上に飛び出しているのが、また何とも言えないヤバさを醸し出している。
本当に酷い。
後頭部での頭突きでカサギに目潰しを食らわせながら、キーセラは心の内でそう呟いた。
この店の『お任せオーダーメイド』は、最低でも15万シドはするのだ。
しかし、やってしまった。
彼女の目の前で彼女が作った服を罵倒するだなんて。
「「可哀想に……」」
カサギとキーセラは同じことを口にした。
「たはぁー、嘆かわしいことだ。涙が止まってくれねーぜ。尻にホクロがある美人もイスカと同じ被害に、と。きっちり目に焼き付けとかなくっちゃあな」
「……カサギには目つぶしを追加です」
「涙の原因はこれかだあがぁっ」
痛みは感じにくいカサギと言えど、鼻の頭に頭突きを貰えば本能的にのけ反りもする。
そのままキーセラの背から落ち……落下音でようやく入り口に立っている二人に気づいた女性客は、
「えっ…………いやぁっ!」
腰が砕けたようにストンと座り込み、両腕で自分の体を掻き抱いて、横に落ちていたカーテンで慌てて肌を隠した。
それを見てうんうんと頷くカサギ。
恥ずかしがる女性を見て首肯する姿は鬼畜でしかないが、そう言う性癖ではない。
「これだぜ、これが普通っつーもんだ」
カサギはその普通の反応に安心したのだ。
同じような服を試着させられた所を今のように見られたイスカは、持てる体術を全てを使った縮地でカサギに接近、手刀で目を深々と突き刺したのだから。
キーセラによる即座の治療が無ければ視力を失っていたかもしれない。
まぁオーダーメイドを頼んだのも、この「ままはな」の既製品を身に付けた初日にカサギが――服とはまったく無関係な思惑から――イスカの事を口説き始めたせいで勘違いを起こした訳であるから、自業自得とも言えるのだが。
と、そうこうしている内に、カサギとキーセラの危惧していたことが起きようとしていた。
胸倉を開放された店主が、ゆらりと顔を上げて……
「完全なる美を求めて、十年! ここここ古今東西の服を研究して、少し前にやっと見つけた私流のスタイル! そのわ、わわ、わわわわたくしのっ、服! 肌と骨格とプロポーションの美しい方にだけぴっっっったり合う至高のデザイン! 最高の服っ。それのっ……どどどどこが気にいらないのですぅうう!?」
……そんな罵声と共に女性客の手を捻り上げた。
服飾系の専門学校に進んだ友人に「それっぽい単語教えて」と聞いて返って来た言葉を並べただけなので、マナシィの発言には間違いが含まれてる可能性大。
詳しい方がいたら間違いを指摘してくれると助かります……。
ちなみに『透明なオレンジ』は魚肉ソーセージの袋から着想を得ました。




