神話って割と適当
大通りに戻ったキーセラたち二人は、まだ陽が上がり切っていないことを確認すると、また都市を練り歩き始めた。
16の少女におんぶされる16の少年。
しかもガリガリの瘦せっぽちと来てるわけだから、誰がそいつのことを勇者だと思うだろうか。
……先ほど、かつての未来での知り合いから商品を持ち逃げしようとした挙句、その目論見を仲間に止められた男が、果たして勇者と言えるかは別として。
「……確かにカサギなら、現金かはさておき何らかの形で恩は返すでしょうけど」
「だろう? なら……」
「でも私と居る限りはダメです」
その答えにカサギが鼻を鳴らした。
「するってーとつまり、トーブンは出来ないと言う訳か。なぜならキーセラ、おめーには俺の側にいて貰わなきゃあ困るからだ」
「なんでそう堂々と言えるんですかね……」
すれ違った男が「すわっ、告白か!?」と振り返ったが、残念。
実際には介護の強要である。
キーセラが「まったく……」と小さく呟いてから、当たり前の事のように言い返す。
「でも、分かってますよ。カサギとは一心同体。カサギが死ぬ時は私も後を追うんですから。お互い支え合わないとですね」
「そうとも」
すれ違った女が「心中の宣言! 若者の恋ってああも盲目なものなの!?」と振り返ったが、残念。
実際には過去への道連れである。
「魔王討伐で時間転遷の祝福が消えて、魂の繋がりからおめーが解放されるその時まで、だ。世話になるぜ」
「先は長そうですね……」
「あぁ、だが必ず来る未来だ」
会話するだけで勘違いを生むキーセラたちが行く歩道。
そこと車道とを隔てる段差の境に等間隔で建っている柱のてっぺんには、人間の顔サイズで白玉模様がまばらにあるエメラルドグリーンの玉が付いている。
太古より原生都市で太陽の遣いとされてきた魔物・天灯蟲の半球型の羽を二匹分組み合わせたもの。
魔導都市に住む魔物学の第一人者・カタルネが謎の手紙――カサギの手紙に書かれた大雑把なヒントを元に近年確立した手法で養殖、生産されるそれらが、昼の内に光を蓄え、夜には煌々と大通りを照らすのだ。
それらを見ながら進むうち、やがてゴーレム列車を降りた者たちが二人の左右をつかつかと通り抜け、違う停車位置へと忙しなく歩いていくようになった。
大通りを踏破して都市の中心、都城を囲む堀の前にたどり着いたのだ。
「こればかりはどんな気分で見ても綺麗ですね……」
都城は嫌味のない非常にスマートな城だ。
真っ白なレンガとパステルグリーンの屋根。
色味としてはやや弱いその二色だけを使い、完璧な調和を作り出している。
正五角形の堀の内側に沿うように作られた、これまた正五角形の城壁の五つの頂点には、とんがり屋根の外殻塔。
それらの真ん中に聳える城は、あえて非対称にされた大小様々な尖塔がアクセントとなり、360度どこ立っても同じ絵面が無い上、時間帯によっても違う顔を見せるため、日がな一日眺めても飽きが来ない。
他にも強化遠近法――上に行くほど建材を小さくし、実寸よりも大きく見せる――など、築城された二千年前には無かったはずの凝った手法がふんだんに使われており、世の建築家たちは当時の先達の手腕と情熱に思いを馳せながら、神興都市の大聖堂と共に日夜研究に明け暮れていると言う。
どこを切り出してみても数多くの逸話がある。
例えば桂冠詩人が「世界を一つ閉じ込めたようだ」と表現するほどの中庭。
数年前に行われた一般公開の際には、抽選を勝ち抜いた者たち50人の内3人が――
庭に充満する生命力で5歳近くも若返ったり、
美の奔流に揉まれて作曲の才能に目覚めたり、
都城爆破テロの計画を洗いざらい自白したり、
――こんな効果を示したと言う。
そんな、誰もが見惚れる城のてっぺんを、カサギが不遜な態度で睨みあげて恨みがましく文句を零した。
「王のやつにも金を寄こせと手紙を送ったが……まったくの無視だぜ。手間を失くそうと思ったのによーォ」
「あ、当たり前でしょう……不敬罪を問われても文句言えないですよ、それ」
キーセラの『こいつ頭おかしいんでしょうか』という視線に「いーや、そうじゃあない」と首を振り……制御出来ずに体ごと外に振られてキーセラの背中からずり落ちたカサギが、抱き起されながら平然と続ける。
「しょっ引かれるのが目的だったんだ。その先で仲間に会えれば万々歳、仮に会えずともこのカサギを閉じ込めておける檻はない。そこから冒険を始めてやる、とそう思ってのことだったんだが……」
「また無謀な……ってほどでもないのが腹立たしい所です」
キーセラは認めざるを得ない。
カサギは魔世将にぶち込まれた魔纏楼の牢屋を都合三度も独力で脱走している。
三回目の脱走のあと、それが尻の穴に工具キット入りのカプセルをねじ込んでの計画的な潜入だったことがバレ、以降「捕らえる」なんて甘いことをしなくなった魔世将たちが攻撃をより苛烈にしていくのだが……。
「無茶も無謀も、必要なことは全て勇者の仕事の内なのよォ」
「……危険に飛び込む時のカサギの表情って『仕事でしょうがなく』って感じがしませんけど。こう、何と言うか、腹が立つくらい良い顔してますから」
「ハッ、顔が良いのはトーゼンだ。なにせ親からして……」
カサギはそこで言葉を止め、不自然に話題を変えた。
「あー、と。今の王は……オルガっつーハナシだったか?」
「……? まぁそうですね、今は魔導都市のオルガ様です。そろそろアイーダさん……アイーダ様と交代の時期ですけど」
ここでの王とは、他の五つの都市の長によって二年交代制で回される役職であり、都市以外のすべての街・村・里を統治する者の事を言う。
――大陸ストレリチアには国という括りが無い。
それは二千年前から続いているだけの、風習としか言えない程度の危うい物だが、どういう訳か不思議な力で守られている。
ぽっと出の商人や山賊上がりの地主に高貴な血を入れないようにしたりと、新しい勢力が拡大しにくい体制を敷いてはいるとはいえ、小競り合い程度しか起きていないのは少しおかしい。
神話によるならば、
『二千年前のかつて、国があった時代。
人類種同士の争いで大陸中に蔓延した悪意を統一神カラーロが洪水をもって洗い流し、そこに五つの都市――神興都市、産業都市、魄滝都市、魔導都市、原生都市――を作り、しかるのち、その中心に王領都市を置いた』
らしく、またそれと同時に、
『統一神カラーロが大きく力を失ったことで、それまで世界の全てを包んでいた破邪の法術・星鱗の被膜は消え去り、魔物や魔族、魔王などが生まれるようになってしまった』
ため、
『主カラーロがそうまでして成し遂げた人類種同士の平穏に感謝し、それを保つべく、我らの祖先は二千年前、未来永劫の和平を魂に誓い、大きな争いを出来ぬようにしたのである』
のだと言う。
ただ、魄滝都市の『滝つぼ水琴窟』から集合知を抽出する魔道具『アカシックブック』に記載されたこの神話にはいくつかの矛盾点が見つかっている上、そもそも全編で百ページほどしかない。
カラーロ教は基本的に平等と平和の心持ちがあれば良しとされているので、無理にこれを正史とはしておらず、キーセラのように聖徒であってもこの神話を信じていない者は多い。
確かなのは、ストレリチアに国が無いことと、トップと言える地位・王領都市の長が他の五つの都市の長たちによって交代で行われること。
「オルガのやつもまたアクが強いときてる。たはぁー、困るぜまったく、このカサギの”仲間”にゃあ碌なヤツがいねーなァ」
「……色々言いたいことはありますけど。とりあえず、様、を付けてくださいよ。ほら、警備の人が睨んでますから」
キーセラの言う通り、堀の外縁、城壁からの跳ね橋が降ろされる位置に立つ男二人がカサギを睨み付けている。
その視線に気づいたカサギがその二人に向け、心からの労いを送った。
「あいつは気色が悪いがあれで優秀なヤツだ。役に立ってやってくれ」
「ちょ、バカ……ご、ごめんなさい兵士さん。この男、ちょっと頭がおかしくて、自分とオルガ様が知り合いだと思ってるんです」
片一方が小筒、もう片方が槍を構えたのを見てキーセラが急いで謝罪すると、二人はカサギに哀れみの目を向けて得物を降ろした。
「……おい、何だって嘘をつく。未来の聖女さま候補がそんなようじゃあ、ストレリチアの将来も明るくねーなァ、おい」
「誰のせいですか、誰のっ」
背負われたままのカサギが、キーセラのむくれた頬にぶすっと人差し指を当てた。
制御が効かず結構な勢いで刺さった爪に顔を顰めるキーセラの耳元で、カサギが声を潜めて問う。
「そこまで言うっつーこたぁつまり、おめーはオルガが気色悪いと思っていない。そうだな?」
「……人を見た目で判断してはいけません。街灯の天灯蟲とか、小筒とか、色々カサギの案が通っていて、とてもいい王様だと思います」
「答えになってねーなァ、えぇ? キーセラさんよーォ。おめーがオルガと同じ部屋で一ヶ月暮らせるかっつーんだよ。わさわさしてて気持ち悪ぃーぜ~~ッ」
「……」
キーセラはそれからしばらくの間、無言のまま頬をぐりぐりとされ続けた。
そして思うのだ。
なぜこんな男と一心同体なのだろう、
どうして自分はそんな目に合っているのだろう、
祝福とは言うが時間転遷も立派な呪いではないか、と。
カサギのウザさのあまり、この男を勇者に選んだ統一神カラーロへの信仰を試されることになるキーセラだった。




