400人を欺け!
――ビリーが怪しい影を目撃する何十分も前。
「ほ、本当にやるんですか? 私イヤですよ」
「ほうら、俺の予告通りになったじゃあないか。だが断らせないぜキーセラ。他でもないこのカサギが地に這いつくばってまで頼み込んでいる、その事実がおめーにノーと言わせないのさ」
「いや……ただ寝そべってるだけでしょうに」
キーセラたちは四百メートルほど先まで届く光線が頭上を周遊していく中、壁から二百メートルを照らす光の円の外縁にいた。
「そろそろでしょうか……」
ただ喋っているように見えて、その実タイミングを計っているのだ。
五分、十分と過ぎ……そして、遂にその時がやって来た。
「ぐずぐず言うのはたった今、この時で終わりだっ! やれぇっキーセラ!」
光線が下を向く、つまり魔道具の首が下を向くのと共にキーセラが手を光の中へ突き出し、ある物をそこへ置いた。
数秒もしないうちに壁から出た光――ビリーが向けたもの――が手元を照らし、続けて他の光も集まってくる。
光に晒されては敵わないので、二人は背を向けて逃走していく。
「ほら口を閉じててください、舌を噛みますよ」
「はんっ、そこまで急がなくとも問題ねーさ。人ってやつァ、警戒すればするほどに盲目になるもんだからがっ、ぐぎ……ひは、舌が………」
「……カサギは警戒しなさすぎですよ」
二百メートルの円から遠ざかるように一目散に駆けて行く彼らの後ろ、ビリーに叩き起こされた兵士たちが照らす幾条もの光が釘付けになっているそこに残されたのは……
甲冑だった。
カサギの体を包んでいた革を丸めて人型を作り、それにスエサクから貰い受けた予備の甲冑を重ねて組み上げて、怪しい人影に仕立て上げたのだ。
やたらと重いそれのせいで移動スピードは少々落ちたが、その分だけの仕事は果たしてくれたらしい。
十分に目を集めたおかげで、屈まずに走る聖徒と棺桶の影に気づく者は誰一人として居ない。
さらに走り出す時に天高く放り投げておいたかやく玉とけむり玉、ありったけの二十個が完全なるランダムな位置で爆散してダメ押し。
兵士たちには『完全武装の魔族が何の予備動作も無くあたりを爆破した』ように見えたことだろう。
遠く離れたカサギからでも――むしろ逆光なため向こうからは見えないだろうが――張り出し陣の中の混乱具合が見て取れた。
爆発に魔力が感じられないことを不思議がられるまで、あと数十秒はかかりそうだ。
そしてそれらを確認すると……甲冑を置いた場所から数十メートル離れた辺りで、キーセラが一度足を止めた。
「……本当にいいんですね?」
「あぁ」
キーセラが嫌がっていたのはここからだ。
手の内にあるナイフとカサギとの間で視線を行き来させ、なおも尻込みしている。
「確かに可能性は上がりますけど……」
「不安か? それがどうしたっつーんだ。そんなもの、牛の糞にでも混ぜて畑撒いてしまえ」
豪快なくせに意外なところでエコ……いや、そうではなくて。
キーセラは余計なことを頭から振り払い、一呼吸ついて、覚悟を決めるためにもう一度カサギが先ほど明かした策とやらについて思いを馳せた。
『ならキーセラ』
カサギがナイフを指して言う。
『それで俺の腕を切り裂いてくれ』
『……はぁ?』
『まー、そうなるだろうさ』
『……ど、どうしましょう。とうとうカサギの頭がおかしくなってしまいました……』
『じゃあ丁寧に言うぜ。この俺のここ、ここに手と肩を繋ぐ腕ってヤツがあるだろう? そこを鮭の腹でも開くみてーにズバーッと一思いに切り裂いて欲しい』
キーセラは数秒の間、言われた内容をしっかりと吟味し……その結果、同じ答えに行き着いた。
『やっぱり頭が……』
『待て待て待てェ。なんだって頭の出来を疑うことになる』
『……だって、危ないですよ?』
『んなことァ三歳児だって知っている。危ないからいいんじゃあねーか』
ここからの一連のやり取りで、キーセラはこのカサギと言う男が普通でなかったことを思い出させられたのだが……。
「おらキーセラ、捜索隊の奴らが壁に戻って来る前には行かねーとだぜ。それにタイミングが完璧だったとは言えあの猶予はもう一分もねーんだ。覚悟を決めろ」
カサギがチラと張り出し陣にある物に目をやりながら言うのを見て、遂にキーセラも腹を決めた。
「……ふぅっ、分かりました。ではいきますね」
キーセラはカサギの腕にナイフを押し当てゆっくりと、だが躊躇いなく、
――ズプッ
刃の切っ先をさし入れた。
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効能:すみやかに店長に消される。




