要介護勇者、本領を発揮
侵入者の姿を一目見てから壁の中を駆けて行き、全ての張り出し陣に戦闘態勢を伝えて回ったビリー。
彼が元いた陣の中に戻っても、件の甲冑はまだその場から動いていないようだった。
ただ、途中聞こえた炸裂音と風に溶けていく白煙を見るに、なにがしかの魔法を行使したのかもしれない。
先ほどまであれほど余裕ぶっていた友人たちだが、今では上位魔族の可能性があるその甲冑を怯えと緊張とがない交ぜになったような面持ちで見つめている。
彼らが構えるのは小筒という魔道具だ。
それは纏雷を掛けた銅の球を吹風で飛ばす竹筒の武器。
都市の意見箱に投書された、やたらと上から目線の手紙に記載されていた研究所が、これまた似たような口調の手紙のアイディアを元に最近作ったばかりの発明品で、王命により徐々に導入している途中なんだとか。
弾速、飛距離、重量、命中精度、連射速度、製造コスト、まだまだ問題は山積みだが、魔術師でもないただの人間に一定の殺傷力を生み出せるのが強みだ。
ビリーもその重い小筒をよろつきながら肩に担ぎ、未だ動きを見せない侵入者に向けた。
……そして、改めて思うのだ。
あれじゃない、と。
自分が臆病の誹りを受けてまで待っていたのは、あれではない。
なら何かと聞かれれば困ってしまうのだが、とにかくそんな違和感だけがあって思わずキョロキョロと求める何かを探してしまう。
「び、ビリー、頼むからじっとしててくれ。こ、こっちまで落ち着かないんだ……」
「う、うん、ごめん。そうだよね」
友人がコツコツと小筒を指で叩いて言うので、仕方なく甲冑に視線を戻した所……壁の中から班長の声が轟いた。
「そこな者! 我々は既に貴様を包囲しつつある! そこから一歩でも動いたり、また魔法を行使しようとするのなら! 四百の魔道具と二十の魔術師による一斉の攻撃がっ、一瞬の内に貴様を粉微塵にするだろう!」
革を詰め込んだだけの甲冑に威嚇する様はさながら昔話に聞く英雄のようで滑稽だが……当人はいたって真面目だ。
当然のようにピクリとも動かない甲冑と睨み合いを続けること数十秒。
兵士の中に少々の戸惑いが流れ出した頃、捜索隊の『懐中ともし火』の物と思われる灯りが甲冑の背後に見えたのを確認した班長が、優位と見てもう少し刺激することにしたようだ。
「貴様! 目撃情報には二人組とあったが、もう一人はどうした!」
甲冑は何も返さない。
「何が目的だ! 兜を脱いで顔を見せるのだ!」
甲冑は動きもしない。
そうこうしている内にも、物言わぬ甲冑の背後の闇夜にどんどんと灯りが増えていく。
それでも何も行動を起こさない甲冑に、兵士たちが抵抗の意思がないと思い込んだ、その瞬間のことだった。
「どうか、どうかお助けください!」
甲冑から少し横に逸れた辺りの闇から、僧衣に身を包んだ少女が現れ、突然そう叫んだのだ。
「貴様! 何者だ!」
兵士たちは何事かとそちらを見て、彼女が引きずる棺桶を目をし、いっそう緊張を走らせた。
『カラーロ教のシスターの恰好をした少女と、カラーロ教の棺桶に入った男』
少女の影で男の方はよく見えないが、前情報とまったく一緒だった。
「動くな! 貴様、そこから一歩でも……おい動くなと言っている!」
しかも少女が班長の制止を聞かず、ふらふらと二十メートルほども歩いて来るのだから、その緊張は最大級のものになる。
「構え、筒!」
その歩みは班長がいよいよ攻撃を命令する直前まで続き、結局少女はおぼつかない足取りで壁までの半分に及ぶ百メートルを踏破してしまった。
そしてそこで膝から崩れ落ち、哀れっぽく嘆願しはじめる。
「助けてください……うぅっ、あそこにいる」
斜め後方の甲冑を指差し、
「吸血鬼にかく乱する為に彼に棺桶に入れ、と……魔族の脅しに屈した私は聖徒失格です……ううっ」
そこまで言ってから、これみよがしに首から下げた聖印を手に取った。
「でも、お願いです……彼の、彼の血が止まらないんですっ。魔族に手を貸してしまった私はしかるべき罰を受けます! ですが、彼だけはお助け下さい! どうか、どうか……っ!」
ぱっと彼女が体を横に避け、棺桶の男を見えるようにした。
そしてその中には……まるで吸血鬼に血を吸われ干からびたかのような細さの男が居た。
何とかそれらしい形にしただけの、ボロボロの服を着せられた姿からは悲惨な目に合ったことが想像され、それだけで同情を引くという物だ。
更には彼女の言う通り、右腕の中ほどが血まみれになっている。
「班長! あの聖印、本物です! 間違いありません! 彼女は相当に高位な僧侶です!」
そんな中、興奮した副班長の声が思いのほか響いて、それが兵士たちの動揺を煽っていく。
可憐で純朴そうな少女の見た目――三本のピンでつるっと丸いおでこを晒している髪型や、透け感のある肌、あどけない顔立ち――がそれに拍車をかけた。
彼らがざわついたおかげで棺桶の男が「演技が大根すぎやしねーかァ?」と呟いたのが聞かれずに済んだのだが……そんな喧騒の中、ビリーはその男をじっと見ていた。
魂が叫んでいるのだ。
例えるなら、すれ違っただけの女性に運命を感じるほどの一目惚れでもしたかのような……。
こいつだ。絶対に逃すな。
そうビリーに訴えかけてくる。
「……あの聖印が拾い物にしても少女は人類種だな。あれは魔族には決して触れない神聖な代物。男もとても戦闘能力があるようには見えない、か。甲冑に筒を構え直せ!
そこな少女! もう十秒もすれば捜索隊が背後から行く! 彼らが身を検めた後でなら、中での治療を約束しよう!」
班長が伝え、再び甲冑に警戒を戻した。
……そう、班長はあくまで警戒のつもりだった。
しかし、実のところそれは油断なのだ。
ヒトヒラとの間にあるつり橋を渡って、隣り合うフタヒラとイツヒラの警備の者たちの一部が増援に向かって来ていること。
捜索隊の放つ光がすぐそこまで戻ってきているのが見えていること。
その二つが、絶対に目を離してはならない明らかなる不審者二人組を……警戒の呪縛からいま解き放つ!
ゆらりと棺桶の中で立ち上がった男が、壁の中で甲冑に目をやっている班長をギィィンと睨みあげ、両手を胸の前で重ねると、
「てめーらは既にこのカサギの術中に……落ちたんだぜ」
ビシリと指さした。
すると同時、男――カサギの後ろで続々と増えていたはずの灯り、帰還した捜索隊の魔道具のものにおもえたそれらが……一斉にふぅっ、と掻き消えた!




