二度目の逃走
王領都市の周辺には、それは美しい草原がある。
というより、大陸ストレリチアの中心に位置する大草原の、そのど真ん中を選んで置かれたのが王領都市なのだ。
五つの都市の五王の命で保全されているそこは、二千年に渡って人の手が加わっておらず、あるのは他の五つの都市に通ずるバイパス、基幹道のみ。
背の低い草地となだらかな起伏が織りなす風景は雄大の一言。
佇んでいるだけでフルートやバグパイプ、バンジョーにギターなどの、いわゆる民族的な音色が風に乗って聞こえてくるようだと評判で、『毎日マジカル新聞社』が刊行する宿屋の割引チケット付き旅行雑誌『マジカル・エクスプレス』のココイケランキングでも毎年トップ10に食い込んでいる。
――初陣を終えた翌日の昼間。
キーセラ達はそんな心休まる牧歌的な風景にあって――怒号の只中にいた。
「追えぇぇい! ひっとらえろ!」
「逃げたぞあっちだ!」
「矢を射かけるのはやめろ!」
「奴ら仲間討ちを狙っているぞ!」
「魔法は! 魔術師の応援はまだなのか!」
「馬車に乗って向かって来ているところだ!」
「絶対に逃がすなぁぁっ!」
なんと、また追われているのだ。
今度は官警ではない。
後ろについて来ているのは王領都市の正規軍。
腕章を見れば一目で分かる、まさかの本物だ。
キーセラは信じたくない様子だが、これは夢のように地獄なだけでまごうことなき現実なのだ。
「チッ! また跳ねやがった」
「二班、ばらけろ! やつらの跳ぶ先を限定するんだ!」
――ぁったく。こいつら何人いやがんだァ?
棺桶の中で激しく揺さぶられ、絶賛腰を痛めている勇者(?)がぼんやりと数えてみた所、ざっと80人はいるようだった。
「なんで、なんでこうなるんでしょう………」
器用にも走りながらげんなりしているキーセラに、ただ運ばれてるだけのカサギは少しだけ、本当に少しだけ同情した……。
……今朝は野営地から王領都市へ向け少し遅めに出発したキーセラたち。
基幹道にたどり着いた二人は、依然人影のないその道で幸運にも干し草しか積まれていない絡繰り馬車を見つけた。
高価な品物を乗せていない絡繰り馬車は、急病の者が相乗りできるようにと、積み荷泥棒撃退用の魔道具が解除されていることがあるのだ。
しかも都合のいいことに『王領都市 行』の板が掛かっているのだから、もはや乗れと言われているようなものだった。
「不便も情緒、だったか。そんなに好きだっつーのなら歩いたっていいんだぜ、キーセラさんよォ」
「誰ですか、そんな腑抜けたことを言ったのは」
「よく言った」
干し草の山に体を潜り込ませ、馬車に揺られること五時間と少し、順調な旅程に明るくなったキーセラの展望は……完膚なきまでに挫かれた。
前から来る兵士数人になぜ道が封鎖されているのを問おうと馬車から顔を出した途端、彼らは血相を変えて紙とカサギたちを見比べ、そして突如として追いかけて来たのだ。
昨日の官警が通報したのだろう。
こういう時のために都市とつながる人間大の共鳴石が各地に置かれているのだから。
兵士たちは下っ端ではあるのだろうが、正規軍だけあって動きが洗練されていた。
最初はカサギたちの抵抗を警戒して班ごとに追いかけてきたからやりやすかったものの、逃げ続けていると今度はばらけて逃げる先を狭め出したのだ。
「まだ動けますか?」
「いいとこ後三回っつー感じだ」
追い詰められる度にカサギが跳んでつき離してはいるが、このままではいつかはそれも使い果たして捕まってしまうだろう。
キーセラの法術の中で遠距離からの無力化に使えそうなものは人類種に効き目が薄い。
こんな時こそ魔法が活躍するのだが……カサギの術門は閉じきっていて、自分の肉体にしか作用できない。
「追い込んだぞ! 五班用意!」
「んなっんつー数だ。まだ居やがるんじゃあねーだろうな」
後ろで魔道具によって拡声された号令が響いたかと思えば、走っている先の草むらから20人ほどがざざっと立ち上がった。
武器はすでに手に持たず、逃げ回るキーセラたちを捕縛すべく両手をワキワキさせている。
「聖章楯………鷹嘴。カサギ、飛んでください!」
「あ~、そろそろこのジャンプにも名前を付けたい所だぜ。技名が無いといまいち気がノらねーっつーかよーォ……さぁ、どうしたものか」
「あとで! あとでいくらでも一緒に考えてあげますからっ!」
「キーセラのセンスとは合わねーんだよなァ、これがまた……ええい決めたぜ、とくと見よ! ジャンプでハイパーに大跳躍、ジャイパーひとっ跳びだァ!」
昨日の戦闘で開いた棺桶の穴から地面を蹴って、前方に特大ジャンプ。
カサギの首に腕を回したキーセラごと、新しく現れた兵士たちの上を通り過ぎていく。
「あぁ! また飛びやがった!」
「着地を押さえろ、急げ!」
都合六度目のジャンプにもなれば、相手も対応するようになる。
これまでのジャンプから鑑みてこれくらいは飛ぶだろう、と総勢百名の兵士が二十メートル先の地点目掛けて空を吹っ飛んでいくカサギを追いかけるが……。
鷹嘴は弓矢に掛ける風避けの法術。
空気抵抗が減るだけで飛距離はかなり伸びて行く。
「今度は凄い飛んだぞ!」
「先に回れ! 逃げられるぞ!」
20メートルを過ぎてもまだ落ちない。
25メートルを過ぎてもまだ真っ直ぐ飛んでいる。
30メートルを過ぎてようやく下に落ちだして……。
結局、低空のまま35メートルもの距離を飛び、
「頭から! 頭からはまずいぃぃぃがぁぼぽっ!」
「ぐ…い、痛い……頭が割れそうです」
頭から落下した。
キーセラの法術で前もってカサギの体を守っていなければ死んでいたかもしれない。
守っていても尚、強く頭を打ったせいで脳震盪を起こして前後不覚になっているのだから。
かつてとは全く違うその貧弱っぷりに苦笑したキーセラだったが、そいつを抱き起そうとした、その腕をガシッと掴まれた。
「後を頼んだぜ、マジによ」
カサギはそれだけ言うと、目をぱちくりしているキーセラを抱え上げ、
「ジャイパー……ん? ジャイパージャンプ……んん? 何だったか、まぁなんだって構いやしねぇ。どぉっせぇぇぇいっ!」
跳んだ。
また三十メートルほどで落下するが……今度は止まらない。
着地するなりキーセラがズタズタになった足を治さぬうちに、また跳んだ。
風を切って跳ぶ途中、はためく髪が口に入るのも厭わずにキーセラがおずおずと尋ねる。
「か、カサギ。これ三回目ですけど……大丈夫なんですか?」
「うんにゃ、なーんも大丈夫じゃあねーな」
「そ、そうだと思いましたよ……」
「あぁ、だから。よろ、し…………こ…」
「え?」
自分を抱える力がふぅっと無くなり薄い胸板から解放されたキーセラが、言葉が途切れたのを不審に思って顔を上げると、そこには……
「ちょ、え!? カサギ!?」
すやーっと安らかに目を閉じたカサギの顔があった。
信じられないことにこの男、高さ五メートルほどの空中をかっ飛んでいる最中に眠りについたのだ。
法術で回復させているとはいえ体を酷使しすぎたのか、はたまた魔力を使い切ったのか、それともその両方か、とにかく意識を失ったらしい。
しかも最後のジャンプは振り絞っての一回だったようで、10メートルも飛んでおらず……つまり、もう地面が迫ってきている。
「ちゃんと言ってからにしてくださいよ……まったく」
やけになってすべてをキーセラに丸投げした訳ではない、何か考えがあるのだろう。
策というにはえらく大雑把な、妄想よりはマシ程度の何かが。
キーセラはそう推測していた。
確信と言い換えてもいい。
「うぐっ……ここの所、というよりカサギと会ってから落下続きの人生です…………ま、いいとしましょう。こういうのも悪くないですから、ねっ」
ややあって着地し百メートルほど後ろにいる兵士たちを見やった後、キーセラは辺りを見回してこの状況を打開できそうな何かを探した。
独特なシルエットをした王領都市が遠くに見えているだけで、あとは平原が広がっているのみ……。
「あっ、そう言えば!」
果たして、キーセラのカサギに対する唯一の信頼は守られた。
なぜ追われているのか、あと数話で判明します。
術門とか魔法とか魂とか、それらは魔道都市にいる人がいつか説明してくれるはずなので、それまではフワッとした認識でも分かるように書いていくつもりです。
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効能:孫の趣味を知れておばあちゃんの顔がほころぶ。




