魔物と人類種と
ヌーイヌーとの初陣を終え、基幹道に戻るべく歩を進めるキーセラ。
彼女の引く鎖の先の、穴の空いた棺桶に寝転ぶ勇者の姿があった。
官警の追手もおらず、ヌーイヌーを倒した今、ようやくカサギが大人しくなるかと思ったキーセラだったが……、
「ブナンナシメジだ。キーセラ。採取だ、採取」
「おぉ、スクリューノオトシゴ。滅多にお目にかかれるもんじゃあないぜ、こりゃあよ」
「パンイチライチ……はいいか」
もちろんそんなはずもなかった。
基幹道の周囲こそすべての魔物が徹底的に排除されているが、一歩外れて森に入れば、そこは彼らの領域。
ずっと村に居たせいで冒険欲を満たせずにいたカサギにとって、魔物が犇くこの場所は、格好の遊び場であった。
当然、相手は魔物なのだから、遊んでばかりも居られない。
「どわぁぁぁああっ、じょ、ジョーダンじゃあない! ムサボリボアが来るっ、逃げろォッ!!!」
「ばっ、木に飛びつくにしても、なんだってアヤカシアカシアを……」
「キーセラ、吸わない方が身のためだぜ、この霧。出元を見てみろ、ありゃあシッケゲシ…幻覚作用があるっつーハナシだ」
「ち、チクショウ、ハリキリアリめ。棺桶を好き勝手齧りやがって……ッ」
「無視だ無視、ヨイドレハチドリなんつーザコはよーォオ。あでッ、いてて、やめっ、引っこ抜くな! 俺の髪は巣の材料じゃあないんだぜーーッ!!」
とはいえ、この森に居るのは、総じて攻撃的な魔物の中では、まだ温厚な部類だ。
「H&A協会」の狩人たちが、凶暴な魔物を討伐して回っている甲斐があるというものだ。
ここ200年ーーつまり現会長が着任して以来ーーただのならず者の集まりだった狩人たちの平和へのはたらきぶりといえば、もう間違いなく大陸随一だ。
彼らなくして人類種の今の生活はあり得ない。
彼らは魔物たちにとって不愉快な音を大音量でかき鳴らしながら走って回り、いちいち襲いかかってくるような凶暴な種をそこら一帯からおびき寄せて引き合わせ、潰し合わせ、傷つき疲弊した魔物を全員で狩る。
抜きん出て強い魔物が一人勝ちしそうならば、あらかじめ毒を盛ったり、魔法や法術で弱体化させたり、あらゆる手段を持ってこれを討滅する。
一見、姑息にも見えるが、これが最も効率化された狩りだ。
……魔物を操る能力を持った魔族にこれを利用され、集めた凶暴な種が街に襲いかかる事件が起きた際、それを解決したカサギが、マニュアルにない緊急事態に慌てふためくだけだった狩人たちに向けた、あの嬉しそうな悪役顔と来たら、キーセラが思わず殴ってしまうほどだった。
カサギはあろうことか、平和の番人・狩人が大嫌いなのだ。
『ヤツら口を開いて二言目には効率、効率。ケッ、ロマンもへったくれもないね、だ』
キーセラはカサギが以前口にした嫌いな理由を思い出し――この男も結構効率主義だと思うのですが……と心の内で嘆息した。
「なんだってそう疲れた顔をしていやがる。まったく、情けないったらねーぜ」
「……無防備で森を歩くのに神経を尖らせているだけですよ」
「無防備ってこたぁない。なにせこのカサギが居る……あっおい、なんだその不満そうなツラは」
その言葉に後ろを向いて……キーセラはまたため息をついた。
無言の戦力外通告である。
「ハンッ、俺だって分かっているとも。このままじゃあ魔王討伐はおろか、魔世将1人にも勝てやしないなんつーことはよーォオ」
「え? あぁ、なんです。てっきり考えなしかと」
カチン、と来たようだが、そこはグッと堪えた。
「……ま、まぁいい。俺だってちゃあんと秘策を考えている。いくら魔力で身体強化した一撃を放てるからって、それ一つで超えられる障害なんぞ魔大陸にありはしないからな」
「時が来たらお披露目してやろうじゃあねーか」と笑うカサギの胸倉をつかみ、今すぐその秘策とやらを聞きだしてやろうとした時、キーセラの耳がかすかな悲鳴を捉えた。
「――狩人でしょうか」
「……あぁ、近いぜ」
……鈍くなった五感では何も感じられなかったくせに、カサギはそれらしい顔で頷いた。
「盗賊ってこともある」
「えぇ、慎重に行きます」
棺桶を引きずっていては音が立って仕方がない。
キーセラはカサギを置いて悲鳴の出どころへと歩いて行った。
ややあって、今度は剣戟の音が聞こえるようになる。
人類種同士が争っているらしい。場合によっては魔物より厄介だ。
小高になった場所に身を隠し、木々の枝の隙間から覗くと、その先には50人程度が居た。
身なりを見るに、兵士10人と賊40人と言ったところだろう。
助太刀しようかとも思ったが、兵士の方は人数差をものともせず実力と連携と装備の差で賊を圧倒していた。
戦えそうな賊は既に半数を切っている。
――それにしても強いですね。
これは別に弱いカサギへの当てつけではない。ないったらない。
キーセラの見込みは正しく、兵士たちの練度はかなりのもので、数分もしないうちに賊が逃げ出し、その背を彼らが追う掃討戦に移っていった。
間もなく賊は全滅するだろう。
「……」
かつての未来では文字通り死ぬほどに人の生死を見てきたが、今世では大量の死を見るのは初めての事だ。
久方ぶりの冷たい心地に、ぞくっと背筋に悪寒が走った。
だがキーセラも無知ではない。
盗賊は盗賊だ。生まれ持った命に貴賤はないが、罪は命を軽くする。
それに、ここで兵士が戦闘していなかったら、彼らはキーセラたちを襲ったかもしれない。
「隊長、この賊の頭目はやはりこの男のようです」
「う…苦し……」
一か所に集められて死体と怪我人の中から、1人の兵士が、足を切り落とされた男を引きずり出した。
「追撃に出た兵を呼び戻せ。思わぬ遭遇だったが、問題は無かったな。ただちに任務に戻ろう」
「この男はどうしますか。連行しますか」
「づ、づれでってくれ……治療を………」
「確かこいつは100人を束ねる頭目だったか。普段なら連れて行くんだが……すまん、任務中でな。運が悪かったと思ってくれ」
「え゛……ぎぁッ!」
絶望で顔を歪ませた頭目の首が飛んだ。
更にあちこちから悲鳴が続いた。
怪我人にとどめを刺しているようだ。
出来上がった30個の死体を倒木の上に山と積み上げ、火魔法が放たれる。
水を多分に含むであろう倒木だが、魔法の火力で瞬く間に大火を立ち上げた。
棺桶に入れて土葬するのが一般的だが、そんなものは無いし、埋めるだけでは魔物に掘り起こされて腐肉を食われてしまう。
低い繁殖力を鑑みるに、このくらいで魔物が増えることはないのだろうから、これはせめてもの慈悲だ。
立ち上る煙を頼りにして、あちこちからぞろぞろと兵士が戻ってくる。
その数、30人。
血の匂いに誘われてやってくる魔物を警戒していたらしい。
「被害は?」
「ありません。一度ムサボリボアと交戦しましたが、適当に追い返しておきました」
……やけに気が立っていたのは気のせいではなかったようだ。
「よし。では出立しよう」
「「はっ!」」
兵士たちはキビキビと模範のような動きで森の奥へと消えていった。
任務とは何の事だったのだろうか。
基幹道の封鎖とも関係があるのだろうか。
そう考えながらキーセラが戻ると、
「きーへら!」
その場所には棺桶ごと蛇の魔物に締めあげられ、足の方から半分ほど丸のみにされているカサギの姿があった。
「……はぁ」
「おひ!! ためいふぃなんてついてねーふぇたすけぉおお!!!!」
本当に「秘策」とやらがあるのだろうか。
キーセラの疑問は増すばかりであった。




