要介護勇者の初陣
「おいクソ牛ども!」
そう叫ぶカサギの脚を取り巻く魔力の奔流。
自慢していただけあって、その量は人間が持てる域を超えていた。
――まさか、一撃でこの魔物を倒し切れるのでしょうか……っ。
あぁ、実際には制御出来ていないだけなのに、やたらと自信満々にジャンプ一回で終わらせると宣言したせいで、キーセラがまたも見当違いな期待を抱いてしまっている。
「たんと見ておけ! こ、れ、が!」
魔力を纏ったカサギが棺桶に寝転がったまま右足を振り上げて、その踵を……落とした。
――ずっっっばぁぁァン!
棺桶の底をぶち抜いた脚が地面を蹴り抜いた時に明らかに向いてはいけない方に捻じ曲がっていたが……どうやらカサギの目論見は成功したようだ。
「勇者のォォッ!」
反動で埋まった右足を支点にして上体が跳ね上がり、そのまま地面に向けてうつ伏せで突っ込んでいく。
「やり方だぁぁぁぁぁッ!」
衝突する瞬間、カサギがあらん限りの力で地面の岩を殴りつけた!
先ほどと同じ衝撃音に一拍遅れて――ドゥン、と波打って振動する大気にヌーイヌー達は思わず後ずさりし、けれどもカサギから目が離せない。
そして、1秒2秒と時が経ち……
………。
……。
…。
何も起きなかった。
カサギが不格好な腕立て伏せのようなポーズでピーンと固まったっきり何も起きない。
気迫に押されたヌーイヌーも、仲間であるキーセラも、その意味不明な行動を前にどうしていいのか分からなかった。
そんな中、カサギが目をしばたたかせて……顎からたらりと冷や汗を垂らした。
「あ、あ~……どうすっかな。こんなはずじゃねーってのに」
「えぇっ!?」
目論見通りだったのは途中までだったらしい。
ヌーイヌーらに人間の言葉がわかるはずもないが、右足と右腕を深々と埋まらせたまま一向に何もしないカサギを放っておくはずもなく「バルルっ」とか「ブルルッ」とか、思い思いの鳴き声を上げながらじりじりと距離を詰め出した。
すると、
「ナーーッ! 待て待て待て! まだだ! まだ来るんじゃあないッ!」
「~~ッ! 何なんですかこの男ーっ!」
高さ2メートルの魔物が筋骨隆々な肩をいからせて近づいて来る様は、貧弱な人間にとって絶体絶命の映像だ。
貧弱な人間代表のカサギも例に漏れず恐怖を覚えたらしい。
埋まってない手足をじたばたと暴れさせるあまり、地面から引っこ抜こうとするキーセラの邪魔になっている。
「何してるんですか、一体! ほら暴れないで!」
「やめろぉぉぉッ! 死ぬゥゥゥ!」
勇者の初陣でこうも情けないことがあったろうか。
こうも頼りないことがあったろうか。
しかしだ。
このカサギと言う男がどれだけの醜態を晒そうと、勇者足り得なかったことは無い。
なぜならば――。
魂に傷がついた弊害でただでさえ弱かったオツムもダメになったんじゃ……と、そう考えたキーセラがあんまりに暴れるカサギを法術で眠らせようとした、その時。
カサギが突然ぴたりと動きを止め、こう叫んだ。
「いよっし、ようやっと掴めたぜ! 勝利を手繰り寄せる手綱をなァ!」
と同時、勢いよく引っこ抜かれたカサギの右腕の先、パンチの勢いに耐えらずに皮膚が破れて血まみれになったその手の内には……木の根が握られていた。
そいつを制御の出来ない力で引き上げると、先に繋がる太い根が地面を割っていく。
崖の端でそんなことをすれば待っているのは当然、
――ばきぎきききっ!
崩壊だ。
「だらっしゃぁぁぁっ!」
カサギが木の根を引き上げるにつれ、端の方の岩からガラガラと音を立てて崩れて崖の底に落ちていく。
キーセラの立つ地面も程なくして崩れて……
「え、え、え……はぁーーっ!?」
落ちていく。
即座に逃げようとしたヌーイヌーも居たが、ダメだった。
露出した根に足を取られ、ようやく後ろを振り向いた時には蹴る地面が無くなっていた。
「ブルモォォォ!」「バオォォォォ!」
ヌーイヌー五体と人間二人。
それらが皆して崖の下へとまっさかさま。
先に落ちていった大岩が今や俵ほどのサイズに見えるのだ。
このまま行けばさぞ楽に死ねることだろう。
「きゃぁぁぁ! カサギ、はやく! 何かあるんでしょう!?」
「あぁったりめぇよぉぉぉッ! 言ったはずだぜ! たった一回のジャンプがあるってなァ!」
カサギは勇者だ。
友情はどれも腐れ縁で、努力など蹴っ飛ばして横着を取るような人間だが、勝利だけは決して譲らない。
何をさしおいても勝利。
どんな形であれ勝利。
だからこそカサギは勇者なのだ。
その男が、今日だけで五度目になるその構えを取った。
埋まったままの手足を利用し、空中で何とか弾みをつけると……岩を思い切り蹴飛ばす。
「とぉどぉぉけぇぇぇぇッ!」
「…っ!」
カサギが跳んだ方向は元居た地面、ではなく……谷の対岸。
真下に広がる深い谷に息を飲んだ二人は、自然が生んだ壮大な亀裂の上を通り抜けて……、
「足りねぇぇぇぇ! ぶぐ」
「うわわぁっ! ぶつかっ、う」
……対岸の崖の壁面にド派手にぶつかった。
もう一度言う。
カサギは勝利を譲らない。
何をさしおいても。
どんな形であれ。
実際、ヌーイヌーは谷の底で息絶えて勝敗は既に決しているし、幸いカサギたちがめり込んだのは崖の上まであと数メートルの地点。
勝利すること。
カサギにとっての第一に優先すべき事項は達成された。
ただ……とはいえ、だ。
カサギの大好きな言葉は一番に『勝利』、二番に『勝者』、三番に『クール』。
やはり思うところはあるらしい。
堅実によじ登り崖の上で寝っ転がって呼吸を整え、生を噛みしめているキーセラの隣に、しないはずだった二回目のジャンプで一気に飛び上がって来たカサギが「へぶらぁ」と着地したあと……小さくボヤいた。
「な、なんつー締まらねぇ初陣だ……おい、何を笑っていやがる」
「ふふっ、いえ。予告通りにいかないくらいがらしくて良い、と思っただけですよ」
そう笑ってから治癒の祝詞を唱えたキーセラが、もはや小慣れた手つきでカサギを抱き起きして棺桶に戻すと、鎖を自分の手に巻き付けた。
「まったく。この俺にどんなイメージを抱いてるんだか……まぁいいとしよう。早いとこ行こうじゃあねーか」
「えぇ、私が、連れて行きます」
「……び、ビンビンに感じるぜ、圧ってやつをよ」
「ふふっ、大袈裟なんですから。そんな恐ろしい物じゃなくて、ただの殺意ですよ。可愛いものでしょう?」
「いや殺意っておめー……ま、機嫌が良さそうだしいーとしよう」
こうしてカサギとキーセラの両名はヌーイヌー五体を葬り去ることに成功し、早速大きく外れてしまった旅をまた進んでいくのだった。
……カサギが棺桶の中から手を振り上げて出発を告げた際、制御できずに肘関節が外れ、それをキーセラに治してもらってからのスタートにはなったことは、ここでは割愛しよう。
とは言え、たった今語ったのが全てだが。
魔物はこれで済んだが……。
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