先行き不安な道程
前回までのあらすじ!
金なし力なし知名度なし!
あってはならない三拍子を揃えた勇者ご一行は棺桶以外の移動手段を求め一路、王領都市へと向かっていた!
以上!
「こりゃあ何かあると見たぜ」
「ですねぇ……」
――時は夕方。
暮れなずむ陽が引き延ばす二人の影は、敬虔なる聖徒と……棺桶。
一日中歩き続けた二人――というかキーセラが道中すれ違ったのは、産業都市を中心に巨大ネットワークを形成する「魔法郵便」所有の特殊ゴーレム・絡繰り馬車が数機だけ。
見た目こそネジやら歯車やらが飛び出た土製の馬、だがその実、最先端の技術が結集された魔道具である絡繰り馬。
背中に魔石を嵌めるだけで独りでに決まった道を歩き続けるそれに、ごく普通の荷車を括り付けたものだ。
そんな馬車も今日見たのといえば手紙や材木を積んだものばかりで、高価そうな積み荷は見かけなかった。
普通の行商人などはまったくいない。
カサギが棺桶から見上げる空には空挺一つ飛んでいなかった。
いつもなら、それこそキーセラがつい何日か前に通った時には、馬車や空挺は勿論、旅行や巡礼をする者が居たはずだが……。
「共鳴ラジオがあれば……」
追放まがいの無理やりさで都市を追い出されたキーセラがそんなものを持っている筈も無く、原因は分からず仕舞いだ。
恐らくは付近に強力な魔物でも出て、それが討伐されるまで通行禁止にされているのだろう。
基幹道の全面封鎖となると『狩人&漁師協会』が周辺の戦力で即応できないほどの魔物か……とにかく、人に出くわさなかった為にぶっ続けで歩くことになったキーセラはかなり疲れていた。
「ちゃんと体も鍛えておくべきでしたね……といっても記憶が無かったんですから仕方ないのですが」
「なんだって鍛えるんだ?」
「……カサギを運ぶのが大変だからですよ」
そう言ってぎろりとお荷物を睨み付けるキーセラ。
だが、力が弱いということは絶対にない。
冷静によく考えてみて欲しい。
男一人――痩せぎすのヘロヘロとはいえ――と二人分の旅の荷物、更に棺桶と鎖とを引きずって、徒歩とそう変わらない速さで歩き続けられる人間がどれだけいるかという話だ。
カサギたちの魂は未来で死んだ時のものだ。
だから、体が未だ経験していないはずのことを知っている。
その事は実力にも反映されていて――カサギは呪いで弱体化しているが――魂に染み付くものであれば、もうかなりの熟練度だ。
精神性が直結する法術などがそう。
ただでさえ頭角を現していたキーセラだが、魂の記憶を思い出した今、彼女の法術は大陸でも指折りの、時代が違えば"聖女"になっても何らおかしくないレベルに到達している。
だというのに体も鍛えなければと、さも当然のように言うキーセラに、カサギがふむふむと頷いた。
――あの薄い胸の内には大いなる向上心が詰まってるってか。通りであの時見た小さいバストもツンと上を向いてたはずだ。カンシンしちゃうぜ。
そんなことを考えた途端、キーセラがパッと振り返り「バカにされた気配を感じたのですが、何か?」 とにこやかに拳を構えた。
気配の察知も魂に染み付くもの、カサギは恐怖と共にそれを学んだ……。
「いーや、キーセラさんはすげー、っつーだけのハナシ」
「……まぁいいでしょう、今は忙しいですし」
言いながら、てきぱきと棺桶にくくり付けた荷を解いていくキーセラ。
今日泊まるのは街ではない。
開けた野原にある基幹道、の脇。
野宿だ。
魔大陸があるのはストレリチアの最東端の海岸、不帰の浜から海を渡った先。
行くだけでも時間を取られてしまうのだから、わざわざ泊まるためだけに町や村に立ち寄ってはいられない。
それに二人にとって野宿なんて慣れたもの。
町に入っても、宿を取らずに空き地で寝ることもあったのだ。
なにせ金がなかった。
やたら気前のいいカサギの投資で忽ちの内に消える報奨金。
トリスタリアが行く先々で起こす損害の補填に流れる小金。
アトリエが数多く使役する精霊の食料、高級な魔石の代金。
戦う度に壊れるイスカの武器の整備費になる王のへそくり。
財布に1000シドも入ってない事はざらで、からっけつな事もしょっちゅうだった。
歴代勇者の一人・コウの顔が描かれた一万シドの紙幣が一枚でも入れば、その度に何を買うかを巡って取っ組み合いの喧嘩が起きるのだ。
キーセラが財布を管理するようになってからも意外な出費は続き、カサギのやり方が民衆に嫌われる度に
「あいつに渡すくらいなら兵士の増強や難民の援助に使われた方が……」
と人々から融通される金は減っていく。
おかげで万年金欠に悩まされていた。
法王の横暴を止めると、サリマンデ司祭――単一の超巨大聖堂である神興都市の、ほんの一画を任されたパッとしない司祭――がカサギとイスカの婚約……もとい愛する娘・キーセラへの手出し禁止を条件に、法王が長年ため込んでいた財の融資を認めるのだが……。
後になって金のための婚約だったと知ったイスカがカサギにした凄絶な仕返し、あれは痛ましい事件だった。
とにかく。
時間転遷と共に破棄された婚約の話はともかくとして、今日は野宿。
そして、そうするには色々な準備がいる。
手早く寝床をつくり、食べ物を用意して、とあらゆることをこなさなければならず、それをするのは……全部キーセラだ。
カサギを包んでいた大判の革――調教師に家畜化されたヤギの魔物・コリゴリゴートの皮を松の青葉の燻製鞣しにしたもの――を地面に敷き、きびきび働く彼女を横目に、
「悪いとは思ってるんだぜ」
勇者カサギは相も変わらず棺桶に横たわっていた。
革をはぎ取られたカサギの今の姿は、大きく開いたVネックのロングシャツに細いパンツのみ。
それもカサギの祖父の手による物であるため、形は左右でバラバラ。
しかもこれを作った際、手を怪我して裁縫に懲りたらしく、以来ずっとこの一着を着ているためにボロボロもいい所だ。
サイズがあってないせいで、体の薄さを強調され、いかにも弱そうである。
「本当に悪いと思ってますか?」
「トーゼン。キーセラとの間にある、海よりも深い友情に嘘はつけねーさ」
「あまり適当なことを言っているとその内、海より深い確執になるかもですよ」
「はき違えて貰ったら困るぜ。これもそれもぜ~んぶ魔王のせいだ。お分かり?」
「……。分かってはいますけど。でも何でしょう、無性にムカつきますね」
先ほどからカサギの為にリンゴをすり潰してやっているというのに、この言われようである。
ムカつきはもうほとんど液体でしかないリンゴを更に潰すことで発散されていく。
リンゴが一体何をしたというのだ。
「むかしむかーし、どこぞのお偉い人が言ったそうだ」
近くからもぎ取って来たリンゴ4つ、その最後の一つをキーセラが手にした時、またカサギが口を開いた。
「病人や困窮者を敬い、恵みを施し、そして自らの福果を得ること。その功徳は人格の完成をもたらすものであーる」
「……何が言いたいんです?」
「つまりは、だ」
鼻を鳴らし、バカに物を教えるようにピンと指を立てる。
「病人への施し……介護は自分の為にすること。だから『してあげる』よりも『させていただく』っつー態度で臨むべきじゃあねーか、って話よ。おめーの介護はそこんところがなってない」
「……」
キーセラは大人だ。
聖徒として模範となるような人格が完成している。
だから決して感情のままにカサギを罵ったりはしない。
しないが……
――バギャっ!
「う、うへぇ。こいつ片手で……」
やはり、潰す予定のリンゴ相手に怒りをぶつけることくらいは許されてもいいだろう。
【tips ゴーレム】
魔力を流すと特定の魔法を顕現する魔道具に対し、こちらは魔力を流すと特定の動作をする物、いわば魔力で動く機械。
【tips 絡繰り馬】
運搬用のゴーレム、体高1.2m。
賢いのが特徴。
背中に嵌められた魔石の魔力を使い切るまで四本の脚で決まったルートを走り続ける。
「魔物郵便」が大半を独占するこれらによって、基幹道同士の運搬はほとんど完結、行商は細々とした小さい街や村にいくしかない。
積み荷泥棒の対策として、荷車には無人走行中に乗り込んできた者を撃退する魔道具が標準装備されている。
※AIで作成されたイメージです。
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